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違いを「愛せる」社会は、豊かな社会。ニューヨークのキュレーターが語る、アートと多様性
- 作品づくりも人間関係づくりも、人と人とのコミュニケーションが大切
- 話すことや聞くことができなくても、アートを介してコミュニケーションができる。アートには人を平等にする力がある
- 多様性は「豊かさ」。違いを認め合い、愛することで、よりみんなが生きやすい社会が実現できる
取材:日本財団ジャーナル編集部
さまざまな言語が飛び交い、髪の色や肌の色が異なる人々が行き交う多様性の街、ニューヨーク。そんなニューヨーク、ブルックリンにある「LAND Gallery and Studio(ランド・ギャラリー・アンド・スタジオ)」(別ウィンドウで開く)は、世の中に認知されていなかった障害のあるアーティストたちを発掘し、彼らの作品を世に送り出している。
2020年夏に開催される展覧会『LOVE LOVE LOVE LOVE 展』に向けて、2019年7月14日から16日にわたって開かれたプレイベントのトークセッションに、LAND Gallery and Studio創設者の一人で、キュレーターとしても活躍しているマシュー・ビード・マーフィー(以下、マシュー)さんが登壇。出演を終えた彼に、アートが持つパワーや、多様性とアートの関係について話を聞いた。
大事なのは「相互のコミュニケーション」
「愛」をテーマにした『LOVE LOVE LOVE LOVE 展』は、国内外から障害のあるアーティストや現代美術のアーティストの作品1,500点が集う企画展だ。それに先立ちプレイベントのゲストとして来日したマシューさんは、ニューヨークで障害のある人たちの芸術活動をサポートしている。一体どのような経緯で、現在の活動を行うようになったのか。また、日本でこのようなイベントに参加した感想についてマシューさんにお話を伺った。
――今回は、はるばる日本までお越しいただき、ありがとうございました。まずは『LOVE LOVE LOVE LOVE 展 プレイベント』に参加した感想をお聞かせください。
マシューさん(以下、敬称略):「楽観的」「共有すること」「多様性」「人とのつながり」といったさまざまなテーマが感じられる素敵なイベントでしたね。滋賀県で障害者の方のアトリエを営む「やまなみ工房」(別ウィンドウで開く)の施設長・山下完和(やました・まさと)さんと場づくりについていろいろお話できたのも良かったです。アトリエの運営方針などについてたくさんの類似点があったので、兄弟のように感じました。
――やまなみ工房さんとはどんなところが似ていたのでしょうか?
マシュー:アート作品の出来より、アトリエやスタジオに通う人たちが「素敵な一日を過ごせるか」を最優先しているところです。そのために、外出することもあれば、みんなで音楽を聴いて盛り上がることもある。関係者全てが家族のような関係であるところもよく似ていますね。
――なるほど。逆に、やまなみ工房との違いがあれば教えてください。
マシュー:設立の経緯やプロセスでしょうか。ニューヨークでは、何か新しいことを始めようとする時、ちょっと官僚主義的で、いろんな人の了承を得る必要があるのが大変です。一方、やまなみ工房さんの方は、自由に活動している印象を受けました。
インクルーシブな社会へ向けた取り組みについて「アメリカの方は進んでいるのでしょう」と言われることが多いのですが、私はそうは思いません。僕らは2003年になってようやく活動を始めました。日本もアメリカも、これから『LOVE LOVE LOVE LOVE 展』のようなイベントをもっと増やしていけたらいいですね。
――LAND Gallery and Studioの設立の経緯や、普段の活動について教えてください。
マシュー:LAND Gallery and Studioは「リーグ・エデュケーション・トリートメント・センター」というNPO団体の傘下にあります。活動自体は2003年からありましたが、本格的に社会に向けてドアを開いたのは2005年から。「LAND」の文字にはそれぞれ意味がありまして、Lは「リーグ・エデュケーション・トリートメント・センター」、Aは「アーティスト」、Nは「ネイチャー(自然に作品が生まれる)」、Dは「デザイン(活動をデザインする)」という意味が込められています。「LAND(土地)」という名前自体も「創造性の基盤」という意味を持っています。
3人で始めたギャラリーですが、現在キュレーターは4人、所属アーティストは15人(施設の拡張に伴い2019年11月には30名になる予定)となります。そんなメンバーで、ソーシャルワークやキュレーション、日々の問題解決を行う毎日です。とっても楽しいですよ。
――活動を行う中で大切にしていることは何ですか?
