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みんなが大変なとき、より「助けて」と言えない障害者。誰も取り残さないための防災

写真:車いすでの防災訓練を体験する参加者
大規模災害時に被害に遭いやすい障害のある人の命を守るためにできることとは
この記事のPOINT!
  • 東日本大震災では障害者の死亡率が健常者の2倍。災害時は自力での避難が困難な人が取り残されやすい
  • 防災介助士は、災害時における障害のある人への支援方法を学び、身に付けるための資格
  • 普段から気軽に声をかけられる地域の関係づくりが、みんなの命を守る行動につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

2011年の東日本大震災以降、日本全体が地震の活発期に入ったと言われ、2022年に入ってからも福島や岩手など震度5以上を記録する地震が相次いでいる。また、毎年のように台風や豪雨による水害や土砂災害などが発生し、日本各地に大きな被害をもたらしている。

そんな大災害が発生した際、障害者や高齢者など、自力で避難することが難しい人々が取り残されてしまうケースが多い。内閣府「平成27年版高齢社会白書」(外部リンク)によると、東日本大震災では、被害が大きかった岩手県、宮城県、福島県の3県で収容された死亡者は1万5,821人(2015年3月11日時点)にのぼり、そのうち60歳以上の高齢者は1万396人と約66パーセントを占めた。NHKの調査(外部リンク)では、障害者の死亡率は健常者の約2倍に上った。

図表:東日本大震災の年齢別死者数

縦棒グラフ:
0〜9歳 468人
10〜19歳 425人
20〜29歳 520人
30〜39歳 861人
40〜49歳 1137人
50〜59歳 1931人
60〜69歳 3016人
70〜79歳 3898人
80〜89歳 3482人
1万5,821人の死者のうち1万396人が60歳以上。出典:内閣府「平成27年版高齢社会白書」

高齢者を含む身体に障害のある人が災害に遭った際、どのような困難に見舞われる可能性があるのか。また、どのようにすれば誰も取り残さずに被害から守ることができるのか。

災害時の要配慮者や避難行動要支援者(※)への応対を身に付けるための資格「防災介助士」の普及に取り組む公益財団法人日本ケアフィット共育機構(外部リンク)の冨樫正義(とがし・まさよし)さんに話を聞いた。

  • 災害基本法では、災害が発生した際に高齢者や障害者、乳幼児など配慮が必要な人を「要配慮者」、さらに要配慮者のうち、自ら避難することが困難で、その円滑かつ迅速な避難の確保を図るために特に支援が必要な人を「避難行動要支援者」としている

個々の困難に適切な手段でサポートする「防災介助士」

大きな災害が発生した際、障害のある人々にとってどんな困難があるのか?

例えば、聴覚障害者は防災無線など緊急避難を促すアナウンスが聞こえなかったり、聞こえにくいため、何が起こっているのか判断することが難しい。また、視覚障害者や車いす使用者は自力で迅速に行動することは容易なことではない。

災害による直接的な被害を免れても、健常者でさえ慣れない避難所生活で過度のストレスがかかり心身に支障をきたしたり、限られたスペースで同じ姿勢が続いたり、体を動かす機会が減ったりすることで健康状態が悪化し亡くなる災害関連死(※)も増えているという。

  • 災害関連死とは、地震による建物の倒壊や津波などによる直接的・物理的な原因で亡くなるのではなく、災害による負傷の悪化や避難生活等の身体的負担による疾病で亡くなることを指す
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東日本大震災直後、瓦礫の山となった宮城県南三陸町の様子
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2016年4月に起きた熊本地震で大きな被害を受けた益城町の避難所の様子。スペースが限られ廊下まで利用せざるを得なかった

こうした背景を踏まえ、日本ケアフィット共育機構では障害者や高齢者など支援が必要な人々へ焦点を当て、普段からどのように備えるか、災害時にどのように行動するかを身に付ける「防災介助士」(外部リンク)の資格取得講座を設け、学びの機会を提供している。

