日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

障害者も赤ちゃん連れも。東京都庭園美術館が“誰もが気兼ねなく”楽しめる日を設けた理由

写真
フラットデーを楽しむ東京都庭園美術館の利用者。画像提供:東京都庭園美術館
この記事のPOINT!
  • 赤ちゃん連れや障害者など、美術館へ行きたくても「利用しづらい」と感じている人は多い
  • 東京都庭園美術館では、誰もが気兼ねなく来館できる「フラットデー」を導入
  • 多様な人々が美術館に集い同じ時間を過ごすことで、理解を深め、共生社会へのきっかけをつくる

取材:日本財団ジャーナル編集部

調査会社のクロス・マーケティングが2021年に実施した「美術館の楽しみ方に関する調査(外部リンク)」によると、日本人の31.5パーセントが自発的に美術館に行くそうです。最近では、東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展が連日満員で、チケットが取れないということも話題になりました。

そんな美術館ですが、赤ちゃん連れで「迷惑がかかるかもしれない」と考えたり、障害などを理由に「人混みが苦手」「声が出てしまうかもしれない」など、「気軽に利用しづらい」と感じている方も少なくありません。

東京都港区にある東京都庭園美術館(外部リンク)では、2020年から休館日を活用して「障害のある方対象 アート・コミュニケータとめぐる庭園美術館」や「ベビーといっしょにミュージアムツアー」というプログラムを開催してきました。

そして、2023年からは新たな取り組みとして、通常の開館日に誰でも気兼ねなく美術鑑賞を楽しめる日「フラットデー」(外部リンク)をスタートしました。

画像:フラットデーのPR画像
フラットデーの開催日は公式サイトにて確認できる。画像提供:東京都庭園美術館

公式サイトでは「あらゆる方にとって居心地の良い場となることを目指し、来館するすべての人がフラットに、安心して楽しめる環境づくりに取り組みます」と明示されています。

今回、東京都庭園美術館の学芸員で、教育普及担当の大谷郁(おおたに・いく)さんに、フラットデーを設けた意図と共に、誰もがゆっくり美術鑑賞を楽しむためにどのような点に配慮しているのか、どのような場づくりを目指していのるか、話を伺いました。

障害者や赤ちゃん連れのためのプログラムが大好評

――2020年からスタートした、障害のある方や赤ちゃん連れの方を対象にしたツアーは、どういった経緯で始まったのでしょう?

大谷さん(以下、敬称略):それは当館ならではの理由があります。当館の建物は旧皇族である朝香宮(あさかのみや)家の邸宅として1933年に造られ、1983年からは美術館として使われるようになりました。

といっても改築はほとんどされておらず、それもあって2015年には国の重要文化財にも指定されています。

旧朝香宮邸の建物を活用した「東京都庭園美術館」。その名の通り、美しい庭園も一般公開されている

大谷:これが当館の特色でもあるのですが、古い建物であるがゆえに完全バリアフリーではなかったり、間口の狭い部屋が多かったりと、物理的にも心理的にもハードルの高さを感じている方が多いという現状がありました。

こうした「気軽に利用しづらい」と感じている方に向けて、利用していただきやすくするための取り組みとして始めたのが、休館日に人数を限定して行う「障害のある方対象 アート・コミュニケータとめぐる庭園美術館」(外部リンク)「ベビーといっしょにミュージアムツアー」(外部リンク)です。

各ツアーでは1組に対してアート・コミュニケータが1人付き添い、マンツーマンでサポートをしながら約90分間かけて展覧会を回ります。当館のツアーは一方的な解説ではなく、双方向のコミュニケーションを重視していて、参加者の状況やその日の気分に合わせて、観覧いただくペースや内容を調整しています。

東京都庭園美術館の取り組みについて話す大谷さん

――「アート・コミュニケータ」とは、どういったものしょうか?

大谷:アートを介して生まれるコミュニケーションを大切にしながら、人と場と作品をつなぐ活動を展開する人たちです。

当館で活動するアート・コミュニケータは、東京都美術館と東京藝術大学が連携して行っている「とびらプロジェクト」(外部リンク)で、3年の任期を終えた方々から成る団体に所属する市民のメンバーです。このプロジェクトを通じて、障害のある方や赤ちゃん連れの方など、美術館に来館しづらい人がどうやったら美術館に訪れやすくなるのかを、講座やプログラムの中で考え、実践を重ねてきています。

当館でも、より最適なツアーの在り方を一緒に考えてもらい、協働しながら行っています。

――障害といっても種類や程度などさまざまだと思うのですが、その点では何か工夫をされていますか?

大谷:なるべく柔軟に対応できるよう、事前にお申し込みをいただく際に、配慮するべき点はないかをたずねております。

また、ご要望だけでなく、館に共有しておきたい状況や、心配ごとなども記載いただいていまして、一例としては、聴覚障害の方のご要望で手話通訳者を手配したり、医療的ケアが必要なため、介助者が複数人が同行する事情を把握しておくなど、個別の状況に合わせた対応を行ってきました。

――とても素敵な取り組みですね。これまでツアーに参加された方の反響はいかがでしたか?

