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What’s文楽?外国人と大学生が日本の古典芸能を体験してみた

写真:左は文楽の人形と人形遣い。右は舞台に見入る外国人のナナさん、大学生の田村さん
日本の古典芸能に縁遠そうに思える外国人と大学生が文楽を初体験
この記事のPOINT!
  • 「にっぽん文楽」は、文楽の魅力をより多くの人に知ってもらうためのプロジェクト
  • 繊細かつ迫力のある舞台は、言葉が分からなくても楽しめる
  • 文楽の魅力を味わうと、日本の伝統芸能にもっと触れたくなる

取材:日本財団ジャーナル編集部

2019年3月9日〜12日、明治神宮の鳥居前で開催された「にっぽん文楽」。これまで、六本木ヒルズに始まり、浅草寺や伊勢神宮、熊本城(震災復興支援)などで組み立て式舞台を使って巡回で開催し、大成功を収めてきた。第7回目を迎えた今公演も、連日満席の大盛況で幕を下ろした。

「にっぽん文楽」とは、日本を代表する古典芸能の一つである「文楽」をより多くの人に楽しんでもらおうと、日本財団が2014年に始めたプロジェクト。「文楽って、なんだか難しそう…」、そんな印象を持っている人々に向け、文楽の持つ娯楽として、そして芸術としての魅力を発信している。

そんな「にっぽん文楽」の公演を、日本の古典芸能とは縁遠い印象のある外国人と大学生コンビが観劇してみたら・・・。やっぱり難しい?それとも面白い?彼女たちの目にどう映ったのだろうか。

原宿で文楽?最先端×伝統が融合する「にっぽん文楽」の4日間

開幕を翌日に控えた3月8日に、若者文化の発信地・原宿の竹下通りで、出演者らによる「お練り」が行われた。「にっぽん文楽」の横断幕と幟(のぼり)を先頭に3体の人形と人形遣い、太夫(たゆう)、三味線のメンバー、さらに地元町内会や商店会関係者らが約45分間にわたって行進。あでやかな衣装をまとった人形を先頭に人垣をかき分けるようにお練りが進むと、買い物や観光に訪れていた大勢の人が立ち止まり、一斉にスマホで撮影。「これが文楽よ」と子どもに教える若い母親や、人形に手を振る外国人観光客の姿も見られた。

写真:大勢の見物客で賑う竹下通りで行われたお練りの様子
国内外問わず多くの観光客で賑わう竹下通りで、初めてお練りが行われた

日本財団ジャーナル編集部が「にっぽん文楽」を取材したのは、最終日の3月12日。原宿駅改札を出た後、現代的なファッションに身を包んだ人々が闊歩(かっぽ)し、若者がビートボックスや歌を披露する神宮橋を渡ると、ひのきが香る大きな舞台が見えてきた。

今回、文楽を体験したのは、来日4年目となり日本語も堪能なロシア出身のナナ・ブランカさんと大学1年生の田村しえりさん。2人とも文楽に触れるのは今回が初めてだと言う。

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初めて観る文楽に期待感でいっぱいのナナ(左)さんと田村さん(右)

まずは田村さんに、これまで日本の伝統芸能に触れたことがあるかを尋ねてみると、「高校生の頃に、友人と歌舞伎を観に行ったことがあります。想像以上に楽しかったですよ。だから文楽も楽しめる自信があります」とのこと。日本の伝統文化に触れようと思った理由については、「海外の友人に日本の文化をしっかり説明できるようにしておきたくて。自分の国なのに何も知らないなんて、やっぱりもったいないと思うんです」と頼もしい答えが返ってきた。

続いてナナさんに、日本の文化に対する印象を聞いてみると、「世界にはさまざまな文化がありますが、日本の文化には特に唯一無二の存在感があると思います」とのこと。中でも伝統芸能やアートに興味があるそうだ。「本当はずっと歌舞伎を観てみたかったのですが、なかなか機会がなくて。そんな時に文楽を観るチャンスがもらえたので、とっても楽しみです」と答えてくれたが、「話が分かるのかが不安ですが…」と、少し心配そうにつぶやいた。

そもそも「文楽」は17世紀頃に大阪で生まれた人形浄瑠璃の一種。かつては芝居小屋で飲食を楽しみながら気軽に鑑賞できる芸能だったが、今では「敷居の高い伝統芸能」と認識している人も多い。

「にっぽん文楽」はそんな“身近で楽しい文楽”を再現すべく、あえて屋外に舞台を設置し、飲食もOKにしている。

会場に入ると、日本酒や甘酒が販売されていた。観客席には、お酒を片手に談笑するお客さんの姿も見かけられた。

続いてお土産コーナーへ目を向けると、オリジナルのストラップや手ぬぐいに加え、せんべいなどがずらり。売店スタッフから文楽の魅力を聞いたり、試食を楽しんだりするなど、開演までのひとときを過ごした。

写真:売店スタッフから甘酒を受け取るナナさん(左端)
甘酒を初めて飲んだナナさんは、米粒が残る食感にやや驚いた様子
写真:売店スタッフと笑顔で話を交わす田村さん(左)とナナさん(真ん中)
売店スタッフに文楽の見どころなどを聞いていると、せんべいの試食を勧めてくれた

言葉が分からなくても楽しめる!美しく優雅な舞台にくぎ付け

上演前に、出演者が文楽の仕組みや、人形の構造を詳しく説明してくれた。

文楽は、大きく3つの役割に分かれている。物語を語る「太夫(たゆう)」、音楽で状況や人物の心情を表現する「三味線」、そして人形を動かす「人形遣い」だ。これらが三位一体となることで成り立っている。

