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手話は言語。ろう者と聴者が協力する謎解きゲームで、異言語Lab.が壊す「心の壁」

写真:カメラに向かって笑顔を向ける菊永さん
異言語Lab.の代表を務める、ろう者の菊永ふみさん
この記事のPOINT!
  • 耳の聞こえないろう者(※1)に対し、身構えてしまい、偏見を持つ人がいる
  • ろう者と聴者が協力し合う異言語脱出ゲーム。言葉の壁を理解し、乗り越える体験を提供
  • ろう者と聴者(※2)は使う言語が違うだけ。理解が広がれば、より公平な社会が築ける
  • 1.聴覚に障害があり手話を第一言語とする人のこと指す
  • 2.ろう者の反対語として使われ、聴覚に障害が無い人のことを指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

2009年頃から普及し始め、徐々に人気を博していった「謎解きゲーム」「脱出ゲーム」と呼ばれる体験型エンターテインメント。その市場規模はイマーシブ(没入)エンターテイメント産業の情報をまとめた「2020 Immersive Entertainment Industry Annual Report」によると2019年の時点で6.5億ドル(約9,135億円)に上り、その後も人気が加速しているという。

もちろん一括りにはできないが、最もイメージしやすいのは、「数名でグループを組み、目の前に提示される謎にチャレンジしていく」というタイプ。テレビゲームやスマホゲームとは異なり、参加者自身が体感的に楽しめるのが特徴的だろう。謎が解けた時、あるいは脱出に成功した時の達成感はひとしおだ。

そんな謎解きゲームを通じて、「多様性への理解」を推し進めているのが、一般社団法人異言語Lab.(いげんごラボ)(外部リンク)だ。同団体はろう者と、手話の分からない聴者がチームを組み、手話、筆談、身ぶりなどを組み合わせてコミュニケーションを図りながら、謎を解いていく「異言語脱出ゲーム」(外部リンク)を考案し、話題を集めている。

異言語脱出ゲーム中の画像が2枚。1枚(左)はプロジェクターの前で司会のような2人が、手話で観客に何かを説明している。もう1枚は野外の画像。テントの下、家族連れがろう者に手話でヒントをもらっている様子。
過去の異言語脱出ゲームの模様。ろう者にヒントをもらいつつ、参加者は謎を解いていく。異言語脱出ゲームの全容が分かる動画(外部リンク)をYouTubeでも公開。画像:一般社団法人異言語Lab.提供

例えば、2022年3月に普段手話を使わない聴者のみを対象に開催された公演「うしなわれたこころさがし」では、ろう者のスタッフがアテンド(案内人)となり、「静穏(せいおん)たる楽園」という島で起きた奇病の秘密に迫っていくというもの。

ポイントとなるのはその攻略法。プレーヤーである聴者は、言語が異なるろう者(アテンド)を相手に、視覚言語(※)でやり取りをしなければならない。アテンドはプレーヤーに対し、手話で話しかけてくるため、表情や状況などから意味を察知し、いかにコミュニケーションを深められるかが、攻略の鍵となる。

  • 視覚を通じて、言語のように伝達・表現を行なうもの。 標識、手話、図記号など
異言語脱出ゲームの特徴をまとめた画像。以下の1〜4を行き来して異言語脱出ゲームは進行する。 
1.視覚言語を使う人と音声言語を使う人が一緒のチームになってコミュニケーションを取り合いながら、謎を解いていきます。
 2.進行役による無音で全員に聴かせる手話語り。異文化の世界へ誘い、共に向き合う気持ちを高めていきます。 
3.手話や音声など、ろう者・難聴者と聴者が共に協力しなければ解けない謎が仕掛けられています。 
4.ろう者・難聴者と聴者がお互いに伝え合うことを意識したプログラムを制作しています。
異言語脱出ゲームの特徴。画像:一般社団法人異言語Lab.提供

手話を知らない聴者はきっと、戸惑うだろう。どのようにコミュニケーションを取ればいいのか、途方に暮れてしまうかもしれない。

でも、それこそが異言語Lab.の狙い。果たして、その目的は何なのか?同団体の代表を務める、ろう者の菊永ふみさんに、お話を伺った。

手話を知らない聴者と「分かり合えた楽しさ」が原体験に

先天性(生まれつき)のろう者である菊永さんは、幼い頃からパズルや謎解きが大好きな少女だった。

「とあるテレビ番組で、宝探し企画が放送されていたんです。散らばったヒントをもとに、タレントさんたちがゴールを目指す。その様子がとても面白くて、食い入るように見ていました。他にも『金田一少年の事件簿』などのミステリーマンガも大好きで。振り返ってみると、子どもの頃から“謎”に夢中だったのかもしれません」

