日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

「障害」を考えるきっかけに。駅の「音情報」を視覚化する装置「エキマトペ」

写真
エキマトペ開発・実装のプロジェクトリーダーを担当した富士通株式会社の本多達也さん
この記事のPOINT!
  • 駅構内は耳から得る情報がとても多く、聴覚障害者は不便を強いられている
  • 駅の音情報を文字や手話で視覚化する装置「エキマトペ」の実装で、安全で楽しく鉄道利用が可能に
  • エキマトペを通して、みんなが「障害」について知り、考えるきっかけを広げる

取材:日本財団ジャーナル編集部

電車のブレーキ音、アナウンスの声、電車発着時のメロディ……。駅のホームは、さまざまな環境音で溢れており、そこから得られる情報は豊富だ。

しかし逆に、聴覚障害のある人からすれば、駅のホームは情報が少なく、安心して電車を利用することは難しいということではないだろうか?

そんな困難を解決し、誰もが安全に、楽しく鉄道を利用できるように開発されたのが、音の視覚化装置「エキマトぺ」(外部リンク)だ。

エキマトペは駅の音情報を、ホームに設置された専用ディスプレーに、文字・手話・オノマトペ(※1)で表示する装置。富士通株式会社、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)、大日本印刷株式会社(以下、DNP)3社の協働のもと、2021年9月13日~9月15日に1度目の実証実験がJR巣鴨駅(東京都)で行われ、その後、参画企業として株式会社JR東日本クロスステーションが加わり、筐体(きょうたい※2)改善を実施の上、2022年6月(2022年12月14日まで実施予定)から2度目となる実証実験をJR上野駅(東京都)で行っている。

  • 1.犬の鳴き声の「わんわん」や、心のときめきを表す「ワクワク」など、自然界にある音や声、物事の状態を人の言語で表現した言葉。擬音語、擬声語、擬態語とも。語源は古代ギリシア語の「onoma(名前)」と「poiein(作る)」を組み合わせた「onomatopoiia(オノマトポイーア)」に由来するとされている
  • 2. 何らかの機能を有する機械や電気機器などを中に収めた箱のこと
写真
2022年6月、JR上野駅のホームにある自動販売機上に設置されたエキマトぺ。マンガの吹き出しをイメージした丸みのある柔らかいフォルムが特徴だ。画像提供:富士通株式会社

今回、「エキマトペ」の開発・実装に取り組む富士通株式会社・未来社会&テクノロジー本部の本多達也(ほんだ・たつや)さんに、開発に至った背景やこれから先のビジョンについて話を伺った。

聴覚障害者が安全に楽しく通学、通勤できる駅に

未来社会&テクノロジー本部は、2021年に設立されたばかりの富士通の新しいプロジェクトチーム。「あらゆる人々・組織と共に、デジタル未来社会を実現すべく、世界トップのテクノロジー開発に挑戦し、新たな『まち・暮らし』をデザインする」を目的として、最先端テクノロジーを活用した社会課題解決に取り組んでいる。同チームに所属する本多さんは、エキマトペの特徴について語る。

写真
エキマトペの機能について説明する本多さん

「『ガタン、ゴトン』や『プルルルル』といった駅に溢れている環境音を、リアルタイムに文字化し、視覚的に情報を届けられるようにしたのがエキマトペの特徴です。仕組みとしては、事前にAIに学習させた駅のアナウンス音や、電車の音などを認識し、文字化します。また、専用のマイクを使うことで、駅員がその場で話した内容がディスプレーに表示されるようになっています。表示の仕方にも工夫をしており、文字と一緒に手話を表示したり、文字の形(フォント)が内容に応じて変化したりと、聴覚障害者により正確な情報が伝わるだけでなく、駅を利用する全ての人が体験して楽しいと感じていただけるような装置にしました」

発車ベルの「ルルルルルルル」という音にパンダが驚いているアニメーションがエキマトペに表示されている
手書きアニメーションと共にオノマトペを表示。聴覚障害者の安全・安心の確保だけではなく、誰もが見て楽しめる工夫が凝らされている。画像提供:富士通株式会社
写真
駅員が専用のマイクで話した内容が、感情豊かなフォントでエキマトペの画面に映し出される。画像提供:富士通株式会社

そんな本多さんが、エキマトペの開発をはじめ、聴覚障害者が抱える困難に携わるようになったのは、学生時代のとある出来事がきっかけだった。

「大学1年の文化祭の時、たまたま耳の聴こえない方に道案内をする機会がありました。あとあと聞いてみたら、その方は函館にある、ろうあ(※)協会の会長で。それをきっかけに手話に興味を持つようになったんです。彼とはその後も交流を深め、手話を教えてもらいつつ、結局、一緒に温泉へ行くような仲になりました。『手話って面白いな』と思えたので、手話関連の資格を取って、NPOや手話サークルを立ち上げました」

