社会のために何ができる?が見つかるメディア
口や視線で操作する入力デバイスを体験したら「面白がってほしい」と言われた話
- テクノツールでは、口や視線でパソコンなどを操作する入力支援機器を開発・提供
- 給付金の有無は自治体次第。価値を理解されづらく、住む場所で生活の幅が決まってしまう
- ユニークなデバイスとして面白がってほしい。面白がる人が増えれば、認知拡大につながる
取材:少年B
日本財団ジャーナルの読者の皆さま、はじめまして。フリーライターの少年Bです。
わたしは社会問題に関して疎いのですが、編集部より「そのような方の視点だからこそ、伝わるものがある」と依頼をいただき、今回書かせていただくことになりました。
さて、わたしは今日、東京都の多摩地域にある稲城駅に来ています。
というのも、「この近くにユニークなパソコン向け入力デバイスを開発・販売している企業がある」と聞いたからです。
インターネット歴24年目、パソコン大好きのわたし。居ても立ってもいられず、やってきました。
それではさっそくその企業におじゃましてみましょう!
口や視線。症状ごとにある多様な入力支援機器
というわけで、やってきたのはテクノツール株式会社(外部リンク)。取材を申し込んだところ、広報の干場慎也(ほしば・しんや)さんが対応してくれました。
――本日はよろしくお願いいたします!テクノツールさんは、いったいどのような事業を行ってるのでしょうか?
干場さん(以下、敬称略):アシスティブ・テクノロジー(※)と呼ばれるツールやデバイスの開発・販売をするのが主な事業です。
例えば、点字編集システム(外部リンク)。テキストを点字に翻訳する「点訳」という作業があるのですが、それ用のツールを開発し提供しています。
- ※ 身体障害などがあり機器類の使用が困難な人のために、さまざまな支援を行う技術
――恥ずかしながら「点字に翻訳する」という作業について考えたことがなかったです……。そういったツールがあるんですね。ユニークな入力デバイスがあるとも伺っているんですが、それもアシスティブ・テクノロジーの1つなんでしょうか。
干場:はい。うちでは「入力支援機器」と呼んでいます。
パソコンを使うとき、みなさん、マウスやキーボードといった入力機器を使いますよね?
でも、さまざまな事情でそういった入力機器を使いづらい方がいらっしゃいます。そういった方に対して、その代わりとなるようなものを開発・販売・提供するのも、テクノツールの業務の1つなんです。
干場:こちらは「らくらくマウスⅢ ジョイスティック型」(外部リンク)という製品です。
――「波動拳(※)が出しやすそうだな」と思ったんですが、パソコン用なんですね。
- ※ 格闘ゲームを代表する必殺技の1つ
干場:確かに、一見ゲームのコントローラーのように見えますよね。
不随意運動(ふずいいうんどう)といって、自分の意思とは無関係に体が動いてしまう方が操作しやすいように作られた入力支援機器なんです。
不随意運動とマウスは相性が悪いので、レバー型のコントローラーを採用しています。
また、各ボタンの上には穴の空いたアクリル板のようなものがついています。これはキーガードといって、指が勝手に動いてしまっても、キーガードがガイドになって、入力ミスが起きにくい構造になっているんです。
干場:神経の疾患などで麻痺(まひ)のある方、筋力はあるが思ったように体を動かしづらいという方に使っていただいている入力支援機器ですね。
――なるほど!
干場:あとは、口や視線で入力するデバイスも取り扱っています。
――ええっ、そんなデバイスまで……!ユニークな入力デバイスがあると聞いてはいたんですが、考えてみれば体が動かせない人にとっては深刻な問題ですもんね。自分の想像力の足りなさを恥じています。
干場:いえいえ、そんなことはないですよ。実際に触れてみると面白いと思うので、実際にパソコンを操作してみてください。
――スティックでマウスカーソルを操作するの、新鮮だな~!左右のクリックだけじゃなくて、ダブルクリックもボタンでできるんですね。
干場:操作のしやすさはどうですか?
