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障害のある醸造士たちが手がけるクラフトビール。自治体と街ぐるみで取り組むアイコンづくり
- コロナ禍で危機に陥った方南銀座商店街(東京・杉並区)が、福祉の力で再起を図る
- 障害のある醸造士たちを中心に、街のアイコンとなるクラフトビール造りに挑戦
- ビール造りを通じて障害者が地域や人とつながり、仕事の選択肢を広げるきっかけに
取材:日本財団ジャーナル編集部
2022年3月、コロナ禍を受けてシャッター通りと化してしまった東京都杉並区にある方南銀座商店街(外部リンク)。ここに活気を取り戻すべく誕生したのが「方南ローカルグッドブリュワーズ」(外部リンク)です。障害のある醸造士たちがクラフトビール(※)造りに取り組んでいます。
- ※ 小規模なビール醸造所で造られたビールのこと
イベントのたびにコスプレをして率先して盛り上げる商店街の理事長をはじめ、なぜか緑色の戦隊コスチュームをまとい、地下鉄方南町駅でベビーカーの上げ下ろしを手伝っている「ベビーカーおろすんジャー」(外部リンク)など、ユニークな人が多く住む方南町は、もともと“多様性“に富んだ街でした。
方南ローカルグッドブリュワーズも、ここでビールを造る人々も、創業当初から街を支える大事な仲間として受け入れられています。
今回は方南町ビールプロジェクト実行委員会の1人で、障害のあるバリスタ(※)や焙煎士が活躍するカフェ「ソーシャルグッドロースターズ」(外部リンク)を運営する一般社団法人ビーンズ(外部リンク)代表理事・坂野拓海(さかの・たくみ)さんに、他にはない地域活性化×障害者の就労支援の取り組みについて話を伺いました。
コロナ禍を受けて、商店街が「福祉で街おこし」を発案
――早速ですが、方南町ビールプロジェクト立ち上げの背景について教えてください。
坂野さん(以下、敬称略):もともと、方南銀座商店街は地元の人でにぎわう商店街でした。とにかくお祭り好きで、昔からあるお店も、新しく住み始めた人もみんな一緒になって、毎週のように何かしらイベントを行っていたんですね。
それがコロナをきっかけにイベントができなくなり、客足も途絶えてしまった。そんな時に商店街から「福祉で街にもう一度活気を取り戻せないか」というお話をいただきました。
――そうだったんですね。では、クラフトビールを選んだのはなぜでしょうか?
坂野:地域と人をつなぐためにどんなことができるか、関係者で集まってアイデアを出し合っている時に、ふと「ビールなんてどうだろう」と話題になった途端、商店街の皆さんが目をキラキラと輝かせたんです。「坂野さんはコーヒーもやっているし、ビールもできるんじゃない?」と言われたから、つい「もちろんです」と言ってしまって(笑)。
ただ、この時、「もしビール造りが実現したら、障害のある人たちの働く場所が新しくできるかもしれない」と可能性も感じていました。
当たり前のことですが、障害のある人たちにも能力ややる気はあるのに、“障害”がハードルになってしまって、多くのチャンスが奪われている現状がある。ビールを造りたいと思っても、挑戦できる場所がないんです。
そこで、自分なりにビールの製造工程について調べ、障害のある人にもできる仕事だと確信が持てたので、改めて僕の方から「ビール造りをやらせてください」とお願いしました。
――ゼロからのクラフトビール造りだったんですね!資金繰りなど苦労した面も多かったのでは?
坂野:それがとてもありがたいことに、商店街や杉並区が応援してくれて、この場所も商店街が用意してくれた物件なんです。
確かに初期費用などもろもろ、数千万円の借金をしなくてはならなかったのですが、商店街の理事長が、「若い人たちがこれから頑張って新しいことに挑戦しようとしているのだから、年寄りが責任を取るのが当たり前。美味しいビールを造るって信じてるよ」と言って保証人になってくれたんです。すごいことですよね。
――懐が広いですね! ビール造りはどうやって学ばれたのでしょうか?
坂野:日本のクラフトビールメーカーの銀河高原ビールで、30年ビール造りに携わってきた柴田信一(しばた・しんいち)さんにアドバイザーとして入っていただいています。醸造士として活躍しているのは、ソーシャルグッドロースターズの中で「やってみたい」と手を挙げた元バリスタのメンバーです。
アドバイザーといっても、柴田さんは手取り足取り教えるのではなく、口頭でのアドバイスのみ。機械のメンテナンスや温度管理、ボトルへの充填、店頭での接客に至るまで、ビール造りにまつわる全ての工程は障害のあるスタッフが行います。
私たちの事業はあくまでも自立支援であり、何かに対して「やりたい」という意志を持つ人が、それをできるようになるためのサポートをしているのです。
――自分が望んだ仕事だからこそ、やりがいも大きいでしょうね。
坂野:そうです。誰かに言われた作業をこなして、「○○さん、上手くなりましたね」といくら褒められても、嬉しくないですよね。施設名をブリュワリー(醸造所)ではなく、ブリュワーズ(醸造士)と名付けたのは、醸造士たちが主役であり、彼らを中心に地域を循環させたいという思いがあります。
醸造士たちにとっては、やりたい仕事ができ、自分が造ったビールが美味しいと喜んでもらえて、さらに地域の役にも立っている喜びが一番の報酬ではないかと思います。
焙煎士の経験や個々の特性が、他にはない味わいを生み出す
――現在、方南ローカルグッドブリュワーズではどんなビールを造っているのでしょう?
