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「昔ばなし」で「恩返し」が巡る社会を。地方創生クリエイター沼田心之介さんが海の民話を紡ぐ理由
- 日本には数多くの民話が存在するが、記録化されずに消滅の危機にあるものも少なくない
- 「海ノ民話のまちプロジェクト」では、全国の海にまつわる民話をアニメ化し無料で配信
- 民話をアニメ化することで、後世に残すだけでなく、地方創生にもつながっている
取材:日本財団ジャーナル編集部
日本にはいくつもの「民話」がある。その中には「海」にまつわるものも多い。それらに込められているのは、海と人とが共存する上での教訓や警鐘だ。
日本人の豊かな暮らしは海との関わりなしには成立しない。一方で、その付き合い方を誤れば、脅威にさらされてしまうこともある。
その思いを、昔の人たちは民話という形で語り継いできた。
その思いが途切れないように、いま新しい形で海の民話を紡ぐ人がいる。地方創生クリエイターの沼田心之介(ぬまた・しんのすけ)さんだ。
一般社団法人日本昔ばなし協会(外部リンク)の代表理事を務める沼田さんは、民話をアニメ化し、現代の子どもたちに届け続けている。そして、2018年にスタートした「海ノ民話のまちプロジェクト」(外部リンク)では、全国各地にある海の民話をアニメ作品にして、そこから学び取れる教訓を後世に残していこうとチャレンジしている。
同プロジェクトは、子どもたちを中心に海への関心や好奇心を喚起し、海の問題解決に向けたアクションの輪を広げる、日本財団「海と日本PROJECT」の一環でもある。
なぜ沼田さんは民話を残すために奮闘しているのか。その胸中を伺った。
民話にはその土地ならではの学びが込められている
2012年4月から2017年3月までテレビ東京系列で放送されていたテレビアニメ『ふるさと再生 日本の昔ばなし』。沼田さんは同番組で音響監督を務めていた。民話に携わるようになった沼田さんのキャリアは、ここからスタートする。
「その後、民話を活用して、もっと自由な活動を展開したいと考えたんです。そこで『一般社団法人日本昔ばなし協会』を立ち上げました。民話に携わるようになり、地方をまわってみると深刻な現状が見えてきたんです。地方には過疎化が進んでいる町が少なくないし、民話がちゃんとした記録(文書など)として残っておらず、保存性が低い。過疎化による町の合併に伴って、民話自体が消えてしまう恐れもあるんです。そんな現状を目の当たりにして、民話をアーカイブとして残さなければいけないと思うようになりました」
沼田さんのその思いが反映されているのが、「海ノ民話のまちプロジェクト」だ。
同プロジェクトでは各地に残っている海の民話をアニメ化し、YouTubeチャンネル「海ノ民話のまちプロジェクト」(外部リンク)上で無料公開。誰もが観られる状態にすることで、1人でも多くの人たちに海の民話が持つメッセージを伝えようとしている。
「民話にはその土地ならではのルールや学びが含まれていることが多い。それらを知ってもらうきっかけになればいいな、と。また、いまは世界中で、SDGs(※)の17の目標が掲げられていますけど、民話にはそれと共通するような教訓がたくさんあります。SDGsはちょっと難しくて分からない……という人にも、民話からなら理解してもらいやすい。そういう意味でも民話が持つ可能性はとても大きいんです」
- ※ 「Sustainable Development Goals」の略。2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標
ただ楽しむだけではなく、そこからさまざまな学びを得る。沼田さんが民話の伝承に取り組む背景には、そんな思いがあるのだ。
地域によっては民話に登場する場所や物が実在
現在、「海ノ民話のまちプロジェクト」では17の民話が「海ノ民話」に認定(2021年9月時点)され、アニメ化されている。
沼田さんを選定委員長に、アニメーション映画監督の杉井(すぎい)ギサブローさん、CGアニメーターで脚本家の杉原(すぎはら)ちゅんさん、まんが日本昔ばなしプロデューサーの藤田健(ふじた・けん)さんといった4人のメンバーによって認定される。
その認定基準とは何なのだろうか?