でも、「謎解き」を仕事にしようとは思っていなかった。大人になった菊永さんは聴覚障害児の入所施設で働くようになったものの、謎解きとは無縁の日々。しかしある日、転機が訪れた。

「聴者の友人に誘われて、謎解きゲームに参加したんです。友人は少しだけ手話ができますが、チームを組んだ他の参加者は手話を知らない人たち。まさに異言語話者同士が一緒になって、謎を解いていきました。結果としてはギリギリで失敗してしまったんですが、すごく楽しかった。手話を知らない人とも身ぶりや表情で通じ合える瞬間があって、言語を越えて団結する感覚がありました」

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言語の壁を越え「分かり合えた」時の喜びを話す菊永さん

チーム制の謎解きゲームは、メンバーが一致団結しなければクリアできない。メンバー間で情報を共有し、相談し、頭を悩ませていく。その過程でコミュニケーションが生まれる。菊永さんはゲームを介して、手話を知らない聴者と通じ合う体験をしたのだ。

「それが本当に楽しかったので、そのゲームがいかに面白かったかを施設長に話していたら、施設長が『交流会でやったらいいんじゃない』と言われたんです。それでゲームを作って、交流会で披露してみたところ、想像以上に好評だったんです。手話で話すろう者と、手話を知らない聴者が謎を解くためにコミュニケーションを重ねる。それが非常に面白いと評価され、交流会に参加していた企業の方から「うちの会社の研修として取り入れたい」とお声掛けいただきまして、それをきっかけに外部からも依頼されるようになっていきました。すると友人であるスタッフの1人から『あなたが考えた異言語脱出ゲームは、もっと世の中に広めるべきだ』と背中を押され、2018年4月に異言語Lab.を立ち上げることになりました」

それから4年が経ち、現在の異言語Lab.には総勢40名ほどのスタッフが集まっている。7割が手話を第一言語とするろう者だが、残り3割の中には手話を知らない聴者もいるという。まさに異言語Lab.自体が「言語の壁を越えて人々が集まる場所」になっているのだ。

異言語Lab.では異言語脱出ゲームだけでなく、異言語コミュニケーションをテーマにしたボードゲームの開発や、企業へワークショッププログラムの提供なども行なっており、言語の壁を超えるコミュニケーションの魅力を、さまざまな形で提案している。

伝えよう、理解しようと思うことが大切

異言語脱出ゲームが大切にしているのは、「世界観に没入できるかどうか」。例えば、2018年に行われた「5ミリの恋物語」は、ろう者と聴者を対象に開催され、当日にチームを組んで、謎を解いていく公演。「手話を使うル・サイン村と、音声言語を使うオトージュ村という、それぞれの村に生まれた男女の恋をサポートする」というストーリーが共有され、参加者はお節介な村人に扮して、恋をうまく実らせるという設定になっている。

また、前述の「うしなわれたこころさがし」では、手話の島である「静穏たる楽園」を舞台に、とある理由で心を失ってしまった島民を救い出すことが目的に。隠された謎を解き明かし、うつろとなってしまった島民たちを救えるかどうかは、ろう者と聴者のコミュニケーション力次第となる。

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「うしなわれたこころさがし」の公演に向けて、パフォーマンスの練習をするアテンドスタッフたち(ネタバレ防止のため、画像処理をしています)
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「うしなわれたこころさがし」のパネル。ネタバレになるので写真ではお見せできないが、ろう者のスタッフによる小道具も、細部までこだわり抜かれている。画像:一般社団法人異言語Lab.提供

このように練り込まれた世界観の中で進行していく、異言語脱出ゲーム。体験した聴者からはうれしい反応がたくさん届いた。

「ろう者のアテンドを前にした時、皆さん、とにかく伝えようと頑張ってくださるんです。手話はできなくても、どうしたら伝えられるか悩んで、一生懸命になって。そして試行錯誤を繰り返すと、伝わる瞬間がある。それを体験した聴者のお客さまたちからは『なんとかして伝えていくことが面白いし、伝わった時にとても感動した』という感想をいただきます。もどかしいながらも達成感が味わえるのかもしれません」

たとえ相手の言語が分からなくても、心が通じ合う瞬間は訪れるはず。だからこそ、「理解しよう」とすることを諦めてはいけない。異言語脱出ゲームを通して菊永さんは、それを伝えようとしている。

