電話リレーサービス 電話に誰もがアクセスできる社会を目指して(2/2)インタビュー
―電話リレーサービスに見る新たな可能性
東日本大震災(2011年)で被災した聴覚障害者向けに同年9月に始まった、当財団の「遠隔情報・コミュニケーション支援事業」が、10年の歳月を経て法律に基づく公的な電話リレーサービスに生まれ変わった。手話や文字と音声を通訳することで聴覚障害者等「きこえない人」と「きこえる人」をつなぐこの事業は、急速な高齢化とAI(人工知能)の発達で、今後サービス内容や規模がさらに拡大発展する可能性を秘めている。当初から事業に携わってきた一般財団法人日本財団電話リレーサービスの石井靖乃専務理事に、サービスの現状や今後の可能性などについて聞いた。(聞き手:特別顧問・宮崎正)

「ようやくここまで来た」
Q:この事業を始めた10年前、公共インフラに発展する事態を予想していましたか。
A:聴覚障害者のための大学として世界に知られ、日本財団が聴覚障害者のリーダー育成に向け基金を設けている米国のギャローデット大学を訪問した際、関係者が電話リレーサービスをごく普通に使っているのを見て、何故、日本にないのか、不思議に思った記憶があります。2000年代の日本では整備を求める声がさほど強く出ていなかったという事情があったかもしれません。逆に言えば、日本でも導入すれば便利さ故に広く普及すると確信していました。それだけに2020年に「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」が制定された時は“ようやくここまで来た”と感慨深い思いがありました。
Q:10年の間に国の姿勢もかなり変化したようですね。
A:世界で25カ国が実施し、先進7カ国(G7)の中で日本の取り組みが一番、遅れていたこともありますが、2017年に愛知県の三河湾で起きたプレジャーボート転覆事故や、翌年、岩手・岐阜両県で起きた山岳遭難事故で、電話リレーサービスを利用した通報によって聴覚障害者の命が救われ、社会の関心が高まった面もありました。国会でも「民間(日本財団)任せはおかしい」との指摘も出され、安倍晋三首相(当時)が「重大な公共インフラだ」として国で取り組む姿勢を明言され、新しい流れができました。
自然体で多様な可能性に備える
Q:現在の利用状況や運営状況はどんな具合ですか。
A:利用者は10,000人を上回っています。聴覚障害者等の利用者は日本財団電話リレーサービスのオペレーターを通じて24時間365日、きこえる人たちと会話できます。事業は固定電話や携帯電話などを使っている人たちに1契約当たり月1円を負担してもらい、それを交付金として受け取る仕組みになっています。国内の番号契約は約2億4,000万、年間に換算すると28億円に上る計算で現時点では運営上も問題ありません。
Q:障害者手帳を持つ聴覚障害者等は36万人、今後、加齢による老人性難聴も増えると思います。将来的にどの程度の利用者を見込んでいますか。
A:聴覚障害のある人の利用が緩やかに増える事態は想定しています。しかし高齢になって難聴になる人などを含めると、AI(人工知能)による機器の発達で利用方法も今よりはるかに多様になると思われ、結論を言えば自然体でその辺りの推移を見守るということになります。理想は自分で話せて聞けて、読むこともできるという形です。当面は、字幕などの活用も含め、聞こえづらさの解消を目指すことになると思います。もちろん機器を十分に使いこなせない人も増えると思います。その意味では多様な備えが何よりも必要だと考えています。
変化の中に解決の糸口はある
Q:新型コロナ禍で社会が大きな打撃を受け、国の財政も大幅に悪化しています。ポストコロナの時代には「民」の参加による社会づくりが一層重要になると言われています。日本財団の事業が法律に裏打ちされた公共インフラとなった今回の電話リレーサービスは、「公」と「民」の協力による新しい社会づくりのモデルになる気もします。振り返ってどうですか。
A:2013年に事業を日本財団が自主的に取り組むモデルプロジェクトに切り替えてから公共サービスに衣替えするまでに7年かかりました。電話リレーサービスの提供機関に日本財団電話リレーサービスが指定されたのは長年の地道な取り組み、さらに公的なサービスとして実施されるべき事業であることを粘り強く社会に訴え続けた成果だと思います。子ども、障害者、高齢者対策や災害への備えなど、「民の力」で切り拓いていくべきテーマはいくらでもあります。一連の経過は、そうした取り組みの参考になると思います。
Q:後に続く日本財団職員に残す教訓は。
A:電話リレーサービスのテーマである通信のバリアフリー化一つとっても、障害者基本法、障害者差別解消法、電気通信事業法など関係法令にその必要性が明記されています。各法でその必要性を明記し、受け皿として『聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律』を定めているわけです。どうしたらその主旨を具体的な形にできるか、そうした視点を常に持つことが何よりも重要と思います。同時にグローバル化を含め社会が急速に変わる現代は、変化の中に新たな解決策のヒントや打開策が潜んでいます。日常活動の中で解決の糸口を見つける努力をし、見つかれば実践に移していく姿勢が何よりも重要と考えます。
石井靖乃(いしいやすのぶ)
1984年に大学卒業後、商社に勤務。1995年、日本財団に入会。「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」や「聴覚障害者向け日本財団電話リレーサービス・モデルプロジェクト」など、国内外の障害者支援事業を中心に取り組む。2020年に日本財団を退職後、現在は一般財団法人日本財団電話リレーサービスにて専務理事を務める。