――う〜ん、普段と操作方法が全然違うので、やっぱり難しいですね。でも、長いこと触っていれば慣れそうです。
干場:次は口で操作する入力支援機器を使ってみましょうか。
干場:これは「ジョーズ+(プラス)」(外部リンク)といいます。首から下が動かない方を想定している機器です。口にくわえたマウスピースを上下左右に動かすことで、マウスカーソルを操作できます。
また、息を吹くと左クリック、息を吸うと右クリック。2回連続で小刻みに吹くとダブルクリックとなります。個人の肺活量や可動域に合わせて調節もできますよ。
――息でコントロールするんですね!
干場:そうなんです。画面に表示されたキーボードで文字の入力をしてみてください。
――そうか!これを使用するユーザーはキーボードも使用しないから、文字入力もこれで行うんですね。しかし、これ、めちゃめちゃ難しいですね……!
――ハァ、ハァ……。文字を打つのに息が上がるとは思いませんでした。これで原稿を書いたら30キロぐらいやせそうです。
干場:あはは。では、最後にフィンランド製の入力支援機器「Zono 2(ゾノツー)」(外部リンク)を使ってみましょうか。
干場:これは眼鏡のように耳に掛けて使用します。ジャイロセンサーというものを搭載しているので、首の動きを感知して、マウスカーソルを操作できるんです。
――おお、これはすごい。ちょっと首を動かしただけでもマウスカーソルが追従してきますね!視線で操作しているような感覚になります。
干場:そうですね、見た場所にマウスカーソルが移動するという感じです。クリックは滞留(たいりゅう)といって、一定時間同じ場所をじっと見つめると、クリックと判断されます。
これは首が動くけど手先の力が弱い方とか、筋肉が衰えていく進行性の難病の方に使用いただいている入力支援機器です。
――正しい意味で「頭を使って」文章が書けました。頭の動きだけで入力ができるのは、なんだか未来って感じがしますね!
スピードという点が抜け落ちがちのウェブアクセシビリティ
――入力支援機器を体験させていただきまして、ありがとうございました。テクノツールさんは、なぜこのような事業を始めたのでしょうか?
干場:先代の社長の話になるのですが、お子さんに身体・知的障害があって、幼い頃に亡くなってしまったそうなんです。
それで「障害のある方々に向けて何かをしたい」って思うようになり、会社を立ち上げたと聞いています。
弊社ができたのが1994年。ちょうど一般家庭でもパソコンが普及し始めた時期で「さぁ、これからパソコンを使ってすごいことができるぞ」という時代だったのですが、物理的に操作できないという方もいたわけで。
そういった方々に対して「何かできないか?」と考え、ツールの開発や提供を始めたそうです。
――そうなんですね。そういったニーズやユーザーがいるということ、あまり意識したことがありませんでした。
干場:そうですよね。「パソコン=ディスプレーとキーボードとマウスで操作する」と思っている人が大多数だと思います。それが前提って感じにはなっていますよね。
でも、その当たり前だと思っているものが使えない人がいますし、事故などで使えなくなってしまう人がいます。
だから、もうちょっと入力支援機器のことは知ってほしいなと思います。
――こういった入力支援機器の使用を想定しておらず、利用できないウェブサイトというのもある気がします。
干場:入力支援機器は基本的にマウスやキーボードの代替品で、ウェブサイトはマウスやキーボードを使うのが前提になってはいるので、最低限のウェブアクセシビリティ(※)は担保されていると思います。
が、便利とは言えないですね。
最終的に求めている情報にリーチできるという意味では「ウェブアクセシビリティは確保されている」と強引に言えるっちゃあ言えるんですが、スピードという点は後回しになっている気がします。
調べ物だけで1日が終わっちゃうみたいなことはよくあるんですよ。僕は音声認識で文字入力をしていますが、誤認識も多く、修正が必要なので手間がかかります。
- ※ 視覚や聴覚に障害のある人、高齢者などを含めた全ての人が、ウェブサイトで提供される情報にアクセスできるようにすることを「ウェブアクセシビリティを確保する」と言う。参考:ウェブアクセシビリティとはどういう概念?専門家に聞いてみた| 日本財団ジャーナル(別タブで開く)
自治体によって支援が異なる=住む場所で生活の幅が決まる
――ちなみにこれらの入力支援機器ですが、実際に買おうとすると、いくらぐらいになるんでしょうか。
干場:今お使いいただいた「Zono 2」は22万円ですね。一番最初に使ってもらった「らくらくマウスⅢ」は6万4,000円で、「ジョーズ+」は30万円ぐらいです。
――おお……。ちょっと、「気軽に買おう」とは言えないお値段ですね……。
干場:そうなんですよね。ただ、日常生活用具給付(※)という制度で、補助が受けられます。
- ※ 障害者が日常生活を円滑に過ごすために、必要な機器を公費で補助する制度。参考:日常生活用具給付等事業の概要 |厚生労働省(外部リンク)
――補助金はどれくらい出るものなんでしょうか?
