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「学校に行くことが目的ではない」登校に問題を抱える児童をサポートする際に、第三の居場所で大切にしているある指針とは?
- 第三の居場所では、困難な家庭状況にある児童に学習、生活支援を行っている
- 登校に問題を抱えるある児童に対して、保護者と連携しサポートを実施
- 児童の持つ力を引き出しながら、社会とのつながりを取り戻した
取材:岡本実希
日本財団は、困難な家庭状況にある児童の自己肯定感や自立に必要な力を育む「第三の居場所」(別ウィンドウで開く)を全国に設置している。
ここでは専門的な研修を受けたスタッフや地域のボランティアが、日々の関わりを通じて学習面、生活面から児童をサポート。児童を取り巻く社会の負の連鎖を断ち、ポジティブな循環を生み出すことを試みている。
今回は、学校に登校することに問題を抱える児童に対して、ある第三の居場所が行ったサポート事例をお伝えする。
家からなかなか出られず、社会とのつながりが途切れてしまっていたが、本来持っている力を引き出すサポートを実施。現在はまた登校するようになっているという。
「『学校に行くこと』はサポートの目的ではありません。あくまで『その児童と社会とのつながりを保つこと』を主眼においたサポートをすべきだと考えています」
そう語るスタッフの木村さんにお話を伺った。
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社会とのつながりを途絶えさせないことが、児童の安心と成長につながる
小学4年生の秋に、第三の居場所がある地域に引っ越してきたたけしさん(仮名)。とても繊細な性格で、はじめて第三の居場所に来たときは母親の後ろに隠れ、ほとんどスタッフとも話をしない状態だったのだそう。
木村「引っ越しを含む家庭環境の大きな変化があり、周囲との関係構築に怯えている様子でした。無理やり話をさせようとしたり、こちらの要求を押し付けたりせずに、たけしさんの意思やペースを尊重。まずは第三の居場所に安心感をもってもらおうと考えました」
引っ越してきてからしばらく経った頃、たけしさんの保護者から第三の居場所に連絡が入る。
「たけしが学校にどうしても行きたくないと言っているんです」
転校による環境変化などがストレスとなっていたのだという。そこから、なかなか学校に行かない日々が続いた。
木村「本人がとても嫌がっていたので、無理やり行かせようとするのはよくないな、と。とはいえ、保護者がお仕事に行かれているため、日中は家で一人になってしまいます。外に一切出ておらず、一人でいる時は食事もほとんど取っていないと聞いていたので、とにかく心配でしたね。たとえ学校に行かなくても、社会とのつながりを途絶えさせてはいけないと思ったんです」
どんな形であっても社会とつながっていれば、いつか自分の安心できる場所や楽しいと感じられることを見つけられるはず。それがたけしさんの自己肯定感や将来自立するための力につながっていくのではないか。木村さんたちスタッフはそう考えた。
朝の自宅訪問を開始。あくまで無理強いはせず本人の意志を尊重
「第三の居場所で待っているだけでは、意味がないのではないか」
そう考えて木村さんたちが取り組んだのが、朝の自宅訪問だった。保護者は仕事のために朝早く出勤してしまうため、なかなか学校への送り迎えが難しい。であれば、その部分を第三の居場所のスタッフが担えないかと考えたのだ。
そこで、通学時間帯にスタッフが自宅を訪問。たけしさんに確認して「行きたい」という意志があれば、登校をサポートすることにした。
木村「とはいえ、この第三の居場所では、このような取り組みは初めてでした。うまくいくかどうか確信は持てていませんでしたが、とにかくたけしさんが社会から孤立しないように。その想いだけでしたね」
この朝の自宅訪問は、やり方を間違えればたけしさんにとって大きな負担になってしまいかねない。そこで、木村さんたちは本人の意志をとにかく大切にすることにした。
木村「不安が強い時に、無理やり心の扉を他人にこじ開けられなくないだろうなと思ったんです。そもそも、目標は学校に行くことではなく、社会とのつながりを途切れさせないこと。であれば学校に行かせようと焦りすぎる必要はありません。本人の意志を尊重して、少しずつ信頼関係を築いていこうと考えました」
本人の大切にしている世界を、スタッフも大切にする
では、具体的にどのように本人の意志を尊重したのだろうか。そう聞くと木村さんはこう答えてくれた。
