日本財団ジャーナル

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目指すは日本文化の保護・継承・発展。有識者たちが探る一手とは?

写真:左上から時計周りで日本財団・笹川会長、クリル・プリヴェ高野社長、文化庁・宮田長官、バトラーの矢倉さん
日本財団、政府関係、社寺、旅行業界といった面々が集まった第2回「いろはにほん」有識者会議
この記事のPOINT!
  • 「いろはにほん」プロジェクトは、価値ある日本文化を世界に開き、保護・継承につなげる取り組み
  • 国内外へ向け、日本文化をしっかりと説明できる専門通訳などの人材不足が課題に
  • 官民が連携し日本文化の価値を高めることで、観光業などさまざまな領域で文化資源の活用を加速させる

取材:日本財団ジャーナル編集部

2019年11月15日、紅葉色づく京都で、価値ある日本の文化財を活用することでその保護・継承につなげる、日本財団「いろはにほん」プロジェクトの第2回有識者会議(別ウィンドウで開く)が開催された。会場となった世界遺産・仁和寺(にんなじ)には、観光庁の田端 浩(たばた・ひろし)長官や文化庁の宮田亮平(みやた・りょうへい)長官などの政府代表者をはじめ、旅行業界の関係者といった日本のインバウンドを牽引する面々が集まった。

この日の議題は、2016年よりスタートした同プロジェクトの現状報告と、今後に向けての施策だ。2020年には東京オリンピック・パラリンピックを迎え、ますますの盛り上がりが予測される日本のインバウンド、その戦略に迫る。

日本の文化や伝統の価値を世界に発信する「いろはにほん」

「我々、日本人は2000年を超える歴史の中で、他国の影響を受けつつも独自の文化を築き上げてきました。一つの文明がこんなにも長い期間続くことは、世界的にも稀なこと。日本の文化や伝統は世界に誇れるものだと考えています。しかし最近は、度重なる災害や人口減少の影響で、こういった独自の文化や文化財が失われようとしているのも事実です」

日本財団、笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長の言葉で有識者会議の幕が開けた。

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「いろはにほん」への協力を呼び掛ける日本財団・笹川会長(写真左)

日本には世界に誇るべき歴史的な建造物や文化財が全国各地にある。しかし、それらを維持管理するためには、適切な管理と高度な修理・修復技術が必要であり、経済的な負担も大きい。現代人の日本文化への関心の低下も相まって、貴重な文化財や伝統技能が消失の危機に瀕している。

また、訪日外国人観光客の増加に伴い、日本の文化や伝統、歴史に興味を持つ旅行者が急速に増えている中で、語学や体制の問題、ニーズの把握といったさまざまな要因から、日本文化の価値を十分に提供できている施設はまだまだ少ない。

そこで、日本財団「いろはにほん」プロジェクトでは、海外からの旅行者を主な対象に、寺院などの歴史建築物に滞在しながらより深い文化体験ができるプログラムを提供。利用者からの寄付により、文化財・伝統技能が保護されると共に、国内外の日本文化への関心を高め、後世へとつないでいく持続可能な仕組みづくりを目指している。

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ライトアップされた仁和寺金堂

「絶対に成功させる、という情熱だけはありますが、まだまだアイデアや情報が足りません。そこで、皆さんから今後の戦略についてお知恵を拝借できたらと考えています」

笹川会長は、そう強く有識者たちに呼び掛け、挨拶の言葉を締め括った。

すべてが「本物」である仁和寺の文化プログラム。その反響は?

