日本財団ジャーナル

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バリアを取り除き、誰もがアートを楽しみ、作れる未来を。THEATRE for ALLが目指す属性を超えて出会える場づくり

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オンライン型劇場「THEATRE for ALL」を運営する株式会社プリコグ代表の中村さん(写真左)と統括ディレクターの金森さん
この記事のPOINT!
  • 新型コロナの影響や障害があるなど、さまざまな事情で劇場や映画館、美術館での芸術鑑賞を楽しめない人たちがいる
  • その背景を受け、アクセシビリティに配慮したバリアフリー・多言語対応のオンライン型劇場が誕生
  • アートや舞台鑑賞を誰もが楽しめる環境を築き、みんなが表現活動に触れられる豊かな未来を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

世界各地で感染拡大し続ける新型コロナウィルス。その影響により、劇場をはじめ、美術館やライブハウスの休業要請など、アーティストや制作会社といった関係者が苦闘している。

一方で、人々を勇気づけようといろんなアーティストがオンライン配信を行い、これまでになかった試みも増えている。

そうした新型コロナ渦の中で、バリアフリー・多言語対応の動画配信サービスの運営を通じて、観る人とアーティストを共に支援する取り組みが生まれた。

アクセシビリティ(※)に特化したオンライン型劇場「THEATRE for ALL(シアタ・フォー・オール)」(外部リンク)を運営する株式会社プリコグ(外部リンク)代表の中村茜(なかむら・あかね)さんとTHEATRE for ALLディレクターの金森香(かなもり・かお)さんに、その試みと目指すビジョンについてお話を聞いた。

  • 「アクセスのしやすさ」「利用しやすさ」などの意味があり、高齢者や障害の有無に関係なく、さまざまな人が利用しやすい状態やその度合いのこと

障害の有無に関係なくアートや舞台鑑賞が楽しめる

THEATRE for ALLは、2021年2月にプリコグによって開設された高いアクセシビリティを備えたオンライン型劇場だ。そのサイトではさまざまな映像作品を楽しむことができる。

世界的ダンサーの振り付けによるダンス作品。気鋭の若手ファッションデザイナーが異なる身体のモデルに向き合い、作品制作に挑むドキュメンタリー作品。盲ろう者(※)を主人公にした映画や、古典芸能とコラボレーションしたダンス映像など、バラエティ豊かな作品を鑑賞することができる。

  • 視覚と聴覚の両方に障害のある人
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THEATRE for ALLの公式サイトのトップ画面。視力の弱い人にも分かりやすいようにメニューの文字が大きくデザインされている。

例えば、河合宏樹(かわい・ひろき)さんが監督した『True Colors FASHION ドキュメンタリー映像「対話する衣服」』では、ダウン症や両足欠損者、健常者など多様なバックグラウンドを持つモデルと彼らの身にまとう衣服をデザインするデザイナーが6組登場し、対話を通じてファッションを制作する様子が描かれている。

全ての作品の始まりで、THEATRE for ALLのモーションロゴが流れる。その映像には次の言葉が、子どもや女性、男性など複数の音声によって重なる。

「3つのいろんな形が集まって、THEATRE for ALL、文字が現れる。文字の奥に、淡い赤と青のグラデーション」

デザインの意味を、言葉と音で表現したサウンドロゴだ。視覚に障害がある人にも音だけでデザインに込められた想いが伝わるように設計されている。

画像:THEATRE for ALLのモーションロゴ
THEATRE for ALLの動画作品の中のロゴ画像は形が変わるのに合わせてサウンドロゴが流れる

また作品には、視覚障害者のための「音声ガイド」、日本語話者のための「日本語字幕」、聴覚障害者のための「バリアフリー日本語字幕」、手話通訳、外国語圏の視聴者のための「多言語字幕」などが用意されている。

音声ガイドや字幕を切り替えて作品を鑑賞していると、「見えない」「聞こえない」「日本語が話せない」人にも楽しんでみてもらえるように、作品やサイトの構造自体が設計されていることに気付いた。「THEATRE for ALL」の目指す「みんなの劇場」というコンセプトに目から鱗が落ちる思いだった。

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動画作品の中でパフォーマンスする義足ダンサー大前光市(おおまえ・こういち)さんの様子を解説する英語字幕
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動画の中でダウン症スイマーのカイトさんがファッションを披露する動きを解説するバリアフリー日本語字幕

アートを通じた学び、社会の中に気付きと変化を生み出す

プリコグは、プロデューサーの小沢康夫(おざわ・やすお)さんが中心となって2003年に活動をはじめ、2006年に法人として創業された演劇やアートプロジェクトの企画、運営を手掛ける制作会社だ。

2008年からは中村さんが代表取締役を務め、現代演劇、コンテンポラリーダンスのアーティストやダンスカンパニーの国内外の活動のプロデュース、アートフェスティバルの企画・運営など、現代芸術に関わる活動を幅広く手掛けている。

