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ファックスが命綱?障害に寄り添うメーカー自立コムが向き合う「聴覚障害者の毎日の不便」

- 自立コムは、聴覚障害者が円滑な生活を送るための機器の開発や販売を手がけている
- 機器購入費用を補助する公的制度もあるが、障害者のニーズとマッチしていないなど課題も多い
- 聴覚障害者の不便さを理解し、社会全体で声を上げていくことが、誰にも公平な社会につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
人との会話やインターホンの音。私たちの日常には音があふれており、そこから多くの情報を得て生活をしている。では、耳が不自由な聴覚障害者はどうか。少し想像しただけでもいくつか不便が思いつくのではないだろうか。
その不便さを解消する機器を輸入から開発、製造・販売まで手がけ、聴覚障害者の生活に寄り添ってきたのが株式会社自立コム(外部リンク)だ。1990年の創業以来、耳が不自由な人に向けて「より良い聞こえとコミュニケーションのために」をモットーに事業展開している。
今回は、自立コムの代表取締役を務める青木建人(あおき・けんと)さんに、聴覚障害者が毎日の生活の中で感じる不便と、それに対し社会にどのような取り組みが必要かお話を伺った。

耳が不自由な人に音の「情報」を届ける
自立コムの創業者は青木さんの父・訣(さだむ)さん。訣さんはもともと会社員として海外の時計の輸入・販売をしていたが、仕事でヨーロッパ諸国に何度か訪れるうちに、「聴覚障害者向けの福祉機器が数多く販売されているのに比べ、日本にはほとんどない」ことに気付いたという。
耳が不自由な人の生活に少しでも役に立てればと、日常生活を支援する機器を手がける会社として自立コムを創業する。2000年には民間で初となる、耳の聞こえる人と聞こえない人を手話通訳のオペレーターがつなぐ電話リレーサービス(別タブで開く)を開始した。建人さんは2013年から代表を引き継いだ。
ろう者(※1)や難聴者(※2)以外にも耳の遠い高齢者など、聴力に問題を抱える人の製品も扱う自立コム。多くの耳が不自由な人の生活を支えているのが「屋内信号装置」だ。
- ※ 1.補聴器等をつけても音声が判別できない人
- ※ 2.聞こえはするが、聴力に難がある人
屋内信号装置は、発信器と受信器をセットで使用する。発信器はインターホン、火災報知器、赤ちゃんの泣き声など特定の音を感知すると受信器に信号を送り、受信器はその信号を光や振動に変換して利用者に伝える仕組みだ。


単純な仕組みのように感じるが、暮らしの中にはいろんな音があふれているため、必要な音だけを拾う必要がある。自立コムで扱っている受信器は、必要な音を聞き分ける機能に優れ、誤作動が起こりづらいというのが特徴だ。福祉国家スウェーデンを代表する福祉機器メーカー「ベルマン社」の製品を数多く扱っており、正規代理店でもある。


自立コムでは自社でも機器の開発を行っている。最初に開発されたのは、1995年に発売された世界初の携帯型双方向筆談通信装置「ECOT(イーコット)」だ。電話回線を経由することで、遠方にいても筆談が可能になる装置で、当時、聴覚障害者の文字コミュニケーションはファックスが主流だったため、より手軽なコミュニケーションができると、話題を呼んだ。

その後も自立コムからは数々の機器が生まれた。2021年には携帯用会話補助装置「かんたんトーク2」を開発。文字を入力すると音声で読み上げる装置だ。

障害者雇用促進法(※)により、企業が聴覚障害者を雇用するケースも増えている。しかし、雇用する企業側も、障害の当事者側もコミュニケーションに不安を抱えている場合が多い。そういった場面でも、自立コムの取り扱い商品が役立っていると青木さんは話す。
- ※ 従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める障害者の割合を法定雇用率以上にする義務がある。2022年現在、法定雇用率は2.3パーセントで、従業員が43.5人以上いる場合、障害者枠として1人以上採用することになっている