中でも熟練の技が必要とされる「主遣い」が、肩や腰のわずかな動きによって全体の指揮を執っている。その合図に「左遣い」と「足遣い」がぴったりとタイミングを合わせて動かすことで、人形のしなやかな動きが表現されているのだ。

文楽初心者の2人が気になったのは、人形遣いの人数。「人形1体を動かすのに、なぜあんなに人数が必要なの?」と、ナナさんと田村さんは不思議に思ったそう。人形の細やかな仕草や表情の変化を表現するために、右手と首(かしら)を担当する「主遣い」、左手を担当する「左遣い」、そして脚を担当する「足遣い」の3人で操っているのだ。

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ユーモアを交えつつ、文楽の魅力を解説する出演者。観客席からたびたび笑いが起こる

説明を終えると「気持ち良い外の空気の中で飲食を楽しみつつ、江戸時代にタイムスリップしたような気分で文楽を味わってください」と締めくくった。

裃(かみしも)を着た語り手の太夫、三味線奏者が入場し、いよいよ上演スタート。今回の演目は「小鍛冶(こかじ)」。橘道成(たちばな・みちなり)に「刀を打て」と命じられた三條小鍛冶宗近(さんじょう・こかじ・むねちか)が、鉄を一緒に鍛える相方(相鎚)を求めて稲荷明神を参詣する。すると稲荷明神が狐の姿で現れて相鎚を務め、無事に立派な刀を献上するという物語だ。登場する稲荷明神の舞踊は、この演目の見どころの1つでもある。

写真:舞台の上で演奏する三味線奏者たちと待機する太夫たち。それを鑑賞する大勢の観客
リズミカルな三味線の音に期待が高まる
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三條小鍛冶宗近を操る3人の人形遣い

軽やかな三味線の音や太夫ののびやかな声に耳を傾けていると、色鮮やかな衣装が目を引く文楽人形が登場。手の動きや歩き方、表情の変化が、人の手で操っているとは思えないぐらいスムーズだ。ゆっくりとした速度で始まり、話の展開に合わせて速まる音楽や人形の動きに、会場中がくぎ付けになる。

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じっと舞台を見つめるナナさんと田村さん

田村さんとナナさんも夢中になって、時に真剣に、そして時に笑みを浮かべながら飽きる様子もなく舞台に見入る。

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刀鍛冶が鉄を叩く音や稲荷明神の踊る様子。全てが一体となって観客を引き込む
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人形遣いの熟練の技が、人形に感情を宿らせる。主遣いは桐竹勘十郎

カンカン、と鉄を叩く稲荷明神と三條小鍛冶宗近。クライマックスに向けて三味線のテンポが増し、稲荷明神が力強く舞う。ドンと足を踏み鳴らす音や、次々に変化する表情…。その動きの一つひとつが、人形遣いの繊細な仕事によって生み出されている。

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舞台終了後、挨拶をする演者一同

稲荷明神の助けもあり、三條小鍛冶宗近は無事立派な刀を献上すると、大迫力の舞台もいよいよ終わり。出演者と人形たちが深くお辞儀し、幕が閉じた。

観ればきっと日本の伝統芸能をより知りたくなる!まずは文楽から楽しんでみては?

舞台終了後は人形との写真撮影タイム!ナナさんと田村さんも、艶やかな衣装をまとった人形、そして人形遣いの出演者たちと記念写真を撮った。

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舞台を終えた出演者とともに記念写真を撮るナナさんと田村さん

最後に、初めての文楽体験について2人に感想を聞いてみた。

ナナさんは、「本当に楽しかったです!もっと観ていたかったぐらい」と興奮気味に話す。「出演者の人たちが毎日どれほど練習しているのかとても分かる、迫力のある舞台でした。古い日本語はやっぱり分かりませんでしたが、人形遣い、太夫、三味線の表現から、しっかり感情が伝わってくるものですね」

また、この4日間のために設置された豪華な舞台にも感動したそう。

「上演前に出演者が“コンセプトは昔の芝居小屋”とおっしゃっていましたが、まさに江戸時代にタイムスリップした気分でした。劇場自体に、他にはない唯一無二の魅力がありますね。歌舞伎と見比べるのも楽しそうだなと思いました。人間と人形、それぞれの魅力をもっと味わってみたいです」と田村さん。するとナナさんも「確かに楽しそう!ディテールの繊細さも日本らしいですね。歌舞伎や落語など、他の芸能もぜひ観てみたいと思いました」とのこと。

ちなみに、2人が魅了された舞台は、「にっぽん文楽」のために1億円をかけて造られた組み立て式のもの。素材には奈良県の吉野から切り出されたひのきを使用し、伝統工法を受け継ぐ宮大工が手掛けている。さらに、随所にあしらわれている金具は職人による手打ちだそうだ。

写真:舞台上で、三條小鍛冶宗近の人形を操る人形遣いたちと、老翁実の人形を操る人形遣いたち
時代を超えて、文楽は外国人にはもちろん、日本人にも新鮮な驚きを与える

難しい印象のある文楽だが、もともとは、民衆に愛される娯楽だったのだ。「観てみたら想像以上に面白かった」と語るナナさんや田村さんのように、実際に体験してみれば誰しもきっと文楽の魅力に気づくはず。機会があればぜひ、映画を観るような気軽さで楽しんでみてはいかがだろうか。

撮影:十河英三郎

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