日本財団ジャーナル

聞こえる人と聞こえない人をつなぐ「電話リレーサービス」。制度化した先に、社会はどう変わるのか

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電話リレーサービスを制度化するプロジェクトをけん引してきた元日本財団公益事業部部長であり、現在は一般財団法人日本財団電話リレーサービスで専務理事を務める石井靖乃さん
この記事のPOINT!
  • 日本財団は2013年より耳の聞こえる人と聞こえない人を電話でつなぐサービスの普及に努めてきた
  • 2020年6月に法案が成立し、2021年度中に電話リレーサービスが制度化されることに
  • 聴覚障害者の不便さをなくし、手話通訳の重要性が広く知られる未来へ

取材:日本財団ジャーナル編集部

2020年6月5日、「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律案」が国会で成立した。

2021年度中には「電話リレーサービス」が公共インフラとして広がり、聴覚障害者が電話を使い、遠方にいる人とコミュニケーションが取れるようになる。これはとても画期的なことだと言えるだろう。

そもそもこの電話リレーサービス(別ウィンドウで開く※動画)とは、通訳オペレーターを介し、耳の聞こえる人と聞こえない人が電話でやりとりすることを可能にした仕組みのこと。

聴覚障害者はパソコンやスマートフォンの画面越しに「手話」もしくは「文字チャット」で話したいことを伝え、それを理解した通訳オペレーターが、電話の相手先に口頭で伝達。相手先の発言内容については、通訳オペレーターが手話や文字チャットを使い、聴覚障害者に伝える。

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電話リレーサービスを利用し、手話通訳を介して会話をする利用者(聴覚障害者)と取引業者
電話リレーサービスの仕組みを表したイラスト。通訳オペレーターが手話や文字と音声を通訳することにより、聴覚障害者と相手先を電話で即時双方向につなぐサービス。利用者(聴覚障害者)は、ネットを利用して、電話リレーサービスセンターに連絡。利用者が話したい相手先にオペレーターが電話でつなぐ。利用者は手話もしくは文字チャットでオペレーターに用件を伝え、オペレーターはその用件を音声に訳して相手先に伝える。相手先からの返答をオペレーターが手話もしく文字チャットに訳して利用者に伝える。
電話リレーサービスの仕組み図。利用するには事前の利用者登録が必要になる

通訳オペレーターを間に挟むことにより、これまでは難しかった聴覚障害者の電話でのリアルタイムなやりとりが実現するのだ。

この制度化により、聴覚障害者が日常生活の中で感じている不便さが軽減されるだろう。病院の予約、緊急時の通報などにも対応しているため、いざというときにも役立つはず。

しかし、電話リレーサービスの制度化に向けては、実に長い年月を要した。その立役者となったのが、日本財団で「電話リレーサービス・モデルプロジェクト」(別ウィンドウで開く)をけん引してきた石井靖乃(いしい・やすのぶ)さんだ。

東日本大震災によって明るみになった、聴覚障害者の情報格差

実はこの電話リレーサービス、欧米諸国ではすでに公的なサービスとして実施されている。石井さんがサービスの存在を知ったのも、アメリカでのことだった。

「今から25年ほど前、私が日本財団に入ったばかりの頃です。アメリカにあるろう者のための大学『ギャロデット大学』の学長が、日本財団に表敬訪問に来てくださいました。もちろんその学長さんもろう者で、それを機に手話文化や手話通訳さんの重要性を知ったんです。そしてその後、アメリカに出張した時に『電話リレーサービス』というものがあることを知りました。実際にろう者がサービスを利用している場面を見せてもらった時、同じものが日本にもあればいいのに、と強く感じたのを覚えています」

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聴覚障害者への支援の重要さを口にする石井さん

そして、転機となったのが東日本大震災だったという。

「2011年、東日本大震災が発生した時、普段から支援を必要とする人たちが被災によってさらに追い込まれていることを知りました。私が気になったのは、特に聴覚障害者の方々です。耳の聞こえない人はラジオで流れる行政からの情報や災害報道を聴くことができない。例えば、『明日、◯◯町でガソリンが販売されます』といった貴重な情報すら知ることができないんです。圧倒的な情報格差が生じている。そこでさまざまな支援をスタートさせたんですが、その中の1つがファックスを活用した電話リレーサービスの原型となるような取り組みでした」

