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【災害を風化させない】想像以上に過酷な避難所生活。福島県富岡町から発信する「防災・減災」のために「自分が取るべき行動」
- 大規模災害時において避難所の生活は、環境や物資の問題、クレームやトラブルなど想像以上に過酷
- 避難所の生活では誰もが理解しやすく、行動に移しやすい簡潔なルールを、運営者と避難者が協力して設けることが重要
- 限りのある資源や制限のある状況下で「自分の取るべき行動」を日常的に考えることが、実践的な防災につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
火山学、地球科学の第一人者、京都大学名誉教授の鎌田浩毅(かまた・ひろき)さんのインタビュー記事(外部リンク)でもお伝えしたが、過去のデータから2030〜2040年代に70パーセントの確率で起こると言われている南海トラフ巨大地震。想定される被災者は日本国民の約半分にあたる約6,000万人、死者は約32万人と東日本大震災(約2万人)の16倍、経済損失額は220兆円以上と言われている。
大多数の人が長期間にわたる避難所生活を強いられることが予想されるが、いったいどれだけの人がその状況を想像できるだろうか?
今回は、東日本大震災による津波と福島第一原発事故の影響を受けた福島県富岡町(とみおかまち)に拠点を構え、約半年間にわたる避難所生活から得た知見を全国に向けて発信する一般社団法人とみおかプラス(外部リンク)を取材。事務局長の佐々木邦浩(ささき・くにひろ)さんに、避難所生活の実情と同団体が展開する防災・減災のためのワークショップ「避難所の運営シミュレート」についてお話を伺った。
クレームやトラブル、想像以上に過酷な避難所生活
「最初に、はっきり言います。多くの人が、災害が起きたら避難所に行くという考えをお持ちでしょうが、避難所の生活は想像以上に過酷です。経験した人でなければ分からないことがたくさんあります。家にとどまれるなら自宅、自宅が危険であれば友人宅、それが難しいようなら会社やホテルなどに避難した方がいい。まず、それを前提として話を聞いてください」
福島県双葉郡富岡町に拠点を置くとみおかプラス。元写真館の建物を利用した一室で、取材が始まるなり、事務局長の佐々木さんはこのように切り出した。
東日本大震災当時、町の職員として避難所運営に携わったという佐々木さん。しかし、予想外の事態とさまざまなトラブルに見舞われ、運営は困難を極めた。それはどこの避難所も似たような状況だったという。
「はじめは地震と津波による避難(2011年3月11日)、次に1F(イチエフ。福島第一原発のこと)の災害リスクが高まったことによる避難、その次に1号機、3号機の水素爆発を受けての避難と、3度にわたる避難を余儀なくされました。原発による2度目の避難は、誰もがすぐに戻れるものだと思い、通帳も置きっぱなし電気もつけっぱなし、着の身着のままでの避難だったんです。原発の安全神話があったからです。しかし、実際はそこから半年間も避難所生活を強いられ、10年以上経った今でも立ち入ることができない帰還困難地域が多く残っています」と佐々木さんは振り返る。
佐々木さんたちが運営していた避難所では、10畳ほどのスペースに40人が寝た。それでも場所が足らず、廊下や階段まで人が溢れ、避難所に入り切らず各避難所をたらい回しになる人も多くいたという。
「避難所に入れても、過酷な環境が待っていました。狭いですし、プライバシーなんてありません。いわゆる災害弱者(災害時要援護者)と言われる、高齢者や障害者、女性や子どもにかかる負担はかなりのものだったと思います。そして、運営側も1人のスタッフに対し100人ぐらいの被災者の面倒を見なければならず、どうすることもできない不平や不満をひたすら聞くことしかできませんでした」
支援物資の配給もままならなかった。人数分を1個でも下回ると廃棄せざるを得なかったという。その理由は、1人分でも足らないと平等性が担保できないからだ。
場所取りもいつけんかが起きても仕方がない状態だった。
「避難所では、一度場所取りをしたらそこから動くことはほとんどありません。例えば、コンセント近くに陣取った人は携帯電話を充電できますが、それ以外の人は気軽にできない。そのせいでストレスや不満を抱える人が多くいました」
そのほかにも、「赤ちゃんの鳴き声がうるさい」といった苦情や、トイレや洗濯した衣類の匂い問題、女性の着替え場所がないといった、数多くのクレームが発生したという。
「自分の取るべき行動」をゲーム感覚で学ぶ
原発事故による長期間にわたる避難所生活は思い出すだけでつらいものだったが、一方で数え切れないほどの教訓や学びを得たと話す佐々木さん。その体験を生かし、南海トラフ巨大地震をはじめ、いつ起きてもおかしくない大災害に備えて設計し、日本全国の企業や学校、自治体職員を対象に提供しているのが、もしものときに「自分の役割、取るべき行動」を考えるワークショップ「避難所の運営シミュレート」だ。
約2時間のプラグラムとなり、3つのパートで構成される。
