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シニアが主役のスポーツ・文化の祭典「ねんりんピック」から探る高齢化社会の健康づくり
- 2030年には3割が65歳以上に。高齢化する日本社会を支えるには、公的支援だけでなく、個々の健康管理が不可欠
- 厚生労働省では、スポーツなどを通じた交流を目的とする「ねんりんピック」を毎年開催
- 長く楽しめる趣味や生きがい、一緒に楽しむ仲間の存在が健康寿命(※)を延ばす
- ※ 日常的、継続的な医療・介護に依存することなく、自立した生活ができる期間のこと
取材:日本財団ジャーナル編集部
2007年に65歳以上の高齢者率が21パーセントを超え、「超高齢社会(※)」に突入した日本。総務省統計局が2021年に行った「高齢者の人口」に関する調査によると、65歳以上の高齢者が総人口の29.1パーセントとなっており、2030年には全人口の約3割が65歳以上になると予想されている。
- ※ 人口に対する65歳以上の割合が7パーセントを超える社会の状態を指す「高齢化社会」。その割合が14パーセントを超えると「高齢社会」、21パーセントを超えると「超高齢社会」という
図表:日本の人口における64歳以下と65歳以上の推移
それに伴って、65歳以上の高齢者が65歳以上の高齢者の世話をする「老老(ろうろう)介護」や、認知症の高齢者が認知症の高齢者の世話をする「認認(にんにん)介護」の増加など、数々の介護問題が起きている。
こうした超高齢社会を支えるためには、介護保険制度の見直しなど国による支援はもちろん、高齢者一人一人が健康寿命を延ばし介護予防に取り組むこと、また医療や介護が必要になったとしても住み慣れた場所で自分らしく生活できる地域づくりが重要だ。
厚生労働省の認知症施策・地域介護推進課では、そうした高齢者の健康推進のため1年に1度「全国健康福祉祭(ねんりんピック)」(外部リンク)という一大イベントを開催。60歳以上を中心に行われるスポーツや文化の祭典で、“シニア版の国体”と呼ばれることもある。
2020年、2021年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で中止となったが、2022年は3年ぶりの開催へ。11月12日から15日の4日間にかけて、神奈川県を舞台に展開される。
今回、高齢化が進む日本の介護問題を解決するヒントを探るため、同省同課長の笹子宗一郎(ささご・そういちろう)さん、そして「ねんりんピックかながわ2022」(外部リンク)に参加するラグビーチーム「神奈川不惑(ふわく)クラブ(通称:神惑)」(外部リンク)の会長・市橋健次(いちはし・けんじ)さん、同副会長の巴久之(ともえ・ひさゆき)さん、浅岡栄(あさおか・さかえ)さんに話を聞いた。
高齢者だけでなくあらゆる年代がつながるイベント
誰もが健康で、元気にいきいきと暮らせる健康長寿社会づくり、そして年齢や性別を問わずさまざまな人々が触れ合い、交流を深めることで笑顔あふれる地域共生社会の実現を目指して行われる「ねんりんピック」。厚生省(現:厚生労働省)創立50周年を記念して1988年に兵庫県で開催されて以来、全国各地を会場に行われてきた。
第34回目となる2022年の舞台は神奈川県で、過去最多となる32種目が予定されており、卓球やマラソン、水泳、サッカーといったスポーツ競技だけでなく、囲碁や将棋、俳句、健康マージャン(※)などの文化種目も含まれる。
- ※ お酒を飲まない、タバコを吸わない、お金を賭けないという、従来の麻雀のイメージが持つ不健康要素3つを排除した健康的な麻雀のことを指す
「ねんりんピックの最大の目的は、競い合うことではなく、地域のあらゆる世代の方々が交流を深めることにあります。高齢者の方々の健康状態はさまざまですから、より多くの方に参加していただけるよう、スポーツだけでなく、美術展や音楽文化祭、地域文化を伝承する催しなど、高齢者を主体にたくさんのイベントを企画しているところが特徴ですね。こうした関連イベントを含め、毎年50〜60万人の方にご参加いただいており、地域活性化や経済効果にも期待ができます」
ねんりんピックへの参加がモチベーションになって、出場者の健康づくりや、生きがいづくりにもなっているという。
定年退職後など、社会的なつながりが薄くなることで生まれる孤独感は、さまざまな病気や認知機能低下のリスクを高めると言われており、「ねんりんピックに出場するために頑張ろう!」と目標を持つことは、認知症予防や心身の健康維持にもつながっている。
今回はコロナの影響もあり3年ぶりの開催とあって、開催地をはじめ、全国各地の出場希望者が今か今かと開会式の日を待ちわびている。
ラグビーを生涯スポーツとして周知したい
今回、ラグビー競技に出場する3人の選手に話を聞くことができた。
皆さんが所属する神奈川不惑クラブは、38歳以上(上は年齢制限なし)、性別不問、神奈川県に在住または在勤の中高年370名以上が所属するラグビークラブ。毎週末に横浜市内のグラウンドで練習を行うほか、各地のクラブチームとの練習試合や交流戦、アフターマッチ・ファンクション(試合後の交流会)など、ラグビーを生涯スポーツとして楽しむべく、活動を行っている。
「神奈川県がねんりんピックのラグビー競技に参加するのは、今回が初めてなんですよ。神奈川でねんりんピックが開催されると知った時、『ぜひともラグビーで参加をしたい!』と私たちから神奈川県ラグビーフットボール協会に申し出ました。政令指定都市(※)を除く市町村は、県を代表するチームとして出場するという規定があるため、今回は神奈川県、横浜市、川崎市の3チームで出場します」