こういった聴覚障害者用の機器が、求めている人全員に行き渡っているかというと、そうではない。青木さんは30年以上機器の営業・販売を行っているが、いまだに「こんなに便利なものがあるとは知らなかった」と、驚かれることもあるという。
消えつつあるファックスがないと生活できない当事者もいる
私たちが気付きにくい、聴覚障害者の不便について伺ったところ、「機器の進化に取りこぼされてしまう人がいる」ことと「生活に必要な機器を公費で補助する給付金制度の実態とのズレ」があるという課題が見えてきた。
「今の社会の流れからいくとファックスは廃止の方向で進んでおり、製造している会社も現在数社程度となっています。しかし、30~40年ほど前までは、聴覚障害者のコミュニケーションの主流はファックスでした。今でも最も使い慣れているコミュニケーションツールはファックスで、スマートフォンは使えないというご高齢の方も多い。ファックスがいわば命綱になっているという人がたくさんいらっしゃるんです」
最近でも、外務省でファックスが廃止になったニュースが話題になった。「まだ使っていたの?」と驚いた人は多いだろう。しかし、ファックスがなくなることで日常生活に支障をきたす人がいることを、想像できただろうか?さらに、青木さんは続ける。
「障害者が日常生活を円滑に過ごすために、必要な機器を公費で補助する『日常生活用具給付制度』というものが設けられているのですが、携帯電話やスマートフォンが普及したことで、ファックスが給付制度の対象商品ではなくなってしまいました。じゃあ、スマートフォンが対象になったのかというと、誰もが使うものという理由で対象になっていません。新しい機器が造られて生活が便利になることには大賛成ですが、それまで使っていた製品しか使えないという人もいることを忘れてはいけないのです」

時代の流れといえ、「制度からこぼれ落ちた人を見ないことにする」と同意であることを自覚すべきだろう。また、この給付制度は、給付金額が実態に伴っていないという課題もあるという。
「この制度が設けられたのは今から16年ほど前。最初は検討会が設置され、2006年には各自治体の判断に委ねられることになりました。16年も経てば経済状況も変わります、物価は上がっていますが、上限金額は16年前から一切変わっていません。例えば屋内信号装置を購入した場合、給付の上限は8万7,400円になっていますが、生活に必要なものを最低限揃えるとなると15万円ほど掛かり、約半分は自己負担というのが現状です」
15万円は最低限の費用で、部屋ごとに受信機を置くなど、生活を便利にしたい場合、出費はそれ以上となる。また自治体によっては同居の家族がいる場合、給付金が出ないというケースもあるという。
大切なのは社会全体で改善の声を上げ続けること
給付制度の対象商品や上限金額の見直しなど、聴覚障害者の生活の不便を解決するためには、「待っているだけではだめだ」と、青木さんは話す。
「当事者だけでなく、私たちも国や制度に声を上げていくことが、誰もが暮らしやすい社会を実現する一歩になると私は思っています。聴覚障害のある方というのは見た目には障害が分からないことも多いので、『聞こえないだけでしょ』と、軽く見られてしまうことが多いんですよ。でも、実際には聞こえないがゆえに困る場面というのはかなり多い。例えば駅で電車が止まってしまったとき、細かい状況説明は音声アナウンスでしか流れません。駅で流れている音を視覚化する装置『エキマトペ』(別タブで開く)はとてもいい仕組みだと思いましたが、導入されているのは残念ながら1駅のみ。それもまだ実験段階です。社会の中で細かな情報を知ることができずに困っている聴覚障害者がいることを、まず認識してもらう。そうすることで、便利なものは増えてくるはずですし、社会は大きく変わっていくのではないかと思います」
聴覚障害者の生活がより便利になるように、今後取り組んでいきたいことを青木さんに伺った。
「今後はIoT (※)も活用しながら、聴覚障害者の方の生活を支えていきたいと思っています。一方で、便利さだけにシフトするのではなく、当事者にとって本当に使いやすいかどうかということも追求していきたいです。父は聴覚障害者のための機器の開発や普及が、ヨーロッパ諸国より遅れていることに気付き会社を設立しましたが、30年近く経ってもその状況はあまり変わっていません。私たちももっと努力し、その状況を変えていきたいです」
- ※ Internet of Things(モノのインターネット)の略。さまざまなモノをインターネットにつなぐことで、より便利にする試み

今回とても印象的だったのがファックスの話だった。社会課題全てに言えることだが、当事者の声を聞かないと気付けないことがある。
便利さを一歩進んで想像をしてみるだけでなく、時には後ろを振り返って考えてみること。障害のある人の暮らしに寄り添うには、そういう考え方も必要なのかもしれない。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。