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障害者雇用における「合理的配慮」。「目に見えない障害」のある人にどう接する?
執筆:清水沙矢香
障害者雇用促進法では、事業者は障害のある人に対して「合理的配慮」を提供しなければならないとされている。
合理的配慮とは、例えば視覚障害がある人に対しては点字や音声で採用試験を実施すること、聴覚や言語障害がある人に対しては筆談で面接を行う、といったものだ。
また採用後も、例えば肢体不自由がある人には机の高さの調節などで作業を可能にするといった環境を提供することも義務付けられている。
ただ、目に見えない、血圧や体温、血液検査の結果というような数字にも表れない障害を抱える人もいる。精神障害がそれにあたる。
なかなか理解されにくい、と当事者も考えている精神障害者への配慮はどのようなものが好ましいか、筆者の経験も含めて紹介したい。
精神障害者の職場定着の難しさ
精神障害は、実はそう珍しいものではない。
令和4年版の障害者白書によると国内の精神障害者の数は419万3,000人で、割合にすれば33人に1人が精神障害を抱えていることになる(※資料1)。
そして、厚生労働省は障害者雇用での「合理的配慮」について以下のような例を挙げている(※資料2)。
[募集・採用時]
- 視覚障害がある方に対し、点字や音声などで採用試験を行うこと
- 聴覚、言語障害がある方に対し、筆談などで面接を行うこと
[採用後]
- 肢体不自由がある方に対し、机の高さを調節することなど作業を可能にする工夫を行うこと
- 知的障害がある方に対し、図などを活用した業務マニュアルを作成したり、業務指示は内容を明確にしてひとつずつ行なったりするなど作業手順を分かりやすく示すこと
- 精神障害がある方などに対し、出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること
など。精神障害についての配慮例も上には示されてはいるものの、一筋縄にいかないのもまた現実である。
次の図は、障害別に見た職場定着率の推移を示している。
就業から1年後の職場定着率は、身体障害者が60.8パーセントとなっているのに対し、精神障害者は49.3パーセントと半数を切っている。その他の障害と比べても、精神障害者の定着率の低さが目立つ。
これは、精神障害の場合、自分に障害があることを隠して就職したために無理を重ね、結果として離職する人が多いことも理由の1つと考えられる。
実際、精神障害のある多くの人が障害を非開示にして、障害者求人でなく一般求人で就職している。障害を非開示としている人の方が圧倒的に多く、一方で定着率も低いものになっている。1年後の定着率は3割にも満たない。
なぜ障害を「非開示」にして就職活動をするのか。精神障害は、それほど「他に明かしたくない」ものだからだ。
「どうせ分かってもらえない」「自分のわがままかも…」
精神障害や精神疾患があり、社会生活を送りながら、当事者は最終的にはこのような結論に至ることが多くある。
「所詮、精神障害は、経験者にしか理解してもらえない」
筆者もかつて、精神障害での長期休職を経験した。そこからの復帰は、途中で投げ出したくなるつらさの連続だった。
出退勤時刻という高いハードル
先に紹介した厚生労働省の合理的配慮として「出退勤時間・休暇・休憩への配慮」がある。これはまさしく、精神障害のある人にとってはありがたい配慮である。しかし、「なぜ必要なのか」の深いところまでは理解されていないように感じている。
まず、なぜ「出退勤時間への配慮」が必要なのか。
精神障害、とくにうつ状態の人は朝起きるのが非常につらいときがある、といった認識は広がりつつあることと思うが、実は、当事者は出退勤時刻についてはより深い悩みを抱えている。
さて、朝の体調が悪かった日があるとしよう。出勤時間について、例えば「遅れそうなときは連絡をすれば良い」という配慮があったとする。しかし、精神障害のある人はそれ以上に考え込んでしまうのだ。
「体調が悪いので遅れる」という電話をすることに対し、すでに高いハードルがある。許されているとはいえ、「自分の甘えなのではないか」。自分の持つ症状が体温計で測れるようなものではないために、そう考えてしまうのだ。
この場合、メールやLINEといった手軽な方法での連絡も許可することで大きく救われる。コミュニケーションツールがひとつ違うだけで、非常に救われるのである。
