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点字・音声・電子データで読む喜びを。視覚障害者の「読書」を支えるサピエ図書館
- 1年に発行される出版物の内、点字化、音声化されるのはそれぞれ約7分の1。情報入手において視覚障害者は不利な立場に
- サピエ図書館では書物の点字・音声・電子書籍データをWeb上に公開。データ化はほぼボランティア頼み
- 視覚障害は誰もがなり得る。だからこそ現状を知り、支援の仕組みを広げることが重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
日本で1年間に出版される書物の総数は約7万タイトルと言われ、1日あたり200タイトルの本が世に出ていることになる。一方、その中で点字化されるものは約1万タイトルのみ。音声化、電子化も含めると2万タイトル弱となり、そのことから「視覚障害者が読むことができる書物の総数は、健常者の約4分の1に過ぎない」ということが言える。
そんな、視覚障害者と「読書」の架け橋となっているサービスが「サピエ」(外部リンク)。視覚障害者をはじめ、墨字(すみじ※)の書物を読むことが困難な人々に対し、書物だけでなく地域に密着した暮らしの情報などを、点字と音声、電子データなどで提供するネットワークだ。
- ※ 点字に対して、視覚を使って読み書きする文字のことを指す
約80万件の書誌(本を探すための情報)を検索し、電話やオンラインリクエスト機能で、自宅から図書館へ貸出を依頼できる上に、各種デイジーデータ(※1)のダウンロードやストリーミング再生(※2)も可能なため、視覚障害者が自宅にいながら読書を楽しむことができる。
- ※ 1.視覚障害者の読書のために開発されたデータ形式で、Digital Accessible Information System(アクセシブルな情報システム)の略。音声データの場合、1枚のCDに50時間以上も収録可能なデータ圧縮方法を採用し、かつ任意のページ・場所に自在に飛べるという機能を持つ。対応する機器やアプリで再生が可能
- ※ 2.インターネットに接続した状態で映像、音声データが楽しめる再生方式
そんな、言わば「視覚障害者向けオンライン図書館」を運営するのは、視覚障害者への情報支援に取り組む特定非営利活動法人全国視覚障害者情報提供施設協会(以下、全視情協)(外部リンク)。全国にある全ての点字図書館、一部の公共図書館、学校図書館、ボランティア団体など、440を超える施設・団体をネットワークで結ぶNPO法人だ。
今回は、全視情協で理事長を務め、視覚障害者のための情報施設、社会福祉法人日本ライトハウス情報文化センター(外部リンク)のセンター長でもある、竹下亘(たけした・わたる)さんに、読書だけではない視覚障害者が抱えている課題と、それに対するサピエの取り組みについて話を伺った。
視覚障害は誰にでも起こり得る
「視覚障害の正しい定義は『視力や視野(目を動かさないで見える範囲)に障害があり、生活に支障をきたしている状態』とされています。視覚障害者というと、一般の方は何も見えない『全盲』をイメージする人が多いのですが、それはごく一部であって、弱視(ロービジョン)(※)が多数を占め、皆さんが思っている以上に視覚に困難を抱えている人が多いということを、まずは知っていただきたいですね」
- ※
何らかの原因により視覚に障害があり、「見えにくい」「まぶしい」「見える範囲が狭くて歩きにくい」など日常生活での不自由さをきたしている状態
開口一番、竹下さんは視覚障害の定義と現状について触れた。
2009年の日本眼科医発表によると、日本には視覚障害者が164万人いると言われているが、その中で障害者手帳を保持しているのは31万2,000人と20パーセントにも満たない。
「日本は、視覚障害者に対し障害者手帳の交付基準が厳しい上、『症状が固定しないと認定を受けられない』といったような条件があるんです」
交付基準に当てはまるのにもかかわらず、障害者手帳の制度を知らない人や、自分に障害があることを受け入れられず、申請しない人も少なくないそうだ。
竹下さんは、さらに問題を掘り下げる。
「晴眼者(せいがんしゃ※1)だからといって、自分は視覚障害とは無関係と考えるのは間違いです。視覚障害者のうち、過半数は中高年でなっています。また、大多数の方がロービジョンで、誰にでも起こり得る障害です。近年は加齢により発症する緑内障(りょくないしょう※2)や、加齢黄斑変性症(かれいおうはんへんせいしょう※3)などの方が増えており、歳を重ねるうちに、気が付けば視覚障害者になっていた、という方も多いんです」
- ※ 1.視覚障害者の対義語で「視覚に障害のない者」を指す
- ※ 2.眼圧が上昇することにより視神経が障害され、視野狭窄や視野欠損を起こす病気
- ※ 3.ものを見るときに重要な働きをする黄斑という組織が、加齢と共にダメージを受けて変化し、視力の低下を引き起こす病気
中高年から視覚障害となった場合、若年で発症した人に比べて、視覚を補うために他の感覚を活用することが困難な上、加齢に伴う他の障害や病気を併発することも多いため、日常生活を送るのに大きな負担を強いられる傾向に。また若年であれば、勉強や就職、社会生活などに大きなバリアがあるという問題が生じる。