笹川会長に続き、仁和寺の大石隆淳(おおいし・りゅうじゅん)執行が仁和寺で提供している文化体験について解説。仁和寺ではこれまでに、宿泊サービスと併せてゲストの要望に応じ、さまざまなプログラムを提供してきた。

「あるときは西洋画の研究者に宝物を紹介し、新婚旅行のお客さまには仁和寺に伝わる御室流(おむろりゅう)生花でハネムーン向けの祝花を作ったこともあります。アメリカ人のゲストの方のために護摩焚(ごまだ)きをしたこともあります」

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仁和寺での取り組みについて語る大石執行

ゲストの関心や嗜好に合わせて柔軟に対応し、多くの利用者から高い評価を得ている。

「仁和寺だからこそ提供できる歴史に裏打ちされた『本物』の体験です。ゲストからの反響も『自分たちのためにこれだけのことをしてもらって満足している』『専門家ではなく、お寺の僧が案内・説明してくれるところが良かった』という声をいただいています」

仁和寺の金崎義真(かなざき・ぎしん)さんは、海外の旅行者を受け入れるようになってから寺院内部の文化財に対する意識も変化したと言う。

「観光資源としての仁和寺の価値を高めるためには、史料など裏付けが必要となりますので、改めて『歴史調査の重要性』を再確認しています」

[これまで仁和寺で提供した日本の文化体験プログラムの一例]

  • 声明(しょうみょう:僧による声楽)でお迎え
  • お月見(十三夜の月を愛でた宇多天皇の史実に基づいて)
  • 御室流華道(仁和寺に伝わる生花、実演パフォーマンスも)
  • 雅楽・舞楽
  • 宝物鑑賞
  • 護摩焚き
  • 食事体験など
写真:宸殿で笙を奏でる奏者
雅な宸殿(しんでん)で聴く笙(しょう)の音はひと味もふた味も違う
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仁和寺から生まれた御室流(おむろりゅう)華道の生花

プログラムの提供を通してさまざまな課題も見えてきたと話す大石執行。

「仁和寺ならではの文化体験を、もっと海外のお客さまにアピールする必要があると感じています。海外からの旅行者はお寺というと禅寺を想像されることが多いかと思いますが、仁和寺のような華やかな仏教文化があることも知っていただきたい。また、ゲストに24時間付き添うバトラー(執事)や、同行する旅行業者の方が泊まる場所の確保も必要です。そういった問題も克服する必要があると感じています」

仁和寺で海外からのゲスト対応をしているバトラーの矢倉槙子(やくら・まきこ)さんからは、「体験については、僧侶との距離感が近くて良かったといったお声や、松林庵についても畳の香りがすごく良いといったお声をいただいています。一方で、浴室の床の石が冷たかったといった声もありますね」という報告も。

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海外からのゲストの反響について話すバトラーの矢倉さん(写真中央)

2018年に「いろはにほん」プロジェクトに仲間入りしたばかりの仁和寺。ゲストを満足させるポテンシャルは高いが、改善すべき点はあるようだ。

より深い体験を提供するために。有識者たちが語る「いろはにほん」の未来

「僕は学生の頃に習った『徒然草(著:兼好法師)』に出てくる『仁和寺の法師…』という言葉を今でも覚えています。仁和寺の法師が長年の夢であった岩清水八幡宮に出かけるも、寺院が山の上にあるのを知らず、近くのお寺を見て満足して帰ってきた話ですよね」

そう話すのは、宮田文化庁長官。文化財をただ開くのではなく、そのどこかに物語や過去のエピソードの説明を加えることで、より体験者の印象に残るものになるという。

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仁和寺の宿泊場所である「松林庵(しょうりんあん)」に展示された巻物を眺める宮田長官(写真左)

世界的なラグジュアリー・トラベル・ネットワーク「Virtuoso(ヴァーチュオソ)」に日本で唯一加盟している旅行会社、クリル・プリヴェ社長の高野(こうの)はるみさんからは、「仁和寺独自の文化をもっと前に出すべき」「奏者や僧との交流の機会を増やしてみては」といった意見も。

「本日の笙(しょう)の演奏はとても印象的でした。でも、少しもったいないと思ったのが、奏者との交流時間が少なかったことです。ただ聴くだけでなく、奏者と質疑応答や、可能であれば楽器に触れてもらうなどすれば、よりゲストに満足いただけるのではないでしょうか」