大谷: 特に「ベビーといっしょにミュージアムツアー」は反響が大きかったですね。定員10組のところ、多いときでは100組から応募をいただいたこともありました。

ご家族へのアンケートでは「子どもが泣き出すと、どうしても周りの視線が気になってしまう。こんなツアーがあって良かった」という声をたくさんいただきました。

障害のある方からも、「アート・コミュニケータと話しながら回れるのが楽しい」などのお声をいただきました。

誰もが気軽に楽しめる美術館づくりのきっかけにしたい

――2023年から休館日のツアーは廃止し、通常開館日にフラットデーを設けられています。こちらはなぜでしょう?

大谷:私たちがこの取り組みを通して目指しているのは、「誰が、いつ来ても、安心して楽しめる美術館」です。

これまでは「障害のある方」「赤ちゃん連れ」の方だけが鑑賞できる日として、休館日にツアーを開催してきましたが、次のステップとして、多様な方がいる環境の中でツアーを続けながら、互いに理解し合える環境をつくっていきたい。そんな思いからフラットデーをスタートさせました。

フラットデーではこれまでと同様に、赤ちゃん連れの方に向けたベビーといっしょにミュージアムツアーと、障害のある方も参加できるゆったりツアー、この2種類のツアーを開催しています。

ゆったりツアーの案内板

――フラットデー開催日は、何か他の開館日との違いはあるのでしょうか?

大谷:コロナ禍をきっかけに導入した事前予約システムを活用し、入館人数を制限することで、通常の開館日よりもゆとりのある環境で美術鑑賞ができるように工夫しました。フラットデー自体は誰でも来館可能なのですが、フラットデーへのご理解・ご配慮はチケット予約の時点でお伝えしております。

また、館内スタッフと事前に打ち合わせを行い、スロープのある場所や、車いすやベビーカーが移動しにくいような場所にも目が行き届くよう人員を配置し、適宜必要なサポートができるよう準備しています。

館内に設置されたスロープ

大谷:建物自体が文化財であるため、物理的に改造工事をすることはできないのですが、スロープを増やす、角にクッションを付けるなど、少しずつ改善をしていけたらと思っています。

展示計画の段階でも担当者と一緒に図面を見ながら、通路の幅や展示台の高さを確認するようにしています。「フラットデーに合わせて特別なことを行うのではなく、普段も同様であるべきだ」という共通認識ができつつあります。

――フラットデーに対する反響は感じていらっしゃいますか?

大谷:まだ2回目なので手探りではあります。2023年5月に初めて開催した「ベビーアワー」では、赤ちゃん連れのお客さまと居合わせた一般のお客さまが「かわいいねぇ」と声をかけるなど、ほのぼのとした温かい光景が見られましたね。

――アート・コミュニケータの方はどういった感想を話されていましたか?

大谷:一般のお客さまとゆっくり会話をしながら展示を見て回りますので、この環境だからこそ生まれるシナジー(相乗効果)がある、というような感想をもらいました。

一方で、あらゆるケースに備えた臨機応変な対応力が求められることあり、フラットデーをきっかけにアート・コミュニケータの本質を今⼀度を考えたいという方もいました。

他者を理解することは、多様性社会への第一歩

――フラットデーの取り組みを通じて、期待されていることはありますか?

大谷:お客さまをお迎えする私たちスタッフ職員も含めて、たまたま美術館で居合わせたことをきっかけに、「社会にはいろんな人がいるんだな」と感じていただけたらいいなと思っています。お互いを受け入れ合いながら、「一緒にこの空間を共有しましょう」と優しい気持ちが生まれたら嬉しいです。

美術館など公共施設をはじめ、社会に存在するものや仕組みはマジョリティー(大衆)に合わせてつくられているものが大半ですよね。ただ、その仕組みが合わない人や使いづらさを感じている人、そしてそれを声に出して言えない人がいるかもしれないということを意識して、できることはその都度対応していかなければ、と感じています。

最終的にはあえてフラットデーを設けなくても、誰もが気兼ねなく美術館に足を運べるようになれたら理想ですね。

ツアーを開催するたびに発見があり、自身のアップデートを感じているという大谷さん

「美術をより身近に感じられた」。フラットデー参加者の声

取材日は、障害のある方も参加できるゆったりツアーの開催日。今回、参加者として訪れていた視覚障害のある佐々木さん(仮名)にもお話を伺うことができました。

――フラットデーはどのようにして知りましたか?

佐々木さん:以前から庭園美術館の障害者のためのツアーに参加していたんです。それがなくなったと知った時は、率直な感想として残念に思いましたね。でも、問い合わせてみたら、このフラットデーがあるということを教えてもらいました。

――今回、参加されていかがでしたか?

佐々木さん:私は視覚障害があるので、今回の展覧会のように手で触れる展示があったのが面白かったです。美術をより身近に感じられました。

――今後、美術館に何を期待されますか?

佐々木さん:今回、問い合わせて初めてフラットデーを知ったので、情報発信はもっと頑張っていただけたらなと思います。展示品でいうと細かいものは見にくいので、タブレットなどで利用して、拡大して見られる設備というものがあったらいいなと思います。

庭園美術館入口付近に設置されていた「さわる小さな庭園美術館」

編集後記

障害のある方たちとアート・コミュニケータの皆さんが和やかにおしゃべりを楽しみながら館内を回る傍ら、来場者の方がさりげなく気遣う場面も見られました。こういった取り組みが、全ての人が気兼ねなく暮らせる多様性社会につながるのだと感じた取材でした。

撮影:十河英三郎
井手大(東京都庭園美術館提供)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。