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原因は脳の電気信号の異常。日本に100万人の患者がいる「てんかん」、識者に聞いた
- 日本に100万人もの患者がいるといわれ、実は身近な病気である「てんかん」
- 発作にはさまざまな症状があり、原因も不明なことが多いため、実態が理解されづらい
- てんかんは正しい知識を持ち、落ち着いて対処することが大切。理解を広め、生きやすい社会に
取材:日本財団ジャーナル編集部
あなたは「てんかん」について、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
家庭用ゲームの起動時に「光の点滅にさらされた際、てんかんの発作を引き起こす可能性があります」といった警告が表示されることがあり、「言葉だけは知っている」という人も多いと思います。では、実際の症状はどのようなものでしょうか?
てんかんとは脳神経の電気信号が乱れる病気で、それによりけいれんや意識が曇るなど、さまざまな症状を引き起こします。実は日本人の100人に1人がかかるといわれている身近な病気です。
しかし、原因がはっきりしないことや、てんかんだと分かりづらい発作があるなどの理由から、正しい理解が進んでいない病気でもあります。
テレビアニメ「ポケットモンスター」で激しい光の点滅描写により、視聴者がてんかん発作を起こしたことや、てんかんの持病を持った人が車の運転中に交通事故を起こしたケースなどがあり、「よく分からないけれど怖い病気」というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
「てんかんは薬をきちんと服用し、生活リズムを整えていれば、ほとんどが抑えられる病気です」
そう語るのは公益社団法人日本てんかん協会(外部リンク)の理事、事務局長を務める田所裕二(たどころ・ゆうじ)さん。てんかんとはどんな病気なのか、詳しく伺いました。
患者が100万人もいるが、原因不明が約7割
――てんかんとは一体どんな病気なのでしょうか?
田所さん(以下、敬称略):WHO(世界保健機関)は、てんかんを以下のように定義しています。
田所:脳内には1,000億以上もの神経細胞があり、ものを見たり、聞いたりすると電気信号を送り、それによって私たちは「見えている」「聞こえている」と感じられるわけです。また、歩く、話すといった動作も電気信号の命令によって可能になります。
ところが、てんかんは何らかのきっかけで脳内に電気信号が過剰に流れてしまい、適切な指示をできなくなってしまうんです。結果、体をコントロールできなくなり発作が起きてしまいます。
――てんかんの発作とはどういったものなのでしょうか?
田所:発作の症状は千差万別です。皆さんが「てんかん」と聞いてイメージするのは、体が硬直し、がくがくとけいれんを起こし、意識を失って倒れる発作かと思いますが、それは「強直間代発作(きょうちょくかんだいほっさ)」といい、このような分かりやすい(周囲の人に強い印象を与える)発作を起こす方は全体の1割にも満たないんです。
――そうだったんですね。ほかにはどんな発作の症状があるのでしょうか?
田所:例えばぼーっとしている状態も、てんかん発作の1つなんですよ。目は開いているし、息もしているにもかかわらず反応がなくなるような状態です。
また、急に歩き出したり、体をまさぐったり、舌なめずりをするなど、無表情で意味のない行動を繰り返す発作もあります。
発作によっては、本人に発作中の記憶がない場合もあるんですよ。
――テレビアニメ「ポケットモンスター」を見ていたら、気分が悪くなったというケース(※)がありましたが、あれもてんかん発作と考えていいんでしょうか?
田所:はい。あれは光によっててんかん発作が引き起こされた状態で「光感受性(ひかりかんじゅせい)てんかん」という、てんかんの一形態です。
このように何が発作の引き金となるかは人それぞれなんです。
さまざまなてんかん発作があるため、現在は「てんかん」というのは疾患名ではなくて、総称となっています。
発作が脳全体から始まるか、一部から始まるか、また発作の種類などによって病名がつき、その種類は20種にも及びます。
- ※ 1997年、テレビアニメ「ポケットモンスター」の放映時に、激しい点滅描写があり、それにより光過敏性発作を引き起こし、700人近くが緊急搬送された事件。ポケモンショック、ポリゴンショックなどと呼ばれる。この事件を機にアニメ番組等の映像効果に関するガイドラインが作られるようになった
万引きに間違えられる、駅でのトラブル。根強い偏見も
――てんかんとなる原因は何なのでしょうか?
田所:出生時に脳に酸素が行き届かないことによって起こる出生時障害や、脳炎、事故などが原因の人もいますが、はっきりと原因が分からない人が全体の7割を占めます。
遺伝子の研究が進んでおり、「遺伝子がてんかんに関わっている」とは言われていますが、どの遺伝子が原因となるかは分かっていませんし、双子のように同じ遺伝子を持っていても片方には発症しないケースもあるため、ほぼ遺伝性ではないというのが現在の見解です。
原因がはっきりと分からないということも、てんかんの正しい認知が広がらない一因でしょう。
――発作中の自覚症状がないというのは驚きました。
田所:はい。そのために犯罪に間違われたり、トラブルに発展したりするケースもあります。
例えば、自動症発作の1つに歩き回るというのがあるのですが、お店で商品を手にしたまま発作が起きて歩き始めてしまい、運悪く店から出てしまって万引きに間違われるケースがあります。実際、それで逮捕されるという事例もありました。
――それはつらいですね……。
田所:30年くらい前から、医師で構成される日本てんかん学会(外部リンク)などと一緒に、地道に警察関係者に対し、そういったてんかんの症状があることを説明したことによって、徐々に理解を得られるようになってきました。
もしそういう事態が起こった場合、警察の方にはてんかん発作を起こした方の家族や主治医に症状を確認してもらうことをお願いしており、ここ10年ほどで逮捕までには至らないようにはなってきました。
――その他、トラブルに至るケースというのはありますか?