坂野:看板は苦味とアルコール度数を抑え、麦本来の香りと旨みを引き出した「ローカルグッドエール」(外部リンク)です。その他5種類のビールを製造していて、都度バージョンアップしています。
醸造するたびに美味しくなっているんですよ。
――ビールを造る上で大切なことはなんでしょうか?
坂野:どの工程も重要ですが、最も大切なのは、ビールの美味しさを左右する酵母にとって心地いい環境を維持することですね。なので、クオリティーをコントロールするべく、集中力の高さなどそれぞれの(障害)特性や、バリスタとしての経験を活かしてもらっています。
――醸造士の唄彰信(ばい・あきのぶ)さん、どういった経緯でこちらの仕事に就かれたんですか?
唄:美大に通っていた時代に、統合失調症を発症して、ビーンズという就労移行支援所があることを知ったんです。ビーンズはTENTONE(外部リンク)っていうアートと就労支援をかけ合わせた事業所も運営していて、そこでは工賃をもらいながら創作活動が行えたんですよ。
3年くらいそこに通っていたらオーナーから「施設外就労先としてビール醸造所ができる」と聞きまして。それでこちらの方が社会経験になりそうと思い、働くことになりました。
――実際にビール造りに携わってみて、いかがですか?
唄:繊細な作業が多いので難しさもありますが、自分で造ったビールを飲めるのは嬉しく、やりがいを感じています。実はここで働くまでビールを飲んだことがなかったのですが、自分で造ったからという理由を抜きにしても、美味しいビールだと思います。
――方南ローカルグッドブリュワーズで働くにあたって、何か困ったことはありませんでしたか?
唄:それが全然ないんですよ。スタッフさんにも良くしていただいているので、人間関係的なトラブルとかも一切ないですね。ただ、最初は遅刻が多かったかな(笑)。
――「就労支援を利用したい」と考えている人の中には、不安に思っている方も多いかと思います。唄さんが先輩としてアドバイスするとしたらなんでしょうか?
唄:すぐにでも就労移行支援事業所に行くことをおすすめします。僕はそこで障害年金の仕組みを教えてもらい、申請して、経済的にも精神的にもすごく楽になれたんですよ。
同じく統合失調症で、僕より症状が重かった友人は、普通に就職する道を選んだんですけど、就職したことで障害年金の審査が通らなかったんです。審査の条件や仕組みは複雑なので、その道のプロに早めに相談するべきだと感じました。
障害を理由に「やりたいこと」を諦めてほしくない
――坂野さん、今後は事業としてどんな展開を考えていますか?
坂野:次はクラフトソーセージに挑戦しようと思っています。
――ビールのお供に欠かせないソーセージ! 面白いですね。
坂野:ビールもコーヒーも、障害のある人にとって働く選択肢を増やしたいという思いで始めた事業であり、基本的に「やってみたい」という声に応える形でスタートしているんですね。ソーセージやTETONEもそうですし、別の法人では花屋への就労支援も行っています。
どの事業も初めは高いハードルがありましたが、僕は、基本をしっかり学べば、障害の有無に関係なくできる仕事だと信じたからこそ挑戦しました。最近ソーセージの試作をしている中で「同じ材料でラーメンが作れるんじゃないか?」という声が上がっていて、もしかしたらラーメンも展開するかもしれません(笑)。
――ぜひ、食べてみたいです! 最後に、方南町のように地域や住民と障害のある人がつながり、誰もがやりたいことに挑戦でき、豊かに暮らす社会をつくるために私たち一人一人ができることは何だと思いますか?
坂野:まずは、自分が日常的に消費しているものに対して、関心を持ってもらえたら嬉しいです。
人は何かを購入するとき、デザインや価格などいろんな基準で、自分の生活が豊かになるものを選択すると思うのですが、そんなとき「福祉」をキーワードにしたものの中にも、魅力的な商品があるかもしれません。
僕たちが造っているコーヒーやビールを飲んで、「一緒にやりたい」と思ってくれる方がいたら、ぜひ参加してほしいですね。
もう一つ、障害者雇用で頭を悩ませている企業の方にも、社内カフェをはじめ、さまざまな働き方、仕事のつくり方のご提案ができると思いますので、ぜひ相談してもらえたらと思います。
編集後記
方南ローカルグッドブリュワーズをはじめ、ビーンズの取り組みは、一般的な企業だけでなく、当事者の家族も含めて、誰であれ働き方には多様な選択肢があるということを気付かせてくれます。
障害を理由に、夢や目標を諦める必要はないはず。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
坂野拓海(さかの・たくみ)
1980年、徳島県出身。大学卒業後コンサルティング企業で、人事として障害者採用に携り、ボランティア等の活動を経て2016年に一般社団法人ビーンズを設立。現在は都内で保育や就労支援を行う6施設を展開。2020年に、障害のあるバリスタや焙煎士を育成するカフェ併設の福祉施設『ソーシャルグッドロースターズ千代田』がグッドデザイン賞を受賞。
一般社団法人ビーンズ 公式サイト(外部リンク)
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