日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

なぜ多様性の広がりにアートは必要か。障害のあるアーティストによる公募展、審査員に問う

写真
写真左から、2018年にスタートした第1回から「日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」の審査員を務める中津川浩章さん、エドワード M. ゴメズさん、秋元雄史さん
この記事のPOINT!
  • 障害の有無に関係なく、魅力的なアート作品は観る人の心に訴えかけ、感動を呼び起こす
  • 障害のあるアーティストによる作品は、アート界の常識を変える可能性を秘めている
  • アートは多様性を浸透させるための重要な鍵。多様な人が交じり合い、他者に寛容な社会をつくる

取材:日本財団ジャーナル編集部

アートにおいて、年齢や性別、国籍、障害の有無は関係ない。

日本財団では、アートを通じて全ての人が交わり、感動や喜びを共有し、誰もが活躍できる社会を目指す「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS」(別タブで開く)プロジェクトの一環として、2018年より世界中の障害のあるアーティストの作品を集めた「日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」を開催してきた。

第5回目となる今回は、2022年6月15〜30日までの応募期間に国内外から2,246点もの作品が集結。2022年10月23日に審査会が実施され、各入選作品が決定した。

審査員は、東京藝術大学名誉教授で金沢21世紀美術館特任館長なども務める秋元雄史(あきもと・ゆうじ)さん、FR/LAME MONGER代表で、ア―ティスト、イラストレーターの上田(うえだ)バロンさん、brutjournal創刊者兼編集長でアートジャーナリストのエドワード M. ゴメズさん、美術家でアートディレクターの中津川浩章(なかつがわ・ひろあき)さん、写真家の永野一晃(ながの・いっこう)さん、書家の望月虚舟(もちづき・きょしゅう)さんと、いずれもアート界や写真界、書道界の第一線で活躍する大御所6名だ。

今回は審査会を終えたばかりの秋元さん、ゴメズさん、中津川さんに、公募展の総評や第5回の楽しみ方などを伺った。

回を重ねるごとに選考が難しくなる、アーティストたちの表現力

――審査会、お疲れさまでした。まずは、第5回応募作品の総評をお聞かせください。

ゴメズさん(以下、敬称略):今回はいつも以上にエモーショナルで、自由な表現をしているアーティストが多かったように感じます。コロナ禍の期間、私たちと同じようにアーティストたちも疲れ、さまざまな感情を抱えていた。それが逆にエネルギーとなって作品にあらわれたのかもしれません。

写真
新型コロナウイルスの感染拡大はアーティストたちの心身にも大きな影響を及ぼしたと話すゴメズさん

秋元さん(以下、敬称略):年々、作品のクオリティが上がっていて、毎回観ていてとても楽しい反面、作品を選ぶのが忍びないですね。私にとってこの公募展は、いまの時代の新しい表現を「発見する場」でもあります。

中津川さん(以下、敬称略):クオリティが上がっている裏側には、アーティストや美術に詳しい人と一緒に、継続的にアート活動に取り組む福祉施設が増えていることが挙げられるでしょう。それによってアーティストたちの表現のバリエーションも確実に広がっていますね。

写真
審査会で作品を選定する中津川さん。国内外から2,000点を超える作品が寄せられ、早朝から夕方まで時間を要した

――2,000点を超える応募作品の中から選ぶのは、大変なことだったと思います。ご自身が選んだ審査員賞や、入選作品の魅力をお聞かせいただけますか。

ゴメズ:今回私は、エドワード M. ゴメズ賞(審査員賞)に古川好夫(ふるかわ・よしお)さんの《ビンと缶》という作品を選びました。ビンと缶という、日常の中にあるありふれた素材が、洗練された構図で描かれている様子に惹かれました。色の使い方もとてもきれいですね。

写真
エドワード M. ゴメズ賞に選ばれた古川好夫さんの作品《ビンと缶》

また、岡村維吹(おかむら・いぶき)さんの《鉄道橋を走る電車》というドローイングは、マーカーで描かれたダイナミックな線が魅力です。私はこの作品を観て、キュビズム(※)を思い出しました。

  • 20世紀にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始された新たな絵画様式。それまでの絵画様式は1点の視点から作品を描いていたのに対し、キュビズムではさまざまな視点から見た面を1つのキャンバスに収めているのが特徴
写真
入賞作品に選ばれた岡村維吹さんの《鉄道橋を走る電車》

秋元:私が秋元雄史賞に選んだのは、Véro Leduc(ヴェロ・ルデュック)さんが描いた《The flight》と《North of silence》という2枚の絵画です。《North of silence》は白い画面の中に描かれた黒いシルエットのような点が、海に浮かぶ岩にも見えたりと想像力をかき立てられ、詩的で美しいと感じました。

