日本財団ジャーナル

新型コロナウイルス禍で孤立する全国のろう児・難聴児に家庭教師を無償提供。Silent Voiceが「いま」やれること

写真
Silent Voiceが2020年5月31日まで無償提供するオンライン授業で、家庭教師がろう児に勉強を教える様子
この記事のPOINT!
  • 新型コロナウイルスの影響により、孤立するろう児・難聴児が増えている
  • ろう児・難聴児向けオンライン授業サービスを2020年5月31日まで無償提供
  • 聞こえないことで未来への可能性が狭まらない社会を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

未曾有の事態となっている、新型コロナウイルス。日本政府は4月7日に緊急事態宣言を発令し、4月16日にはその対象地域を拡大した。連日、「外出自粛」が要請され、リモートワークを取り入れる企業や、休校を決めた学校も多い。

そんな中、ひときわ深刻な影響を受けているのが、聴覚障害のあるろう児・難聴児だ。

彼らは「聞こえないこと」により、聞こえる子どもに比べて、習い事の選択肢が少ない。十分な指導を受けられる場が限られてしまっているのだ。その上、中には手話ができない聞こえる家族とのコミュニケーションに悩んでいる子どももいる。そんな状況下での休校の知らせ。いま、ろう児・難聴児たちは教育へのアクセスが途絶えた中で、情報を得る機会が極度に減少してしまっている。

しかし、それを改善すべく動き出したのが、大阪にあるNPO法人「Silent Voice(サイレントボイス)」(別ウィンドウで開く)である。Silent Voiceが取り組むのは、ろう児・難聴児への教育支援。代表の尾中友哉(おなか・ともや)さんが掲げる理念に迫った。

聴覚障害者を支えるSilent Voice

Silent Voiceは、聴覚障害者を両親に持つ尾中さんが立ち上げた。その出自を生かし、聴覚障害者と共に事業を運営している。

写真
Silent Voice代表の尾中さん(写真最前列中央)とスタッフの皆さん

「私たちは“DEAF(聞こえない・聞こえにくい人)の活躍の場を増やすこと”をテーマに掲げ、活動しています。事業の一つは、株式会社Silent Voiceとして行っている『聴覚障害者職場改善コンサルティング』(別ウインドウで開く)です。聞こえない・聞こえにくい人たちが働く企業から依頼を受けて、彼らやその周囲の人のパフォーマンス向上を図るコンサルをしています」

写真
聴覚障害者との働き方を伝えるコンサルティング現場

そして、もう一つ力を入れているのが、ろう児・難聴児への教育支援。

「これはNPO法人として携わっている事業になり、『デフアカデミー』(別ウインドウで開く)という塾を立ち上げています。社会に出たろう者・難聴者の支援をする中で見えてきたのが、聞こえない・聞こえにくい子どもたちも社会とうまくつながれていない、という現実。デフアカデミーは、それを改善するために生まれました」

そこでは3つの軸に分けた指導を行っている。

「一つは『速読』。聞こえない・聞こえにくい子どもたちにとって、目から情報を得ることは非常に重要です。そのため、よりスピーディーかつ確実に目からインプットする力を育てています。次が『アクティブラーニング』と呼ばれる、いわゆる自分で考える力の育成です。得られる情報が限られてしまう中でも自分で考えて行動できるようにトレーニングをしています。そして最後が、情報化社会に対応するためのITスキルです」

写真
デフアカデミーに通う、聴覚障害のある子ども

デフアカデミーは放課後に立ち寄る総合学習塾。そこに集まる子どもたちは、手話が使える講師のもとで、とてもハツラツとした表情を見せている。まさに、聞こえない子どもたちの“居場所”として機能していると言えるだろう。

オンライン授業を通して見えてきた、ろう児・難聴児の孤独

しかし、新型コロナウイルスの影響により、対面でのサービス提供ができなくなってしまった。そこで尾中さんは、以前から計画していたオンライン授業(別ウィンドウで開く)による個別指導サービスを前倒ししてスタートさせることを決断。Silent Voiceで提供する授業は、視覚的情報や手話を用いたもの。これならば、ろう児・難聴児をしっかりサポートすることができる。