木村「スタッフの都合で勝手に訪問するのではなく、行ってよいかどうかを本人に毎回事前確認していました。『来てほしい』と言ってくれた時でも、実際に自宅を訪れると『会いたくない』と拒否されることもありました。そういった場合は『○時までここにいるからね』と伝え、外で少し待つこともありましたね」
意志を確認する、約束を守る、無理強いはしない。この3つを続けているうちに、次第にたけしさんの対応も変わっていったという。
木村「最初のうちは2階の窓から様子を伺っていたのですが、次第に玄関のところまで降りてきてくれるように。そして、最終的には玄関を開けて、家に招き入れてくれるようになりました」
そうやって次第に信頼関係を築いていった結果、最後にはたけしさんが木村さんに「帰らないでほしい」と言うこともあったそう。
最初は他者と話すことに怯えていたたけしさんと、そこまでの信頼関係を築けたのはなぜだろうか。その理由を木村さんはこう分析する。
木村「たけしさんが大切にしている世界を、私たちも大切にしたからかもしれません。たけしさんの宝物のおもちゃがあるのですが、そのおもちゃを私たちも大切に扱ったんです。
そのおもちゃで一緒に遊んだり、おもちゃをテーマに手紙のやりとりをしたり。そうしていくうちに徐々に信頼関係が築かれていったように思うと木村さんは話す。
木村「信頼関係が築けても、すぐに毎日学校へ通学するように促すことはしませんでした。『今日は第三の居場所に行ってみる?』『給食だけ食べに学校に行ってみるのはどう?』のようにスモールステップで社会とのつながりを取り戻すことを意識しました」
児童だけではなく、保護者のサポートも
第三の居場所が取り組んだのは、児童のサポートだけではない。不安を抱える保護者のサポートも同時に大切にした。
木村「保護者の方は、やはりすぐに毎日学校に行ける状態になってほしいという気持ちがあったそうです。そんなとき『無理やり行かせないほうがいいでしょう』などと、気持ちを否定するようなことは言いませんでした。なぜなら、一人で家にいるたけしさんを心配して学校に行ってほしいという保護者の方の気持ちも自然だと思ったからです。だからこそ、最初は否定せず、気持ちを受け止めることを大切にしていました」
とはいえ、学校に行かない期間が長引くと、保護者の焦りも徐々に募っていく。そんな時は、たけしさんの小さな変化を事細かに伝えるようにしたという。
木村「『学校に行く』を目標にすると、小さな変化って見逃してしまいやすいんですよね。そうすると、頑張って少しずつ前に進んでいても『もっと頑張りなさい』と保護者が否定してしまいかねません。そうならないように『この前はインターフォンを押しても反応がありませんでしたが、今日は窓のところまでスタッフの様子を見に来てくれたんですよ』など、前向きな小さな変化をこまめに伝えていました」
保護者もそうした話を聞いてたけしさんへの接し方が徐々に変わっていったという。
木村「今までは小さな変化に気付かず、ついつい怒ってしまっていた、と。でもポジティブな姿をスタッフから聞くと『この子も頑張っているんだな』と思えるようになっていったとおっしゃっていました。たけしさんと一緒に保護者の方も少しずつ変化していったように思います」
第三の居場所が目指す、本質的な支援とは
小さな変化が積み重なり、今では学校に毎日登校するようになったというたけしさん。
「第三の居場所にもよく遊びに来るんですか?」と聞くと「お友達と毎日遊んでいるそうなので、ここにはあまり来ないですよ」と木村さんは笑う。
木村「でも、第三の居場所に来てもらうことが目的ではないので。保護者から、学校にも楽しそうに行っていて、お友達とも毎日遊んでいると聞いているので、安心しています。たけしさんが自分の世界で他者とつながり、自信をもって人生を送れていることが一番なのでうれしいですね」
第三の居場所に必ず「来てもらう」必要はない。第三の居場所は、あくまで児童が前に進めるという自信をもってもらうきっかけをつくる場所だと木村さんは語る。
そして、最後に木村さんはこんなエピソードを教えてくれた。
木村「先々月かな、たけしさんが第三の居場所に久しぶりに来たんですよ。声をかけたら『鍵を忘れちゃって、家に入れないんだよね。でも、困ったら第三の居場所にくればいいなと思って』と。困ったら助けを求められるスキルを身に着けてくれていることも、ここにきたら大丈夫だという安心感をもってくれていることもうれしいなと感じました。これからもそういう場所でありたいですね」
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。