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ぜいたく病と誤解されやすい小児糖尿病——偏見に悩む子どもたちをキャンプで支援
- 糖尿病はインスリンの血糖を低下させる作用の不足等により、高血糖状態が続く病気。ぜいたく病など誤解されやすい
- 糖尿病の子どもたちのために日本糖尿病協会ではサマーキャンプを実施。仲間づくりや食事、運動などの知識習得を支援
- 子どもたちが糖尿病に対して後ろ向きにならないために、社会の理解醸成が大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
すい臓から分泌されるホルモンで血糖値を調節するインスリン。このインスリンの作用不足によって高血糖状態が長く続き、合併症等を引き起こすのが糖尿病です。
2021年の国際糖尿病連合の調査によると、日本における糖尿病人口は、約1,100万人(※)と推定されています。
そんな糖尿病の呼称を「ダイアベティス(Diabetes)」に変更する動きが出ていることをご存じでしょうか? 糖尿病の診断基準は尿に糖が出ていることではなく、病名が病状を正しく表していない上に、「尿」という言葉の不潔なイメージから、成人患者の多くがその名前に不快感を持っているといわれています。
また、小児期に糖尿病を発症した子どもたちも周囲の無理解に悩みがち。食事の前に保健室などで血糖値を測ったり、それに応じたインスリン自己注射を打ったりしなければならず、給食当番ができないということがあるといいます。さらに、低血糖状態の時は補食とよばれる間食を取る必要があり、それをからかわれてしまうことも。
日々の生活がみんなと同じではないことが精神的苦痛に感じるようになってきます。
公益社団法人日本糖尿病協会(外部リンク)ではそんな子どもたちに、食事や運動、血糖測定など、糖尿病における健康管理を学び、仲間づくりの場を提供するためのサマーキャンプを実施しています。
糖尿病の子どもたちがどんな困難を抱えているか、日本糖尿病協会の理事を務める内潟安子(うちがた・やすこ)さんにお聞きしました。
高血糖状態が続く糖尿病。合併症のリスクも
――まず、糖尿病の概要について教えてください。
内潟さん(以下、敬称略):人間は食事をすると、食べ物は胃や小腸で分解されてブドウ糖というエネルギー源となり、小腸から吸収され、血液中の血糖値(ブドウ糖の量)が上昇します。瞬時にすい臓からインスリンというホルモンが分泌され、糖を肝臓や筋肉などに送り込み、エネルギーとして利用できる仕組みになっています。
しかし、何らかの原因によってインスリンが十分に働かなかったり、インスリン分泌自体が減る・ほとんど消失してしまうという状態になると、血液中の糖が増えてしまいます。この症状が慢性的に続くのが糖尿病です。
――どのような原因によって、糖尿病になるのでしょうか?
内潟:発症原因の違いから、糖尿病には大きく分けて、1型糖尿病、2型糖尿病の2つがあります。
1型の発症原因はまだ明らかになっていませんが、糖尿病になりやすい遺伝体質を持っているところにウイルス感染などをきっかけに自己に対する免疫反応がおこり、すい臓にあるインスリン産生細胞が破壊されて引き起こすといわれています。現在の医療では完全に治すことや、産生細胞の破壊を予防することは難しいとされています。
一方の2型糖尿病は、インスリン作用不足に関係する複数の遺伝的要因に、食べ過ぎや運動不足といった環境要因が加わり、知らず知らずのうちに高血糖になってしまう状態です。
――高血糖状態が続くとどうなるのでしょうか?
内潟:さまざまな症状や合併症を引き起こす危険があります。高血糖状態が続くと、口渇、多飲、多尿、体重減少、疲れやすいという特徴ある症状が出てきます。慢性的に高血糖状態が続くと、細小血管の血管壁が傷つき、動脈硬化を引き起こします。
太い血管が傷ついた場合、合併症として脳梗塞や心筋梗塞などを引き起こしやすく、比較的細い血管が傷ついた場合は網膜症、腎臓病、神経障害などが起こりやすくなり、こちらは糖尿病の三大合併症とも呼ばれています。
その他にも感染症にかかりやすくなったり、白内障、歯周病になりやすくなったりと、さまざまな合併症を引き起こす病気なんです。
――では、その糖尿病にはどのような治療法があるのでしょうか?
