医療・介護・福祉の経験を活かした支援計画書を導入、山口県下関市「ICS垢田家」

画像:夢ロゴアーティストの「やいやいさん」のワークショップで、‘’この一年、お世話になった人に感謝の気持ちを伝えよう‘’ というテーマで作った感謝のメッセージカード。
ICSとはInclusive Community Spotの略で包摂的地域交流拠点を意味します。地域で包み支え合える包摂的なコミュニティ拠点になるようにとの願いが込められています。

県内2拠点目の子ども第三の居場所として、学習・生活支援モデル「ICS(Inclusive Community Spot)垢田家」(山口県下関市垢田地区)が開所したのは2022年3月のこと。一軒家や市営団地が立ち並ぶ住宅街の中にある、もともと歯医者さんがあった土地に、新築で拠点を整備しました。

学校の近くで週3日開所

「当時、地元の小学校の校長先生だった方がぜひ垢田につくってほしいと熱心に声をかけてくれたことが、現在の場所に拠点をつくる決め手だった」と話すのは、認定NPO法人皆繋(みなつなぎ)の代表・林陽一郎さん。山口県下関市を拠点に、住宅型有料老人ホームや就労支援センターを運営する株式会社ルナーの代表も務めています。

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代表の林さん

現在、拠点の利用は月曜・金曜の放課後と土曜日の週3日。利用登録は約70名で、1日平均20名の子どもが訪れます。

子どもが安心して生活ができるようにと、一軒家で家庭的な雰囲気を重視したつくりの建物には、天窓からサンサンと陽の光が降り注ぎ、子どもたちの賑やかな声が響き渡ります。

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2022年のハロウィンパーティの様子。子どもたちの笑顔が輝いていますね。

「個別アンケート」と「支援サービス計画書」を導入

日々の関わりの中で、垢田家のスタッフが大切にしているのは、子どもの自尊感情を高めること。近年、核家族化や地域コミュニティの希薄化が進み、保護者と学校の先生以外の大人と会話をする機会が減っています。褒める回数も少なくなっているのではと考え、「子どもが良い行動をした時に褒めて、自分の良いところを認識できるようにしている」と話します。

「コミュニケーションの積み上げが、自己肯定感を育み、自信になり、長所を自分で伸ばしていける子どもに育つことに繋がると考えています」(林さん)

また、そうした関わりによる子どもの変化を計るため、同時に子ども自身がなりたい自分に向かっていくサポートをするため、垢田家では「個別アンケート」と「支援サービス計画書」を導入しています。

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支援サービス計画書の一部。子どもと保護者と相談した上で長期目標と短期目標を定め、そこに向かってどのような支援をするか記載しています。

個別アンケートは、半年ごとに対応力や自制心、忍耐・持続力などを計ります。本人がネックに感じていること、得意なことなどを見つけ、必要なサポートを面談で保護者を交えて話しながら、支援サービス計画書に落とし込んでいます。

例えば、同級生とコミュニケーションがうまく取れない子がいたとします。自分の気持ちを伝えるのが苦手で、大声を出したりしてコミュニケーションを遮断してしまう。しかし、話を聞いてみると、本人は「友達と楽しく遊びたい」、保護者は「人との関わりを学んでほしい」と願っている。そうした際、課題を解決し、なりたい自分に向かっていけるように目標を設定します。「友達に自分から挨拶をしよう」と掲げたなら、スタッフは日々計画に沿った声かけや手助けをしていきます。

こうした関わりの中で、自分の行動を抑え、友達が増えていく。それが自信や自己肯定感の向上に繋がっていることが、個別アンケートによる結果として出ています。

「伸びる力を子どもはみんな持っています。伸びるかどうかは環境の問題。大人の接し方、見方が変わるだけで、成長していくと考えています」(林さん)

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個別アンケートから導き出される子どもの変化。数値やグラフにすることで、自分を見つめ直す機会になっています。

三者が共通言語を持ち、子どもに関わるメリット

現状、個別アンケートや支援サービス計画書を用いたサポートは、全ての子どもに対してできているわけではありません。利用のきっかけも「仕事で忙しいので子どもを預かってほしい」という動機がしばしば。しかし、拠点に通うなかで、スタッフが保護者と信頼関係を築いていることが、一歩踏み込んだ支援を可能にしています。

「自己肯定感を高めるために、子どもの良さをどう伸ばすのか?といった視点を持って関わっています。拠点での様子を報告する際も、そうした内容をお伝えするので、保護者も子どもを褒めるポイントを理解することに繋がっているようです」(林さん)

子ども・保護者・スタッフの三者で共通言語を持ちながら日常生活を送れることは、子どもの成長にとってだけではなく、保護者にとっても心強い味方。ご近所にいる“おじさん”“おばさん”のような立ち位置だからこそ、子どもに寄り添いながらも客観的な視点から強みや課題を認識して関われるのがメリットだと、林さんは話します。

画像:子どもが作ったスタッフ紹介。3人のスタッフのそれぞれの名前や、誕生日、子どもたちからの質問、回答、先生からのひとこと、などが書かれている。
子どもが作ったスタッフ紹介。スタッフとの距離が近いことが伝わってきます。

子ども第三の居場所を全国各地に広げるために

個別アンケートや支援サービス計画書を開所1年目から導入している「垢田家」。数値化や言語化に力を注いでいる背景には、子ども第三の居場所の取り組みが、行政サービスの一環として提供されることを目指しているからです。

「介護ケアサービスのように、子どもの包括ケアサービスをつくっていかないといけません。そうした思いを込めて、垢田家は、ICS(Inclusive Community Spot)、包摂的地域交流拠点と位置付け、子どもを地域で包み、支え合える包摂的なコミュニティ拠点にしたいと考えています。子ども第三の居場所を各地域に設置することを制度にするためには、個別アンケートや支援サービス計画書を用いて、子ども本人が変化や成長を自己評価していける環境をつくることが不可欠。行政に客観的なデータを示せるよう、現場からもできることをやっていきます」(林さん)

取材:北川由依