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【家族を看る10代】一過性の支援ではいけない。ヤングケアラーを研究する澁谷智子さんに聞く日本の課題
- イギリスでは、ヤングケアラー同士が自然と楽しく集えるイベントを地域ごとに展開
- 「同世代の同じ立場の子どもたち」が鍵。その存在が、ヤングケアラーの心の支えになる
- 行政と民間が密に連携し取り組むことで、ヤングケアラーの安定的な支援が可能となる
取材:日本財団ジャーナル編集部
本来、大人が担うような家事や家族のケア(介護や世話)を日常的に行う、ヤングケアラー。子どもらしく生きること、振る舞うことが難しく、中には友人関係や学校生活、進学、就職活動に苦労する子どもも。ここ数年、解決すべき社会問題として注目を集めている。
そんなヤングケアラーにいち早く注目し、独自に研究を進めてきた、成蹊大学で教授を務める澁谷智子(しぶや・ともこ)さん。『ヤングケアラー 介護を担う子ども・若者の現実』(中央公論新社)、『ヤングケアラーって何だろう?』(筑摩書房)などの著書も執筆し、日本におけるヤングケアラー研究の第一人者と言えるだろう。
海外のヤングケアラー支援にも詳しい澁谷さんから見て、日本の取り組みはどう映っているのか?どんな課題が残されているのか?ヤングケアラーとして生きる子どもたちの未来を照らすためには、私たち大人は何をすべきなのか?澁谷さんの視点を借りて、一つ一つの問題を考えてみたい。
イギリスで目にしたヤングケアラーたちの笑顔
澁谷さんはもともと、耳の聞こえない親に育てられる聞こえる子ども――いわゆる「コーダ(CODA)」の研究をしていた。その過程で「障害」にも関心を持ち、関わるようになったのが、障害を社会・文化の視点から研究する障害学会(外部リンク)だった。
そしてある研究者の発表で「ヤングケアラー」という言葉に出会った。
「コーダの子どもたちの中には、幼いうちからちょっと重い責任を背負ってしまう人がいます。親から守られている一方で、自らが親を守ることもある。その姿がヤングケアラーに似ている、と感じたんです。そして、ヤングケアラーについて学ぶことで、コーダをより深く理解できるかもしれない、とも思いました」
ヤングケアラーについて調べていくと分かったことがあった。イギリスおけるヤングケアラー支援が非常に進んでいる、ということだ。その時、澁谷さんの胸中に湧いたのは「いつの日か、イギリスの状況をこの目で確認したい」という希望だった。
そして2010年、大きなチャンスが訪れた。イギリスにあるラフバラ大学社会学部のヤングケアラー研究グループで、研究調査できることになったのだ。
「イギリスを訪れてみて非常に印象的だったのは、ヤングケアラーをサポートするプロジェクトが地域ごとにあることでした。いまでも250~300ほど存在すると言われていて、規模も内容も地域ごとにバラバラで。みんなでパジャマパーティーをするとか、映画を観に行くとか、アクティビティに近いことを企画しているところが多かったように思います。ヤングケアラーの子たちというのは、普段なかなか遊びに連れて行ってもらえないことも多い。だからこそ、こういった何気ないイベントがうれしいんでしょうね」
同時に澁谷さんの胸を打ったのは、プロジェクトに参加しているヤングケアラーたちの笑顔だったという。
「ヤングケアラーの中には、常に家にいなければならず、気付けば社会から孤立してしまっていた、というような子も少なくありません。イギリスではそういう子たちもなるべく多くの経験ができるようにしていこうと努力しているんです。仲間と一緒に過ごしているヤングケアラーたちは、本当に素敵な表情をしていて。とにかく楽しくて、安心できる場所になっているんだな、と感じました」
その他、オーストラリアでもヤングケアラーに対するサポートが厚いそうだ。
「オーストラリアでは25歳までのケアラーを“ヤングケアラー”と呼び、彼らに対して奨学金を用意しているんです。その支援は非常に画期的なものです」
相談窓口には相談しづらい当事者の子どもたち
一方、日本の現状はどうか。2020年には埼玉県で全国初の「ケアラー支援条例(※)」が制定されたことをきっかけに、複数の自治体で類似の条例が制定されている。
- ※ ケアラー(介護者)が、個人として尊重され,健康で文化的な生活を営むことができるよう、社会全体で支えることを目的とし、自治体の責務や住民・事業者・関係機関等の役割を定め、推進計画や基本方針の策定等を規定
また、2020年12月〜2021年2月にかけて厚生労働省により全国の中高生を対象に行われた「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」では、公立中学2年生の5.7パーセント(約17人に1人)、公立の全日制高校2年生の4.1パーセント(約24人に1人)がヤングケアラーに該当。1学級につき1~2人ほどのヤングケアラーが存在することが分かった。
