進化する「海の世界の人づくり」
人材育成という課題解決の手法
今日人類が直面している海の問題は複雑で多様な側面を持ち、なおかつ相互に関連しているため、個別の課題のみに対応しても根本的な解決には結びつかないことが多い。このような特性を持つ海の課題に取り組むためには、特定の分野・領域を超えた視野を持つ人材を育成すること、そして世代・国籍・専門分野等を超えて育成した人たち同士がつながり、共に課題に取り組むことが重要だと当財団は考え、人材育成とネットワークづくりに尽力してきた。

1989年から国連海事・海洋法課(UN-DOALOS)、国際海事法研究所(IMLI)や国際海洋法裁判所(ITLOS)といった国際機関、研究機関や大学等の協力のもと、「海の世界の人づくり」事業として、海洋ガバナンス、海洋法、海洋観測、海底地形図作成など様々な分野にまたがる多くの人材育成プログラムを設立し、2022年4月時点で、150カ国1,577名のフェローを輩出している。フェローたちは、多様性を尊重しグローバルな視野で協働する新世代の専門家集団として活躍を始めており、彼らが主役となる世界的なプロジェクトや具体的な成果も出始めている。こうした動きは、過去10年間で特に顕著であり、「海の世界の人づくり」事業が新たなフェーズに入ったことを示すものである。その代表例として、海底地形分野の人材育成とそこから派生した取り組みがある。
海底地形の解明に向けた人材育成



海底地形の情報は、津波の予測から船舶や潜水艦の安全航行、海難救助や捜索、地球温暖化による海面上昇の予測、海洋生物のモニタリング、持続的な海洋資源の開発など幅広い分野で欠かせない。それにも関わらず、1903年にモナコ公国のアルベール1世によって開始された世界の海底地形図の作成は、人材不足のためなかなか進まなかった。この状況を打開するため、当財団は2004年に世界の公的な海底地形図の作成を担う専門家集団「GEBCO」と共に米国のニューハンプシャー大学で海底地形図の専門家を育成するプログラムを開始。これまでに43カ国96名のフェローを育成した。
人材育成が着実に進む中、当財団は、2016年にモナコで「海底地形の未来を考えるフォーラム」をGEBCOと共催した。本フォーラムで、当財団会長の笹川陽平は「2030年までに世界の海底地形を100%明らかにする」ことを提案し、2017年8月にこのビジョンを掲げたプロジェクト「日本財団-GEBCO Seabed 2030」(以下Seabed 2030)がスタートした。この時点で地図化された地球の海底地形は、全体のたった6%に過ぎなかった。
同プロジェクトの要は海底地形データの収集である。データ収集と言っても、すべてをゼロから測量するわけではない。各国政府、研究機関、企業などが持つ既存の海底地形データの中には未公開の情報も多く、それらの共有を働きかけることから着手した。また、既存の海底地形データ収集と並行して、データが存在しない未開拓の海域でのデータ収集を、政府や民間と連携したクラウドソーシングや、既存の遠征調査との連携を通して取り組んできた。そして、同プロジェクトにおいて活躍しているのが上述のGEBCOとの人材育成事業が育てたフェローたちである。遠征調査との連携ではフェローが船に測量士として乗船し、未開拓海域でのデータ収集や編集を行っている。世界の最も深い海溝を巡る調査では各地で計7名のフェローが交代しながらこの役割を担った。Seabed 2030の地域センターで働き、海底地形のデータ編集に取り組む卒業生もいる。
海底探査を進めるもう一つの要が技術革新である。これに取り組むため、13カ国16名のフェローがチームを構成し、海底探査技術の革新を目指す国際的コンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE」(以下XPRIZE)に参戦した。32チームの中で唯一多国籍だった本チーム(GEBCO-日本財団アルムナイチーム)は、今まで無人測量が不可能だった4,000mの水深を高速で測量できるシステムを開発し優勝を果たし、多様な人材の協力がイノベーションに欠かせないことを証明した。優勝賞金の400万ドル(約4億3,000万円)は当財団に全額寄付され、これらは卒業生のさらなるスキルアップやSeabed 2030の目標達成を促進する取り組みに活用する。
Seabed 2030は開始から4年間で海底地形を解明するビジョンに共感した世界各地156の団体が公式パートナーとなり、様々な形でプロジェクトの目標達成を後押ししている。2021年6月にGEBCOがリリースした最新の海底地形図によると、地図化された海底地形は、2017年時点の3倍以上の20.6%となり、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸を合わせたよりも広い面積の海底データが地図化されたことになる。1903年から100年以上にわたってわずか6%しか解明されなかったことを踏まえると、地球最後のフロンティアとされる海底の解明にあたり、同プロジェクトが世界的な成果を出していることが分かる。


フェローの力を結集する舞台づくり
海の問題に取り組むことは、様々な違いを超えて人類が共通の目的のために共に汗を流すことに他ならない。1,000年後、2,000年後の世界に生きる人々に豊かな海を引き継ぐためには、はるか未来を見据える視点も必要である。育成したフェローたちが分野や国籍を超えて協働することで、フェローのチームがXPRIZEで果たしたように、革新的なソリューションを生み出すことが期待される。今後は異なる人材育成プログラム間の連携を強化し、Seabed 2030のような巨大で複雑な課題解決にフェローの力を結集する舞台づくりに積極的に取り組んでいく計画である。
(長谷部 真央/海洋事業部)

本事業を行う中で得た気づき
厳しい選抜を通過し、最先端の教育を受けた人材育成事業のフェローたちは世界規模の課題解決に貢献できる力を秘めている。彼らを課題解決のパートナーと位置付けることで、人材育成の先に新しい展開が見えてくる。フェローたちは世代、国籍、分野も多様である。彼らが共に課題解決のアクションを考え、具現化することが新しい事業そのものになり得るのではないか。
