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小学生に哲学と科学と漢方? 学校教育では学べない「自力で発見する力」を伸ばす日曜学校
- 時代が急速に変化する今、子どもたちに求められているのは自ら考え、創り出す力
- 日本財団では10歳前後の子どもを対象に体験型の講座「鑑古今日曜学校」を実施
- 哲学や科学など、分野を横断したユニークな講座を通じて、子どもたちの探求心を育む
取材:日本財団ジャーナル編集部
日本財団では、これまでさまざまな事情で学校へ行けなくなった子どもたちへの教育支援や、海洋教育、国内外における多様な奨学金事業など、多角的な観点から教育に向き合い、活動を行ってきました。
現在、少子高齢化や、急速な技術の進展によって、社会の在り方は大きく変わりつつあり、将来を予測することが困難な時代においては、多様な課題に対して、柔軟に対応できる思考力や創造力が求められます。
こうした変化に対応する力を育てるため、次代を担う子どもたちに対する新たな教育事業として、2022年より小学校高学年を対象とした「鑑古今日曜学校(かんこきんにちようがっこう)」(外部リンク)をスタートしました。
今回は、鑑古今日曜学校で講師を務める、宗教学者の正木晃(まさき・あきら)さん、言語脳科学者の酒井邦嘉(さかい・くによし)さんに、プロジェクトの内容と意義について話を伺いました。
哲学や科学、漢方に気功。多分野から好奇心を刺激
――早速ですが、「鑑古今日曜学校」の取り組みについて詳しく教えてください。
酒井さん(以下、敬称略):小学4~6年生の10歳前後の子どもたちを対象とした講座です。東洋哲学や西洋科学など、分野を横断する体験型の講座を通じて、自然と人間について感じ取る力・考える力・創り出す力を身につけることを目的としています。
――なぜ、対象は「10歳前後」の子どもたちなのでしょう?
酒井:この年代の子どもたちは、自我が芽生え、親や友だちとのさまざまな関係性の中から世界を切り開いていく柔軟な時期です。
私の専門である脳科学の観点からお話しすると、子どもの成長では、思春期頃までに脳に大きな変化があるんですね。最も感受性が豊かな時期にさまざまなものに触れたり、情報を取り込んだりすることは、人格を形成する上でとても大切なことだと考えています。
鑑古今日曜学校では、私たち講師が「心の力」「科学の力」などのテーマで、大切な時期の子どもたちに教えたいことを伝えているわけですが、これらの講座を通して一人一人の個性や、好奇心を引き出すきっかけになればと思っています。
正木さん(以下、敬称略):いまの学校教育だけでは「将来何かになりたい」という具体的な目標が持ちにくいと言いますか、固定化してしまっているのではないでしょうか。
鑑古今日曜学校を通して新しいことを知り、「こんな生き方もあるんだ」「こんな世界があるんだ」と、将来の目標を見つけるきっかけになればと考えています。
――子どもの教育というと国語や算数といった主要5教科が思い浮かびます。鑑古今日曜学校のメインに西洋科学・東洋哲学を据えたのはどういった理由でしょうか?
正木:日本の学校教育というのは明治時代以降に中途半端に輸入した欧米の合理主義をもとにつくられていて、そこには独自の理念が欠けていると思います。大人が考えた仕組みの中で点数を競わせ、受験で戦わせているというのが、現在の日本における学校教育の在り方です。
鑑古今日曜学校では、やみくもに教育を進めるのではなく、日本を中心とする東洋的な思想や哲学、宗教などを理念に盛り込もうと講師の先生方で話し合いました。
――プログラムの中には「漢方」や「気功」といった一風変わったものも含まれていますね。
正木:漢方は2000年前に基本的な組み合わせができているんですね。ただ、その組み合わせが万人に効くと決めつけているというわけではなく、一人一人の症状や身体の状態に合わせて薬の配合を調整しているわけです。西洋医学のようにエビデンスを重視するのではなく、「エビデンスがはっきりしなくても、結果的に治ればいい」という柔軟な考え方があります。
気功も同様ですね。子どもたちにはこんな風に「目には見えないし、よく分からないけれど存在する」みたいなものを伝えたいと思っています。
大人は頭が凝り固まってしまうので「あるわけがない」と否定しますが、子どもたちは柔軟で、素直に受け止めてくれます。実際、2022年の 受講生で 「薬剤師になる!」と宣言した子がいました。
――鑑古今日曜学校では、どんなことを大切にされていますか?