内潟:「高血糖だから薬を飲んでいれば治る。それだけでよい」という病気ではなく、年齢や合併症の有無などの状況に応じた目標の指標になるように、血糖値を自分で管理することが必要になります。
1型糖尿病の場合はインスリン治療を中心として、不足しているインスリンを補うことになります。1型糖尿病の患者は基本的に1日3回、食事の前に血糖値を測り、食べる食事の量によって注入するインスリンの量を決めていく頻回注射療法や、インスリンを持続注入するインスリンポンプ療法というものがあります。
一方、2型糖尿病の場合は食事療法と運動療法で血糖値を目標値に達成させる方法や、さらにインスリン療法を併用する方法もあります。
どちらのタイプの糖尿病とも治療の目的は、高血糖が引き起こす合併症を予防したり、悪化を阻止したりするためです。
偏見にさらされる小児糖尿病患者に、キャンプで仲間づくりの場を
――日本糖尿病協会では、1型糖尿病の子どもたちに向けたサマーキャンプを実施されていますが、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?
内潟:日本の小児糖尿病サマーキャンプは、1963年に小児科医師であった丸山博(まるやま・ひろし)さんが海外のキャンプに倣って始められました。1967年からは日本糖尿病協会主催となって財政的支援を開始し、各地のキャンプのレベルアップを図りながら、現在では全国50カ所で行われており、コロナ禍を除いて毎年開催されてきました。
2014年からは2型糖尿病のお子さんもこのサマーキャンプに参加できるようになりました。
内潟:先ほどもお話した通り、糖尿病は自己管理が重要な病気ですので、インスリンの注射方法の習得や、血糖値が下がり過ぎたとき(※)の対応など、自己管理の方法をみんなで学び、上手になることが目的の1つです。
また、食事や運動と血糖値がどのように関連して動くのかなどの知識も身につけてもらい、山登りや川遊びなど体を思いっきり動かす体験もしてもらっています。
それ以上に大きな目的が仲間づくりです。1型糖尿病の患者数は糖尿病全体の約2パーセント程度。幼い子どもの発症が多いといわれていますが、人数が少ないため日常生活の中で仲間を見つけるのは難しい状況で、「自分だけがインスリン注射や血糖測定をしているのかな?」と、孤独感を募らせやすいんです。
しかし、小児糖尿病キャンプでは同じ境遇の仲間や、理解してくれる大人に出会えます。キャンプに参加してよかったことを聞くと、同じ仲間に出会えたこと、友達になれたことが一番に挙がってくるんです。
- ※ インスリン注射量が多すぎたり、食事の量が予定よりも少なかったりする場合に起こる。手の震えや集中力の低下が起き、重度の場合は死に至ることもある
――糖尿病の新たな呼称として「ダイアベティス(Diabetes)」とする案を、日本糖尿病協会と日本糖尿病学会が連名で発表していますね。それも糖尿病に対する誤解などが理由にあるのでしょうか?
内潟:そうです。糖尿病という言葉には「不摂生しているとなる病気」とか「運動不足のせいで起きる」という偏見が根強くあり、子どもだけでなく、成人の糖尿病の皆さんも周囲の無理解にさらされています。
また、糖尿病が診断されても尿に糖が出ていない状況もあり、「糖尿病」という呼称が症状を正確に表していないことや、「尿」が病名に入っているところから不潔なイメージを持たれることもあり、糖尿病にまつわる言葉を見直し、イメージを刷新するアドボカシー活動(※)(外部リンク)を行っています。
- ※ 社会的弱者やマイノリティの権利を擁護するため、彼らの主張を代弁し、政治・経済・社会などに訴えかける活動のこと
――なるほど。他にも日本糖尿病協会が行っている活動はどのようなものがありますか?
