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障害者、子ども連れ、音が苦手な人、全ての人に作品を。日本唯一のユニバーサルシアターの挑戦

日本で唯一のユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA」の代表、平塚千穂子さん
この記事のPOINT!
  • 視覚障害者のための音声ガイド付き映画は、1年間で公開される全作品の1割未満
  • 東京・田端にある「CINEMA Chupki TABATA」は日本で唯一のユニバーサルシアター
  • 平等は大前提。異なる背景を持つ人同士が、一緒に何かを体験する機会が多様性に不可欠

取材:日本財団ジャーナル編集部

視覚障害者も鑑賞できる映画作品が年々増えてきている。「HELLO! MOVIE」(外部リンク)「UDCast」(外部リンク)などのスマートフォンのアプリとの連動により、映像の情報を音声で補う音声ガイドを聞くことが簡単になっている。しかし、対応作品は驚くほど少ない。

NPOメディア・アクセス・サポートセンターの調査によると、2021年に公開された邦画が490本なのに対して、音声ガイドアプリ対応作品は80本と、全体の2割未満というのが現状だ。洋画作品は権利の関係で、音声ガイドを容易につけられないという。

視覚障害者が映画を楽しめる環境が十分には整っていない状況の中、注目を集めているのが、東京都北区田端にある、目の不自由な人も耳の不自由な人も誰でも映画を楽しめる日本で唯一のユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)」(外部リンク)だ。

立ち上げたのは、視覚障害者のための映画鑑賞の環境づくりに長年取り組んできた平塚千穂子(ひらつか・ちほこ)さん。なぜ視覚障害者だけでなく、どんな人でも映画を楽しめるユニバーサルシアターにこだわったのか。平塚さんにお話を伺った。

障害の有無に関係なく、それぞれの楽しみ方を大切に

田端の商店街の一角にある座席数が20席の小さな映画館、CINEMA Chupki TABATA。平塚さんが映画館をつくる上で大切にしたコンセプトが「全ての人にとってそれぞれの楽しみ方ができる」こと。障害のある人だけのことを考えてつくられたものではない。

目や耳が不自由な人だけでなく、幼い子ども連れの人や、大きな音や暗闇が苦手な人など、誰でも安心して楽しめる映画館になっている。

写真:CINEMA Chupki TABATAの館内
CINEMA Chupki TABATAは音にこだわる映画館でもある。7.1.4chの音に 360度包まれる「フォレストサウンド」は、音響監督の岩浪美和(いわなみ・よしかず)さんが監修し、実現。迫力のあるサウンドが楽しめる。画像提供:CINEMA Chupki TABATA

全ての映画には聴覚障害者のための字幕が付いており、視覚障害者が音声ガイドを聞けるイヤホンジャックを全席に搭載。また、上映中に赤ちゃんが泣いてしまったときのために、完全防音構造の親子鑑賞室が設けられているのも大きな特徴だ。

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全席に搭載されている音声ガイドを聞くためのイヤホンジャック。画像提供:CINEMA Chupki TABATA
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赤ちゃんなど幼い子どもを連れた人も安心な完全防音の小部屋。画像提供:CINEMA Chupki TABATA

親子鑑賞室という名前がついてはいるが、大勢で一緒に見ることや大きな音が苦手な人など、誰でも利用することができる。

大学卒業後、さまざまな挫折を経験し、映画によって心を回復させた過去があるという平塚さん。そんな彼女の大きな転機となったのが、映画のコミュニティに入り、チャップリンのサイレント映画『街の灯(まちのひ)』を視覚障害者に見てもらう試みを行ったことだった。

映画を解説する活動弁士を手配するなど、試行錯誤をしたものの、準備に時間がかかり過ぎたことにより主要メンバーが去り、残念ながら成功させることはできなかった。だが、その際に視覚障害者とつながりができ、2001年にバリアフリー映画鑑賞推進団体「City Lights(シティ・ライツ)」(外部リンク)を立ち上げ、視覚障害者が映画を楽しめる環境をつくるという活動を始めた。

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視覚障害者が映画を楽しめる環境づくりに取り組み始めた当時のことを振り返る平塚さん

当時、視覚障害者が映画を見る環境はほとんど整えられておらず、特に映画館で上映されている最新作品を見る手立てはなかったという。

「団体の立ち上げに先がけて、アメリカではどんな状況なのか調べてみたことがあるんです。2001年当時で、全米には100館以上のバリアフリー映画館があり、公開当日から音声ガイドと字幕が付く作品がたくさん公開されていました。日本はとても遅れているんだと思ったことをよく覚えています」

