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大好きな日本を「観光先進国」に!ジョシュアさんがバリアフリー情報を世界に発信する理由
- 日本のバリアフリー化は進んでいるが、日本に訪れたい障害のある外国人向けの情報が不足
- 「アクセシブル・ジャパン」は、外国人観光客に向けて日本のバリアフリー情報を発信
- 障害者自身が外に出ることも大事。「関わり合う」中で相互理解や社会の変化が生まれる
取材:日本財団ジャーナル編集部
2020年度の旅客施設(※)における視覚障害者誘導用ブロックの導入率97.2パーセント、段差の解消率95.1パーセント、障害者用トイレの導入率92.1パーセントなど、公共交通機関をはじめ日本は他の国に比べてかなりバリアフリー化が進んでいる。
- ※ 鉄道駅、軌道. 停留場、バスターミナル、旅客船ターミナル、航空旅客ターミナルなどの施設
しかし、そのことは海外ではあまり知られておらず、日本に旅をしたいけど足を踏み出せずにいる障害のある外国人も少なくないと、カナダ出身のグリズデイル・バリージョシュア(愛称・ジョシュア)さんは話す。
図表:旅客施設におけるバリアフリー化推移
四肢まひ性・脳性まひにより、車いすを利用して生活しているジョシュアさんは、障害のある外国人に向けて、英語による日本観光サイト「アクセシブル・ジャパン(Accessible Japan)」(外部リンク)を2015年に立ち上げ、運営している。2000年に彼自身が観光で日本に初めて訪れた際、バリアフリー設備の充実度や旅先で触れたおもてなしの心に感動し、数度の来日後2007年に移住し、2016年に日本国籍を取得。その中で、問題に感じていたのが障害のある外国人向けのバリアフリー情報不足だという。
日本では、新型コロナウイルスによる影響により2020年2月より実質的に停止されていた外国人観光客の受け入れも、2022年6月10日より本格的に再開された。障害のある外国人観光客にとって、快適に旅を楽しむ上でもっとも重要な「バリアフリー情報」の課題を、ジョシュアさんに伺った。
暮らしやすさと優しさに惹かれ、日本へ
カナダのトロント近郊で生まれ育ったジョシュアさんが、日本に興味を持つようになったのは高校生の頃。将来就きたいIT関連の仕事に活かせるのではないかと、日本語を学び始めたのがきっかけだ。
「日本語の先生は、語学以外に文化などについて学ぶことも大切にしていて、授業では日本の映画やドラマなどに触れる機会もたくさんあったんです。そこで、日本文化に興味を持ち、次第に『日本に行ったみたい』と思うようになりました」
生後数カ月の頃に出た高熱が原因で、障害が手足に残ったジョシュアさん。4歳から電動車いすを利用して生活をしていたが、旅好きの両親の「行きたいなら行ってみればいい」という強い言葉に背中を押されて、高校を卒業した2000年に父親と共に初来日。「ドラマの中でみた景色が目の前にあり、毎日がワクワクの連続で本当に楽しかった」と振り返る。同時に感動したのが、先進的な日本のバリアフリーと人の優しさだったという。
「当時は、バリアフリーどころか日本の観光に関する外国人向けの情報自体が少なかったので、障害のある私に旅ができるか大きな不安がありました。でも、実際に日本を訪れてバリアフリー化が進んでいることに驚きました。駅や電車の中には車いす用のスペースが確保されてあり、乗降の際にも駅員さんが手際よくスロープを出してくれた。付き添いの性別を気にせず利用できる多目的トイレの存在もありがたかったですね。カナダにはありませんでしたから。また、当時は日本にもエレベーターが設置されていない駅もあり、私が乗った200キログラム近い車いすを駅員さんが6人がかりで運んでくれたのにはとても感動しました。設備などのハード面と合わせて、ソフト面でもバリアフリーが進んでいることに驚いたんです。同時に、いつか日本で暮らしてみたいという気持ちが芽生えました」
大学時代にも2度日本を訪れ、多くの地域を旅する中で日本への愛が深まると同時に、「訪れる度にバリアフリー化が進んでいることを実感した」と語るジョシュアさん。大学卒業後は、地元トロントの企業に就職するも「日本で暮らしたい」という思いは年々強くなっていった。
2007年に就労ビザを獲得し、日本の企業に就職したのが26歳の時。5年間勤務して迎えた2012年5月、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まった。
今後も増えるであろう外国人観光客。そこから3年の時をかけて生まれたのが、海外の障害のある人たちに向けて日本のバリアフリー情報を発信する「アクセシブル・ジャパン」だった。
障害者の旅に欠かせないバリアフリー情報
「アクセシブル・ジャパンを立ち上げたのには、2つ理由があります。1つ目は、日本のバリアフリーの素晴らしさについて多くの外国人に知ってもらうため。特に東京など都市部の公共交通機関の設備は素晴らしく、私一人でもほぼ自由に行動することができます。しかし、英語によるバリアフリー情報の発信が少ないため、海外の人にはそのことがあまり知られていません。2つ目の理由は、実際に『日本に行きたい』と考えている海外の人に向けて、どんなサービスやサポートがあるのか具体的な情報を提供するため。障害者も健常者のようにいろんな地域を旅したいという思いがあります。しかし、大きな壁となるのが情報不足です」
