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入学条件は「視覚・聴覚障害者」。筑波技術大学が実現する「障害」のない学習環境

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視覚障害者、聴覚障害者であることが入学条件の筑波技術大学。画像提供:筑波技術大学
この記事のPOINT!
  • 筑波技術大学は日本で唯一「視覚・聴覚障害者であること」を入学条件とした国立大学
  • 視覚・聴覚障害者にとって、進学や就職にはまだまだ「壁」があるのが現状
  • 障害のある人を知り、触れ合うことが、情報格差のない社会につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

茨城県つくば市にある筑波技術大学(外部リンク)は、日本で唯一「視覚・聴覚障害者であること」を入学条件とする国立大学です。学生の障害や個性に配慮しながら学びの場を提供し、社会的自立と社会貢献のできる人材を育成しています。

現在、障害がある人を受け入れている大学も増えてはいますが、学ぶ環境が十分に整っているとは言い難い現状があるようです。

今回、筑波技術大学・学長の石原保志(いしはら・やすし)さん、保健科学部情報システム学科・教授の小林真(こばやし・まこと)さんに、同大学が生まれた目的や学びの環境について話を伺いました。

また、保健科学部4年生の北畠一翔(きたばたけ・かずと)さん、産業技術学部の卒業生である田中陽土(たなか・ようと)さん、松谷朋美(まつたに・ともみ)さんにも取材に参加いただきました。

お話を通して、社会にある「壁」を知ることができました。

過去には障害があると入試を受けられないという事実が

――筑波技術大学は、どのようなきっかけで誕生したのでしょうか?

石原学長:1980年代初頭に、筑波大学附属聾(ろう)学校(現在は筑波大学附属聴覚特別支援学校)のPTAと教員が中心となり起こした設立運動がきっかけです。その頃、視覚や聴覚の障害があった場合、大学の入試すら受けることができないという状況でした。

中には個別に交渉し入学に至ったケースや、一部受け入れている大学もありましたが、進学率は非常に低かった。そこで「自分の子どもたちを大学に入れたい」と考えた親御さんたちが中心となり、設立運動が起こったんです。

そして、1987年に前身である筑波技術短期大学が設立され、現在の形に至ります。

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筑波技術大学の成り立ちや、特徴を説明してくれた石原学長

――筑波技術大学にはどんな学部があり、どのようなことを学べるのでしょうか?

石原学長:学部は聴覚障害者のための産業技術学部、視覚障害者のための保健科学部に分かれています。

産業技術学部はさらに産業情報学科と総合デザイン学科に分かれ、情報処理、ものづくり、生活環境づくりに特化した学部になります。一方の保健科学部では、鍼灸学や理学療法学が学べる保健学科と、情報システム学科に分かれています。

学部編成は年々変わってきており、近年では筑波技術大学でしか学べない内容にも力を入れていますね。

――「筑波技術大学でしか学べない」とは、具体的にはどんな内容でしょうか?

石原学長:一例ですと、4年前から産業技術学部に「支援技術学」というコースができました。「障害者の視点から、社会の障害を取り除く」という考えに基づいており、学生が社会に出た時にぶつかる「壁」、例えば情報のやりとりやコミュニケーション、環境などについて学びます。

――設立運動が起きていた当時は、聴覚・視覚障害のある生徒が入学できる大学が少なかったとのことですが、現在は変わってきていますか?

石原学長:はい、現在は少子化が進んでいることもあり、障害があっても受け入れてくれる大学は増えています。

ただ、入学の間口は広くなっても、情報保障(※)がされていないケースも多く、大学によって学習環境の差があるのが現状でしょう。

  • 身体的なハンディキャップにより情報を収集することが困難な状況に際して、代替手段や補償手段を用いて情報を提供すること。聴覚障害者に対する手話通訳、視覚障害に対するテキスト情報の音声化などがある

――学習環境の差とは、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?

石原学長:例えば、一般の大学の授業で先生はほとんど板書(黒板に書くこと)をしません。話し言葉がメインとなるので、聴覚障害がある学生には内容が伝わらないでしょう。

視覚障害がある場合、校内のさまざまな教室に移動して授業を受けることに困難を感じます。

一般の大学でも、聴覚障害者にはノートテイク(※1)、視覚障害者にはなるべく移動しやすい場所に教室を指定するなど配慮してくれる場合もありますが、どちらもいわゆる合理的配慮(※2)で、あくまでできる範囲で対応をする形にとどまっています。

――筑波技術大学ではどのような学ぶ環境が保障されているのでしょうか?