  • 耳が聞こえず、言葉が話せないこと

それらの経験や、もともとデザインを学んでいたことから「便利に聴覚障害者に音を伝えられないか?」と考えるようになった。その結果、本多さんは「Ontenna(オンテナ) 」(外部リンク)という名のプロダクトを開発する。音や声のリズム、大きさを、光と振動の強さに変換させることで、音を身体で感じられる装置だ。

写真
本多さんが大学時代から持っていたアイデアを、富士通入社後に製品化したOntenna

「以前、とあるインドのろう学校(※)で技術的な情報交換を兼ねたOntennaのワークショップを行ったのですが、生徒さんたちに大好評でした。そもそもインドは経済的な事情から、補聴器を着けている子どもが少ないのですが、このOntennaを使うことで音を体感することができたと、喜びの声をたくさんいただきました。参加者の中には、普段はあまり話さない子なのに、積極的に声を出すようになったという効果も見られました」

  • 聴力に障害のある児童・生徒に対して教育を施し、障害による困難を補うために必要な知識・技能を授ける学校
写真
ワークショップで、日本のろう学校の生徒たちとオンラインで交流する、インドのろう学校の生徒たち。画像提供:富士通株式会社

「また、Ontennaに関する意匠が恩賜発明賞(おんしはつめいしょう※)を受賞しました。ろう者の方々や応援してくれる仲間と一緒に作り上げた姿形のみならず、Ontennaを用いた体験や、価値観、ビジョン、世界観も含めて評価されたのだと思います」

  • 公益社団法人発明協会が主催する全国発明表彰の賞。全国発明表彰は、発明協会が皇室からの御下賜金(ごかしきん)を受け、我が国における科学技術の向上と産業の発展へ寄与することを目的に、多大な功績をあげた発明、考案、意匠、あるいは今後大きな功績を挙げることが期待される発明などを表彰するもの。その中でも、恩賜発明賞は、全国発明表彰の象徴的な賞として、最も優秀と認められる発明などの完成者に贈呈される
写真
令和4年(2022年)度全国発明表彰式にて賞状を持つ本多さん(左から3番目)画像提供:富士通株式会社

日々このように、ろう者との関わりや共感者が増えることで、本多さんの開発意欲はより一層かき立てられている。

「神奈川県にある富士通本店・川崎工場の隣には川崎市立聾(ろう)学校があって、以前からつながりがあったので、2021年の7月に『未来の通学をデザインしよう』というテーマで、生徒たちを対象にワークショップを行いました。そこで出たアイデアの1つを実装化したのがエキマトペなんです。『アイデアは形にできるんだぞ』ということを、子どもたちに伝えられたのも良かったなと思います」

川崎市立聾学校の子どもたちが「未来の通学をデザインしよう!」というワークショップで考えたアイデアの1つが、手書きでが描かれている。電車のモニターに手話通訳者が入るイラストが描かれており、「耳が聞こえない人はモニターの中で手話通訳があると分かりやすい」と説明が書いてる
川崎市立聾学校の子どもたちが考えた、エキマトペのベースの1つとなったアイデアシート。画像提供:富士通株式会社
川崎市立聾学校の子どもたちが「未来の通学をデザインしよう!」というワークショップで考えたアイデアの1つが、手書きでが描かれている。「電車の中でいろいろおしゃべりができるロボットがでてくる」というアイデアで、電車内に「おしゃべりくん」という名前のロボットが歩いているイラスト。おしゃべりくんの体には、ディスプレイがついており、話したことは文字化される。
ワークショップでは、子どもたちからさまざまなユニークなアイデアが提案された。画像提供:富士通株式会社

実証実験で得られた効果と課題

エキマトペが、実証実験でJR巣鴨駅に設置されたのは2021年の9月のこと。ワークショップが開催されてからわずか2カ月で実現したということになる。東京2020パラリンピック競技大会が開催されるタイミングに間に合わせようということで、チーム一丸となり、急ピッチで進めたそうだ。

「ろう学校に通う子どもたちからはもちろん、SNSでも結構良い反響がありました。『全部の駅にエキマトペがあるといいのに』『聴覚障害者ではないけど、アナウンスの音は前から聞き取りづらかったので、エキマトペが設置されて助かった』といった声をいただいています。一歩ずつですが、駅構内にある社会課題の解決に近づいてきているのかなと感じます」

ろう学校の男子生徒と、彼がエキマトペを見た感想が書かれた画像。「すごく分かりやすかったので、すがも駅だけでなく、全部の駅にエキマトペがあったらすごくいいなと思いました」という感想が書かれている。
エキマトペを実際に見た感想を語るろう学校の生徒。画像提供:富士通株式会社