マシュー:私たちのスタジオは、都会の中にある立地やニューヨークという土地柄もあり、地元はもちろん世界各国から多くの人が訪れてくださいます。アーティストたちの支援をしつつも、そういった地域の方との交流も大切にしています。アートも人と人との関係づくりも、コミュニケーションなしには、うまくいかないと考えているからです。
アートが持つ力とは…?
――これまでのマシューさんの活動の経緯について教えてください。
マシュー:障害のある方を支援する活動自体は28年前から行っています。20歳の時に、アートセラピーや、レクリエーションセラピーに触れ、そこから現在の活動につながりました。
もともと僕は、自分がセクシュアルマイノリティとして苦労した経験を持っていたため、人の痛みや苦しみに共感しやすい性格なんです。14、15歳のとき、母親と自己免疫疾患(※)で苦しんでいる人のところに訪れたことがあります。その時、何も話していないのに、彼らのつらい気持ちが分かりました。僕はギターを取り出し、弾くことで彼らの気持ちを少しでも楽にしようとしたんです。今考えてみれば、この体験が原点なのかもしれません。
- ※ 自己免疫疾患:身体を守るため異物を見つけ排除する役割を持つ免疫系が、自身の正常な細胞・組織に対して反応し、攻撃してしまう難病
――音楽には、大きなパワーがありますものね。
マシュー:私にとって音楽のセラピーとは、とてもパワフルで深いものです。LAND Gallery and Studioでも毎日音楽を取り入れています。音楽を流すことで場が和み、部屋の温度感も変わってくると思うんです。隠し味やスパイスみたいに。気分によって変えるので、プレイリストも膨大!シカゴ・ディープ・ハウス、ディスコ、ソウルミュージック、ファンクミュージック、パンクミュージック…。60年代、70年代の音楽が多いかも。
――素敵な空間で制作できそうですね。次に、アートが持つ力について教えてください。
マシュー:僕は、一人一人のアーティストがストーリーテラー(話し手)だと思っているんです。明るい話や、深い話、抽象的な話など、いろいろなストーリーをアーティスト個々が持っている。そして、障害があり話すことや聞くことができなくても、アートを通してコミュニケーションできるんです。アートには、人を平等にする力があると思います。
――マシューさんにとって、アートの定義とはどのようなものでしょう。
マシュー: 一言で言うと「ものづくり」ですね。自分が作りたいから作る。それはとても自由で、オープンで、平等な行為だと考えています。
「多様性」が豊かな社会をつくりだす
―マシューさんが考える多様性が持つ意味について教えてください。
マシュー:多様性とは「豊かさ」だと思います。人生や日々の生活で、たくさんの変化や違いがあった方が、人生は素晴らしいものになりますよね。服でも、音楽でも、食事でも、文化でもそう。キャンバスに描かれた色、それぞれが特徴を持っていて美しいんです。そんな違いを「愛せる」社会は、豊かな社会だと思いますね。
――アートを通して伝えたいことは何でしょうか。
マシュー:アートとは平等なもので、ときには人を癒やすパワーを持っている。障害のある方だけでなくアートやミュージックを必要としている全ての人には、それに触れる機会を提供することが大事だということを伝えていきたいですね。
――ご自身の活動の目標について教えてください。
マシュー:3つの目標があります。1つ目は、活動を通して人と人をつなげること。2つ目は、「創作活動をしたい」という人にその機会をたくさん提供すること。3つ目は、常にオープンでいること。アートは、つくり手と、それを受ける人の両方がいて成り立つもの。常にドアをオープンにして、いろいろな人にアートの素晴らしさや多様性の価値を伝えていきたいですね。
自身の活動について「支援してくれる人との関係づくりは大変なこともあるが、やりたいという情熱があれば、痛みが伴うのは当たり前。本当に価値のある活動ができていることを誇りに思う」と話すマシューさん。これからも、アーティストたちと協力しながら、素敵なアート作品を世に送り出して行くことだろう。
撮影:佐藤潮
〈プロフィール〉
マシュー・ビード・マーフィー
さまざまな障害のあるアーティストを支援するLAND Gallery and Studio(ニューヨーク)の創設メンバーのひとりであり、キュレーターを務める。 美術館やギャラリー、NPOなどと連携し、20年以上にわたり発達障害のある人々へ芸術活動の支援を行なっている。
LAND Gallery and Studio 公式サイト(別ウィンドウで開く)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。