写真
秋元雄史賞に選ばれたVéro Leducさんの作品《The flight》
写真
秋元雄史賞に選ばれたVéro Leducさんのもう1つの作品《North of silence》

秋元:それから、今回は立体作品の中にも個性的なものがたくさんありましたね。小林太(こばやし・ふとし)さんの《木》という作品は、色を塗ったり、切ったりした木端(廃材)を無造作に積み重ねた作品なのですが、そこからは感情的なうねりは何も感じられません。決められた大きさの中に淡々と、集中して木端を積んでいく。その作業の痕跡が持つ面白さに惹かれました。

写真
入賞作品に選ばれた小林太さんの《木》

中津川:今回、中津川浩章賞に選んだ安井海人(やすい・かいと)さんの《問い2022年4月~6月①》はドローイングです。文字が羅列されていたり、断片的に言葉が書かれていたり、作者の脳内にある感情や考えを集積した、ドキュメントのような作品だと感じました。

同じく安井さんによる《女の子と耳》は、実際に耳に紙を押し付けて輪郭を取ることもあるそうなんですが、この絵から得られる情報が少ないからこそ、観る側は五感を刺激され、いろんな想像をめぐらせることができます。

写真
中津川浩章賞に選ばれた安井海人さんの作品《問い2022年4月~6月①》
写真
中津川浩章賞に選ばれた、安井海人さんが手がけたもう1つの作品《女の子と耳》

エネルギッシュな作品に触れ、いろんな想像を巡らせてほしい

――2023年3月から、これらの作品を生で観られる「第5回 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」が開催されます。その楽しみ方について教えていただけますか。

ゴメズ:今回も個性豊かな作品が集まりました。ご覧になる方には、アーティストがどんなことを考えながらその作品を作ったのかなど、いろんな想像をしたり、新しい発見を楽しんでほしいと思いますね。

秋元:続けて観てくださっている方には、これまでとの変化や、初めて出会うアーティストの新しい表現に触れていただけたらと。私たちは日頃、アートを鑑賞するときに、自分の常識の中で良い・悪いを判断してしまいがちです。障害のあるアーティストたちの作品を通して、その価値観が揺らいだり、こうした作品が世の中で認知され始めていることを知ってもらう機会になったらうれしいですね。

写真
審査会で作品を選定する秋元さん(写真左端)

中津川:現代アートの界隈では、障害の有無やアーティストのバックグラウンドに関係なく、良い作品はどんどん評価されています。日本財団ジャーナルのようなウェブメディアや雑誌の記事、テレビなどの映像だけを見て作品を判断するのではなく、実際に足を運んで、そのスケール感や細密さ、質感に触れていただけたらいいなと思います。

――では、これまでの公募展を振り返って、皆さんはダイバーシティアートに対する社会の変化をどのように感じていらっしゃいますか?

ゴメズ:この公募展は、障害のある人たちの文化活動を広げる上で大切な役割を果たしていると思います。また、障害のある多くのアーティストにとって、プロのアーティストと同じ舞台に立つ貴重な機会にもなりました。社会の中でも認知され、尊敬され始めていると思います。

中津川:それでいうと、最近では障害のあるアーティストの展覧会が増えていて、切り口が難しくなっていることも感じています。たくさんの作品を観るうちに、繊細さや繰り返しの表現などを障害特性の反映として判断されたり、見慣れて飽きられてしまうこともあるかもしれない。キュレーション(※)する側には一人一人のアーティストや作品の魅力を、上手く発信をしていく工夫が求められていますね。

  • 美術館や博物館で展示物を収集し、テーマごとに分類したり整理したりする作業
写真
ダイバーシティアートの可能性について語る中津川さん

秋元:彼らの作品には表現の可能性や多様性が眠っている。段ボールや木片などプロが使わない素材も多く使われていますが、油絵具を使ってキャンバスに描くだけが芸術表現ではありません。中津川さんが言うように、改めて芸術とは何かということを、私たち自身が考え直す必要があるのではと思いますし、ダイバーシティアートは単なる「障害者アート」ではなく、芸術の次の可能性として考えていく大切な場所だと思います。

――多様性が社会に広がることの重要性について、皆さんはどのようにお考えですか? また、多様性社会が浸透するために、ダイバーシティアートはどのような役割を果たすと思われますか?