正木:テストで良い点を取ればいいという学校のシステムとは違って、人間としてのより良い生き方を追求するということを目的としているため、競争したり、点数を付けて評価したりするということは一切しません。
それから、待つこと、急がせないことも大切にしています。子どもたちに発言してもらうときも、じっくり待ちます。
学校教育では子どもが話さずにいると、「じゃあ、次!」と、別の子に回してしまうじゃないですか。その繰り返しによって心が潰れてしまう子もいますから。
「自分の発言」というものを、大事にしています。
酒井:子どもたちのひらめきや、自分で見つけようとする気持ちを尊重することを、私は大切にしています。
私自身もびっくりしたのですが、正多面体を扱った去年の講座で、オイラーの多面体定理(※)に自力で気付いた子がいました。
かつて数々の学者や芸術家たちが若いうちに才能を開花させたように、やりかた次第では10歳前後の子どもたちから素晴らしい発想が生まれるんだということを目の当たりにしましたね。
- ※ 数学者のレオンハルト・オイラーが発見した、どの凸多面体においても(頂点の数)−(辺の数)+(面の数)=2が成り立つという公式
正木:本当の意味での「教育」の場が、多くの学校の現場から失われていますよね。
酒井:本当の教育は「自分で発見する」という力を引き出すことだと思います。テスト対策として公式を覚え、単にいい点数を取るための教育では、研究者や芸術家は生まれないでしょう。
「自分で見つけた!」という感覚が好奇心や動機になり、「究(きわ)めたい」という気持ちにつながるんです。
――小学生の子どもたちに教えてみていかがですか?
酒井:反応が素直で気持ちがいいですね。大人になると仮面をかぶって、背伸びをしてしまう人が多いものです。何かを教えてもすぐに「先生、それネットで見たことあります」みたいな(笑)。
正木:私の講座では曼荼羅(まんだら)という、幾何学的な模様に色を塗ってもらう曼荼羅塗り絵を行っているのですが、色の塗り分けなどは子どもの方が自由できれいだなと思います。
正木:大人になると「これはこういうもの。こうしておけばいい」とルールやセオリーを学んで、色を塗ってしまう。それは「頭が凝り固まっている」とも言えるんです。
ですから、子どもに教えるのはこちらとしても刺激的なんですよ。
――改めて日本の教育が抱える課題や、それに対して私たち一人一人ができることは何だと思いますか?
正木:デジタルデバイスなど、バーチャルな世界への依存は大きな課題です。特にここ数年、コロナ以降、スマートフォンを見ている人がグッと増えたような気がしています。ゲームやSNSだけでなく、自然の中でもっと遊んでもらいたいですね。
酒井:日本人は新しいものが好きということもあり、教育で生成AI(※)を活用しようという動きが懸念されますが、「自分の文章は自分で書き、自分の作品は自分で作る」という当たり前のことを喜びだと感じてほしいものです。
もし分からないことがあったら、すぐにインターネットで検索して調べようとするのではなく、「間違っているかもしれないけれど、自分で考える」ということが重要だと思います。
電子機器やインターネットは便利なツールですが、必要というわけではありません。素晴らしいアイデアは、紙とペンと脳だけで生み出されてきました。自分の手を動かして何かを思いついたり、作ったりという感覚を味わってほしいですね。
- ※ さまざまなコンテンツを生成できるAI(人工知能)のこと。質問を入力すると、自動で回答を導き出すChatGPTなどが有名
鑑古今日曜学校をきっかけに、世界が広がった
2022年の鑑古今日曜学校に参加し、2023年は子どもアシスタント(※)として参加した、山口己晴(やまぐち・こはる)さんと、髙土結衣(たかつち・ゆい)さん、そして2人の親御さんにもお話を伺うことができました。
- ※ 過去に受講生として鑑古今日曜学校を修了し、対象年齢を超えた方のうち、講座のお手伝いとして参加を希望するお子さん
――このプログラムに興味を持ったきっかけを教えてください。
山口さん(以下、敬称略):学校では習わないことを教えてもらえるから、楽しそうだなと思ったのがきっかけです。
今回アシスタントとして参加しようと思ったのは、前回ちょっと分かりにくい部分があったので、経験している私がいることで、初めて参加する人の役に立てるんじゃないかなと思ったからです。
髙土さん(以下、敬称略):私もきっかけは似ているのですが、参加するメンバーの年齢はばらばらで、学校とは違った人たちに会えることにも興味を持ちました。
前回、正木先生の講座で体験した曼荼羅塗り絵は、塗り方からその人の性格が分かるらしいのですが、先生から「あなたは設計士とかが向いているんじゃない?」と言われて。まだ将来の夢が見つかっていないので、もっと詳しく知りたいなと思って、今回も参加しました。
――鑑古今日曜学校に参加した感想も教えてください。学校生活などに変化はありましたか?
