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火星の表面よりも謎に包まれた「海底地形」。100パーセント解明に向けた世界的取り組みと未来の可能性

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世界で最も深いマリアナ海溝の海底地形
この記事のPOINT!
  • 海底地形の情報は津波の予測や船舶の安全航行など暮らしに直結する課題に役立つ
  • 海底地形を解明する動きは日本財団とGEBCOによるプロジェクトで一気に加速
  • 地球の海底地形は15パーセントしか解明されていない。より多くの人の参加と技術革新が必要

執筆:日本財団ジャーナル編集部

1870年にフランスで発行された、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』は、生物学者の主人公が、謎めいたネモ船長の潜水艦「ノーチラス号」に乗り込み、まだ見ぬ海の世界を旅する冒険譚。150年前の物語ながら、海底の神秘と手に汗握るストーリーに、魅了されるファンは多いことだろう。

人類は遠い昔から、まだ見ぬ海底の世界に並々ならぬ関心を抱いてきた。そんな海底に挑み、全地球の海底地形図の完成を目的とするプロジェクトが「The Nippon Foundation-GEBCO Seabed 2030(以下、Seabed 2030)」(別ウィンドウで開く)だ。GEBCO(※)と日本財団が手を組み2017年から始動したこのプロジェクトは2030年までに世界の海底地形の地図を完成させることを目指して、国際機関や研究機関と連携し、海底地形データの収集を行ってきた。

一見、私たちの生活に関わりがないように思える海底地形。それが全て解明されることで得られるもの、そして解明するために必要な取り組みとは何か。

  • GEBCO指導委員会(General Bathymetric Chart of the Oceans Guiding Committee)。国際水路機関(IHO)と国連政府間海洋学委員会(UNESCO-IOC)が共同で推進する、世界唯一の公的な海底地形図を作成する機関

人類未踏の「海底」に挑む

私たちの生活は、地形に関するさまざまな情報によって支えられている。建造物や道路、公共インフラは、地形を踏まえ安全性や環境への影響を考慮しながらつくられており、毎朝の天気予報も地形の情報をなくして予測することはできない。地震だけでなく、近年の大雨による水害や土砂災害を思い出しても、地形情報は防災を考える上で必要不可欠である。

それは陸だけでなく海も同様で、海底の地形が分かれば、潮の流れ、天候、地震、津波などをより正確に予測することができ、船舶の安全航行や防災などさまざまな方面で役に立つ。また、未知の生態系の解明や保全、潮流を利用した発電、新たな資源の解明、医療に役立つ新生物の発見など、海底に秘められた可能性は枚挙にいとまがない。

深刻化が懸念される海の汚染状況についても把握が進む。現在、地球の70パーセント以上を覆う海がプラスチックなどの海ごみで荒らされており、2050年には魚よりプラスチックが多くなる(別ウィンドウで開く)と言われている。海底地形が分かればごみのたまりやすい場所なども分かり、悪化する環境汚染の抑止に貢献できる可能性が出てくるのだ。

海底地形図の作成は、今に始まった話ではない。1903年、海洋学に傾倒していたモナコ大公のアルベール1世の呼びかけがきっかけで海底地形図が作られ始めた。それから約100年、火星や月の表面の解析がほぼ100パーセント進んでいるのに対し、海底地形の解明はその十分の一にも及ばなかった。それを阻んできたのは、波に水圧、光の届かない漆黒の世界、そして圧倒的な人材不足だった。

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1903年に発行された初版の海底地形図

データの収集に必要な専門家や、その分析を行えるスペシャリストは、世界的に不足していた。そこで、日本財団はGEBCOと協力し、2004年からアメリカのニューパンプシャー大学で海底地形図作成の専門家を育てるプログラムを始動。現在(2019年末時点)に至るまでに、40カ国90名のスペシャリストを育成してきた。「Seabed 2030」では、彼らの技術力やネットワークを活用している。

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海底地形データを解析するプログラム修了生

人材育成の取り組みが実を結んだ、世界的競技会での優勝

「Seabed 2030」の旗振りのもと、海底地形の把握は急速化した。2年に満たない間に、アフリカ大陸の大きさを超える3,200万キロメートルの海底地形が明らかになり、プロジェクト始動当時6パーセントしか分かっていなかったものが15パーセントまで解明された。また、1年目42だった協力団体は、2年目には106団体に。こういった研究機関や国際機関の協力なしに海底地形を解明することは難しい。