2022年1月に今度は小学生、大学生を対象に調査が行われ、小学6年生の6.5パーセント(約15人に1人)、大学3年生の6.2パーセント(約16人に1人)が、世話をしている家族が「いる」と回答し話題を集めた。
「ヤングケアラー支援で言うと、日本は後発です。でも、短期間で多方面から関心が集まったことはすごいことですし、『ケア』という概念が共有しやすい国だとも感じています。ケアというと、例えば『車いすを押す』『食事の介助をする』といった介護のほうがイメージしやすいと思いますが、それだけをケアだと捉えると、小学校低学年のヤングケアラーにできることがあるのか、と思われてしまいます。ケアすることはもっと幅広く、家族の話を聞いて慰めることだって大事な役割。イギリスではそれをエモーショナル(感情面の)ケアと呼び、ケアのリストに入っているほどですが、日本ではその概念が通じるのかどうか、当初私は不安を感じていました。ところが、日本でも割とすんなり理解してもらえた。ただ側にいて相手を元気づけるような行為も、ケアの一種だと受け入れてもらえたんです。きっとそれは、自らも家族のケアに関わり、家族のケアが他人事ではない、と感じている人が増えているということなんだと思います」
高齢化社会が進み、誰もが家族のケアを担う可能性がある。そんな時代だからこそ、幼いうちからその責任を背負うヤングケアラーについて、多くの人が関心を寄せているのだ。
ただし、もちろん課題も残されている。現在、ヤングケアラーを対象にした相談窓口が複数用意されているが、それだけでは十分ではない、と澁谷さんは指摘する。
「相談した結果、どうなるのか。その先に何があるのかを、上手く伝えられていないように感じます。例えばヤングケアラーであることを打ち明けることで、宿題を締め切りまでに出せなかったり遅刻したりしたときに頭ごなしに怒られるのではなく、『事情があったのかもしれない』と考えてもらえるようになる。そのように状況が好転するのだということを広く示さない限り、渦中にいる子どもたちが積極的に相談するようにはならないのではないでしょうか」
そもそも幼いヤングケアラーにとっては、相談窓口自体がハードルの高いものとして映っている可能性も考えられる。ではどうすればいいのか。澁谷さんは「中間支援の場」を提案する。
「イギリスのプロジェクトのように、楽しいから遊びに行くという場所があるといいと思います。安心してリラックスできて、でも何か困りごとが発生したときには、『実は最近ね……』と話せるような場所です。相談窓口というと大げさな感じがして、子どもたちも構えてしまいますが、そうではなくて気軽にお茶でも飲みながら、ざっくばらんに話せるような場所と人が、もっと増えてほしいと思います」
同世代の子どもたちがヤングケアラーの救いに
ヤングケアラーの話に耳を傾け、心が軽くなるような関係を築ける人。これから先に重要となるのは、そういった存在だ。
「ヤングケアラーの子たちは、何も特別扱いをしてほしいわけじゃないんです。中には『友達と一緒にくだらないことをして、ただ楽しい時間を過ごしたい』と話す子もいました。望んでいるのはそういうレベルのことなんです。自分と同じようにケアを担っている同世代のヤングケアラーと話をすることで、ホッとする子どもたちもいます」
そのために大切なのは、子どもたちにもヤングケアラーのことを伝えていくこと。最近の澁谷さんはそれに関連する活動に力を入れている。
「2022年の5月に出した『ヤングケアラーってなんだろう?』(ちくまプリマー新書)は、中高生向けに書いたものです。読む順序や言葉遣い、説明の仕方を工夫して、中高生の子たちにヤングケアラーについて理解してもらえるように努めました。また、9月には絵本『Can I Tell You About Being a Young Carer?』を翻訳した『ヤングケアラーってどういうこと? −子どもと家族と専門職へのガイド−』(生活書院)も出ました。これは12歳の女の子を主人公に、イラストも使われていて、小学生でも読みやすいタッチになっているんです」
実際に小学校を訪れ、ヤングケアラーへの理解を促すための出張授業も行っている。2022年9月に、埼玉県の小学校で5・6年生およそ140人の子どもたちの前に立った。そこでも澁谷さんが意識したのは「分かりやすさ」だ。
「そこでは、病気の母親と障害がある弟を支えているヤングケアラーの一日を寸劇にしました。学校の先生にヤングケアラー役に扮してもらって、お母さんの調子が悪いから代わりに朝ごはんを用意して、ごみ捨てをして、弟のお世話をして、そうしたら学校に遅れてしまって……と。そして、その子が日常的に抱えるものを、ごはん、調理器具、薬袋、ごみ袋、洗濯物、勉強道具、遊び道具というふうに視覚化して実際に持ってもらいました。すると1人では到底持ちきれない。それを見た子どもたちからは『いっぱいになってるよ!』と声が上がって。なんだか大変そう、と感じてもらえたみたいです」
ただし、そうやってヤングケアラーについて理解した子どもたちに、何か大きなことをしてもらいたいと思っているわけではない。
