社会のために何ができる?が見つかるメディア
楽しく学び、備える。日本初の防災テーマパークが推し進める、災害に強い地域づくり
- 災害支援で活躍する小型重機。しかし、どの地域でもオペレーターが不足している
- 防災テーマパーク「nuovo」では、小型重機の操縦や防災知識・技能を楽しくに身に付けることが可能
- 目指すは重機オペレーター2万人の育成。災害に強い地域の仕組みを全国に広げる
取材:日本財団ジャーナル編集部
地震、台風、豪雨、大雪———いつ起きるか分からない自然災害。もし自分のまちが被災したら、あなたには何ができるだろうか?
災害に対して国や自治体ができることには限りがある。まちの復興で重要になってくるのが、自助・共助(※)による地域の防災対策だ。
- ※ 災害が発生した際に自分や家族の身の安全を守ることを「自助」、地域の人たちが協力して助け合うことを「共助」、消防や警察、自衛隊といった公的機関による救助・援助のことを「公助」と言う
消防機関はもちろん、自治会や町内会といった住民の自主防災組織や企業その他の団体、ボランティアグループだけでなく、一般住民なども地域の防災を支える担い手だ。とはいえ「自分にできることなんて…」と思う人も多いだろう。
長野県小布施町にある「農業」+「防災」をテーマにした体験型ライフアミューズメントパーク「nuovo(ノーボ)」(外部リンク)では、農業体験のほか、小型重機(機体重量3トン未満のショベルカーやホイールローダーなど)の操縦やバギーの乗車体験を楽しみながら、防災の知恵と技能を身に付けられる。2日間で重機オペレーターの資格を 取得することも可能だ。
この日本初の防災テーマパークの運営を手掛けるのが、東日本大震災をきっかけに発足し全国規模で災害支援活動を行う一般財団法人日本笑顔プロジェクト(外部リンク)。その代表を務める林映寿(はやし・えいじゅ)さんに、nuovo誕生の経緯と、活動を通して目指す災害に強い地域づくりについて話を伺った。
大水害で痛感した自助・共助の重要性
2019年10月12日、長野県を猛烈な風雨を伴う台風19号(令和元年東日本台風)が直撃した。一夜明けた13日には千曲川(ちくまがわ)が反乱し、多くの地域が被災した。2階部分まで浸水した住宅や水没する新幹線車両基地の様子を、ニュースで目にした人も少なくないだろう。
「この地域では、水害が起こることはないと言われていたんです。しかし、異常気象による影響なのか、台風によって千曲川が決壊し、多くの住宅地や農地に大量の泥が流れ込みました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、公助である自衛隊は人命救助や避難所運営、道路の開通などが任務であり、私有地や個人宅の清掃や泥出しなどは対象外。ですので、地域の皆さんの生活の立て直しが大幅に遅れました」
そう当時を振り返る林さん。
被災当時、林さんたちは人力で泥出し作業などを行っていたが効率が悪く、小型重機を導入することにした。しかし、そこで直面したのは操縦士不足だった。
「いざ地域で重機に乗れる人を探してもそもそも少ない。免許を持っている人もいましたが、重機に乗るのが免許を取得して以来という人が多く、とても困ったのを覚えています。幸い、高い技術を持った災害支援のプロボノ(※)の方々が来てくれて助かりましたが、また同じような災害が起こり、もし別の地域の災害と重なってしまったら助けてもらえないのではないか。これはもう自分たちでなんとかするしかない問題なんだ、と痛感しました」
- ※ ラテン語の「pro bono publico(公益のために)」の略。職務上の専門知識・技術を生かして行う社会奉仕活動
その後、自分たちに何ができるか2カ月ほど構想を練ったという林さん。その際、阪神淡路大震災や東日本大震災といった大規模災害時に、地域における防災対策の重要性が繰り返し叫ばれてきたにもかかわらず多くの地域で整っていない原因には、防災対策に対して大変なイメージが先行していることに気が付き、「イメージや仕組み自体を変える必要がある」と感じたという。
平時を楽しみ、有事に備える
そうして2020年10月に長野県小布施町に誕生したのが体験型ライフアミューズメントパークnuovoだ。
「nuovo」という名前には、「農業」+「防災」=「農防」という意味合いと、イタリア語の「新しい」「斬新な」という意味が込められている。
特に注力したのは「楽しさ」と「継続性」。防災をアミューズメント化することで多くの人が自然と集まってくる。また継続して重機オペレーターとしての経験を積むことができる環境をつくることで、いざという時に役に立つ。
「平時を楽しみ、有事に備える」というコンセプトのもと、手軽に小型重機の操縦やバギーの乗車が体験できるコースから、本格的に重機の資格を取得できるコースまで用意されている。
