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きっかけは「子どもの貧困問題」。元ホームレスの男性が営む食堂がつなぐ「縁」
- 貧困家庭に育つ子どもは教育や体験機会に乏しく、将来も貧困から抜け出せない傾向に
- 子どもの貧困問題を知り、元ホームレスの男性が「子どもがお小遣いで買える」食堂を経営
- 1品50円で買える食堂は、地域のコミュニティと化し、多くの人の支えになっている
執筆:日本財団ジャーナル編集部
現在、日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあると言われており、これはOECD(※)加盟国の中で最悪の水準にある。
- ※ 「Organisation for Economic Co-operation and Development(経済協力開発機構)」の略で、ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め38カ国の先進国が加盟する国際機関
「貧困」という言葉のイメージから「その日の衣食住もままならない」という状態を想像しがちだが、それは「絶対的貧困」と呼ばれるもので、日本における「子どもの貧困」とは「相対的貧困」のことを指す。
相対的貧困とは国の文化水準、生活水準と比較して困窮した状態。具体的には「世帯の所得がその国の等価可処分所得の中央値の半分に満たない状態」と定義付けられている。
図表:相対的貧困率(所得面からみた相対的貧困の指標)の推移
親とのショッピング、夏休みの旅行、進学のための塾通い、家族で食卓を囲んでの団らん……。相対的貧困状態にある家庭で育つ子どもは、こういった教育や体験の機会に乏しく、医療や食事、学習、進学などの面で不利な状況に置かれ、将来も貧困から抜け出せない傾向があることが明らかになりつつある。子どもの貧困の解決は日本における喫緊の課題となっている。
そんな子どもの貧困問題を知り、自分にできることからと行動を起こした人がいる。
※この記事は、日本財団公式YouTubeチャンネル「ONEDAYs」の動画「【ホームレスを5年】50円食堂を営む男性の1日に密着してみた」(外部リンク)を編集したものです
ホームレス時代に知った、子どもの貧困問題
「28歳まで食品関係の会社に勤めていました。その後、退職して、転職を考えていたんですけど、そこから無気力状態が続いてしまったんですよね。7〜8年くらい引きこもって、そこから5年はホームレス生活です。貯金はいくらかあったので切り詰めながら、1日100円〜200円で生活をしていました」
そう語るのは、愛知県名古屋市で「50円おにぎり食堂」を営む佐藤秀一(さとう・ひでかず)さん、通称ヒデさんだ。
ヒデさんは『ビッグイシュー(※)』の販売を始め、4年ほどかけホームレス生活から脱却する。
- ※ 1991年にロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊した冊子で、有限会社ビッグイシュー日本が展開するホームレス自立支援事業。販売をホームレスに委託し、当人が路上販売することで利益を得る仕組み
「ビッグイシューを販売している頃に知ったのが、子どもの貧困問題です。年収200万前後の家庭の子が1クラスに6人から7人いるというニュースを目にしまして。生活困窮者に対し『自己責任だ』という批判を耳にしますけど、そういった家庭の子どもに何も罪はないですよね?だから『誰かが助けなければいけない』、そういう思いが芽生えたんです」
1つ50円。子どもがお小遣いで買える食堂
子どもの貧困問題にショックを受けてから15年後、ヒデさんは元々興味のあった「食」でアクションを起こす。それが2016年名古屋市中村区役所の一角にオープンした「50円おにぎり食堂」だ。
店内ではセルフサービス方式で、おにぎりだけでなく、ひじきの煮物、卵焼き、味噌汁、おでんなど豊富なメニューが並び、店名が示す通り、ほとんどのメニューが1つ50円で販売されている。その価格には「子どものお小遣いでも買えるように」という、ヒデさんの思いが込められている。
「料理自体は、どこかのお店で修業を積んだわけじゃないんです。ただの家庭料理の延長。料理を作ること自体はもともと好きだったので」
一緒にお店を切り盛りするのは、公私共にパートナーであるアイさん。ヒデさんとは10年前にとある講演会で知り合ったという。
お店は朝11時にオープン。営業開始と同時にたくさんのお客さんが来店する。3、4人分まとめて買っていく人も多く、1日に使うお米の量はなんと約6升(1升は約1.5キログラム)。これはおにぎり約250個分に相当する。
「250個も握るから、一時期腱鞘炎(けんしょうえん)になっちゃって」と、笑いながらヒデさんは話す。
いつの間にか老若男女が集まるコミュニティに
「いざオープンしてみると、最初に需要があったのはひとり暮らしのお年寄りの方でした。『ご飯は炊くからおかずがほしい』といった理由で、『かぼちゃの煮物がほしい』『ひじきが食べたい』などいろいろ要望を聞いているうちにお惣菜の種類も増えていきまして。そうしたら、今度は若い方も来るようになったんですよね。次第にいろいろな年代の人が集まるようになりました」
お店をよく利用するお客さんたちの理由は、決して価格が安いだけではない。
「職場が近いのでほぼ毎日来ています。お弁当を作るよりおいしいし、栄養もある」「惣菜がおいしいの。うちで作れば高いでしょ?ガス代もかかるし」と、とあるお客さん。
もともと子どものためにと、味も栄養バランスにもこだわったヒデさんの料理に、多くのリピーターがついている。子どもの貧困問題をきっかけに始めた「50円おにぎり食堂」は、多様な人々が集まる地域のコミュニティのような役目を果たしている。
お客さんの中には、ヒデさんの活動に共感し、食材やお金を寄付してくれる人も多い。
「近所でさつまいもを出荷している方から規格外のものを安く譲っていただいたので、うちにある野菜と一緒に持ってきました。このお店なら有意義に使ってくれますから」と、食材を寄付したお客さんは話す。
店内にある募金箱の中には、ヒデさんへの感謝の言葉を綴った手紙も。
「50円食堂さま。誰もが気軽に立ち寄れる食堂の運営を続けてくださりありがとうございます。コロナで大変かと思いますが、この食堂で救われている人もたくさんいると思います」
赤字ギリギリだという「50円おにぎり食堂」は、こうしたお客さんからの差し入れや寄付によっても支えられているのだ。
迫るタイムリミット。「おいしい」という言葉を原動力に
そんな大勢の人たちから愛される「50円おにぎり食堂」には、「閉店」のタイムリミットが迫っている。
「2023年の1月に食堂がある中村区役所自体が移転をするんですよ。どちらにしても、それまでしか営業できないので、あと1年くらいで幕を閉じると思います。『みんなの場所』になってきているので、なんとか守れる限りは守っていきたいのですが」
そんなお店への強い想いを口にするヒデさんには、原動力となる言葉がある。
「『安くて助かる』という声も、そういう目的でやっているからうれしいんですけど、料理を作っている側からすると、やっぱり『おいしい』って言ってもらえるのが一番うれしい。『今日もおいしかった』と言ってもらえると、明日も頑張るか!となりますね」
お店の営業終了後、パートナーのアイさんといつも立ち寄る場所があるという。それはコンビニエンスストア。缶ビールを購入し、帰り道で「お疲れさま」の乾杯が2人の日課になっているそう。
「この一杯のために働いている」と、ヒデさんは笑う。
子どもの貧困問題から始まった「50円おにぎり食堂」は、いつしかヒデさんにとっても地域の人にとってもかけがえのない場所になった。ここで生まれた優しいつながりは、貧困家庭に限らず多くの人を生きやすくしていることだろう。
【ホームレスを5年】50円食堂を営む男性の1日に密着してみた(動画:外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。