定住化が進むウクライナ避難民と、自立に向けた「日本語習得支援」の重要性
日本財団では、これまで継続的にウクライナ避難民への支援を行ってきました。2022年6月に開設したウクライナ避難民支援基金には、寄付者の皆さまから多大なご協力をいただき1億9,800万円以上(2024年1月12日時点)の寄付金を頂戴しています。
皆さまからのあたたかなご寄付に支えられながら、日本財団は引き続きウクライナ避難民支援に取り組んでいます。今回ご紹介するのは、2024年1月に開催したオンラインセミナー「日本で働くこと」です。
2年目を迎え、「受け入れ」から「定住」のステージへ移行しつつあるウクライナ避難民支援。ウクライナ避難民の皆さんの自立に向けた現状とこれからを紹介します。
ウクライナ避難民の多くが「就業」「日本語教育」を希望
日本財団は、ウクライナ避難民支援としてさまざまな事業を展開しています。来日したウクライナ避難民への渡航費、住環境整備支援、生活費などの経済的支援のほか、支援を行う非営利団体への助成プログラム、調査・研究など。
そしてもう1つ重要な事業が寄付金を活用した日本語学校奨学金です。日本語・日本文化の習得を支援する本事業は、ウクライナ避難民の皆さんの中長期的な滞在を見据えてのものです。
日本財団がウクライナ避難民に実施した調査では、「ウクライナの状況が落ち着くまでは、しばらく日本滞在したい」「できるだけ長く日本に滞在したい」と回答した割合は73.7%。
日本での就労について「働いていない」と回答したのは55.9%で、そのうち「仕事を探している」のは58.4%。しかし、避難民のなかで「ほとんど話ができず、日本語が聞き取れない」「少し話ができ、簡単な日本語のみ聞き取れる」と回答したのは77.9%にのぼります。
少なくないウクライナ避難民の皆さんが日本での中長期的な滞在を見越して、日本で働く意向を示している一方で、日本語の習得に課題があることがわかります。
日本財団でウクライナ避難民支援事業を担当する神谷圭市さんは、避難民の皆さんについて「2極化の傾向がある」と話します。
「全体的には長期滞在・定住を希望するウクライナ避難民の方々が増えています。ただそのなかでも避難民の方々の日々の様子は2極化の傾向があるというのが、私の印象です。
一方は、日本でずっと暮らしたいと考えていて、日本語も身につけて、日本で働きたいという方々です。こういった方々はキャリアのイメージを持てやすく、自分の将来像も描き始めており、少しずつ前に進み始めていることが多いです。
もう一方は、母国の状況もありなかなか帰国は難しいと思いながらも、このまま日本にいるかを決めかねている方々。家族を母国に残しているケースも多く、将来像が描きにくい状況であるため、仕事があったとしても継続しにくく、また日本語学習においてもモチベーションを維持しにくいという事情があります」(神谷)
海外人材が日本企業で働くために最も必要な能力は?