- ※ 日本の地方公共団体の1つ。法定人口が50万人以上で、なおかつ政令で指定された市のこと
そう話す市橋さんは17歳でラグビーを始め、20代には兵庫県のクラブチームに所属、兵庫県クラブ選抜メンバーとして関西協会府県大会に出場した。社会人チームを引退後、42歳の時に神奈川不惑クラブに加入。今回は神奈川県チーム代表として出場する。
横浜市チーム代表として参加する巴さんは、15歳でラグビーと出会い、高校、社会人時代には神奈川県選抜メンバーに選ばれるほどの実力の持ち主。時には自分を犠牲にしながら、ゴールに向かって1つのボールをつなぐラグビーは、人生に通じるものがあるという。
「1チーム15人の仲間とボールをつなぎ、最後にトライ(※)をする瞬間は感動的ですよね。諸説あるようですが、横浜は日本ラグビー発祥の地と聞いております。今回の参加をきっかけに、2023年以降もラグビーでのねんりんピック出場を目指せるよう、生涯スポーツとしてのラグビーを県内に普及させたいですね」
- ※ ラグビーにおける得点方法の1つ。相手のゴール領域にボールを接地(グラウンディング)させること
川崎市チーム代表の浅岡さんは、大学1年生で始めて以来、ラグビー歴54年の大ベテラン。社会人チームを引退後、10年間のブランクを経て神奈川不惑クラブに加入した。
「ラグビーは紳士のスポーツですが、グラウンドでは闘争本能を前面に出して全力で相手とぶち当たります。一方で、ケンカにならないよう、常に互いにジェントル(紳士的態度)さを持ち続けることも必要です。今回、川崎市チームに選ばれたことで新たに交流が増えました。すごく楽しいです、ただ他のメンバーには負けたくないですね(笑)」
仲間と汗をかく楽しさは、年齢を重ねても変わらない
50年にわたりラグビーをプレーしている市橋さんは、長く続けている理由や、その楽しみをこう語る。
「仲間の存在が大きいですね。会社など組織の中でも仲間はできますが、退職した途端に連絡が途絶えてしまう人がほとんどです。毎週、集まって練習を行い、同じ目標に向かって頑張る仲間の存在は、年齢を重ねるほど貴重なんですよ」
同じ質問に巴さんも答える。
「職場以外の人と触れ合って、体と体をぶつけ合う。そこには肩書きや職種は存在しません。これが醍醐味ですね。『ラグビーは少年をいち早く大人にし、大人にいつまでも少年の心を抱かせる』という、有名ラグビー選手の名言があります。私も初めてラグビーボールを追いかけた中学3年生の頃と、同じ気持ちでボールを追いかけています」
当然ながら、年齢を重ねるほど筋肉や体力は衰え、若い頃と同じスピードでは走れない、けがをしやすくなるなどさまざまな変化はあるが、運動を続けているからこそ、自分の体の変化に気付き、年齢に応じた体との付き合い方ができるようになるそうだ。
また、全力でラグビーを楽しむために、巴さんは「努力目標ですが(笑)」と付け加えた上で、ウォーキングを含めた1日1時間の運動、お酒の量を減らすといった、普段の生活にも気を遣っているとのこと。
現在73歳の浅岡さんはねんりんピック出場をきっかけに、スポーツジムに通う回数を増やしたという。最近、体力測定を行なったところ、体力年齢が58歳という驚きの結果が出た。
「私が51歳で再びラグビーを始めたのは、健康維持のためでした。それまでもジムに通ったりランニングしたりと運動はしていたのですが、一人では続かなかったんですね。やっぱり、自分がやりたいことを応援してくれる人や、一緒に楽しむ人がいるということは、長く楽しく生きるための1つの要素ではないかと思います」
今回、取材に応じてくれた神奈川不惑クラブの皆さんは、加齢をポジティブに捉え、常に「いまの自分」と向き合いながらラグビーを楽しんでいる姿が印象的だった。
ちなみに、ねんりんピックに出場を目指して新しいことに挑戦したり、60代を過ぎてから未経験で神奈川不惑クラブに入団したりする高齢者も少なくないのだとか。年齢に関係なく、自分の可能性を信じて、新しいことに挑戦し続ける姿勢が、健康寿命を延ばす秘訣かもしれない。
最後に、取材の中で厚生労働省の笹子さんが、超高齢社会において重要だと指摘した「フレイル」という言葉と、認知症施策・地域介護推進課が取り組んでいる活動について紹介したい。
「フレイルは、日本老年医学会が2014年に提唱した『Frailty(虚弱)』を語源とする概念で、健康な状態と要介護状態の中間を意味する言葉です。フレイル対策には栄養、運動、社会参加の3つが重要と言われており、私たちはこうしたフレイル対策の知識を広めることが重要だと考えています。高齢者の方々には、これまで培った知識や経験、地域のネットワークを活用し、楽しみながら元気になっていただく。同時に、地域やさまざまな団体と連携を取りながら、医療や介護が必要な方には必要なサービスが確実に提供できる基盤を提供する。こういった『地域包括ケアシステム』を構築することこそが、超高齢社会への有効な対策だと、私たちは考えています」
取材を通して、超高齢社会という課題は、国の仕組みづくり、そして国民一人一人が健康を維持すること、すなわち社会と個人のどちらもが、意識を持って取り組んでいかないと解決できない問題だということを改めて認識した。
しかし、「どんな年齢になっても新しいことは始められるし、仲間づくりの場所はある」ということも、笹子さんと、神奈川不惑クラブへの取材を通じて実感できた。歳を重ねることへの楽しみが、1つ増えた気がする。
写真:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。