ハンセン病のない世界を目指して(1/2)
医療面での取り組み
ハンセン病は非常に古くから存在する感染症で、旧約聖書や古代インドの古文書にもハンセン病と思われる記述がある。現在は完治する病気だが、症状が進むと身体に知覚麻痺や変形などの障害を引き起こすため、患者や回復者(病気が治癒した人)、その家族までもが長年、根強い偏見と差別の対象となってきた。
当財団は、1974年に財団法人笹川記念保健協力財団(現・公益財団法人笹川保健財団)を設立し、世界中でハンセン病対策事業を進めてきた。1980年代に効果的な治療法である多剤併用療法(MDT)が開発されたことを受け、世界保健機関(WHO)は1991年、「ハンセン病の罹患率が人口1万人当たり1人未満となれば、公衆衛生上の問題としては制圧されたとみなす」という指標を掲げた。当財団は、1995年から5年間、WHOを通じMDTを全世界に無料で供給、2000年以降はスイスのノバルティス財団が無償配布を続けている。
2001年、当財団会長の笹川陽平がWHOハンセン病制圧大使に任命され、各国政府やNGOと連携して活動を強化していった。その間患者数は世界で激減し、1982年に122カ国あった未制圧国は2022年現在、ブラジル1カ国のみとなっている。

しかし、一度制圧を達成すると各国の関係者は安堵し、保健医療政策における優先順位が低下する傾向が生じ、近年、全世界の年間の新規患者数は20万人から22万人の間で推移している。また、発見が遅れ、すでに身体に何らかの障害が出ているケースも多く、子どもの新規患者数もなかなか減少しない。さらに、患者が特に多く発見される「ホットスポット」と呼ばれるアクセスの難しい地域も多く存在する。
そのような状況を打開するために、当財団は2013年、WHOと共催で17カ国のハンセン病蔓延国(新規登録患者数が年1,000人以上の国)の保健大臣などをタイのバンコクに招いて「バンコク・サミット会議」を開催、2014年からの5年間で蔓延国での活動強化のために合計2,000万ドル(約20億円)の資金を供与することを表明した。以降も、WHOへの助成を通して、各国の保健省・NGOのハンセン病対策プログラムが強化され、早期発見・治療が行われるよう支援を継続している。
偏見と差別のない社会へ
依然として深刻な状態にあるハンセン病の患者・回復者とその家族に対する偏見と差別に対する取り組みについても、当財団は各国の回復者団体と手を携えて、回復者自身が社会に向かって声を上げられるよう支援を続けてきた。2006年から始まった、世界の有力なリーダーや団体と共同でハンセン病に対する差別撤廃を毎年1月最終日曜日の「世界ハンセン病の日」に合わせて訴える「グローバル・アピール」は2022年までに17回を数える。

2007年には、日本政府は「日本国政府ハンセン病人権啓発大使」に笹川陽平を指名。2010年には国連総会で、日本政府が提出した「ハンセン病差別撤廃決議」、および各国の取り組むべき具体的な行動指針が示された「原則とガイドライン」が、国連加盟国192カ国の全会一致で採択された。当財団は、この「原則とガイドライン」をより多くの人々に知らせるため、2012年から2015年にかけて、世界五大陸で国際会議「ハンセン病と人権シンポジウム」を開催。また、2016年6月には、ローマ教皇庁とバチカンで国際シンポジウムを共催し、ローマ・カトリック教会の他、イスラム教、仏教、ヒンズー教など様々な宗教指導者が差別撤廃への決意を新たにした。

歴史保存への取り組み
医療面、社会面での取り組みに加え、ハンセン病に関する歴史を保存する活動も進めている。かつて世界各地で患者は収容施設や療養所に隔離されたほか、住む場所を失って家族と共にコロニーや定着村で暮らすことを余儀なくされていた。現在、患者数の減少に伴い、役目を終えた療養所をはじめとするハンセン病関連施設やその所蔵する資料、患者や回復者が残した文学・芸術作品などは徐々に失われ、当時の状況を語れる関係者の高齢化も進んでいる。しかし、過酷な状況で患者、回復者、その家族が強く生きた証は、今後同じ過ちを繰り返さないためにも、後世に伝えていかなければならない。当財団は笹川保健財団と協力し、世界各国のハンセン病歴史保存プロジェクトを支援している。


ハンセン病のない世界
世界のほとんどの国でハンセン病は公衆衛生上の問題としては解決されつつあるものの、新規患者数がゼロになり、差別が撤廃された世界、すなわち「ハンセン病のない世界(Leprosy Free World)」の実現へは依然道半ばである。2017年、ハンセン病の国連決議および原則とガイドラインが、各国においてどの程度実践されているかを調査する特別報告者が国連理事会に設置された。2018年には国際ハンセン病団体連合(ILEP)、ノバルティス財団、笹川保健財団、WHOなどハンセン病対策の実施団体や個人によって組織される「ハンセン病をゼロにするための世界連合(Global Partnership for Zero Leprosy)」が発足、インドやミャンマー、バングラデシュをはじめとする蔓延国でも、2017年より国を挙げて問題に取り組むため、全国会議が開催されている。
また、こうした動きをさらに加速させるべく、2021年には当財団と、WHOハンセン病制圧大使笹川陽平、笹川保健財団による「笹川ハンセン病イニシアチブ」が締結された。このイニシアチブのもと、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、各国での活動が中止・縮小せざるを得ない状況下において、ハンセン病問題が忘れられないようにするため、医療面での対策や、偏見・差別の撤廃、歴史保存を軸に、世界中の回復者や専門家がオンライン上で討論するウェビナーシリーズを支援している。「ハンセン病のない世界」実現への関係者の努力は止まることなく続く。
(谷 優子/特定事業部)
本事業を行う中で得た気づき
徹底した現場主義を貫く笹川会長。国家元首との面会においても、回復者と共に自身の目で確認してきたハンセン病コロニーの窮状を伝え、具体的な政策を引き出し、次回の訪問までの改善を約束させる。それぞれの国の状況を見極めた緻密な戦略と、粘り強い働きかけ、そして必ず成果を出すという信念が、ハンセン病のない世界の実現へ一歩一歩近づくのだ。