「体調」とは何を指すのか
そして、精神障害は、考えがうまくまとまらなかったり、考えをうまく行動に移せない障害ともいえる。
筆者の職場復帰にあたって、「体調はどう?」と多くの人が頻繁に気にかけてくれた。それはとてもありがたいことだが、ここでいう「体調」とはどのようなものなのかについて、知ってほしいけれどうまく説明できないという悩みも抱えている。
精神障害のある人は、一般的には疲れやすいという特徴を持っているのは事実だ。「疲れている」といった意味合いでの「体調が悪い」ということももちろんある。
しかし、問題はそれ以外の「具合の悪さ」についてである。
考え事や、場合によっては人と会話することが苦痛だという意味での「調子が悪い」、周囲に人がいる空間そのものが苦痛だという意味での「調子が悪い」、そこにはさまざまな種類が存在している。日によって「聴覚過敏(=周囲の音全てが苦痛になる)」になる人もいる。実に多様なのだ。
さて、ここまで自分の調子の悪さが細分化されてしまうと、当事者は次第に「もしかしたらそれは自分のわがままなのではないか」と考え始めてしまう。本人すら混乱してしまうのである。すると、ますます不調を言い出しづらくなるという悪循環に陥ってしまう。
その結果、「精神障害は経験者にしか理解してもらえない」という考え方に至るのだ。
多様な才能を取り入れるということ
さて、事業者としては「そう言われても難しい」となってしまうだろう。症状は人によってさまざまであり、それを全て把握するのは事実上困難といえる。
そこで、各所で紹介されているものも含め、筆者が有効だと考える配慮には次のようなものがある。
- ひとりで静かに休憩できるように会議室を開放したり、休憩時間を他の人とずらしたりする(ひとりになれる場所と時間を確保する)
- 本人のペースで休憩を取れるようにする
- 急な欠勤に備えられるような業務配分をして、安心して仕事を続けられるようにする
- 電話が苦手な人も多いので、遅刻や欠勤に関する連絡は電話以外の手段を取る(チャットツールやメール、LINEなど)
- 公共交通機関を苦手とする人には、オフピーク出社という配慮をする
また、いまはリモートワークも浸透している時代だ。オンラインとオフラインを選べる環境が整備されるのは理想的といえる。
そして、精神障害のある人が他人には言い出せない苦手ごとには、実は次のようなものもある。あまり知られていないかもしれない。
- 入浴困難=入浴できなかったことが理由でさらに外出しにくくなるため、在宅ワークならできるという時が多い
- 服薬への周囲の誤解=向精神薬や睡眠薬は「特別なもの」「ないほうが良いもの」と考える人がいると、当事者は自分に偏見の目が向けられていることを強く感じるため、薬の服用にはあまり触れられたくない
- 「完治」への誤解=多くの精神障害は「完治」の概念を持たないことが知られていない
- 自分の不調に対して、冗長な説明をしにくい=精神障害独特の「見えない」不調について説明をしようとしても、途中で理解されない虚しさを感じる
そして何よりも、「決められた時間に」「決められたことをする」というのが非常に苦手な人が多いのである。一日の中でも大きな波が発生しているからだ。
しかしこの点に関して筆者が思うことがあるのは、現在、フレックス制などの勤務形態を取り入れる企業が多いように、「全ての業務、全ての従業員が定時であるべきか?」ということである。
多様な働き方を取り入れることは、多様な人材=才能を取り入れることでもある。
精神障害は、発症のきっかけとして「頑張りすぎた」ことがよく挙げられる。そこまでの熱心さを持つ人々の力をうまく取り入れるために知恵を絞る過程で、自社の生産性の課題が見つかることもあるのではないかと筆者は考える。
そのために周囲ができることは、障害のある人に対し、「自分は完全な理解はできないかもしれないが、病気についてどのようなものか知っておきたい」「あなたから障害について学びたい」という姿勢を示すことだ。そこには、「多くを語らなくても良いから」という前提も、当然必要である。
[資料一覧]
※1.参考・出典:「令和4年版 障害者白書」内閣府 p213(外部リンク)
※2.参考・引用:「雇用分野における障害者差別は禁止、合理的配慮の提供は義務です。」厚生労働省リーフレット p2(外部リンク)
〈プロフィール〉
清水沙矢香(しみず・さやか)
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。