「もしもお友達からヤングケアラーであることを打ち明けられたとしたら、まずはそれを受け止めてほしい。それって、すごく信頼されているってことですから。でも、何かしなきゃいけないと思い詰める必要はなくって、友達が宿題を忘れたときなどに『何かあった?』とか、『力になれることがあったら言ってね』などと声をかけてあげるだけで構わない。たったそれだけのことでも、ヤングケアラーの子どもたちの気持ちを軽くできるはず」
「ヤングケアラー」を一過性のブームにしてはいけない
もちろん、国としての的確な支援体制も同時並行で整えていかなければいけない。その際、参考になるのはやはりイギリスだ。
「2014年、イギリスでは『Children and Families Act 2014(2014年子どもと家族に関する法律)』が成立しました。行政は、自分の地区にヤングケアラーがどれくらい存在するのか把握することを義務付けたんです。そして見つかったときには、アセスメントをして、その子が求めているものを理解し、支援を提供していかなければならない。この法律が画期的だったのは、行政が子どもたちやその家族に『こういった支援があるけど、活用してみますか?』と案内できる点です。多くの子どもたちは制度なんて知らないですし、知らないものを自ら申請できない。その仕組みを変える法律でした」
また、18歳以上のケアラーを救う支援体制もある。子どもではなくなったケアラーを放置するのではなく、子どもと大人の境目にいるような存在だからこそ手厚くサポートしていくのだ。
一方で、支援が進んでいるように見えるイギリスにも、実は問題点があるという。
「ヤングケアラーのサポートをするにあたって、かなり民間の団体に頼っていた側面があるんです。コロナの影響でそうした団体の経営が悪化していくと、解雇されるスタッフたちも出てきてしまいました。そうなると困るのはヤングケアラーたち。大変な時に多くの当事者とその家族に支援の手が届かないことも出てきて問題になりました。民間の団体は機動力がある分、行政よりもすぐに動けるのがメリット。でもお金がなくなってしまえば、そもそも動けなくなるわけです。だからこそ、行政と民間が協力し合って、支援体制をつくっていく必要があると思います」
そして一過性のものにしない努力も必要だ。
「いま、ヤングケアラーが注目されていて、みんなで支援について真剣に考えられている段階ですが、時間が経つにつれて風化しまう恐れもあると思います。それを防ぐためには、支援体制を整えた結果、ヤングケアラーたちの状況がどう良くなったのかをしっかり見せていく必要がある。ビフォー&アフターをはっきり示さないと、お金と時間と人員を掛けた意味を問われたときに、支援が切られてしまう可能性があるんです。そのためにも行政と民間が連携を取り合って、成果がきちんと継承されていく仕組みをつくってもらいたいですね」
社会問題がまるで“ブーム”のようになったとき、一番困るのはその当事者だ。当たり前の話だが、ブームが終わってもヤングケアラー問題がなくなるわけではない。高齢化、核家族化が進む日本においては、ヤングケアラーはますます増えていく可能性がある。
澁谷さんが鳴らす警鐘をしっかり受け止め、官民が連携してヤングケアラーたちを支える仕組みをつくっていく必要がある。そのことを理解した上で、周囲の大人や同世代の子どもたちがどう関われるか、向き合うことが重要なのだ。
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
澁谷智子(しぶや・ともこ)
1974年生まれ。東京大学教養学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校大学院社会学部Communication, Culture and Society学科修士課程、東京大学大学院総合文化研究科修士課程・博士課程で学ぶ。学術博士。日本学術振興会特別研究員、埼玉県立大学非常勤講師などを経て、成蹊大学文学部現代社会学科教授。専門は社会学・比較文化研究。著書に『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書)、『コーダの世界――手話の文化と声の文化』(医学書院)、『ヤングケアラーってなんだろう?』(ちくまプリマー新書)、編著に『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)、翻訳絵本に『ヤングケアラーってどういうこと? −子どもと家族と専門職へのガイド−』(生活書院)など。
澁谷智子 公式サイト(外部リンク)
『ヤングケアラーってどういうこと? −子どもと家族と専門職へのガイド−』(外部リンク)
家族との関係、複雑な思い、ヤングケアラー同士の交流や支援者との関わり方、学校に対する期待、将来への希望……。簡潔な文章とイラストで、ヤングケアラーの目線から見た基本的な事柄を解説。教育・医療・福祉関係者はもちろん、多くの小中学生に読んでほしい本。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。