「もともと私たちは、障害の有無や年齢にかかわらず、誰もが社会の中で活躍できる環境づくりを目指して『サービス介助士※』の資格認定制度の普及や、障害者就労施設の運営など、障害者や高齢者に関わるさまざまな活動を行ってきました。災害が多いこの日本において、多くの防災対策が健常者を前提に組まれていることに疑問を持ち、2011年12月にこの講座をスタートさせました」

  • 高齢者や障害者をサポートするときの「おもてなしの心」と「介助技術」を身に付けるための資格
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日本ケアフィット共育機構の冨樫正義さん

防災介助士は職業ではなく、「知る・守る・助ける」の3つの視点から、災害や防災対策で置き去りにされがちな要配慮者、避難行動要支援者の方への応対方法を学び、身に付けるための資格である。

資格取得の制限はなく、最年少取得者は小学6年生。スーパーマーケットや空港、コンサートホールといった大勢の人が集まる施設や、高齢者施設で働く人など、さまざまな職種の人が受講し、家庭や地域、職場での防災対策に役立てているという。

写真:車いすユーザーを4人で運ぶ受講者
防災介助士の実技講習の様子。写真提供:公益財団法人日本ケアフィット共育機構
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防災介助士に必要な心肺蘇生やAED、異物除去、止血法などを身に付ける普通救命講習の様子。写真提供:公益財団法人日本ケアフィット共育機構

障害のある人を取り巻く防災課題

近年、大規模な災害が頻発していることで障害者や高齢者の防災に対する関心が高まってはいるが、まだまだ課題や改善するべき点は多い。地域や事業者で行われている避難訓練は、いわゆる健常者を想定したもので、ここでも身体に障害のある人は置き去りにされがちだ。

また、東日本大震災以降、福祉避難所(※)の在り方の見直しをはじめ、国は避難行動要支援者名簿の作成や、要支援者が避難するための個別計画の策定を各市町村に義務付けるなど、徐々に制度の改善やインフラ整備が進んではいるものの、全ての自治体で標準化された取り組みが行われているとは言い難いと、冨樫さんは言う。

  • 福祉避難所とは、大規模災害時に避難行動要支援者が避難生活を送るための施設。社会福祉施設や学校など、地域の防災拠点に指定されている施設が対象とされていることが多い

「災害が起こった際、全ての人に正しい情報がすぐに行きわたらないことが第一の課題です。『障害者は情報収集するための自己努力が必要』と言う人もいますが、本来は発信する側がどうすれば情報を届けることができるのかを検討するべきではないでしょうか。」

避難所での生活においてもさまざまな配慮が必要だ。

「最も多いのが、実際に避難所生活が始まるまでどんな設備が整っているのか分からないという声です。トイレは和式か洋式か、多機能トイレはあるのか。足腰の機能低下した高齢者や下肢に障害のある人によっては段ボールベッドがあるかどうかも重要ですし、発達障害のある人の中には気持ちを落ち着かせるためのパーソナルな空間が必要な人もいます。事前に何も分からずに避難をする場合、やっとのことで避難所にたどり着いても、その場で引き返さなければならないこともあるのです」

学校や公民館などの公共施設をはじめ、地域の避難所に指定されている施設は、障害者や高齢者の受け入れを配慮した設備を整えた上で、どんな機能が備わっているか、事前に公表しておくことが理想だと冨樫さんは話す。

写真:いすに座った状態で地震体験をする子ども(左)と、サポートするスタッフ(右)
2016年に開催された「茨城県の行方ふれあいまつり」に防災ブースを出展した時の様子。イベントなどにも積極的に参加し防災介助士の必要性と普及を広めている。写真提供:公益財団法人日本ケアフィット共育機構
写真:参加者、スタッフによる集合写真
2017年に東京・新宿で開催された「しんじゅく防災フェスタ」にボランティアも兼ねて参加した時の様子。写真提供:公益財団法人日本ケアフィット共育機構