「いくつかのチームに分かれて避難所のルールを作成するロールプレイング型のワークショップになります。第1部の導入編では、ワークショップの目的の共有(想定外の危機に対して、迅速に対応できる意識や知識を持つ)と、自分の役(立場)に入り込んでもらうために震災時の映像を見ていただきます」
続く第2部は2つに分かれる。
前半では、実際に運営者や避難者になりきって、避難所で起きうる問題をチームのメンバーで考えて出せるだけ出し、それを解決するためのルールを作成する。ルールは多すぎても管理を煩雑にする可能性があるため、10個前後に絞るのがポイントだ。
後半では、実際に東日本大震災時に避難所で起きたクレームやトラブルが問題として出題され、作成したルールで解決できるかどうかを検証する、
ワークショップを設計するにあたって3つのポイントにこだわったという。
1つ目は、実際に避難所で起こった出来事を問題に取り入れている点だ。
「どんなに良くできたルールでも現場で役に立たなければ意味がありませんから。また具体的かつ簡潔にまとめられた、誰でも理解しやすい内容であることも、ルールを作る上で重要です」
2つ目は、参加者全員が楽しみながら取り組める実践型のプログラムであること。避難所では自治体職員が陣頭に立ちながらも、避難者も一緒になって協力しなければうまく回るものではない。チームのみんなで考え、作成したルールにより解決できた問題の合計点を競う。
「ささやかながら景品(防災グッズ)も用意しています。受け身の講習ではなく、能動的に自分たちが主体となって問題に取り組むことで、限りある資源(人や物資)を避難所内でどう活用するかを考える、意識や姿勢を身に付けていただきます」
3つ目は「柔軟性」。ひとえに災害といっても地震や水害、土砂崩れ、火山の噴火などさまざまな種類があり、気候や地形といった地域の特性によっても避難所で注意すべき点が変わってくる。
「このワークショップは、全国の企業や学校、自治体の方に提供し、ご要望があれば現地にも赴きます。プログラムで提示する問題の内容も、その地域で起こりうる災害やリスクを下調べしてアレンジしています。何より実践的であることが重要なのです」
このワークショップは、参加者の年齢や職業によってロールプレイングで与えられる役が変わってくる点も面白い。例えば、中高生の場合は避難者となって自分たちの不満や解決策を考えることが多い。また多様な立場を理解できるよう、高齢者や障害者という設定で取り組むこともある。大学生の場合は、そこにボランティアとしての設定が加わり、自治体職員の場合は避難所の運営者としての設定が加わったりする。
そして第3部では、もしも災害が起きたときに「自分や家族ができること」を考える。ここでは、防災士でもある佐々木さんが、今後起こりうる地震について地震学的な視点を交えながら話をし、避難の種類や選択肢についても詳しく話をする。
例えば、災害に備えて会社に数日分の食料を備蓄することで帰宅難民を減らせる、会社の入っているビル全体を避難所とみなすことで部屋ごとに機能をもたせることができる、といった話など、考えたこともなかった発想に驚かされる。
「実際に限りある資源や制限のある状況で、自分がどのような状態にあり、その場で何ができるかを考えることが、実践的な防災につながっていくのではないでしょうか」
いざというときに正しく判断し、行動できる「スイッチ」を
ワークショップに参加した人からの感想として最も多いのが「このままでは危ない!」という危機意識だという。
「実際に過酷な避難生活を強いられた私たちとしては、同じような悲劇を繰り返したくないという強い思いがあります。ゲーム感覚で、実体験に基づいたワークショップを体験してもらうことで、いざというときに自主的に動ける『スイッチ』を入れられたらと」と佐々木さん。
このワークショップの他にも、とみおかプラスでは、企業向けのリスク管理ワークショップなども行っている。
「日本では、福島と同じような災害が起こる可能性がある地域はたくさんあります。このワークショップをより多くの方に知ってもらい、体験していただきたいですね」
最後に、佐々木さんから読者の皆さんにメッセージをいただいた。
「とみおかプラスでは、これまでも官民の間を取り持って『つながりづくり』を行ってきました。このワークショップも福島や富岡町について多くの方に知ってほしいという思いも込めて取り組んでいます。防災について学ぶでも、原発について知りたいでも、理由は何でもいいので、ぜひ福島や富岡町に来ていろいろ体験してみてください。富岡町は地震や原発で大きな被害を受けましたが、だからこそ『誰かの役に立ちたい』『自分の夢や思いを実現したい』という方がたくさん集まり、未来を見据えたまちづくりにも関わっています。ワークショップや現地で皆さんとお会いできるのを楽しみにしています」
今回の取材では、実際にワークショップを体験させてもらい、楽しみながらもどれだけ避難所生活が大変なものか理解できたと共に、どのような視点を持って考え行動すれば、みんなで支え合い困難を乗り越えることができるのか、知識や姿勢を学ぶことができた。
いつ起きるか分からない大災害に備え、できるだけ多くの方に体験してもらいたい。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。