小林教授:教材面と、教室などの設備面の両方が整えられています。

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保健科学部情報システム学科の教授であり、広報室長でもある小林教授

小林教授:教材面の一例でいうと、アクセシブル(利用できる状況が幅広い)な教材がすぐに得られるということが大きなメリットです。

一般の大学でも交渉次第で入手可能だと思いますが、現状では少し時間がかかってしまうのではないでしょうか。本大学では学びにすぐ集中できるのが特徴です。

加えて、私が担当している視覚障害者が学ぶ保健科学部では、点字ディスプレイや点図ディスプレイなど特殊な支援機器が用意されています。

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点字ディスプレイ。パソコンなどに表示されたテキスト情報を点字として表示するデバイス。画像提供:筑波技術大学
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点図ディスプレイ。テキスト情報ではなく図や、動くものを点図で表現し、触覚的に感じられるデバイス。画像はグラフが点図となっている。画像提供:筑波技術大学

――設備の面ではどうでしょうか?

小林教授:こちらも一例になりますが、視覚障害者が学ぶ春日キャンパス(外部リンク)は、階段の手すりには階数を示す突起があったり、廊下の手すりには反対側にドアがあることを示す切れ込みがあったり、触覚的な情報を提示するようにしています。

聴覚障害者が学ぶ天久保キャンパス(外部リンク)では、離れたところからでも手話で会話できるようにガラス面の多い壁の構造になっていたり、授業の開始や非常時などを、ランプで視覚的にわかるように知らせたりしています(※)。

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視覚障害者が学ぶ春日キャンパス。階段の手すりには突起があり、階数が分かるようになっている。画像提供:筑波技術大学
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聴覚障害者が学ぶ天久保キャンパス。チャイムは天井に設置されたランプで知らせる仕組み。画像提供:筑波技術大学

「専門分野の習得」「自身の課題克服」。大学を選んだ理由

――現役の筑波技術大学生や、卒業生にもお話を伺います。保健科学部情報システム学科・4年生の北畠さんは、なぜ筑波技術大学に進学されたのでしょうか?

北畠さん:将来就きたい仕事から逆算して考えた時に、この大学で学ぶことは大きなメリットになると考えたからです。

将来的に、視覚障害のある“自分にも”できることではなく、視覚障害の“自分だからこそ”できることを仕事にしたいという思いがありました。

小学生の時からパソコンを触るのが好きで、スクリーンリーダー(※)の開発など、視覚障害者の情報アクセシビリティに関連する仕事に就きたいという思いがあり、この大学ならば視覚障害やアクセシビリティに関することと、情報システムの専門的なことを両方習得できると考えました。

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技術系のさまざまな国家資格も取得しているという北畠さん

――卒業生である田中さんはどうでしょうか?

田中さん:私は聴覚障害があり、高校まで一般の学校に通っていたのですが、その時の経験が大きいです。

学ぶ環境に大きな問題はなかったのですが、クラスメイトや部活の仲間とのコミュニケーションがうまくいかないことが多くて、社会に出た時のことを考えると不安を覚えました。

そんな時に筑波技術大学のことを知り、学校案内資料に就職率が100パーセントだということが書かれていて、とても驚いて。社会人としてコミュニケーションがとれて、仕事で活躍できる方法を学べるのではないかと思い、入学を決めました。

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産業技術学部の卒業生である田中さん。IT企業での勤務を経て、現在は日本財団が助成する「聴覚障害者のためのキャリアサポートセンターの設置」事業にてウェブ系システムの開発担当として働いている

――同じく卒業生である松谷さんはいかがでしょうか?

松谷さん:聴覚障害者が集まって学べるという環境が魅力でした。

私は小学校の高学年くらいからゆっくりと聴力が落ちていきました。高校生の時はたまに聞き取れないことがあっても、聞こえているふりをしてしまうことがありました。自分が聞こえなくなっているということを受け入れたくないという思いが強かったんです。

私の場合、声の出し方が聞こえている人と変わらないこともあり、障害を理解してもらいにくく、聞こえない時に「無視してる」と捉えられてしまうこともありました。そのせいか、高校2年生くらいからメンタルを崩した時期がありました。

でも、「このままではいけない」と思い、自分の障害を受け入れるために進学を決めました。教員免許が取得できることや、自分のやりたい分野が学べるという点も魅力でした。

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産業技術学部の卒業生である松谷さん。現在は筑波技術大学内で聴覚障害者のためのキャリアサポートセンターのスタッフとして働いている

――筑波技術大学で学ぶことによるメリットは、どんな点でしょうか?