ジョシュアさんは、彼がこれまで目にした日本の飲食施設や観光施設のバリアフリー情報の発信の仕方に、利用者の視点に立つと課題や問題があるという。1つの障害種別でも、人によって症状の度合いやニーズは違うのに、「車いすで入店可」「○○障害対応」など、簡易的かつ断定的な情報しか提供されないところが多い点だ。
「例えば肢体不自由者でも、ちょっとした段差があるだけでアクセスできない重度の人もいれば、手すりや休憩できるいすが充実していれば行ってみようと思える比較的軽度の人もいます。情報を提供する上でもっとも大切なのは『自分自身でそこに行けるかどうかを判断できる』具体的な情報が提示されていることなのです」
「アクセシブル・ジャパン」では、写真や文章、動画、口コミなどを駆使して丁寧に情報を発信。例えば、ホテルの紹介でも基本的なバリアフリー情報とは別に、各設備画像や室内空間の図面、ロールインシャワー(※)やシャワーチェアの有無は、ヒアリングループ(難聴者の聞こえを支援する設備)や点字による英語案内、盲導犬の可否、緊急時のフラッシュアラームの有無などの情報も掲載されている。
- ※ 壁にいすが設置され、座りながらシャワーが浴びられる車いすユーザー、高齢者など足腰の弱い方に対応したシャワー
「アクセシブル・ジャパンで最も多い問い合わせは、薬の持ち込みについてです。自分の国で使っている薬を日本でも利用できるかといった内容が多いですね。そういった細かな情報については、メニューの『お問い合わせ』で気軽に対応するようにしています。また、ホテルなど公式サイトでバリアフリー情報を公開しているところでも、お部屋の写真はベッドやソファなどしか載せていないところもあるので、そのような場合はトイレやお風呂の仕様についてこちらから問い合わせをして、アクセシブル・ジャパンの情報に反映するようにしています」
日本のバリアフリー情報を求めて「アクセシブル・ジャパン」にアクセスする外国人の数は新型コロナウイルスの影響などはあったものの毎月数千人を超える。アメリカやイギリスなどの英語圏はもちろん、英語を使うアジアの国々などからも毎日のように問い合わせメールも届く。実際に利用した人からは、「(障害のある)アニメ好きの娘がずっと日本に行きたいと言っているのですが、こちらのサイトをみて勇気をもらいました」(オーストラリア)、「いつも日本に来る時に使っています」(台湾)といった世界各国からうれしい言葉が届いているという。
「世界には旅をしたいと願っている障害者の人がたくさんいます。旅館を経営する方などから『バリアフリーにしたけどお客さんが来ない』といった相談を受けることもありますが、サイトなどを拝見するとその情報自体を発信していないことも。あとは、バリアフリー化に対しすごくお金がかかるものだと考えているお店の方も多いですね。私がよく行く焼き鳥屋さんはスロープを用意してくれていますが、それは2、3万円程度で購入できるものです。多少お金がかかっても、障害の『壁』を取り払う心配りが観光客を誘致する上で必要ではないでしょうか」
「関わり合い」がバリアフリー化を推し進める
ジョシュアさん一人でスタートし、今ではオンラインで世界中の仲間に支えられているという「アクセシブル・ジャパン」。障害の有無にかかわらず誰もが自由に旅を楽しめる社会にするために必要なことを尋ねてみた。
「何度も言いますが、障害者が旅をするときに不可欠なのは情報です。日本のバリアフリーに関する情報発信については、個人や各施設に任せるのではなく、自治体や国にもバリアフリー情報を普及する支援を積極的にしていただけるとうれしいですね。そして、障害のある方自身ももっと自分の行きたい場所に行ってみること。例えば、障害のある外国人から『ここはバリアフリーなのか?』といった質問がたくさん来たら、バリアフリーを取り入れようとする飲食店や宿泊施設も増えると思うんです。いま日本では、障害者と健常者は別々の環境で育つことが多いですが、積極的な『関わり合い』によって相互理解や社会全体のバリアフリー化が進むのではないでしょうか」
バリアフリー化は障害のある人だけでなく、高齢者や子ども、妊娠している女性など多くの人の暮らしを快適にする。
「日本や世界でバリアフリー化が進み、アクセシブル・ジャパンが必要なくなることが私の夢ですね」
2025年には大阪万博の開催を控え、札幌市では2030年冬季オリンピック・パラリンピックの招致に力を入れている。公共交通・施設だけでなく、日本全体でバリアフリー化を推し進め、その情報を海外に向けて積極的に発信していくことで、日本が「観光先進国」として多くの外国人観光客であふれる未来が拓けるチャンスかもしれない。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
グリズデイル・バリージョシュア
1981年生まれ、カナダ出身。幼少期に四肢まひ性・脳性小児まひを患い4歳より車いす生活に。2007年に来日。仕事では、介護施設、老人ホーム、幼稚園、保育園などの日本語ウェブサイト制作業務に携わる。プライベートな時間を利用し、障害のある外国人のための日本観光サイト「アクセシブル・ジャパン」の運営を手掛ける。2016年に日本国籍を取得。
アクセシブル・ジャパン 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。