内潟:糖尿病の子どもが通う学校で、教師が糖尿病のことをよく分かっておらず、低血糖を異常に怖がったり、体育の授業や修学旅行への参加にどう対処していいのか分からなかったりするという声を聞きまして、教職員向けの出張セミナーも行っています。
子どもが安心して学校生活を送れるようにするには、子どもだけではなく、先生にも糖尿病に対する正しい知識を持っていただくことが重要だと考えています。
糖尿病は恥ずかしくないと言える社会に
――2021年以降は、小児糖尿病キャンプをオンラインで開催したそうですね。
内潟:はい、コロナの影響で小児糖尿病キャンプを一時休止していたのですが、子どもたちやボランティアスタッフの気持ちが離れてしまわないように、オンラインを活用し、「小児糖尿病バーチャルキャンプオンラインキャンプ」(外部リンク)として開催しました。
2023年も11月に開催し、バーチャル空間で山登りをするゲームや、グループトーク、スケッチコンクールなどで盛り上がりました。
――子どもたちの反応はいかがでしたか?
内潟:普段のキャンプでは、地域同士での交流しかできませんでした。しかし、バーチャルキャンプでは福岡の子と北海道の子がすぐ仲良くなるといった、空間を飛び越えた交流が可能になり楽しんでいました。もう1つ印象的だったのは、入院中の子どもも参加することが可能だった点ですね。
2023年からは実際のキャンプも各地で6割くらい復活しているので、今後もリアルとバーチャルを併用していきたいと思っています。
――素晴らしい取り組みですね。最後になりますが、糖尿病の子どもたちが生きやすい社会にするために、私たち一人一人ができることはどんなことでしょうか?
内潟:もっとも大切なことは、糖尿病に対して正しい理解をし、偏見をなくしていくことではないかと思います。元阪神タイガースの岩田稔(いわた・みのる)選手をはじめ、この5、6年で糖尿病を隠さずに活躍している人が増え、社会全体に糖尿病の正しい認知は段々と広がってきていると感じています。
しかし、偏見などはまだ根強くあります、子どもたちが糖尿病であることを隠さずにいられる社会には、もう一歩ではないかと……。協会としても啓発活動に力を入れていきたいと思います。
――そんな社会にしていくためには、どんなことが必要でしょうか?
内潟:プロの車いすテニスプレーヤーの小田凱人(おだ・ときと)さん(※)が「障害者のスポーツの方が面白いんだよな」と発言しているのを聞いたことがあります。小田さんのように自分の境遇を受け入れ活躍しているロールモデルとなるような先輩が、糖尿病の子どもには必要だと思います。
- ※ 9歳の時に骨肉腫を発症。闘病生活の後、車いすテニスを始め史上最年少の14歳11カ月でジュニア世界ランキング1位に。2024年1月現在17歳。参考:パラサポWEB「パラ史上最年少のプロ車いすテニスプレーヤー 小田凱人の素顔 」(外部リンク)
内潟:「糖尿病だからってどうってことはないんだよ、管理さえしっかりしていれば大丈夫なんだよ」という姿を先輩が見せていく。そして子どもたち自身に、「糖尿病は恥ずかしくないんだ」という思いを持ってもらいたいです。
私は2型糖尿病の体質は太古の昔、食べ物がほとんどなかった時代を生き延びるために生まれた体質じゃないかと考えています。わずかな食べ物からでもエネルギーを得ることできるよう、「インスリンが効きにくい体」がつくられ、その遺伝子が受け継がれてきたのではないかと。
そして、人類が長年繁栄してきたのは、この遺伝子をたくさん持っている人類がいたからだともいわれています。「糖尿病は恥ずかしい病気ではない」と思えるようになってほしいですね。
編集後記
取材を通し、自分の中にも糖尿病は自己管理ができていない人の病気という、無意識の偏見があったことを思い知らされました。
糖尿病による偏見で苦しむ子どもや患者さんをなくすために、病名の変更を後押しするとともに、糖尿病に対する正しい理解を、社会全体に広めていきましょう。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
内潟安子(うちがた・やすこ)
1951年生まれ。日本糖尿病協会理事。東京女子医科大学附属足立医療センター(現・足立医療センター)病院長、糖尿病センター長を務めるなど、糖尿病の治療や研究、啓発に尽力。著書に『小児・ヤング糖尿病―のびのびしっかりサポート』などがある。
公益社団法人日本糖尿病協会 公式サイト(外部リンク)
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