ゴメズ:私がいつも強調するのは「障害者」というラベルは不要だということ。彼らは「障害のある」アーティストではありません。多様性が社会に広がることで、一人一人のアーティストが創造的になると同時に、自分自身にビジョンが持てるようになり、表現の場も広がっていくことでしょう。

写真
審査会で一つ一つの作品をじっくり選定するゴメズさん

秋元:いまの社会は同調圧力が強く、必要以上に他人の目を気にしなければ生きていけない。そんな風に感じている人は多いのではないでしょうか。もう少し社会全体が寛容になってほしいと思いますし、ダイバーシティアートの存在が多様性を広げたり、個性や多様な生き方を大切にしたりするきっかけになればと思っています。

中津川:秋元さんのおっしゃる通りだと思います。いまの世の中って、すぐに「勝ち組」「負け組」に分けたがりますが、それってとても息苦しいですよね。人間の幸せとは、何か能力があったり、特別なことができたりすることではなく、できないことがあるからこそ広がっていくものではないでしょうか。多様性を広げるためには、そんな新しい価値観を発見し、認め合うことが必要だと思います。

「干渉し過ぎない」社会が分断をなくし寛容さを生むきっかけに

――では、多様性を受け入れ合う社会を当たり前のものにするために、私たち一人一人ができることは何だと思いますか?

ゴメズ:まず、障害の有無に関わらず、自分以外の人が持っている実力や才能を、自分が知っていると思い込まないことです。私はアート作品を前にしたとき、じっくり観察しながらそのアーティストを理解するように努めています。一人一人に対してリスペクトする姿勢を持つことが重要だと思っていますから。

秋元:他人に干渉し過ぎないことと、寛容さを持つことではないでしょうか。社会的な「正しさ」が一つに限定されてしまうと、全ての人の判断基準が一つになってしまう。限られた人との関係の中で理解し合い、支え合う、そんな小さなコミュニティを持つことも大切だと思っていて。

写真
アートを通じて社会に寛容性が生まれたらと秋元さん

中津川:最終的には、一人一人の心の問題なんですよね。相手の背景を紐解いて、理解していくと自分にも重なることがあるかもしれない。見る側にそんな想像をさせるのが、芸術の一つの役割ではないかと思います。

――最後に、公募展に参加したアーティストたちにもメッセージをお願いします。

秋元:今回は10数カ国、2,000点以上の応募がありました。公募展としては最大規模であり、絵画だけでなく立体や写真、書などさまざまなジャンルの作品が集まる、本当にユニークな公募展です。各審査員がそれぞれの視点で面白い、いいなと感じた作品を選んでいるので、他の公募展では選ばれないような作品も多く入賞しているのが特徴です。アーティストの皆さんにはぜひこれからも、楽しみながら制作に取り組んでいただきたいですね。

中津川:公募展である以上、落選してしまうアーティストもたくさんいるのですが、僕たち審査員は「こっちはいいけど、こっちはダメ」という見方はしていません。落選したとしても、一喜一憂せず、自分の人生を豊かにする手段として、表現する活動を続けてほしいなと思います。

写真
審査会に参加された審査員の皆さんと日本財団職員を含む運営メンバー。2023年3月から開催される「第5回 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」では全87作品が展示される

今回紹介した作品をはじめ、入選作品を集めた展覧会「第5回 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」(外部リンク)が2023年3月から東京会場を皮切りに、横浜、大阪を巡回して開催される。まずは難しいことは考えずに、多様なアーティストやエネルギッシュな作品との出合いを素直に楽しんでほしい。

撮影:十河英三郎 作品撮影:合田慎二

「第5回 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」開催のお知らせ

2023年3月から4月にかけて、東京・横浜・大阪の3会場を巡回する「第5回 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」の開催を予定しています。
開催詳細はこちら(外部リンク)

〈審査員プロフィール〉

秋元雄史(あきもと・ゆうじ)

東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長、国立台南芸術大学栄誉教授。さまざまな企画展やアートイベントのディレクションのほか、『アート思考』(プレジデント社)などアート関連の著書も多数手掛ける。

エドワード M.ゴメズ

新しいアートマガジン『brutjournal』創刊者兼編集長。ニューヨークと東京、スイスを拠点とし、日本の現代美術や、独学で美術を学ぶアーティストによる作品「アール・ブリュット」の研究家として広く活躍している。

中津川浩章(なかつがわ・ひろあき)

美術家/アートディレクター。表現活動研究所ラスコー代表。バリアフリーアートスタジオ、アートワークショップ、展覧会のディレクション、キュレ―ションを数多く手がけ、さまざまな分野で社会とアートの関係性を問い直す取り組みを行う。

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。