ただ、エキマトペを駅に実装するまで、順風満帆に進んだわけではない。

「設置場所ですが、安全管理上、『ホームの幅が広く、ホームドア(※)が設置されている駅』というのが絶対条件でした。できれば、川崎市内の駅に設置をしたかったのですが、その条件を満たす駅がなく……。JR東日本さんにもご協力いただきまして、条件を満たしていた山手線の巣鴨駅に設置できるということになりました」

  • 転落や列車との接触事故防止などを目的として、線路に面する部分に設置される可動式の開口部を持った仕切り

そして、2度目の実証実験が上野駅で開始されたのが2022年の6月。1度目で生じた課題をクリアするのに時間を要したという。

「1度目からの主な変更点としては、AIの学習モデルの変更、ディスプレーの大きさやデザインの調整などがあります。前回の反響を受けてか、利用者も格段に多い山手線の上野駅で実験できることになりました。巣鴨駅で設置した大型ディスプレーは、とても見やすいというメリットはあったのですが、ホームを歩く人や電車を待つ人に遮られて、見えなくなるという問題も。なので、ディスプレーを小型化し、みんなによく見えて、遮られることもない自動販売機の上に設置することにしました。とはいえ、重量が約200キログラムもあったので、安全設計に加え、天井からワイヤーを張ってしっかり固定するなど、落下することがないよう工夫するのに大変苦労しました。また、場所が場所だけに『ここに設置できる業者ってどうやって見つけるの?』という問題も生まれ、とにかく必死に業者さんを探して交渉したことを覚えています」

1回目の実証実験の反省がエキマトペの画像に書かれている。「前に人が立ってしまったら見えなくなる」「このようなスペースは他の駅には無い」
1度目の実証実験が行われた巣鴨駅に設置されたエキマトペ。大きな画面で見やすかったが、人に遮られて見えない問題が生じた。画像提供:富士通株式会社
写真
2度目の実証実験が行われている上野駅の自動販売機の上に設置されたエキマトペ。画像提供:富士通株式会社

「障害」を知り、考えるきっかけを広めたい

上野駅で2022年12月まで実証実験を行った後、エキマトペを、本多さんは今後どう展開していこうと考えているのか。

「まずは他の路線や空港、街の商店街などいろんな場所にエキマトペに似た機器が置けたらいいなと思っています、空港ならソラマトペみたいな。実際に要望する声も届いているんですよ。ただ、〇〇マトペシリーズを各地に置くだけがゴールではないとも思っています。できればそれを目にした人が手話に興味を持ってくれたり、聴覚障害について考えたりするきっかけになるとうれしいですね。かつて僕が文化祭での当事者の方との出会いをきっかけに、手話に興味を持ったように。障害に対する理解が深まれば、困っている当事者の方を見かけたとき、自然と『声を掛けてみよう』とも思えるのではないでしょうか。そういう人と人とが支え合うきっかけになるようなツールを、地域の皆さんと一緒につくって展開していきたいと思っています」

そのような本多さんの想いもあり、エキマトペには地域で活動する障害者団体の情報が流れる機能も付いている。

エキマトペに地域の障害者施設「台東手話サークル」の情報が、パンダのイラストとともに表示されている。
興味を持つきっかけづくりの意味を込め、地域の障害者施設情報が流れる。画像提供:富士通株式会社

本多さんは、テクノロジーが持つ可能性と目指すビジョンをこう語る。

「社会課題に関して言うと、人と人との温もりで支えられる部分と、テクノロジーで支えられる部分の2つがあると思っていて、私は主に後者に興味を持っています。エキマトペやOntennaといったテクノロジーをベースに作られたサービスができることって、アナログだとできなかった部分の効率化や、よりパーソナライズ(その人向けにする)させることだと思うんです。ひとえに聴覚障害といっても程度は人によって違うし、必要な支援も個々で違います。テクノロジーを駆使して、より一人一人に寄り添ったソリューション(課題解決の仕組み)を提供していきたいと考えています」

写真
テクノロジーの力を駆使して社会課題の解決に挑む本多さん

障害に関する認知は広がりつつあるも、彼らが安全・安心に生活を送れる社会になっているとは言い難い。この課題を解決するには、当事者以外が当事者意識を持つことが必要であり、そのきっかけづくりが重要だ。

きっかけを「待つ」のではなく、どうか、能動的につくってみてほしい。手話で自己紹介を覚えてみるというのもいい、スマホで検索するだけでもいい。もちろん、エキマトペを見に行くのもいいだろう。その行動を起こすことこそが、社会課題の解決につながるはずだから。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

本多達也(ほんだ・たつや)

1990年香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design Intelligence Award 2017 Excellence賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019 特別賞。2019年度キッズデザイン賞特別賞。2019年度IAUD国際デザイン賞大賞。2019年度グッドデザイン金賞。Innovators Under 35 Japan 2020の1人。令和4年度全国発明表彰にて「恩賜発明賞」を受賞。
エキマトペ 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。