田所:駅でのトラブルをよく聞きます。
電車のホームで発作が起きてしまうと、駅員さんは線路に落ちないか心配ですから止めようとします。
ただ、後ろから羽交い締めにされてしまうと、人間の本能として振りほどこうとしてしまうらしいんですね。その時に手が当たってしまい、駅員さんを殴ってしまったようになり、トラブルになるというケースも起きています。
――なるほど。てんかんへの理解がないと、駅員も他のお客さんも意図的に殴ったと思ってしまいますね。
田所:今、ちょうど国土交通省や鉄道関係の会社の方と当協会で、意見交換を始めたところです。
また、発作の症状が分かる緊急カードのようなものや、ヘルプマークを携帯するように、てんかんのある人たちに呼びかけていこうとしているところです。
――過去には、てんかんのある人が重大な交通事故を起こしたケースもありました。
田所:鹿沼市クレーン車暴走事故(※)では、加害者であるてんかんのある男性が、薬を飲まないと発作が起きると分かっていたにもかかわらず、薬を服用せず、さらに寝不足状態だったことが分かっています。
てんかん発作というのは薬を飲んでいたとしても、寝不足や疲れている時に起こりやすいんです。
また、この男性は過去にも安全に運転ができないような症状が頻発していて、車を壊す事故を起こしていたにもかかわらず、運転免許更新の際に症状を正しく申告をしていませんでした。
この事件はいくつかの悪い要因が重なり起きてしまった事故なのですが、きちんと薬を飲み、気をつけて生活をしている人が多いにもかかわらず、「てんかんのある人は危ない」、「運転をさせるべきではない」というイメージが広がってしまいました。
- ※ 2011年に起きた、てんかんのある男性がクレーン車を運転中に発作を起こし、集団登校中だった児童の列に突っ込み、6人全員が亡くなった事故
――実際には、運転免許は取得できるのでしょうか?
田所:「てんかんがあると診断される、もしくは治療中の場合、運転免許は取得できない」とよく勘違いされるのですが、てんかんのある人であっても、「安全な運転に支障が生じるおそれのある症状(発作)が2年間ないこと」(※)など、条件を満たせば運転免許を取得することができます。
服薬治療をしていても一定期間症状が現れなければ、自動車の運転は可能なんです。
ただ、自動車の運転を主とする仕事はお勧めしていません。栃木の事件では、加害者も医師から運転は止められていました。
――なるほど。先ほど、薬の服用の話がありましたが、てんかんに治療法はあるのでしょうか?
田所:基本は薬物治療で、7割の方が発作を抑えることができます。薬で発作が抑えられない場合は、てんかん原性領域と呼ばれる、てんかんの原因となっている脳の一部分を切除する外科手術などもあります。
――てんかんは薬で完治する場合もあるのでしょうか?
田所:完治というニュアンスが難しいのですが、薬によって発作症状を起きにくくはできますが、完治することはないと考えて良いと思います。
ですが、一般的には5年ほど発作が起きなかったら徐々に薬を減らしていき、断薬も目指せます。服薬を中止した後も発作が起こらなければ、寛解(※)といえる状態です。
実際に、子どもの頃に薬を飲んで通院をしていたという「元・患者」さんの話を聞く機会もあります。一方で、何十年ぶりに発作症状が現れたという相談もあります。
- ※ 病気による症状や検査異常が消失した状態
「てんかんなら大丈夫」といえる社会を目指して
――薬を服用し、生活面にも気をつけていれば、基本的には生活の制限はないと考えていいのでしょうか?
田所:基本的には制限はありませんが、お風呂は注意が必要です。てんかん発作はリラックスした時に起こりやすいといわれてますので、湯船で溺れて亡くなってしまう事故が多いんです。
なので、お子さんが入浴中は保護者が近くで見ていることが必要ですし、1人暮らしをされている方の中には、お湯には浸からずシャワーで済ませる方も多いです。
――周りにてんかんの患者さんがいた場合に、何かできることはありますか?
田所:一人一人、発作の症状や誘発されやすい環境が違うので、てんかんのある本人に発作について話を聞くことですね。どういう症状なのか、発作が起きにくくするために、また起きた場合には何に気をつければいいのかを聞いておくと、お互いに安心ですよね。
先ほどお伝えしたような事件の印象だけが残ってしまって、誤解されやすい病気でもあるので、薬で症状を抑えることができている人は「てんかんがある」と周りには言わないでしょう。
てんかん発作自体が命に関わることはほぼありません。なので、発作を見ても皆さんが「あ、てんかんなんだね。だったら大丈夫だね」と思ってもらえるような社会になるよう、活動を続けていきたいと思います。
取材後記
なんとなくのイメージでしかてんかんを知らなかったことに気付かされた取材となりました。私たち一人一人が正しく理解することで、当事者の人たちがもっと生きやすい社会につながる病気だということが分かりました。
てんかんは決して怖い病気ではありません。本人はもちろん、周りの人たちも理解することに努め、てんかんだということを隠す必要のない社会を目指しませんか。
撮影:十河英三郎
[参考記事]
「てんかん」を知っていますか? – 記事 | NHK ハートネット(外部リンク)
てんかんの人との接し方 知ってほしい!“てんかん”のこと- 記事 | NHK ハートネット【前編】(外部リンク)
これだけは知ってほしい!“てんかん”のこと[後編] – 記事 | NHK ハートネット (外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。