「基本的には海にまつわる学びがあること。例えば『魚を獲り過ぎてはいけない』とか『この海は危険だから近寄ってはいけない』というように、海の禁忌、海と共に生きる術などが含まれていることが認定基準になっています。それともう1つ、民話の中に登場する物が現在も残っているかどうか。これはとても重要なポイントです。2020年に認定した『お夏と藤平(おなつととうへい)』(岩手県普代村)には、“藤平松”という松の木が出てきます。民話ではこの松の木の下で、お夏がずっと藤平を待っていたとされているんですが、実際にまだ残っているんです。民話の中に登場する物が実在していると、より説得力がありますし、ロマンが感じられますよね」
動画:アニメ うみのむかしばなし「お夏と藤平(おなつととうへい)」岩手県普代村(外部リンク)
同プロジェクトでは、完成したアニメの上映会の際に、地元の子どもたちを対象にフィールドワークも行っているという。
「現地で上映会を行い、その後、子どもたちを連れて民話の舞台となった場所を見に行くんです。その時に民話に登場する物が残っていると、『これがあの民話に出てきた物なのか!』と、より子どもたちの心に入っていきやすいかな、と。なので、それも認定基準に設けているんです」
これまでに認定してきた民話の中で、特に思い出に残っているものを沼田さんに聞いた。
「まずは愛媛県松山市の『おたるがした』。地震が起きて、村が津波にのまれてしまうんです。そして津波が去った海岸に、大きな樽が残される。村人たちは『これは何だろう』と樽を眺めるんですが、段々とばかばかしくなってきて、しまいには笑い出してしまう。笑っているうちに生きる元気を取り戻すというお話です。どんな状況でも、みんなで頑張ろうという前向きさがもらえますよね」
動画:アニメ うみのむかしばなし「おたるがした」愛媛県松山市(外部リンク)
それともう1つ、沼田さんの地元でもある神奈川県藤沢市の江ノ島に残る『五頭龍と弁天様(ごずりゅうとべんてんさま)』も印象深い作品だと話す。
「これは龍が弁天様に惚れてしまい、求婚する物語。舞台となった江ノ島の岩屋洞窟は恋愛スポットとしても有名です。ただし、調べてみると『生贄(いけにえ)として龍に子どもを捧げていた』という話も残っていて、怖い側面もあるんです。もしかしたら、津波を龍にたとえていたのかもしれませんね。民話というのはそうやってさまざまな解釈ができる。そういう意味でも印象に残る民話でした」
動画:アニメ うみのむかしばなし「五頭龍と弁天様(ごずりゅうとべんてんさま)」神奈川県藤沢市(外部リンク)
地方を盛り上げる一因にもなりうる民話の可能性
また、「海ノ民話のまちプロジェクト」は民話を語り継ぐのみならず、“地域おこし”のきっかけにもなっている。
「『おたるがした』をアニメ化した時には、上映会の後、地元の人たちが演劇もしてくださったんです。『五頭龍と弁天様』は、江ノ島の老舗の羊羹(ようかん)屋さんがコラボ商品を開発してくれました。しかも、江ノ島神社に奉納されている塩を使った、本格的なものです。そうやって『海ノ民話のまちプロジェクト』でのアニメ化をきっかけに、地元の人たちが主体的に自分たちの住む地域を盛り上げようとしてくださるのはうれしいです」
沼田さんが手掛けたアニメは、海洋教育を推進する上でのプロモーション素材として自由に使えることになっている。それを受けて、地域の人たちは自由な発想で活用しているというわけだ。
「アニメで描いたキャラクターは好きに使っていただいて構いません。もちろん、それによる売上にはノータッチですし、いろんな商品が生まれたらありがたい。ぼく自身、『民話をフックにして、こんなこともできるんだ!』と驚いているんです」
民話を通して子どもたちに学びを提供するだけではなく、地域を盛り上げるきっかけにもつながっている。地方創生クリエイターとしての沼田さんの活動に秘められた可能性は無限大である。
「『海ノ民話のまちプロジェクト』としては、今後もアニメ作品の数をどんどん増やしていきたい。目標としては47都道府県 × 2本ずつで、トータル100本くらいを目指したいですね。そうすればプロジェクト自体が全国的に広まりますし、結果、日本人が持つ海に対する意識も変わっていくと思うんです。海洋ごみの問題もそうですけど、もっと多くの人に海のことを自分事化してほしいと思っています」
一般社団法人日本昔ばなし協会としては、もっと大きな展望を抱いている。掲げているビジョンは「昔ばなし図書館」「昔ばなし大学」「昔ばなし未来館」「昔ばなしレストラン」「昔ばなしのまち」「昔ばなしランド」の6つ。どれも民話をキーに、教育や食、エンターテインメントなどのジャンルを横断するものだ。
「『昔ばなしランド』は究極の願いですね。日本にまつわるものを活用して、レジャーランドをつくりたい。アトラクションを楽しみながらも何か教訓が得られる、みたいなものができたら、子どもも大人も楽しめると思います。民話の可能性はどんどん広がっていますね」
日本各地に残る民話の中には、埋もれてしまい、人知れず消えていくものも少なくない。それらを掘り起こし、残そうとする沼田さん。その温故知新の姿勢で、これからも日本の未来を切り開いていくのだろう。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
沼田心之介(ぬまた・しんのすけ)
〈プロフィール〉
沼田心之介(ぬまた・しんのすけ)
日本財団「海ノ民話のまちプロジェクト」監督/実行委員長。2005年に株式会社東北新社入社。2012年に株式会社トマソン 入社。テレビアニメ『ふるさと再生日本の昔ばなし』音響監督、脚本、演出を担当。テレビアニメ『ふるさとめぐり日本の昔ばなし』では監督を兼務。2018年に文化庁若手アニメーター育成事業あにめたまご『ミルキーパニック』監督、2019年に『けものフレンズ2』アニメーションプロデューサー等を務める。2019年12月23日に一般社団法人日本昔ばなし協会設立。
一般社団法人日本昔ばなし協会(外部リンク)
海ノ民話のまちプロジェクト(外部リンク)
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