中村さんは、プリコグを経営する上で最も大切にしている価値観を「芸術を通じた学びと、社会の中に気付きと変化を生み出すこと」だと語る。

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インタビューににこやかに答えるプリコグ代表の中村茜さん

そして、2019年にプリコグに転機が訪れた。日本財団が主催する「True Colors Festival 超ダイバーシティ芸術祭 – 世界はいろいろだから面白い – 」(外部リンク)の事務局運営を請け負うことになった。

True Colors Festivalは、パフォーミングアーツを通じて、障害・性・世代・言語・国籍など、個性豊かな人たちと一緒に楽しむ芸術祭。誰もが居心地の良い社会の実現につなげる試みである。

2006年からアジア各国で開催し、2018年に行ったシンガポールでの芸術祭には22カ国200名以上のパフォーマーが参加。その後、障害をはじめ言語、国籍等さまざまな違いを楽しむ多様性の祭典へと発展を遂げた。

写真:True Colors Festivalの参加者、スタッフらによる集合写真
2019年にプリゴクが事務局を務めたTrue Colors Festivalの様子。写真提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:冨田了平
写真:True Colors Festivalで上演されたミュージカルのワンシーン。外国人の車いすの演者や健常者が一緒に歌っている様子
2019年に開催されたTrue Colors Festivalではミュージカルも上演された。写真提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:冨田了平

プリコグはTrue Colors Festival事務局の運営に携わるに当たって、公演やコンサートやイベントなどの人が集まる現場において、障害のある人たちにとっての共通のバリア(障壁)を取り除くための運営マニュアルを作るというミッションを掲げた。

座席を配置する際には、盲導犬を連れた視覚障害者と、車いすの利用者と、子ども連れのお客さんがいかに安全に鑑賞できるかを考えた末に、互いに譲り合って鑑賞できるシステムをつくり「ゆずりあいゾーン」というネーミングを付けた。

車いすの人に見える高さの物販などを考えて会場を設計したり、じっとしているのが難しい方がいつでも出入りできるエリアをつくるなど、座席のデザインにも注意を払った。

その経験を中村さんはこう語る。

「『多様』と一言で言ってしまうと難しいですよね。True Colors Festivalの運営を通じて、目に見えない障害についてもっとも気付きが得られました。また会場の中だけ考えればいいのではなくて、車いすの方にとって坂道があったら会場にアクセスしにくいなど、導線やコミュニケーションの設計がとても大切だと考えさせられました。スタッフ研修を通して、障害は当事者ではなくて、社会の側にあるとも気付きました」

新型コロナ禍で生まれた壁をバネに「みんなの劇場」を

2020年に発生した新型コロナウィルス感染拡大による影響により、プリコグでは予定していた演劇の海外公演が行えなくなり、国内でも公演や主力事業の現場を運営することが難しくなった。

「リアルのイベントではない、創作の現場とアウトプットの場としてのオンライン配信が必要だと感じました」

そう語るのはプリコグの執行役員であり、THEATRE for ALLを統括する金森香さんだ。

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THEATRE for ALLの運営を手掛ける統括ディレクターの金森香さん

金森さんは、出版社での勤務やファッションブランド経営などの経験を経て、2019年のTrue Colors Festivalのディレクターを務めたことを機に2020年からプリコグに参画した。

2020年春、新型コロナによる影響をきっかけにインターネット上でアートを配信する「オンライン型劇場」の企画が立ち上がった。

劇場に足を運ぶことは車いすの人などにとってハードルが高い。しかしオンラインなら、障害のある人だけでなく地理的に遠方に住む人や、外出自粛で家にいる人にも配信でき、音声や字幕などアクセシビリティに配慮すれば、視覚や聴覚に障害のある人にも楽しんでもらうことができる。

コロナ禍で出かけにくい観客、公演そのものが実施できない制作者に対してだけではなく、これまでアート鑑賞を十分に楽しむことができなかった人にも楽しめるオンライン型劇場の開設を目指し、事業を立ち上げた。

また、文化庁の収益力強化事業として応募した調査研究とコンテンツ制作に関する企画は、9月に委託事業として採択され、配信作品の公募を実施。100以上の応募から20作品を選定しバリアフリー化や作品制作を行った。

並行して自主企画のプロジェクトも実施し、2021年2月には、およそ30作品に加え、30のラーニングプログラムを掲げて、THEATRE for ALLはサービスインした。

画像:ドキュメンタリー映画「白い鳥」のワンシーン。歩道の上に立つ白状を持った視覚障害者
THEATRE for ALLでは全盲の美術鑑賞者に取材したドキュメンタリー映画「白い鳥」など多彩な作品を視聴できる。写真提供:株式会社プリコグ

数々の演劇やアートプロジェクトの企画と運営をしてきたプリコグのメンバーにとっても、アクセシビリティに特化したアート作品のオンライン配信は初めての試みだった。運営サイドにも作品を提供するアーティストの側にも、さまざまなチャレンジが生まれたと金森さんは語る。