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数多くの国内外の富裕層旅行者と接している高野さん

宮田長官も「音でその国を感じてもらえるサービスは大切ですよね。そこにちょっとしたウェルカム感、例えばゲストの国のメロディなどが入っているとさらに良いと思います」と同意した。

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文化交流における音楽や芸術が持つ可能性を語る文化庁宮田長官

ターゲットとなる富裕層旅行者についても深掘りが進む。

「一口に富裕層といっても、もともと裕福な家系の方と、自身の努力で資産家となった『新富裕層』の2通りの人々がいます。どちらも大切なお客さまですが、昔から裕福な方々にはより深い体験を、新富裕層の方々にとっては新たな気付きが得られるような体験を意識してみてはどうでしょうか」

課題の一つとして挙げられていた、通訳者の育成についても建設的な意見が出た。笹川会長の「特定の分野に詳しい通訳者の資格制度をつくってみてはどうか」という発言に対し、国際的なホテルグループ、ハイアットアジア副社長の横山健一朗(よこやま・けんいちろう)さんも「その通訳者を『コンシェルジュ』と呼ぶのもいいですね」と共感し、通訳者の資格制度設立を検討する方向で議論はまとまった。

観光庁の田端長官から「日本にとって、観光業はとても大事な産業の一つです。魅力のある文化財を世界に向けて発信することで地方創生の足掛かりにもなりますし、国際競争力の向上にもつながります」と、インバウンドが秘める可能性について話があった。

「そのためには、文化財の保護や旅行者がストレスなく観光できる環境づくりが大切です。中でも寺泊は海外旅行者から高い関心を寄せられている分野なので、さまざまな関係者が連携し合いながら伸ばしていきたいものですね」

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寺泊を通して、観光業をさらに発展させたいと話す田端観光庁長官

仁和寺ラベルの日本酒やワインを提供し、過去に仁和寺で催された酒宴のエピソードと合わせて提供するといった、その土地の個性を生かす魅力的なアイデアが次々に挙がった。会議時間が延長するほどの盛り上がりを見せて、第2回「いろはにほん」有識会議は幕を下ろした。

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「いろはにほん」滞在先の一つ海宝寺で堪能できる普茶料理(ふちゃりょうり)

多くの人の「つながり」が日本文化の未来を築く

「今回の有識者会議で、『いろはにほん』を成功させたい、という思いを新たにしましたし、文化庁や観光庁の長官が参加してくださったことで、国家レベルで関心が高いことを再確認できました」

有識者会議を終えて笹川会長はこのように語る。

「日本財団では、我々が中心となって政府関係者や有識者、メディアなどと連携することで、社会課題に関する事業を行い、成功例をつくり、全国に展開するという試みを行ってきました。この『いろはにほん』プロジェクトでも、たくさんの方々と連携を取りつつ成功に導き、日本の素晴らしさを国内外に発信していきたいですね」

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20名の有識者が集まって開催された第2回「いろはにほん」有識者会議

長年、歴史の舞台であった京都はこれまで何度か衰退の憂き目に遭っている。「応仁の乱(1467〜1478年)」や、日本における近世への幕開けとなった幕末の騒乱期において、文化財を含めて全域が壊滅的な被害を受けた。その度に、人々は街や文化財を復興し、京都は不死鳥のように文化の中心として返り咲いた。

その活動の中には人々の「暮らしを元どおりにする」という思い以上に「京都の歴史や伝統・文化を後世に残したい」という気持ちがあったのかもしれない。そしてそれを支えたのは、同じ意志をもつ人々の存在だろう。そんな日本文化を大切にしてきた京都で始まった「いろはにほん」プロジェクト。この有識者会議で生まれたつながりが今後どのような形で実るのか、楽しみで仕方がない。

撮影:永西永実

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