日本に定住してキャリアを歩もうとしている人たちにはそのヒントとなる情報を、さまざまな事情で悩み動けなくなってしまっている人たちには前に進むための後押しを。そんな思いから、2024年1月15日に「日本で働くこと」と題したセミナーがオンラインで開催されました。
講師を務めたのは、日本企業と海外人材のマッチングを行うフォースバレーコンシェルジュ株式会社の代表取締役 柴崎洋平さんです。参加したウクライナ避難民の方は約20名。柴崎さんは通訳を通じて、時折参加者との対話を交えながら、日本独自の文化・商慣習、海外人材を採用するにあたり重視するポイントなど、さまざまな有益な情報を伝えていきます。
年功序列、ポテンシャル採用など、日本の就職事情について語った柴崎さんは、「労働人口が減少している日本は世界のなかでも就職しやすい国」「最近約10年で働く外国人の数は約3倍に急増している」など、日本が外国人にとっても就労の機会に溢れている国であることを強調します。
その後、「日本の上場企業4,000社のうち、英語が公用語の会社は何社?」と問いかけ、その答えを「1社のみ」と示しました。
ウクライナ避難民のなかには日本語ができなくても英語ができれば働けるのでは、と考える人も少なくないそうです。しかし、日本語ができなくても働けるのは単純労働が主になってしまうのが現状です。柴崎氏は改めて日本語学習の重要性を強く訴えました。
セミナーの最後は、参加者からの質疑応答の時間に。「自分の大学院での専攻を日本で活かすには?」「日本企業の採用基準は?」など、さまざまな質問に柴崎氏は一つひとつ丁寧に答えていきます。多くの質問が寄せられ、セミナーは予定時間よりも30分延長して終了しました。
「定住」のステージに入り、新たにぶつかった「日本語」の壁
日本での就労への希望が感じられるとともに、改めて日本語能力の重要性が浮き彫りになった「日本で働くセミナー」。日本財団で就労・日本語教育支援を進める神谷さんは、開催の経緯について、次のように話します。
「これまでウクライナ避難民の皆さんに就労支援をするなかで、日本とウクライナの仕事・会社への考え方や仕組みの違いが理解されていないと感じました。
また、本日セミナーに参加いただいた方のなかにもウクライナで高学歴であったり、専門的なキャリアを積んでいた方が少なくありません。でも、そういった方が、自身の能力・経験を活かせる仕事につきたいと希望しても、今日セミナーで話があったように、日本で単純労働以外の仕事をするためには日本語能力が強く求められます。
そこで専門家の方をお呼びして、日本の仕事の現状とともに日本語学習の重要性をお伝えしたかったのです。柴崎さんにはウクライナ避難民の方にもわかりやすく説明いただき、とても良い機会になったと感じています」(神谷)
今回セミナーに参加したウクライナ避難民の方たちを見ていて感じたのは、皆さんがそれぞれ日本で働くということを自分ごととして捉え、前に進もうとしているということでした。
だからこそ、来日以前の自分のキャリアと現状のギャップ、これから本格的に日本の社会のなかで生きていくことへの不安など、さまざまな葛藤が生まれているように感じられました。
神谷さんは、ウクライナ避難民支援が「定住のステージに入った」と話します。
「日本財団が支援を開始した1年目はウクライナ避難民の地域における『受け入れ』のステージでした。それが2年目になり、今は『定住』のステージに入ったのだと思います。少し専門的な用語になりますが、ウクライナ避難民の皆さんが定住するにあたり、どのように『地域社会への統合』が進んでいくか、ここが重要な点だと考えています。
まずはウクライナ避難民の方たちが将来的に自立・活躍できるように支援すること。そして、ウクライナ避難民の子どもたちのなかには母国語しか分からないため、日本の学校に通っても何も理解できないという状況が生まれています。大人だけでなく、子どもたちの日本語教育などについても支援を続けていきたいと思います」(神谷)
日本語ができなくては日本で自立することは難しい。当たり前の事実ではありますが、たった数年前までウクライナで自らのキャリアを歩んでいた人たちにとって、厳しい現実だろうということは想像に難くありません。
日本に長く定住するにしても、いずれ帰国するにしても、日本語を学び、働いたという経験が、いつかウクライナ避難民の皆さんの糧になることを願うばかりです。
日本で生きていくという選択肢を、ウクライナの人々へ。
日本財団では、ウクライナ避難民支援を行う各団体への助成プログラムのほか、これまで独自でウクライナ避難民支援も行い、合計1,428名(2022年10月26日時点)に渡航費・生活費・住環境整備費支援を行ってきました。
また、日本に避難してきたウクライナの人々へさらなる支援を行うため、ウクライナ避難民支援基金を開設しています。いただいたご寄付はウクライナ避難民の皆さんが安心して生活を送り、地域に溶け込むことができるように、日本語学習の支援、生活相談窓口、物資の配布(交通系ICカード等)、地域イベントでの交流などに使われる予定です。