「手軽な体験コースには働く車が好きなお子さんのいるご家族の参加者も多いですね。あとは、意外に思われるかもしれませんが、資格を取得するコースは若い女性の方にも大変人気があります。参加者の半分以上が女性のときもありますね。被災地へボランティアに行ったけど何もできなかったと後悔している方や、純粋に重機で地面を掘削するのが楽しい!という方まで、さまざまな目的で参加されます」
nuovoでは、小型重機(2種類)の資格に加え、四輪バギー、チェーンソー、普通救命講習といった災害時に役立つ5つの資格を取得することができる。資格取得後には、継続してトレーニングを積むことができるサブスクリプション型のコースも用意。災害時を想定した10段階の検定を設け、1級に合格するとnuovoのクルー(スタッフ)として受講者を指導する仕事に就くことも可能だという。
4人の子どもを持つ主婦・山本真衣子(やまもと・まいこ)さんも、nuovoで重機オペレーターの資格を取得し、いまはnuovoのクルーとして活躍する一人。台風19号で被災した際に、地元のために何もすることができなかったことを悔やんでいたところ、nuovoの存在を知ったという。
「もともと乗り物好きということもあったのですが、いざというときに何かお手伝いがしたいという思いがあり、重機の資格を取得しました。課題が設けられゲーム感覚で楽しく資格が取得できるところも、nuovoのサブスクリプション型コースの魅力だと思います」と、山本さんは話す。
また、農業体験も地域の防災対策のヒントとなる重要なアトラクションの1つ。
「被災時に向けて備蓄が難しいものの一つが野菜です。野菜があれば、炊き出しのバリエーションも増えますし、多くの栄養を取ることができます。nuovoでは、日頃から野菜を栽培し、参加者の方には収穫体験を楽しんでいただきます。普段は近所の農家の方に管理してもらっているのですが、いざというときには貴重な食糧となるわけです」
nuovoは企業の新人研修などにも活用されているが、そのメインプログラムは なんと「ネギの収穫です」と、林さんは笑いながら話す。
「ネギってとても奥が深いんですよ。家庭では下の白い部分が主に使われ、上の緑の部分は薬味程度の位置付けですが、実は緑の部分の方が栄養があるんです。でも、鮮度が命なので、採りたてでないといけません。nuovoではネギを土から自分自身で抜いてもらい、自分で火起こしをして炙って食べてもらいます。これが甘く粘り気があって絶品なんですよ」
ネギの栽培は比較的簡単で、株全体を収穫せずに地上部を刈り取れば引き続き新芽を収穫することができるから、備蓄品として栽培する野菜としても打ってつけだという。
nuovoの施設自体も見どころが多い。ズラリと並ぶ多種多様な小型重機やバギーは働く車好きの人にとってはたまらないだろう。敷地内に点在するドームテントやトレーラーハウスはいざというときに移動や設置が簡単にできる優れもの。トイレも、水を使わずに微生物の力で排泄物を分解・処理する「バイオトイレ」を設置するなど、まるで最新の防災アイテムの展示場だ。
「『ディズニーより楽しく、自衛隊より強く』をモットーにしています」と自信を持って語る林さん。敷地を拡大し新たなアトラクションも計画中だというから、とても楽しみだ。
目指すは2万人の重機オペレーターの育成
2021年11月時点で、目標の500人を上回る700人がnuovoで重機オペレーターの資格を取得。災害が発生した際には、日本笑顔プロジェクトから災害現場の支援者として声がかかる仕組みだ。
「2050年までに重機オペレーターを2万人にできたらと思っています。それだけの数が即戦力として動けば、自衛隊よりも強くなると思いませんか?(笑)。そのために、私たちは一度参加してくれた方の満足度を高めて、お友達を誘ってまた来てもらえるような工夫に力を入れていきたいと考えています」
nuovoの拠点も47都道府県全てに展開する計画を進めているという林さん。2021年の6月には長野県・戸狩と、千葉県・成田に「nuovo EX」(体験版ノーボ)が同時にオープンした。
「2022年には全国10カ所。2023年には30カ所、2024年以内には全国での展開を計画中です。災害が地域によって違うように、私たちもその地域ごとの特性を活かした拠点をつくって行きたいと思っています」
日本財団では長年、さまざまな大規模災害の復興支援に取り組んできた。活動する中で大切にしているのが「災害に、最速で、最適に動く。」だ。
このnuovoの仕組みは、まさに最速で、最適に動くために理想のかたちと言えるのではないか。普段から災害に備え、発生した際にはすぐに協力し稼働できる。そんな頼もしい仕組みが早く全国に広がることを、期待せずにはいられない。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。