身近な障害のある人に対し、私たちができる支援

ここからは、災害発生時に、私たちが身近にいる障害のある人に対し、どのようなサポートができるのか。障害の特性ごとに、考えられる状況と共に具体的な方法を教えてもらった。

視覚障害者

視覚からの情報が得られない、もしくは得にくいため、被害状況が分かりづらい。まずは声をかけるなどして現在の状況を伝えるほか、スムーズに非難するための誘導が必要。誘導する際は肘や肩を保持してもらい半歩前を歩くほか、津波など緊急避難が必要な場合は車いすやリヤカーを活用するなどの手段も検討。また避難所ではトイレの位置などを確認しなるべく移動の少ない場所を確保する。

聴覚障害者

音声による情報が得られない、もしくは得にくいため、被害状況が分かりづらい。文字や絵、スマートフォンなどを活用しての情報を伝えたり、状況を説明したりする必要がある。

肢体(したい)不自由者

車いすを使用している場合、大勢の人で混雑している場所などでは移動が困難に。ひとりが背負い、もうひとりが車いすを担ぐなど、複数名での支援がベスト。避難所では段差が少ない、できるだけ出入り口に近い場所を確保し、通路に荷物を置かないなどの配慮も必要。また車いす対応のトイレの確保が難しい場合は、本人の希望を聞いて必要な支援を。

NHKが公開している「災害時 障害者のためのサイト」(外部リンク)では、より具体的に障害や災害の種類に合わせた対策情報や、支援者へのアドバイスなどがまとめられているので、ぜひ参考にしてほしい。

ただし、ここに挙げたものはあくまでも一例であり、同じ障害でも人によって状況は異なり、また精神障害や発達障害、知的障害、高次機能障害、内部障害など、外見からは分かりにくい障害もある。防災介助士の資格を取得することで、防災に関する基本的な知識や介助技術、応急手当の方法などは身に付けることができるが、実際には個々に適した細かな応対が必要になると冨樫さんは言う。

「そのためには、日常的にどんなことに困っているのか、災害発生時にはどんな支援が必要かを事前に把握しておくことが重要になります」

誰もが誰かのために、共に生きる社会を目指して

冨樫さんは障害のある人に向けても「積極的に、地域や身近にいる人とつながりを持ってほしい」と呼びかける。

「防災介助士のカリキュラムづくりにも協力いただいている車いすユーザーの方は、防災対策の一環として、普段から積極的にご近所の方とコミュニケーションを取っているそうです。その結果、地震があれば『大丈夫だった?』と声を掛け合える間柄に。最近では、エレベーターが止まったときに備えて、マンションの1階に予備の車いすが設置されたと聞きました」

身体に障害のある人にとって、災害発生時に「助けて」と声を上げるのはとても勇気のいることだ。「みんなも大変な時に、迷惑をかけてはいけない」という思いから、避難することを諦めてしまう人さえいるという。だからこそ、当事者も周囲の人も日頃から声をかけ合い、互いの存在を意識しながら生活してほしいと冨樫さんは繰り返す。

写真:日本ケアフィット共育機構のロゴの前に立つ冨樫さん
「ゆるいつながり」から、人と人とが助け合う社会につなげられたらと話す冨樫さん

「私たちが目指しているものは、多様性を理解し合い、誰もが誰かのために、共に生きる社会です。そのためには一人一人が、自分が暮らす地域には多様な人が住んでいるという認識を持ち、その時、その場で適切なことは何かを考えながら、行動することが大切なのです」

一般的な災害への備えとして、家具の固定、防災ルートの確認、避難時持ち出し品の準備などさまざまな対策があるが、近所の人と顔を合わせるたびに「こんにちは」「いいお天気ですね」と挨拶を交わす。そんなゆるいつながりが、万が一の時に命を守るということもしっかりと覚えておきたい。

撮影:十河英三郎

公益財団法人日本ケアフィット共育機構 公式サイト(外部リンク)

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