田中さん:障害があることを意識せずに、学びに集中できることが大きなメリットでした。あとはこの大学は全国から障害者が集まってくるので、横のつながりがつくりやすい点もよかったです。

仕事や日常生活で何かトラブルが起きた際、同じような境遇の人に相談ができるので、改善しやすい環境であることも魅力だと思います。

北畠さん:メリットはさまざまあるのですが、少人数制の大学なので一般の大学よりも先生とのつながりが強いというのが魅力だと思います。自分が何かについて学びたいと思ったときに、詳しい先生に個人的にお願いしやすい環境があります。

松谷さん:聴者(※1)と自分との差に引け目やストレスを感じることなく、情報保障が整った環境で能力を広げられるのがメリットだと思います。

あとは、この大学に入るまで耳が聞こえづらい自分は、他人に対し劣等感のようなものを抱いていましたが、ろう者(※2)としての誇りを持っている人とたくさん出会えたことによって、自分のアイデンティティにも大きな影響を受けましたね。

  • 1.聴覚に障害がない人のことを指す
  • 2.日常的に手話を用いている人を指す。狭義的な意味では「ろう社会というコミュニティに帰属意識を持つ人々」を指すことも

――筑波技術大学ができたことによって、周辺地域などに変化はありましたか?

小林教授:地域との連携という意味でいうと、つくばエクスプレスを運営する首都圏新都市鉄道さんと協力して、駅や車両の改良点がないか学生たちと考える機会を設けたり、つくば市さんとの連携事業の一環で、市の新人職員さん向けのユニバーサルデザイン(※)研修を行なったりしています。

つくば市職員の方は、道路計画を立てる際にも、本大学に相談に来てくれますね。

もっとローカルなことでいえば、視覚障害の学生が通っている春日キャンパスの周りにあるコンビニでは、店員さんにものすごく理解があって、案内の仕方や商品説明など、とても親切に対応してくれます。

  • 身体能力の違いや年齢、性別、国籍に関わらず、全ての人が利用しやすいようにつくられたデザインのこと。構造やシステムなども含む
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今回、取材に参加していただいた皆さん。それぞれの立場から筑波技術大学の魅力を語ってくれた

社会にある「障害」「困難」に対応できる人材を育てるために

――現在、筑波技術大学の学びにおいて何か課題などありますか?

石原学長:学生は、大学を含めた学校ではサービスを受ける側ですが、社会に出た際は、労働をしサービスを提供する側になるわけで、もっと厳しい状況を自分の力で乗り越えなければいけません。そんな困難な状況に対応する力を身に付けてもらうことが課題です。

困難な状況を変えていくためには、自身の努力や工夫がどうしても必要になりますし、社会と折り合いをつける方法も身に付けないといけません。

自分を客観的に知るメタ認知能力や、教養の力が何より大切となるので、そういったことを学べる「共生社会創成学部」というものをつくるために動き出しています。

――なるほど。では、社会にある障害をなくすために、私たち一人一人ができることはどんなことでしょうか?

小林教授:第一歩としては「知ってもらうこと」が大切だと思っています。

障害者とまとめられてしまうことも多いのですが、つくば市民を100人集めたら全員違うように、視覚障害者や聴覚障害者を100人集めても、全員障害の種類や程度、個性、考え方が違います。みんなそれぞれの立場や意見があるということをまずは知ってもらいたいです。

その上で支援できること、できないことがあると思うので、その落としどころを探ってもらいたいなと思います。

石原学長:ここ最近、D&I(※)という言葉のメインがいわゆるジェンダーの問題になっていて、障害者にはあまり注目が集まっていないことに、私の立場からすると危機感があります。障害者も含まれるということを改めて知ってほしいですね。

そのためには近くの施設や学校で障害者と触れ合う機会や、もし職場に障害者がいるという人は、意識して話す機会をつくってもらえたらいいと思います。

  • ダイバーシティ&インクルージョンの略で、多様な人材の活躍を推進するための概念
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壁のない社会のため、一人一人ができることも多いと話す石原学長と小林教授

――最後に当事者として、社会に知ってほしいことはありますか?松谷さん、代表でお願いします。

松谷さん:そうですね、障害のある人に初めて会ったら戸惑うこともあると思うのですが、「相手も同じ社会で生きている、同じ人間である」ということを意識してもらえたらと思います。

言葉を聞き返したとき、「あ、やっぱりいいや」と言われるのがすごく傷つくんですね。ちょっと大変かもしれませんが、お互い伝えることを意識してコミュニケーションをとってもらえると嬉しいなと思います。

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代表で「社会に知ってほしいこと」を話す松谷さん

編集後記

取材を通し、学習における情報格差や、社会の壁を改めて実感しました。

まずは身近にいる障害のある人たちを知り、自分ができることについて考え、行動していくことが、多様な社会を形成していく上で重要なことだと感じました。

筑波技術大学公式サイト(外部リンク)

撮影:十河英三郎

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。