City Lightsの公式サイトのキャプチャ。キャッチコピーに「見えなくても、映画はみえる。」とある
City Lightsの公式サイトより。当時は映画館にお願いして置いてもらったパンフレットや、メーリングリスト等を利用して、視覚障害のある参加者や、ボランティアを募ったという。画像提供:City Lights

2001年はスタジオジブリの映画『千と千尋の神隠し』が人気を集めていた時期でもあり、平塚さんの元には「一緒に見に行ってほしい」との声が、全国の視覚障害のある人から届いたという。

活動当初はCity Lightsのボランティアメンバーが視覚障害者の横に座り、耳元でその内容を伝えていたが、その後、映画館に協力してもらい、映写室でメンバーが音声ガイドを読み上げ、それをFMラジオの電波を使って受信する「ライブ音声ガイド」を始めた。

そして、City Lightsは兼ねてからの夢だった映画館をつくることに。クラウドファンディングによって多くの支援が集まり、2016年9月にCINEMA Chupki TABATAはオープンした。

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CINEMA Chupki TABATAの入り口。まるでカフェのような親しみやすい外観だ

ユニバーサルシアターから広がった街の変化

視覚障害のある人に対してサポートをしてきた平塚さんが、ユニバーサルシアターという形にこだわったのは、活動を続けるうちに、映画を見ることができずに困っているのは視覚障害者だけではないと気付いたからだ。

「耳の不自由な人は字幕のある洋画を見ることができても、邦画を見る機会があまりないですし、車いすの方は車いすスペースが座席の一番前にあることが多いために、見上げる形になって首が疲れてしまう。一見、配慮されているように見えても、当事者からすると改善してほしい点があるということに気付いたんです。障害がなくても映画を楽しめない人がたくさんいます。特に赤ちゃん連れの人は、上映中に泣き出す不安があり、なかなか映画館に行けない状況があるな、と。映画館をつくるなら、みんなが笑顔になれる場所をつくりたいと思っていました」

ユニバーサルシアターという形にしたことで、館内でお互いを知るきっかけや人とのつながりが生まれている。その変化は田端の街にも広がっているという。

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CINEMA Chupki TABATAから広がった街の変化を教えてくれる平塚さん

「商店街の角にはご飯屋さんがあるんですけど、店主の方が視覚障害の方がどうやって信号を渡るのか観察していたらしいんですね。そうしたら、『人が通っているときは青になった気配に気が付いて渡れるけれど、人がいないと渡れない』ということに気が付いたらしいんです。『青になったら音が出る信号機に変えたほうがいい』と近くの交番に伝えに行ったらしく、実際に信号機が変わったなんてこともありました」

CINEMA Chupki TABATAができたことで、商店街や街の人と障害者が触れ合う機会が多くなったと平塚さんは言う。さらに、さまざまな人が楽しめる映画館にしたことで、映画という文化の大切さに気付ける場にもなっているのではないかと考えている。

「一度、見えない人、聞こえない人と一緒に映画を見ていただければよく分かると思いますが、少しの情報も逃さないよう、映画を鑑賞する集中力は半端ではありません。そういう方が映画館にいるだけで、空気が変わると思います。映画がサブスク(※)で配信されるようになり、消費される時代です。でも、そういう方たちの映画の見方を見ていると、映画を文化として継承していくことの重要性に気付かせてくれるような、そんな気がするんです」

  • サブスクリプションの略で定額制の意味。定額制で映画を見放題というサービスが増えている

手話演劇に音声ガイドを付ける、かつてない挑戦

そんなCINEMA Chupki TABATAは今もさまざまな挑戦を続けており、それを通して平塚さん自身も学ぶことが多いという。

最近取り組んだのが、『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』というドキュメンタリー作品に、音声ガイドを付けるという試みだ。

『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』は、もともと舞台作品であった『凜然グッドバイ』を、耳の不自由な人たちにも伝わるよう手話演劇化するため、試行錯誤する舞台手話通訳者たちに密着したドキュメンタリー作品。それを、さらに視覚障害者にも楽しめるよう、平塚さんは音声ガイドの制作を試みる。

「舞台手話通訳という聴覚障害者のための表現」を「目の見えない人のための音声ガイド」に再翻訳する、少し複雑なこの試み。実はドキュメンタリー映画監督の山田礼於(やまだ・れお)さんから持ち込まれた企画で、平塚さんの挑戦がそのままドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』として記録されている。