また、2018年から1年がかりで開催された、海底マッピングの技術を競う国際的なコンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE(以下、XPRIZE)」では、海底地形図作成の専門家育成プログラムを卒業したGEBCO-日本財団アルムナイチームのメンバーが、これまで不可能とされてきた水深4,000mでの無人測量に成功し、見事優勝を果たした。

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2019年5月31日にモナコで開催されたXPRIZE授賞式にて。優勝したGEBCO-日本財団アルムナイチームと日本財団スタッフ

「優勝を語るには、3つのキーワードが欠かせません。それは、多様性、連帯、大きなビジョン。GEBCO-日本財団アルムナイチームの魅力は、メンバーの多様性です。世界各地からさまざまなバックグラウンドを持った専門家たちが集まったことで、多角的な分析や意見交換、課題に対する柔軟な対応ができました。調査を進める中では、たくさんの衝突もあったことでしょう。それを乗り越えられたのは、彼らが時期は違えども、ニューハンプシャー大学で1年間の海底地形図作成について学んだ『同じ釜の飯を食った仲間』である連帯感と、優勝の先にある『海底地形図を作る』という大きな目標があったからだと考えています」

2019年9月18日に東京・虎ノ門ヒルズにて行われたXPRIZE優勝報告会の挨拶で、「Seabed 2030」プロジェクトの発起人である日本財団常務理事・海野光行(うんの・みつゆき)さんは、優勝できた理由をそのように考察した。しかし、海底地図を完成させるには、まだまだ道のりは遠いと言う。

「『完璧な海底地形図を作り上げるには、1000年の年月がかかる』、専門家の間ではそう言われてきました。しかし、今回のXPRIZEの優勝により『600年縮んだね』というコメントをいただきました。うれしいことではありますが、我々は残りの400年を埋めなくてはなりません。それには、さらなる技術の革新と国境にとらわれない専門家たちの団結が不可欠なのです」

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総理官邸でXPRIZEでの優勝を報告するGEBCO-日本財団アルムナイチームのメンバー(写真左から1人目と2人目)

残り85パーセントの解明に向けた道筋

2019年10月にイギリスで開催されたプロジェクトの報告会「The Nippon Foundation-GEBCO Seabed 2030 シンポジウム: From Vision to Action」(別ウィンドウで開く)で、日本財団・笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長は、「世界の海底地形を100パーセント解明することは決して容易なことではない」「今まで実施してきたことを継続するだけで到達できるゴールではない」とした上で、2030年の目標達成に向けて、今後必要な取り組みについて次の3つの方向性を提示した。

  1. 未開拓海域でのマッピングの促進
  2. クラウドソーシングによる海底地形データの収集
  3. データ収集の技術革新という3つの方向性

「プロジェクトの目標を達成するために、今後力を入れていかなくてはいけない領域が3つあります。1つ目は未開拓海域でのマッピングの促進。これまで調査が難しかった海域については、公的機関と民間セクターとの協力が重要であると思います。2つ目はクラウドソーシングによる海底地形データの収集。データの収集をより早く進めていくには、専門知識がない人たちでもデータ収集に気軽に参加できるような仕組みづくりが必要かもしれません。3つ目はデータ収集の技術革新です。XPRIZEでは、GEBCO-日本財団アルムナイチームが優勝しました。彼らはこのコンペティションを通して今までは不可能とされていた水深4,000mでの無人測量を可能にするシステムを開発することに成功しました。そういった海底地形データを効果的に収集するための技術革新をより一層促進させるようなコンペティションの開催も検討していきたいと考えています」

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海底調査を終えたGEBCO-日本財団アルムナイチームの自立型無人潜水機AUV(写真右)が、その母艦となる無人調査船USV(写真左)に戻る様子

大航海時代に白人で初めてのアメリカ大陸到達を遂げたコロンブス、人類で初めて南極点に立ったロアール・アムンセン、人類初の月面着陸に世界が湧いたアポロ11号…。これまで、たくさんの冒険家や探検家が、未知の領域に挑んできた。彼らを後押ししたのは、好奇心と不屈のチャレンジ精神、そしてさまざまな人たちのサポートであったに違いない。人類にとって夢物語であった、ジュール・ヴェルヌの世界を私たちが見ることができる日も近いのかもしれない。

撮影:富永夏子

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