その後、2013年9月には電話リレーサービスの制度化を目指すべく、モデル事業としてプロジェクトをスタートさせた。

まだ専用のシステムも未開発だったため、手探り状態だったにもかかわらず、テストユーザーを募集してみるとサーバーがパンクするほどの応募があったそう。

「500人ずつ募集をかけていったんですが、告知すると数十分で枠が埋まるほどの反響でした。半年ごとに追加募集をかけ、3,000人に到達するくらいまでは常に応募が殺到する状態でしたね。ニーズの高さも感じましたが、それ以上に、聴覚障害者の方がこれまで不便な生活をされていたことを痛感しました」

石井さんは同時に、電話リレーサービスの必要性を周知させるため、プロジェクトのメンバーで手分けして日本各地を訪れ、各地方自治体の職員や、現地の聴覚障害者の人々へ同サービスについて細かく説明していった。

中には拒否反応を示す高齢の聴覚障害者もいたが、「病院の予約をする際、電話一本で済むようになるんですよ」と伝えると、誰もが喜びの表情を見せたという。

制度化するにはより多くの人に知ってもらう必要がある、と考えた石井さんは、国への働きかけと共にこのような草の根運動を続けていった。

2019年11月時点での利用登録者は約1万500人、1カ月の利用回数合計は約2万8,000回、利用時間合計(リレー通訳時間)は10万分を上回り、利用者からも電話リレーサービスの有用性について多くの声が届いた。

2020年6月法案成立。目指すのは、情報やコミュニケーションにおけるバリアフリー

一部の政治家の力強い後押しもあり、2019年1月、電話リレーサービスの制度化に向けて、ついに国が検討を開始。そして、2020年6月5日に開かれた参議院本会議にて全会一致で可決され、6月5日に法案が成立した。

「法案が成立した瞬間はもちろんですが、それ以上にうれしかった瞬間があります。それは2018年11月のことです。参議院の予算委員会で、安倍総理が『電話リレーサービスは公共サービスとして総務省に取り組ませます』と答弁された。それを聞いた時、プロジェクトに関わっている仲間がみんな、声を上げて喜びました。総理がそこまで答えたのならば、制度化に向けて間違いなく進んでいくだろうと確信が得られたからです。その結果、2020年に法案も成立されました。私たちが目指していたことが着実に形になりつつある手応えを感じ、ホッとしましたね」

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2020年6月15日の福祉新聞に掲載された、「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律案」成立のニュース
電話リレーサービスに関する国会答弁を思い出すと、今でも顔がほころぶという石井さん

2021年度中には電話リレーサービスが公共インフラとなる見込みだ。聴覚障害者の生活はより豊かになっていくだろう。

そんな未来を目前に、石井さんは何を思うのか。

「制度化がきっかけとなって、情報やコミュニケーションにおけるバリアフリーがもっと理解されていくとうれしい。建物や交通機関のバリアフリーというものは目に見えるため意識されやすいんですが、情報とコミュニケーションにおけるそれはどうしてもないがしろにされてしまう。だから、皆さんの意識がそこにも向いていけば世の中がもっと良くなると信じています」

写真:タブレット端末を利用して、手話を使ってコミュニケーションをとる2人の女性
公共インフラとしての電話リレーサービスの普及と共に、手話通訳の重要性が広く知られる未来を目指す。写真:GBALLGIGGSPHOTO

また、石井さんは聴覚障害者の生活だけではなく、彼らを支える手話通訳にも目を向ける。

「電話リレーサービスが公共インフラになれば、手話通訳さんたちの大切さも必然的に知られていくはずです。現状、手話通訳という業務はどうしてもボランティアとして見られがち。それだけで十分な収入を得るのも簡単ではありません。でも、彼らは本当にすごい人たちです。昔、ギャロデット大学の学長と会話した時も、側には手話通訳さんがいました。その方のおかげで、驚くほど会話がスムーズにできた。そのように聞こえる人と聞こえない人をつないでくれる手話通訳という仕事が、電話リレーサービスによってもっと評価されてほしい。そして、次世代を担う若者たちが、『将来は手話通訳になりたい』と思ってくれたら、これ以上うれしいことはないですね」

聴覚障害者にとって、手話は大切な言語である。電話リレーサービスは聞こえる人と聞こえない人をつなぐ架け橋になるのだろう。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

石井靖乃(いしい・やすのぶ)

1962年兵庫県・神戸市生まれ。1990年まで三菱商事株式会社に勤務。1994年にカナダのダルハウジー大学大学院で修士号(経済学)を取得後、1995年、日本財団に入職。2010年から2020年8月まで「障害者インクルーシブ防災の推進プロジェクト」や「聴覚障害者向け電話リレーサービスプロジェクト」など、国内外の障害者支援プロジェクトを多数手掛けた。現在は一般財団法人日本財団電話リレーサービスに移籍し、専務理事を務める。