干場:これは本当に自治体によってさまざまですね。こういったニーズを把握していない自治体だと、その価値が理解されず、補助金は低くなってしまいます。
でも、それだと自分の生まれた場所や住む場所によって、生活の幅が決まってしまうということになるので、この状況はなんとかしたいなと思っています。
そもそも「入力支援機器を使っている人がいる」ということ自体が、世間に伝わりづらいんですよね。やっぱり自分の体が動かなくなったときに、「初めて調べて、知るもの」になってしまっているんですよ。
――確かに、知る機会ってそれくらいですね……。
干場:ある程度の当事者性がないと人は動かないんですよね。だから、さまざまな人に当事者性を持っていただかないと、給付制度の拡充も実現しないんですよ。
――どうすれば一人一人に当事者性を持ってもらえますかね?
干場:「こういった入力支援機器の存在を知ってもらう」ということになると思うんですけど。となると、どうしても切り口って“福祉”寄りになってしまいがちじゃないですか。それは「ちょっと違うな……」と感じていて。
きっかけとしては、「めっちゃ面白いデバイスがあるじゃん!」みたいな方向で知ってもらう方が、僕はいいと思っているんですよね。
自分で入力しやすいようにキーボードを自作する人たちっているじゃないですか。ああいった方たちに興味を持ってもらえたら、入力支援機器が盛り上がりそうだし、もっと便利なプロダクトも生まれる気がします。
面白がってもらった方が、結果的にいろいろなところに波及していくと思うんですよね。
――いわゆるガジェットが好きな人たちとは相性が良さそうですよね!ゲーム実況動画とか、ゲームを高速でクリアするRTA動画(※)とか、入力支援機器を面白がってくれそうな人はたくさんいると思います。
- ※ リアルタイムアタックの略。ゲームの開始からクリアまでの時間を競う競技。100分の1秒単位で争うため、コントローラーを2つ同時に使用するなど、一般的ではない操作や入力を求められる場合がある
干場:そうなんですよ!「福祉機器だから、そういう用途で使うのはどうか?」みたいな気持ちがあるかもしれないんですけど、触ってもらえる人が増えるほど、新しい使われ方が生まれますし、意外なところでの需要に気付かされるかもしれません。
干場:面白がる人が増えれば、知る人が増える。知る人が増えたら、世の中の企業や自治体が認知してくれる。なので、知る人が増えるのはいいことなんですよ。
入力支援機器を面白がって、「じゃあ、こんなのもあったらいいんじゃない?」って、みんなが考える。
そういった方向で、多様な人たちを理解していくっていうのもアリなんじゃないでしょうか?
取材後記
「面白いデバイスがある」と聞いて、興味本位でおじゃまをしたのですが、説明を聞いているうちに、「ただ面白がっていいんだろうか?」という気持ちが湧いてきました。
ただ、干場さんの考え方を伺う中で、「こういう切り口での取り上げ方も必要なんだ」と感じました。
もしこちらの記事で入力支援機器を「面白い」と思われた方は、もう一歩踏み込んで「ユーザーの背景」も想像してもらえたらと思います。
撮影:十河英三郎
テクノツール株式会社 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。