視覚障害のある人が、より多くの情報を入手可能に
サピエの成り立ちはインターネットが急激に普及する前の、「パソコン通信」時代(1980年代後半~1990年代中頃)にさかのぼる。
「サピエは、日本IBM株式会社が1988年から社会貢献事業として行っていた『IBMてんやく(※1)広場』が前身となっています。ボランティア団体と一部の点字図書館(※2)が中心となって、全国各地に拠点を立ち上げ、本の点字データ化を展開。1991年までに約1,500台のパソコンを設置し、通信システムを確立したことで、視覚障害者向けのデータ作成と提供体制は大きな進歩を遂げました。その後『サピエ』と名称変更し、全国の図書館やボランティア団体との連携を強化することで、現在のネットワークが構築されたというわけです。現在、サピエ図書館の利用登録者数は、2022年8月時点で約2万人となっており、2021年度の音声デイジーのダウンロード合計数は約400万件にも上ります」
- ※ 1.「てんやく」は点字翻訳の意味、点訳
- ※ 2.点字図書・録音図書の製作・貸し出し、視覚障害者機器の利用支援などを行う図書館
現在のサピエ図書館の貯蔵データ数は延べ約40万タイトル。文学作品をはじめ、あらゆるジャンルの書籍だけではなく、400種類を超える週刊誌など、雑誌のデイジーデータ化も行っている。
「点字翻訳やデイジーデータ化は、全てボランティアの方に善意で行っていただているという状況です。当館(日本ライトハウス情報文化センター)でもその作業を行なっているのですが、現在約500人の方にご協力いただいており、20〜30年ほど続けられているベテランの方が多くいらっしゃいます」
視覚障害者の読書は「無償のボランティアの協力なしには成り立たない」。その状況も竹下さんはサピエ図書館を運営し続けていく上で課題の1つと捉えている。
「2009年に国の1年限りの補正予算でサピエが立ち上がってから、毎年厚生労働省へ運営費の補助をお願いしていたんですけど、要望は通りませんでした。しかし、2019年度から運営補助金が交付されるようになり、次第に増額されて、2022年度には4,450万円となりました。これは2019年に成立した『読書バリアフリー法』施行による影響が大きいです」
読書バリアフリー法は「障害の有無にかかわらず、全ての国民が等しく読書を通じて、文字・活字文化の恩恵を享受することができる社会の実現に寄与すること」を目的した法律。「やっと国が動いてくれた」と、竹下さんはその時感じた喜びを振り返る。
これによりサピエは、新たに事務所を構え、常勤職員を採用するなど体制の強化を行い、視覚障害者をはじめ、全ての人が等しく読書を享受できる社会の実現を目指して、一歩ずつ進んでいる。
より多くの人がサピエを知り、必要な情報を得られる社会に
サピエでは、全国の点字図書館と連携しながら、より多くの人が必要な情報にアクセスできる環境づくりに力を入れている。
「いまは、サピエというサービスをもっと多くの人に知ってもらうことが重要だと考えています。そのために、厚生労働省も参加する運営委員会を組織し、さまざまな関係団体とのネットワークづくりにも力を入れています。また、パソコンやスマートフォンが使えなくてもサピエの図書を楽しめるよう、スマートスピーカー(※)で音声図書を再生可能なシステムを開発中で、2023年度に稼働を予定しています。サピエがより多くの人に届く便利なサービスに成長できるように努めています」
- ※ 対話型の音声操作に対応したAIアシスタント機能を持つスピーカー
最後に竹下さんへ、視覚障害のある人たちに対し、私たちがすぐにでもできる支援にはどういったものがあるのかを伺った。
「もし白杖(※)をついて歩いている人を見かけたら、『何かお手伝いしましょうか?』と丁寧に声をかけて、まず相手の意思を確認することをお願いしています。特に駅のホームや交差点は危険なので、積極的に声をかけてもらえるとうれしいですね」
- ※ 視覚に障害のある人が歩行するときに使う道具
また、視覚障害者の方に声をかけるときには、「白杖をつかむ」「身体をつかむ」といった相手を驚かせるような行為はしないように心掛けたい。
知らない人に声を掛けることは少し勇気のいることだ。けれど「声を掛けることで、その方の安全を守ることができますし、もし『大丈夫です』と断られたとしても、人と人との信頼関係を広げる機会につながるのではないでしょうか?」と、竹下さんはその意義を話す。
「ボランティアの善意によって支えられている」という言葉は美談のように聞こえるが、見方を変えれば「私たちの社会が、障害のある方々を包括(インクルージョン)できていない」とも言える。竹下さんが願うように、一人一人が「障害のある方々を少しでも理解しようという意識」を持てば、やがて社会に広がって、より多くの必要としている人に支援の手は届く。まずは「知る」ことから始めよう。
視覚障害者情報総合ネットワーク サピエ 公式サイト(外部リンク)
特定非営利活動法人 全国視覚障害者情報提供施設協会 公式サイト(外部リンク)
社会福祉法人 日本ライトハウス情報文化センター 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。