山口:アインシュタインとか、漢方とか。学校では教えてくれないジャンルなので面白いです。
特に漢方は、家族が普段から飲んでいたので存在は知っていたのですが、どんなものかよく分かっていなかったので、興味を持ちました。
将来的にその道に進むかは分からないんですけど、選択肢が広がったような気がします。
髙土:私は学校ではあんまり発言をしないタイプだったんですけど、授業でたまに鑑古今日曜学校で学んだ知識が出てくることがあると、自信を持って手を挙げられるようになりました。
鑑古今日曜学校では自分の心や、夢を掘り下げていくということが学べます。学校でもそういう授業をしてほしいなと思います。
――2024年も参加したいと思いますか?
髙土:ぜひ参加したいです!
山口:私は人に合わせるタイプなので、結衣ちゃんが行くなら参加したいです(笑)、
――2人のお母さまにもお話を伺います。鑑古今日曜学校に参加されてみて、いかがでしたか?
髙土さんの母:最初の授業で、「千と千尋の神隠し」を取りあげたのですが、あのストーリーの背景には宗教学やさまざまな考察ができるというお話が面白くて、はじめから引き込まれました。
学校の先生では教えてくれないような講座ばかりで、親子で驚きました。
山口さんの母:酒井先生が、「子どもだからといって難しいことをレベルを下げて簡単に説明するのではなく、子どもたちが理解できるように説明している」と話していたことが印象的でした。
他の先生からもそういった気概を感じます。親子ともに世界が広がり、貴重な機会を得られたと感じています。
講座「幸せの4つの因子」参加レポート
2023年6月11日に行われた鑑古今日曜学校では、幸福学の専門家・前野隆司(まえの・たかし)さんによる授業「幸せの4つの因子」が行われました。こちらに編集部も参加させていただきました。
前野さんによると、幸せには、「長続きしない幸せ」と「長続きする幸せ」があり、金、もの、地位で得た幸せは長続きしないとのこと。子どもたちが「社長になっても、大金持ちになっても、一時的にしか幸せにはなれない」と答えていたのが印象的でした。
一方で、長続きする幸せとして教えられたのは次の4つの因子でした。
- 「ありがとう」…感謝、思いやり、つながりを持つこと
- 「ありのままに」…どんな人も、自分らしく生きること
- 「なんとかなる」…楽観的、前向きであること。常にチャレンジ精神を持つこと
- 「やってみよう」…夢や目標を持つこと、自主的に動くこと
授業ではそれぞれの因子について詳しく解説した後、四つ葉のクローバーが描かれた紙に 「感謝していること」「自分の個性」「チャレンジしていること」「夢や目標」を書き出す「しあわせ応援シート」を作成しました。
最後はグループに分かれ、自分以外のメンバーのシートに応援コメントを書いて授業は終了。
全ての因子が書き出せない子や、どんな応援コメントを書いたらいいか分からないという子もいましたが、「自分の個性って何だろう?」「自分はいま、何にチャレンジをしているんだろう?」や、「目の前にいる人を、どうしたら応援できるだろう?」など、短い時間ではありましたが、子どもたちは集中して自分と向き合い、思いを巡らせていたようです。
日本財団「鑑古今日曜学校」担当者からメッセージ
鑑古今日曜学校では、2023年度も計8回の講座の実施を通じて、子どもたちが学びを深め、探究心を養う場を提供する予定です。
日本財団は、今後もあらゆる立場の人々と連携し、教育をはじめとする各種の取り組みを通じて、ソーシャルイノベーションの輪を広げていきます。
編集後記
子どもたちは可能性の塊。ユニークな講座を通じて眠っていた好奇心が刺激されたり、「自分はどうしたら幸せだろう?」と考えるきっかけになったり——。
鑑古今日曜学校は、多くの子どもたちにとって新しい道を開く大きな機会になると感じました。
撮影:永西永実
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。