電話リレーサービス 電話に誰もがアクセスできる社会を目指して(1/2)

遅れを取っていた日本

電話は日常生活に不可欠な公共インフラでありながら、音声を使用することから、聴覚障害者等(以下、きこえない人)にとっては利用が難しく、長い間社会的障壁となってきた。きこえない人の情報アクセシビリティを高める手段として、世界では「電話リレーサービス」が導入されている。「電話リレーサービス」とは、きこえない人ときこえる人(聴覚障害者等以外の人)との会話を通訳オペレーターが「手話」または「文字」と「音声」を通訳することにより、電話で即時双方向につなげるサービスである。1960年代半ばに米国で初めてサービスが開始されて以来、世界各地で普及が進み、2022年4月現在、25カ国で公共インフラとして提供されている。一方、日本においては、2002年より民間事業者が文字主体の電話リレーサービスを開始したが、採算性が低く、数年で事業が中止されるなど、諸外国と比較しても通信のバリアフリー化で大きな遅れを取っていた。

電話リレーサービスの概要図。電話リレーサービスは、聴覚や発話に困難のある人と、聴覚障害者等以外の人との会話を通訳オペレータが「手話」または「文字」と「音声」を通訳することにより、電話で即時双方向につながることができるサービスである。24時間・365日、双方向での利用、緊急通報機関への連絡も可能。
電話リレーサービス概要
提供:一般財団法人 日本財団電話リレーサービス

モデルプロジェクト開始

きこえない人の情報アクセシビリティの問題が顕在化したのが、2011年の東日本大震災である。ラジオから流れる行政からの情報や災害報道を入手できないなど、大きな情報格差が生じていた。当財団は、そのような状況や、被災地域における障害者手帳保持者の死亡率が全住民の死亡率の2倍以上であったという報告を重く受け止め、きこえない人の避難生活や生活復旧を支えることを目的に「遠隔情報・コミュニケーション支援事業」を実施し、岩手県・宮城県・福島県在住のきこえない人に対して電話リレーサービスを無料で提供した。
事業開始の2011年9月から2013年8月までの2年間の利用登録者数は302名、利用回数は5,732件に上り、サービスに対する高いニーズを確認した。そして、2013年9月11日からは、電話リレーサービスが通信のバリアフリーの問題として取り組まれ、公共インフラとして制度化されることを目的に、全国展開を想定したモデルプロジェクトを開始した。障害者手帳(聴覚・言語)を保有している人であれば、無料かつ回数、時間、目的等の制限なくサービスの利用を可能とする試験的な取り組みである。2021年のモデルプロジェクト終了時点での利用登録者数は13,441人、1カ月の利用回数合計は3万5,000回以上、利用時間合計(リレー通訳時間)は14万分を上回った。

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事業開設の説明をする吉田職員(2011年9月9日)

公共インフラ化の実現

上記モデルプロジェクトの実施に加え、2015年に当財団会長笹川陽平が高市早苗総務大臣(当時)に対して要望書を提出し、その後も担当者が関係各所に足しげく通うなど、電話リレーサービスの公共インフラとしての制度化に向けた働きかけを行った。また、制度化と並行して緊急通報システムを整備すべく、消防庁への働きかけも行った。
そのような中、2018年10月、奥穂高岳できこえない人3名が遭難し、そのうち1名が死亡、2名は電話リレーサービスを利用した通報によって救助されるという事故が発生した。同年11月の参議院予算委員会において、安倍晋三首相(当時)が「電話リレーサービスは重要な公共インフラである」と答弁し、それを皮切りに、総務省を中心とした制度化への検討が本格的に進められた。約1年の協議を経て、2020年2月に法案が提出され、同年6月5日の参議院本会議にて「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」が可決された。
その後、2021年1月に「一般財団法人日本財団電話リレーサービス」が公的サービス提供機関として指定を受け、同年7月1日より公共インフラとしてのサービスの提供が始まった。法律に基づく交付金制度の創設により、電話リレーサービスが永続的なインフラシステムとして位置づけられることとなった。また、サービス内容も拡充され、24時間365日利用可能になると共に、緊急通報機関への連絡機能や、きこえる人からも架電可能な機能が追加された。

電話リレーサービスの交付金制度の仕組みを表した図。「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」において、公共インフラとしての電話リレーサービスを適正かつ確実に提供することができる者を、総務大臣が「電話リレーサービス提供機関」として指定している。また、「電話リレーサービス提供機関」に対し、業務に要する費用に充てるための交付金を交付することとしており、その原資となる負担金を、電話サービスを提供する「電話提供事業者」に納付するよう義務付けている。加えて、公平かつ中立的に交付金の交付や負担金の徴収業務を行う機関として、総務大臣が「電話リレーサービス支援機関」を指定している。つまり、「電話提供事業者」が負担金を納付し、負担の徴収・交付金の交付等を業務とする「電話リレーサービス支援機関」を通じて、「電話リレーサービス提供機関」に交付金として交付する仕組みとなっている。令和4年7月現在、「電話リレーサービス提供機関」として一般財団法人日本財団電話リレーサービスが、「電話リレーサービス支援機関」として一般社団法人電気通信事業者協会が、それぞれ総務大臣より指定されている。
電話リレーサービスの交付金制度の仕組み
出典:総務省ホームページ(外部リンク)
「電話リレーサービスの制度概要」(総務省)(外部リンク)を加工して作成

今後の展開と課題

2013年のモデルプロジェクト開始から約8年、電話リレーサービスが公共インフラ化されたことにより、きこえない人が電話にアクセスできる社会を実現するための環境が整備された。しかしながら、高齢により聞こえづらくなったことで電話へのアクセスが難しくなった高齢難聴者等、手話や文字チャットによる利用が難しい人へのサービスの提供には課題が残る。また、電話リレーサービスのオペレーター業務を担う手話・文字通訳者の確保、それに伴う人材養成等、課題は山積している。当財団は今後、新しいサービスの開発やオペレーターの育成に力を入れ、きこえない人が支障なく電話を利用できる、真の「通信のバリアフリー化」を目指す方針だ。
(田中 みさ/公益事業部)

本事業における「日本財団という方法」

電話リレーサービス公共インフラ化の実現は、「日本財団という方法」をまさに体現している。きこえない人が抱える問題をいち早く察知し、課題解決のモデルケースを構築するダイナミックさと、公共インフラ化に向けて関係機関へ地道に働きかける緻密さを兼ね備えていたからこそ、社会の仕組みを変えることができたのだ。

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田中 みさ