中央アジアにおける人材の育成

文明の十字路と日本

中央アジアは、ユーラシア大陸のおよそ中央、内陸に位置する旧ソビエト連邦の構成国であったウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの5つの国で構成される地域である。この地域は、ヨーロッパとアジアがつながる場所でもあり、シルクロードを介して古来より文化やビジネスの要衝として栄えてきた。石油や天然ガスなどのエネルギー資源、金や銀などの鉱物資源も豊富であることから、資源の乏しい我が国にとっても国際エネルギーの安全保障上の観点から極めて重要な地域ともされている。

トルコで学ぶ中央アジア人留学生への支援

1991年にソビエト連邦が事実上の崩壊を迎えると、中央アジアの国々の多くの若者が、質の高い教育、安定的な生活を求めて、宗教的にも文化的にも馴染みの深いトルコに渡った。しかしトルコ政府の財政難による2001年の通貨危機によって、トルコ国内の経済は混迷を極め、食料品などの生活必需品は高騰、中央アジアからの若者も生活苦により勉学もままならない状況に陥った。

中央アジアのマップ
中央アジア諸国の地図
出典:外務省ホームページ(外部リンク)

人材の育成は、国づくりの重要な施策の一つである。志高く豊富な知識やアイデアを持った若者は、国を長期的に支えるいしずえとなり、国の発展や繁栄に貢献する。
中央アジアの国々と我が国とは歴史的にも文化的にも親交が深く、そうした国々から夢を持ち志高く海外に羽ばたいた若者を支えることは、当財団の使命だと考えている。こうした考えの下、当財団は、2004年に設立された日本・トルコ・中央アジア友好協会(JATCAFA: Japan Turkey Central Asia Friendship Association)と共に、トルコで勉学に励む中央アジアの留学生への学業支援を開始した。2016年まで継続したこの事業では、300名以上にも及ぶ卒業生を輩出し、中央アジア各国の政府、研究機関や金融などの要職に就いている。

JACAFAが取り組む諸問題の解決

ところが、順調に進んでいた支援事業も2016年7月にトルコで発生したクーデター未遂事件によって転換を余儀なくされる。このクーデター未遂は、死者約300名、4万人にも上る逮捕者を出したほか、海外のNGOによる支援事業も突如中止を命ぜられるなど、当財団による奨学金支援事業も撤退を余儀なくされた。
しかし、10年以上かけて築き上げた300名以上もの優秀な人材とのつながりを失うという選択肢は考えられないことから、事務局の拠点をトルコからドバイに移転、日本・中央アジア友好協会(JACAFA: Japan Central Asia Friendship Association)を2017年に新たに設立、事業の内容や質についても見直しを図った。
JACAFAの支援事業で大きな財産となったのは、中央アジア各国で活躍する300名以上の優秀な人材である。これらの人材は、自国や社会の発展に貢献したいという強い気持ちを持っている。事業としても、こうした人材を有機的につなげ新たな取り組みへと発展させていくべき段階にあった。
そこで、300名の人材を有機的につなげるネットワークの構築・強化のための施策として、各国のフェローが一堂に会し、外部からの専門家も招いた上で、中央アジアにおける社会的な課題について議論、それら課題を解決するためのアイデア、事業企画の提案を行うためのJACAFAの同窓生による総会の開催を各国持ち回りで行うことを事業の一つの柱とした。そして、総会やセミナー等で生み出されたアイデアや事業企画を実施してこそ、事業のダイナミズムや社会的な意義がさらに高まることから、新旧の奨学生自らが提案し、専門家等により選考された事業企画を、2万ドルを上限に助成する中・小規模事業助成制度を新たに導入した。

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タジキスタンのフェローが企画、実施した小規模事業。ダウン症を持つ子どもと健常児を交えた保育園でのインクルージブ教育について教育者に対する研修を実施

このような自国あるいは地域の社会的な課題に取り組む人材を次世代にわたり継続的に育成していくことが、この事業の根幹の一つでもある。
2016年以来一時中断していた奨学金支援事業についても、ウズベキスタン、タジキスタンおよびキルギスの7つの大学と提携、2019年に再スタートした。可能性ある人材の裾野を広げることこそがこの事業の醍醐味でもあり、今後はカザフスタンおよびアゼルバイジャンとの連携も視野に拡大を計画している。

筑波大学での修士課程コース

世界における爆発的な人口の増加により、水や食料など人々にとって不可欠な資源の持続可能な開発が国際的な課題となっている。中央アジアも例外なく、水やエネルギー問題が国家を超えた地域的な大きな課題となっている。気候変動などに起因する問題が大きく、そして複雑になればなるほど、一人の人間、組織そして国では解決が難しく、多様な人材や分野の有機的な連携が必要とされる。
そこで当財団は、上記のJACAFAによる取り組みに加えて、国立大学法人筑波大学との連携の下、日本財団 中央アジア・日本人材育成プロジェクト(NipCA:The Nippon Foundation Central Asia Japan Human resource Development Project)を2019年1月に立ち上げた。このプログラムでは、中央アジア5カ国およびアゼルバイジャンの学生が、日本に滞在、中央アジアにおける持続可能な開発目標を解決、達成するための修士レベルの学びを1年半にわたって習得する。プログラムでは、日本人の学生も一緒に学ぶことで、お互いの国や地域の課題や文化を双方向で理解することを目指し、JACAFAフェローとのつながりも目標としている。

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筑波大学と実施するNipCA Projectの第1期生修了式においてフェローと談笑する当財団会長の笹川陽平

(有川 孝/国際事業部)

本事業・この社会課題への今後の期待

中央アジアは、現代の日本人にはあまり馴染みやつながりを感じられない国々であるが、日本のエネルギー戦略にとって重要な地域でもある。社会課題の解決の重要な一つのファクターである“人材”を育成するには多様な時間が必要だ。日本に好意的な思いを持つ中央アジアの人々への支援や地道な活動を続けていくことこそが、政治や経済の枠を超えた、真に人間同士の信頼関係が築けるものであり、それこそがこの事業の根幹である。

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有川 孝