『こころの通訳者たち What a Wonderful World』公式サイト
ドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』は2022年10月から公開がスタートした。立場や背景の違う人たちが対話を通し、お互いを知っていく様子が描かれている。画像提供:Chupki

もちろん音声ガイドは、劇中の音声とかぶらないように入れなくてはいけない。平塚さんは言語と言語の間で板挟みとなる。

『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』のワンシーン
2017年に上演された演劇『凛然グッドバイ』を、聴覚障害者にも楽しめるよう、どうやって手話で表現するか、3人の手話通訳者の試行錯誤に迫ったのがドキュメンタリー作品『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』だ。画像提供:Chupki
『こころの通訳者たち What a Wonderful World』のワンシーン
ドキュメンタリー作品『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』を、さらに視覚障害者に届けるため、平塚さんは担当をした手話通訳者に「この手話で何を表現しようとしていたのか?」などオンライン会議で意見を伺う。画像提供:Chupki

この音声ガイド制作を通して、初めて手話に深く触れたという平塚さん。手話を「惑星/遠い」のように単語で区切り、音声ガイドに落とし込もうと提案したところ、手話通訳士から「それはラベルと呼ばれる翻訳で乱暴です」とストップがかかる。

「手話にはその動作一つ一つに意味があり、表情、肩の動き、指先をどれくらい曲げるかでもその意味が変わってしまいます。手話通訳士の方は『どのようにすれば真の意図が伝わるか?』を考えて翻訳をしているため、ラベル的な音声ガイドにすることに抵抗感を持たれていました」

「惑星/遠い」の2つの単語でも、指の位置を変えるだけで「どれくらい離れているか?」を表すことができる。ラベル的に「惑星/遠い」とだけで表現することは、真の意味がこぼれ落ちてしまうのだ。

また、手話通訳士が「手話には使用が禁止されてきたという、虐げられてきた歴史があります」と平塚さんに語る場面が印象的だった。手話の音声ガイドをラベル的翻訳で済ますということは、手話文化への否定とも捉えられかねないのだ。

平塚さんは全員が納得できる音声ガイドをつくるため試行錯誤する。

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音声ガイドは視覚障害者が元の映像をイメージできるかも重要。障害当事者を呼んでのモニター会は何度も行われた。画像提供:Chupki
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手話文化、手話通訳士の意図、視覚障害者にも伝わる表現、時間。全員が納得できる音声ガイド制作のため平塚さんは苦悩する。画像提供:Chupki

劇中には、立場や背景の異なる人々が対話を重ねるシーンが何度も出てくる。分からないこと・分かってほしいこと、理由を伝え合い、対話を繰り返すことで、お互いの文化を知り、信頼が生まれていったという。貴重な経験だったと平塚さんは話す。

自分の自由を大切にすることが共生社会の一歩

映画だけに限らず「誰もが平等と感じられる社会づくりのために、私たちができることは?」と尋ねると、「自分を知ること」だと平塚さんは言う。

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毎日、さまざまな人が訪れるCINEMA Chupki TABATA

「自分と、自分にとっての本当の自由を知ることから始まるんだろうなと思います。人間は一人一人、全員違うわけじゃないですか。そのことがきちんと分かっていれば、自分の自由を得る権利を諦めないと思うんです。そして、自分を大事にしていることが、自分とは個性の異なる方たちの権利を育てることになるんだろうなと。自分に対していい加減になっていると、他の人の自由に対しても『そんなの適当にしとけばいいのに』という発想になって、少数派の意見はどんどんもみ消されてしまうと思うんです。自分のあり方がとても大事なんだと思います」

社会にはまだまだたくさんの不平等が存在している。その解消をするためにはまず自分を知り、他者を尊重することから始まるのだろう。

最後に『こころの通訳者たち What a Wonderful World』のパンフレットより、平塚さんの言葉を引用する。

「機会の平等がゴールなのではなく、 機会の平等は大前提。そこから生まれる多様な人々と共に鑑賞する場のもつ可能性の広がりを『こころの通訳者たちWhat a Wonderful World』のユニバーサル上映を通じて、ますます感じていけたら嬉しいです」

ぜひCINEMA Chupki TABATAで映画を楽しんでみてほしい。背景の違うさまざまな人と一緒に見る映画は、自分を知り、他者を知り、お互いを尊重する機会をきっと与えてくれるはずだ。

撮影:十河英三郎

CINEMA Chupki TABATA 公式サイト(外部リンク)
『こころの通訳者たち』 公式サイト(外部リンク)
『こころの通訳者たち』イメージソング「ユウキノウタ」MV(外部リンク)

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