カンボジアにおける保健・公衆衛生教育の普及
健全な青少年育成の基礎となる「学校保健科目」

国連は、2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」において、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」ことを提唱している。目標を達成するためには、政府や自治体が安定した医療・保健サービスを提供することはもとより、個々人が病気やけがへの正しい対処法を会得し、自分の心と身体の健康について理解しておく必要がある。その基礎を培うのが学校保健の授業であり、青少年の心身の健全な成長に欠かすことのできない重要な科目である。
SDGsが設定される以前の2007年から2008年にかけて、カンボジア教育青年スポーツ省(以下、教育省)は、学校保健科目の実施を盛り込んだ小学校保健体育指導要領および保健体育指導書を作成。2014年に始まった教育改革の一環として、2025年から全国の小・中学校および高等学校において保健科目を週に1回教えることが制度化された。

しかし教育省は、学校保健教育に関する経験と専門知識に乏しく、学校保健科目を担当できる専門教員の育成や教科書の作成が遅々として進まない状況にあった。当財団は1999年からカンボジアの教育事業に携わっており、その経験やネットワークを活かして、2020年同国の学校保健事業参入を決定。同国で初となる質の高い学校保健教員を育成・輩出することを目指して、国立大学法人 東京学芸大学(以下、東京学芸大学)と一般社団法人 教育センターキズナ(以下、キズナ)と共に、事業を開始した。
学校保健専門教員の養成と教材の開発
2018年カンボジアで初となる4年制の教員養成大学が、国際協力機構(JICA)の支援でプノンペンとバッタンバンにそれぞれ1校ずつ開校した。従来の2年制の教員養成校に比べて、4年間じっくりと学びを深めることができるため、同国の教員の質的向上につながることが期待されている。
この2つの大学では、小学校に学校保健を教える教員養成コースが2022年に開校した(中学校保健教員養成コースは2024年に開校予定)。東京学芸大学は、これらのコースで使用されるシラバス、授業カリキュラムおよび教材の作成を担当している。教材は、学校保健学、養護学などを専門とする複数の専門家が協働で準備、作成しており、教員養成大学のほか教育省学校保健局の校閲を経て完成となる。教材の制作と並行して、東京学芸大学は、教員養成大学の学校保健科目を担当する教員の育成研修も実施している。カンボジアで新型コロナウィルス感染者が激増する中、オンラインでの研修も含め、これまでに8回の研修が開催された。
東京学芸大学の支援のねらいは、学校保健を教える教員養成コースを巣立っていく卒業生が、全国の小・中学校に配属され、子どもたちの健康や健全な発達に寄与することである。しかし、カンボジアの全小・中学校に学校保健を教えられる教員が配置されるまでには数十年の年月を要する。加えて、保健教育の基礎を学んだことのない現役の小・中学校教員に対しても学ぶ機会を提供することが必要だ。
そこで当財団はキズナと協働し、学校保健を教えるための研修等を受けたことがない教員向けの学校保健教材の開発に乗り出した。


非専門教員向けに「紙芝居」を活用
キズナは、これまでカンボジアになかった保健室を学校に設置し、運営するシステムの構築や、一般社団法人 Social Compassと子どもたちが楽しみながら学校保健について学ぶアニメーションの制作などを行ってきた。その中でも今最も注力しているのが、保健教育の教授法を教わったことがない教員に向けて、日本の伝統芸「紙芝居」を用いたユニークな保健知識の啓発だ。紙芝居は、読み手が聞き手の反応を見ながら読む速さを調節したり、聞き手に質問を投げかけたりと、コミュニケーションを取りながら進めるので、学んだ内容が記憶に残りやすい。2021年2月、カンボジア南西部コッコン州の中学校で、人体構造を題材として紙芝居を使った保健教育のデモンストレーションが行われた。カラフルなイラストと教員の生き生きとした話しぶりに子どもたちは食い入るように紙芝居を見つめた。
奨学生ネットワークで全国に広がる学校保健教育
キズナは2004~2020年の間、経済的困難を抱えているカンボジアの教員志望の学生約2,500名に対し奨学金を給付してきた。その奨学金事業のネットワークを活用して、全国に散らばる約2,500名の奨学生勤務校に学校保健教育事業の普及を計画している。
当財団の学校保健事業は、未来の学校保健を担う人材を育成・輩出する事業に加え、現役教員に向けても取りこぼしのないよう学校保健知識の定着を図っているのが特徴だ。今後も継続した支援を実施することで、途上国における学校保健事業のモデル構築を目指す。
(野見山 瞳/国際事業部)
本事業を行う中で得た気づき
当事業は、東京学芸大学、キズナの2団体が「カンボジアの学校保健人材の育成」という共通の目的の下、互いの得意分野を活かして事業を展開している点に独自性がある。助成団体の要請に個々に応えることも大切だが、このように複数の団体に共通目的を持たせ「事業群」を構成することも社会課題の解決の手法となり得るのだということを日々学んでいるところである。