「異言語話者と出会ったとき、どうしても身構えてしまうことがあると思うんです。それは私も一緒。聴者と出会うと、『どうしようかな、手話だと伝わらないかな……』と気を遣ってしまいます。でも、そうやって相手の言語が分からないから距離を置くのではなく、伝えよう、理解しようと思い続けることが大事ではないでしょうか。異言語脱出ゲームでは、クリアするために、どうしてもろう者のアテンドとコミュニケーションせざるを得ません。だから、これまでろう者を避けてきた聴者にもプレーしてもらって、伝わることの面白さを感じてもらいたいですね」

ろう者は手話を使って生きる、豊かな人たち

異言語脱出ゲームを通じて伝えたいのは、「分かり合うことの喜び」だけではない。菊永さんが大切にしている、もう1つの思い「手話やろう者の文化の豊かさを知ってもらう」ということだ。

「ゲームを最後までプレーすると、自然と手話に慣れるような設計を心掛けています。そしてゲームの中だけではなく、現実にも手話を使って会話する世界があることを知ってもらいたい。そのために会場づくりから意識しているんです。受付も案内も全て手話を使って行い、聴者のお客さまにはそれを見てもらう。ちゃんと理解できなくても、『これが手話の世界なんだ』と知ってもらう。そうして、私たちが生きる手話の世界を、まるで旅したような気分になってもらえたらうれしい」

異言語脱出ゲーム中の画像が2枚。1枚(左)はシルクハットを被った司会のような男性が「世界にはいろいろな言語がある」と観客の前で説明している。もう1枚はプロジェクターに映った手話を見ている多数の観客。
異言語脱出ゲームは聴者が自然と手話に慣れる設計となっている。画像:一般社団法人異言語Lab.提供

「ろう者は話せないからかわいそう」ではなく、「ろう者は手話を使って、豊かな世界に生きている」と捉える。そんな風に価値観をアップデートした時、見える世界がガラッと変わるかもしれない。そこにあるのは「障害者に対するネガティブな気持ち」ではなく、「異言語話者を尊重するフラットな思い」だろう。

「ろう者に対して、偏見や間違った意識を持つ方がいらっしゃいます。でも、そういう方って、単純に私たちのことを知らないだけなんだと思うんですよね。そもそも、ろう者と出会う場がその方にはなかっただけで。でも、実際に会ってコミュニケーションを取ってみると、『使っている言葉が違うだけで、自分と同じ人間だ!』と気付けるはず。だから、異言語脱出ゲームが、そういった『気付ける場所』になってくれたらいいな、と思っています」

同時に菊永さんは、クリエーティブな仕事をしたいろう者にとって、異言語Lab.が活躍の場になることも願っている。

「ろう者だからといって、夢ややりたいことを諦める必要はありません。異言語Lab.に集まるろう者は、それぞれが得意な分野で活躍しているんです。デザイン、パフォーマンス、謎制作、脚本、プログラミング、小道具制作など、みんなが才能を活かしています。そして時には、企業に呼ばれて、聴者と一緒に仕事をすることもあります。そういう経験を積んでいくと、自信が持てるようになると思うんです。その上で私は、社会全体の中でろう者のクリエーター人口を増やしていきたい。最終的には異言語Lab.からクリエーターたちがどんどん羽ばたいていってくれたらうれしいですよね。活躍するろう者がどんどん増えていってくれたらいいな、と思います」

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目の前の目標として「謎解き業界の中で唯一無二のコンテンツをつくり、それが面白いということを社会に知らしめたい」と菊永さん

異言語脱出ゲームというエンターテインメントの力を信じ、それによって「手話話者」への理解促進に尽力する菊永さん。彼女の思いは少しずつ、着実に社会に浸透している。

手話は福祉のためのツールではなく、話せない人のためでもない。日本語、英語、フランス語、ドイツ語———そういった言語の中の1つに手話がある。その理解が世の中にもっと広がれば、人と人とが分かち合える喜びも増えるに違いない

撮影:十河 栄三郎
手話通訳協力:小松 智美

〈プロフィール〉

菊永ふみ(きくなが・ふみ)

異言語Lab.代表理事。異言語脱出ゲーム開発者。コンテンツクリエーター。謎制作とコンテンツ提供を主に、異言語Lab.スタッフが主体的に取り組めるチームづくりを意識している。NHK、国立国語研究所、京都国際映画祭沖縄国際映画祭、札幌芸術の森など全国各地で制作・提供。今まで関わった作品:「5ミリの恋物語」「淳風大学からの卒業」「蒼海に眠る秘宝の謎」「異言語脱出ゲームONTV」「謎解きドラマLの招待状」「異言語空間への招待状」「リモートDEお化け退治大作戦」「うしなわれたこころさがし」「仮面の真実」「月夜の空想ミュージアム」等。
一般社団法人異言語Lab.公式サイト(外部リンク)