社会のために何ができる?が見つかるメディア
聴覚障害者も聴者も、互いに歩み寄る社会を目指して。デフ(難聴)のマンガ家・平本龍之介さんの活動の原動力
- 手話は福祉ツールではなく、聞こえない人たちが使う「言語」である
- 手話通訳者がつなぐ電話リレーサービスのおかげで、聴者と同じ立場になれた
- 漫画家や講演会などの活動を通して、障害者も健常者もみんなが平等な社会づくりに貢献する
取材:日本財団ジャーナル編集部
2020年6月5日、国会で成立した「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律案」。この法案の成立により、聴覚障害者への「情報保障」が急ピッチで進められることになる。
2021年度中には「電話リレーサービス」(外部リンク)が公共インフラとして広がり、聴覚障害者も電話を使い、遠方にいる聴者とよりコミュニケーションが取りやすい環境が充実するだろう。また一つ、時代は変わるのだ。
しかし、聴者の中には、「電話リレーサービス」を知らない人、いまひとつ理解できていない人も少なくない。
同サービスは、手話通訳オペレーターを介し、聞こえない人と聞こえる人とのやりとりを可能にする仕組みのこと。それを「マンガ」にし、噛み砕いた表現で発信しているのが、デフ(※)のマンガ家・平本龍之介(ひらもと・りゅうのすけ)さんだ。
- ※ ろう者、聴覚障害者のこと
また2020年夏、コンビニのレジ袋が有料になったことを機に、エコバックとコミュニケーションボードを組み合わせた「エココミ」(外部リンク)をプロデュースした。これがあれば、聴覚障害者も会計時にスタッフに要望を伝えやすくなる。
このように、聞こえる人と聞こえない人をつなぐ活動に邁進する平本さん。その背景には何があるのか、平本さんの思いに迫った。
初めて手話と出合い、世界が変わった
平本さんは先天性の聴覚障害者として生まれた。聞こえないことで、やはり不便なことはたくさんあったという。
「僕が子どもの頃は今よりもっとアナログな時代だったので、とにかく不便でしたよ。テレビには字幕もついていないし、バリアフリーという概念もなかった。障害への理解も浅い時代で、両親は僕を聴者の学校へ入れました。聞こえる人と同じ道を歩んでほしかったのだと思います。口話訓練もたくさんさせられました。学校ではいじめられて不登校にもなりました。結局、高校受験に失敗したことをきっかけに、ろう学校へ入ることにしたんです。でも、そこで初めて手話と出合い、世界が広がりました」
手話は福祉ツールではなく、聞こえない人たちが使う「言語」である。つまり平本さんは、ろう学校に入学したことでやっと自身の言語を獲得することができたのだ。
だからこそ、平本さんは手話のことや、ろう文化の大切さを身に染みて実感している。それがいまの活動にもつながっているのだろう。
「いまは福岡の久留米市社会福祉協議会の広報誌、久留米市ろうあ協会新聞、戸塚区聴覚障害者協会の会報誌にて、3つのマンガを連載しています。そこでろう文化について描くと、いろんな方からお手紙をいただくんです。同じ聴覚障害者からは『共感しました』と、そして聴者からは『初めて手話を知った』『聴覚障害者の方たちの大変さが分かりました』というような声が届きます。その瞬間、マンガを描いていて良かったな、と感動しますね」
電話リレーサービスがあれば、自分の思いを正確に伝えられる
電話リレーサービスについて描いたのも、聴者に知ってもらいたいという気持ちが原動力だった。
そもそも、平本さんが同サービスについて知ったのはいつ頃だったのだろう。
「福岡空港に置いてある『手話フォン』(外部リンク)を見た時に感動して、すぐに使ってみました。その後、アプリがリリースされて、バージョンアップが重ねられていった。ずっと利用していましたよ。電話リレーサービスのいいところは、手話通訳オペレーターを介して、自分の気持ちや考えを正確に伝えられるところです。それまでは家族や友人にお願いして代わりに電話をかけてもらっていましたが、彼らは手話通訳ではないので、どうしてもこちらが意図していることを理解できない。もちろん、それは仕方ないことかもしれません。だからこそ、電話リレーサービスの登場によって、電話ができるようになったとき、初めて『ぼくも聴者と同じ立場になれたんだ』と感じました」
とはいえ、現状の電話リレーサービスに100パーセント満足しているわけではない。当事者として見えている問題点もあるという。
「できれば24時間対応してほしい。例えば、深夜に生命にかかわることが起きたとき、24時間対応していればすぐに助けを求めることができます。ただし、手話通訳の方の人件費の問題も絡んできますから、すぐには難しいことも理解しているんですけどね。また、警察や消防、救急車は非対応ですが、そこもやはり対応してもらいたい。要するに、緊急時にも電話リレーサービスが利用できるようになると、私たち聴覚障害者の生活がより安心、安全なものになると思うんです」
聴者は深夜でも緊急時でも、すぐに電話でSOSを発信できる。しかし、聴覚障害者はそこに制限がある。これもまた、聴者と聴覚障害者の間に横たわる情報格差と言えるかもしれない。
大切なのは「ノーマライゼーション」
そして最後に、平本さんが社会に望むことを尋ねてみた。その答えはとてもシンプルだった。
「健常者の方たちには、『ノーマライゼーション』という概念を持ってもらいたい。障害がある人もない人も、平等に生きられる社会を目指す概念です。今はまだどうしても格差があると思います。中には善意から『障害者のためになることをやりましょう』と言ってくれる人もいる。でも、そうではなくて、障害の有無は関係なく、この社会に生きるみんなのためになることをする。そういう考え方を持てるようになると、障害者と健常者との格差が消えていくと思うんです」
そんな社会を実現するために、明日からできることがある。
「障害者と出会ったら、怖がらずに相手を知ってほしい。分からないことがあれば、『失礼かな』と心配せず、どんどん質問すればいいんです。それを続けていくと、いつの間にか障害者への先入観も消えていくと思います。同時に、障害者側も歩み寄る姿勢が必要。お互いに寄り添うことで、社会はもっと良くなっていくはずですから」
今回のインタビュー直後、平本さんは、利用者側だけでなく電話リレーサービスの提供者側の気持ちを知るために取材し、執筆した作品を発表したので、読者の皆さんにもお届けしたい。
相手の視点に立って考え、理解を深めることは、誰もが生きやすい社会をつくるためにとても重要だ。平本さんを応援すると共に、その作品をぜひ役立ててほしい。
〈プロフィール〉
平本龍之介(ひらもと・りゅうのすけ)
1980年、東京都生まれ。現在、福岡県在住。難産が原因で聴覚障害者となる。イラストレーターの亡き父から絵のノウハウを教わり、6歳の時に「どんなせんせいかな?」を出版する。現在、久留米市社会福祉協議会の広報誌、久留米市ろうあ協会新聞、戸塚区聴覚障害者協会の会報誌にて、漫画を連載中。代表作「ひらもとの人生道、僕は目で音を聴く」(デザインエッグ社)。
平本龍之介漫画家後援会 公式サイト(外部リンク)
平本龍之介 公式note(外部リンク)
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