海洋開発分野の人材育成と技術開発

人材育成が急務「日本財団オーシャンイノベーションコンソーシアム」

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スコットランドの海洋開発サマースクール(2018年8月、スコットランド)

海洋基本法が2007年に制定された後、当財団では海洋に関する事業の掘り起こしを積極的に行った。
まず取り上げたのが技術者の育成である。世界のエネルギー需要の拡大に伴い、中長期的な拡大が見込まれる海洋石油・ガス開発や洋上風力発電等の海洋開発分野は、我が国の海事産業(造船、海運等)にとって重要な新しい市場だが、国内にその開発のための場所が存在しないことから産業として育っておらず、開発や設計現場が必要とする実践的技術やノウハウを持った技術者が圧倒的に不足している。このような状況で、政府は2015年6月に「海洋資源開発関連分野への参入促進の環境整備に向け、基盤となる技術者の育成を進める」(「日本再興戦略」改定、2015)ことを決定すると共に、同年7月に開催された第20回「海の日」特別行事総合開会式において、安倍晋三総理(当時)から「現在2,000人程度とされる、日本の海洋開発技術者の数を、2030年までに5倍の1万人に引き上げることを目指す」旨が表明された。

当財団は、政府の取り組みと連携し、人材育成と共に、技術イノベーションを組み合わせた総合的な技術力の向上を強力に推し進めた。具体的には、海洋開発に携わる技術者を育成するためのプラットフォームとして、産学官一体の組織「日本財団オーシャンイノベーションコンソーシアム」を2016年に設立した。

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海洋開発サマースクールの修了式(2018年9月、スコットランド)
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海洋開発サマースクールの海洋掘削リグ見学(2018年9月、米国ヒューストン)

このコンソーシアムの人材育成プログラムは、海洋エネルギーや資源開発等を専攻する大学生・大学院生を対象に、海洋開発について理解する「理解増進事業」、海洋開発の現場実習やプロジェクト体験を行う「知識・知見習得事業」、海洋開発の専門性と共に国際性を身に付ける「海外派遣支援事業」、そして海洋開発業界に従事する若手エンジニアがさらに実践的な知識・経験を身に付ける「リカレント教育事業」の4つを柱として事業を実施している。いずれも大学や個別の企業のみでは実施が困難な教育や実習等を、企業や公的研究機関の協力を得て広く国内外で実施することにより、海洋開発技術者の育成体制の構築を目指すものである。特に2050年カーボンニュートラル社会実現に向けた動きに伴い、洋上風力発電分野の人材育成が急務となっており、今後の活動では、洋上風力発電を中心とした海洋再生可能エネルギー分野の人材育成に注力していく。すでに2,000名の大学生、450名の社会人エンジニアが参加する事業となっており、参加した大学生の過半数が海洋開発業界に就職している。2020年3月に実施した調査では日本の海洋開発技術者が約2,900名と増加しており、同分野の人材育成に大きく貢献している。

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沖合の風力発電施設に向かう作業員輸送船船長と日本の学生(2018年8月、スコットランド)
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現場体験セミナーでの洋上サバイバル訓練(2019年9月)

海外連携共同技術開発プログラム

また、海洋開発分野の技術力向上のためには、海洋開発の現場を持つ海外と連携し、技術開発を進める必要がある。海洋開発分野における現在の技術ニーズは、低コスト化、地球温暖化防止、安全確保への対応が求められており、これらニーズへの対応として、日本が従来から競争力を持つ、素材、ロボット、センサー、IoTの技術を海洋開発分野に取り入れることが期待された。
そこで、当財団の有するネットワークを活用し、各国の政府要人や企業トップ等と交渉を積極的に重ね、海洋開発の先進国である英国スコットランド、米国ヒューストン、ノルウェーとの間で、それぞれ海外連携共同技術開発プログラムを構築し、各国との連携体制を確立した。
最初の連携技術開発助成プログラムのパートナーは、英国スコットランドであり、2017年に覚書を締結し事業を開始した。続いて、2018年に米国ヒューストンにて、オイルメジャーと呼ばれるシェブロン(米国)、エクイノール(ノルウェー)、ペトロブラス(ブラジル)等が参画している海洋技術コンソーシアム「DeepStar」と覚書を締結した。本プログラム開始以前、多くの日本企業は、知財保護の観点から上記オイルメジャーとの共同開発はおろか、開発ニーズの把握すら困難な状況にあったが、本共同技術開発がきっかけとなり、我が国の高い技術・品質を知ってもらうことが可能となった。そして、2019年にはノルウェーのスタバンゲル市において、ノルウェーの産学官クラスター「GCE NODE」と研究機関「NORCE」との間で覚書を締結した。ノルウェーは洋上風力発電の技術開発が進んでおり、日本と連携した技術開発が今後望まれる。

2018年から技術開発を開始したこれらの技術開発プログラムでは、すでに26事業を開始しており、その中には商用化が実現し、受注を得ている製品も存在する。本技術開発プログラムにより、日本企業の海洋開発のグローバル市場への進出の後押しをすると共に、我が国が世界の海洋開発産業を先導するためのイノベーション創出を目指し、今後も技術開発を推進していく。

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スコットランド開発公社との間で覚書を締結(2017年9月)
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米国ヒューストンでDeepStarとの間で覚書締結(2018年5月)
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ノルウェーのGCE NODEとNORCEとの間で覚書締結(2018年8月)

(桔梗 哲也・青柳 由里子/海洋事業部)

本事業を行う中で得た気づき

食料・エネルギー・資源・環境の危機が迫っているが、これらの危機回避にとって「海洋」の役割は大きい。海洋の開発に関わる産業は多くの雇用を生み出し、生活の質的向上につながる潜在力を秘めている。そして「海洋」は我が国の繁栄の推進力として、極めて重要な役割を果たす。海洋国家である我が国の生きる道は「海洋」にあるという信念のもと、これからも海洋開発分野の技術開発とそれを支える人材の育成を強く進めていきたい。

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桔梗 哲也
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青柳 由里子