「例えば作品に音声ガイドを付ける場合ですが、もちろん、見えているものを誠実に言語化するようなガイドも視覚障害のある方にとって必要ですが、一方で、もしかしたら『見えている物』という存在を疑うようなスタンスで創作をしているアーティストもいるかもしれません。果たしてどのようなガイドがその作品にそぐわしい形なのか。そこにはいくつもの答えがあると感じました。聴いている人が音声ガイドを通じて何を知りたいか、どんな情報やインスピレーションを得られるかが大切になります。アーティストによっては音声ガイドも作品の一部と捉える人もいますが、見えない人にとってはインフォメーションでもあるため、両者にコンフリクト(不和)が生じる場合もあります。アーティストも鑑賞者も運営サイドもお互いを知る必要があり、実践を積み上げていくことでしか越えられないものがあると感じています」

アーティストは制作に至るまでに、鑑賞や経験、体験を重ねて創作者になっていく。障害がある人にも多様な鑑賞体験を提供することは、優れたアーティストを生む社会の豊さにつながっていく。

このサービスを「THEATRE for ALL」(みんなの劇場)という名前に決める際、メンバーの間で議論があったと中村さんは言う。

「私たちはTHEATRE for ALLを障害のある人、コロナで家に出られない人、みんなに届けたいと思っています。ですが『みんな』というのは実に難しい。どんなにたくさんの人に届けたいと願っても、取りこぼされてしまう人はいるからです。それでもこの名前に決めたのは、一人ひとりに向き合うことを積み重ねていくことが『オール(みんな)』につながるという想いがあったからです。障害のある人、子育て中の人、母語が外国語の人、あらゆる当事者に届けられるようになりたいと思っています」

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THEATRE for ALLのロゴを真剣に選ぶプリコグの社員や外部パートナー。写真提供:株式会社プリコグ

観ることと作ることの循環が、未来をつくっていく

THEATRE for ALLには作品鑑賞以外に、アート作品について学ぶ「ラーニング」プログラムや、アーティストと視聴者でアクセシビリティの研究と実践を行う「LAB」、多様な人々の対話の場を運営できる「ファシリテータースクール」など、さまざまなプログラムを提供している。

中村さんはTHEATRE for ALLの運営を通じて、「アート鑑賞経験をどう身近にしていくか」という課題を感じている。

「ラーニングプログラムを考えている時に感じたのは、いまの日本の地域社会では、障害だけではなく、経済や教育の格差など、目に見えないさまざまな分断が始まっているということです。日常生活の中で、特別学級や通常学校、介護施設や福祉施設など属性によって構造的に制度化されたことで、コミュニティや属性を超えて出会える場がなくなっている。そういった属性を越えた出会いや相互理解の場をつくるのは文化施設の役割だと思います。THEATRE for ALLの活動を通じて目指すのは、社会教育機関的なプラットフォーム。図書館とか地域文化センターぐらい身近な存在になり、社会のハブになることを目指したいと思っています」

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THEATRE for ALLで叶えたい未来を明るく語る中村さん(写真右)と金森さん

金森さんと中村さんは「いろんな方にTHEATRE for ALLの会員になってほしい」と願っている。

「配信やワークショップ、上映会、スクールなどのさまざまなプログラムを通じて、いろんな出会いを創出し、少しでも皆さんにとって生きやすい社会づくりを目指して活動していきたいと思っています」

THEATRE for ALLを新型コロナ禍の一過性のプロジェクトに終わらせずに、作品を観て対話して、人と人がつながることで、未来の文化的な土壌を育てる「みんなの劇場」という長期的なプラットフォームに成長させたい。

中村さんと金森さんは、誰もがアート作品を鑑賞できるプラットフォームを育てることで、多様なアーティストが生まれ、新たな創作方法や視聴方法が生まれる未来の循環を見つめている。

撮影:夏野葉月

〈プロフィール〉

中村茜(なかむら・あかね)

1979年東京生まれ。日本大学芸術学部在籍中より舞台芸術に関わる。現代演劇、コンテンポラリーダンスのアーティストやダンスカンパニーの国内外の活動のプロデュース、サイトスペシフィックなフェスティバルや、領域横断的な人材育成事業などを手掛ける。2006年、株式会社プリコグを立ち上げ、2008年より代表取締役に。海外ツアーや国際共同製作のプロデュース実績は30カ国70都市におよぶ。20010年NPO 法人ドリフターズ・インターナショナルを設立。舞台制作者オープンネットワークON-PAM 発起人・理事。2011年より日本大学芸術学部非常勤講師。
株式会社プリコグ コーポレートサイト(外部リンク)
THEATRE for ALL(外部リンク)
THEATRE for ALL LABマガジン(外部リンク)

金森香(かなもり・かお)

出版社リトルモアを経て、2001年ファッションブランド「シアタープロダクツ」を設立し、2017年まで取締役。2010年NPO法人ドリフターズ・インターナショナルを設立し、芸術祭の企画運営・ファッションショー・出版企画などをプロデュースする。2019年日本財団主催「True Colors Festival – 超ダイバーシティ芸術祭 – 」のディレクターを担当。2020年に株式会社プリコグに参画し、アクセシビリティや広報・PR、ブランディング事業等を担当。

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