「コロナの影響で子どもたちがデフアカデミーに通えなくなってしまった時、保護者の方からたくさんSOSをいただいたんです。中には『子どもが塞ぎ込んでしまって、ストレスでおかしくなってしまうかもしれない』と心配する保護者もいました。そこで試験的にオンラインでつないでみたところ、手話で会話できることによろこび、思わず泣いてしまう子どももいたんです」

ろう児・難聴児が孤独感に苦しんでいる。それを実感した尾中さんは、保護者の負担を少しでも減らし、アクセスできる可能性を高めるため、オンライン授業を2020年5月31日まで無償提供することを決めた。対象としたのは全国。デフアカデミーがある大阪に限らず、日本中にいるろう児・難聴児を救いたいという思いからだ。

すると、開始当初から申し込みが殺到。これまでに、アメリカ在住の日本人ろう者から英語を教わった子どもや、大好きな読書を語り合える先生と出会えた子ども、遠く離れた日本代表のDEAF女子サッカー選手からリフティングを手話で教わった子どもなど、距離を超えたざまざまな出会いが実現している。

写真
Silent Voiceが提供するろう児・難聴児向けオンライン授業サービス

ろう児・難聴児を対象にオンラインで授業を行うサービスは、ほとんど存在しない。そのため、彼らの教育は家庭や地域の教育機関に依存してしまう。しかし、それでは行き届かない。

尾中さんはそれを痛感したエピソードを話してくれた。

「オンライン授業を試験的に始めた頃、滋賀県に住む難聴児とつながりました。彼は手話ができず、音声日本語を話すこともできない。コミュニケーション手段としては、筆談を使うのみ。そして、初めてオンラインでコミュニケーションを図ってみると、こう言ったんです。『耳が聞こえないのって、世界に自分一人だけだと思っていました』。その孤独感を想像できますか?」

信じ難いが、これが現実であり、まだ取りこぼされてしまっている子どもたちが大勢いるのだ。

ろう児・難聴児の可能性が広がる未来を目指して

昔に比べて聴覚障害者への理解ははるかに進んだ。しかし、まだ十分とは言えない。「耳が聞こえない人って、算数をするんですか?」「聞こえない子どもは、幸せになれないですよね」。尾中さんは信じられないような言葉を何度も耳にしてきた。


「確かに、聞こえる人中心の仕組みの中で、不利なこと・苦しむことは、人によって多かれ少なかれあります。ただ、聞こえない自分の人生に満足している人たち、自分らしく生きている人の存在ももっと知ってほしい。誰にだって、人生に浮き沈みがあり、聞こえないからといって不幸になることが確定し、さもそうであるかのように周囲が接し続けるというのは強い違和感が残ります。中でも、聞こえない子どもが生まれてきたときに『健康に生んであげられなくてごめんなさい』と背負い込んでしまうお母さんたちの力になりたい。選択肢と根拠を持って『大丈夫』と言える社会をつくりたいんです」

聞こえない子どもを前にして、そんな風に感じる親を責めることはできない。根底にあるのは、子どもの幸せを願う気持ちだからだ。

「“聴覚障害者”は良い大学に通えない、お金を稼げない、自立して素晴らしい人生を歩めない、といったイメージがあるんだと思います。だからこそ、お母さんたちは自分の子どもを“聴覚障害者”ではなく、“健常者”にしようと頑張るのです。でも、ろう者・難聴者もさまざまな道を選択することができて、幸せに生きられるのだと思える社会でありたい。そのためにも、彼らの可能性を増やす教育に力を入れたいんです」

写真
尾中さん(写真奥)は各地で講演活動も行う

尾中さんが目指すのは、ろう者・難聴者と聴者がお互いに歩み寄ることができる社会だ。

「聴覚障害に限った話ではありませんが、これまで障害者と健常者の間をつなぐキーワードとしては『障害者理解』や『合理的配慮』という言葉が用いられてきました。でもそれって、障害者を弱者として見ているんです。そうではなく、お互いに助け合える存在のはず。障害者理解よりも『相互理解』、合理的配慮よりも『相互の歩み寄り』の方がもっと価値があると捉えるべき。そんな社会が訪れるように、Silent Voiceの活動を続けていきたいと思っています」

情報格差が生じてしまうろう児・難聴児に教育を支援し、彼らの可能性を伸ばしていく。尾中さんの取り組みは、いま最も注目すべきものだろう。

写真提供:Silent Voice