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世代を超えて楽しめる「大衆娯楽」で地域へ恩返し。世界初の「NPOプロレス団体」の志

写真:九州プロレスのロゴの前で決めポーズをとる筑前りょう太さん
九州7県を中心に活動に取り組むNPO法人九州プロレス理事長の筑前りょう太さん
この記事のPOINT!
  • 多様化の時代でも、世代や性別を超えて一緒に楽しめるのがプロレスの魅力
  • 体を動かし、全身で直接ぶつかり合う経験を通じて、青少年の心身育成をサポート
  • 地域にプロスポーツが根付くことで活気を生み、住む人たちの愛着や誇りも高まる

取材:日本財団ジャーナル編集部

2008年7月に福岡県福岡市で旗揚げされた九州プロレス(外部リンク)は、12名からなる九州出身の所属レスラーたちを中心とした世界初(設立当時)のプロレスNPO法人だ。

「九州ば元気にするバイ!(九州を元気にするぞ!)」を使命に掲げ、プロレスを通じて九州に住む約1,300万人に元気を届け、いきいきと暮らせるまちづくりを実現することを目指している。

活動は4つの柱からなる。

  1. 「試合」によるまちおこし。乱闘や流血のない「家族で楽しめるエンターテインメント」としてパフォーマンスを展開。九州各地の自治体などと組んで入場無料試合も行われている
  2. 不登校に悩む中高生に向けたプロレス授業や小学生から大学生向けの講演会、保育園・幼稚園へのレスラー訪問といった「青少年健全育成」
  3. 高齢者や障害者の「施設訪問」
  4. 格闘技教室やプロレス体験型の社員研修といった「人材育成」

発足から14年間、地域にあるニーズを柔軟に汲み取りながら精力的に活動を続けている。

大衆娯楽として親しまれてきたプロレスが、地域社会にどのような力を与えるのか。そして活動を通じて見えてきた地方活性化の課題とは?九州プロレスの理事長を務めるプロレスラーの筑前りょう太さん(ちくぜん・りょうた)に話を伺った。

「誰か」ではなく自分たちの手で、九州を元気にしていきたい

――なぜ「九州プロレス」を立ち上げようと思ったのか、きっかけについて教えていただけますか。

筑前さん(以下、敬称略):私は小学3年生の時に初代タイガーマスクを見て以来プロレスが大好きで、大学時代から学生プロレスをスタート。その後、世界一のプロレスラーを目指してメキシコに渡り、日本に戻ってからも長年リングに立ってきました。しかし「世界一」になる難しさに度々直面し、挫折して生まれ故郷の福岡県に帰ってきたんです。勝手に出て行き、勝手に失敗して戻った私のことを、家族や友人をはじめとする地域の方々は大変温かく迎え入れてくれました。そのとき「自分にできる形でこの土地に恩返しができないか」と感じたんです。

そこで思い出したのが、1954年から始まった「昭和のプロレスブーム」のことです。まだ家庭にテレビがない時代、街頭テレビの前には多くの人々が集まり、プロレスラー・力道山の試合をわいわいと観戦。戦後の日本に大きな活力を与え、復興を支えました。今も昔もプロレスは、お年寄りから子どもまで楽しめる「大衆娯楽」です。家族のあり方や趣味が多様化する現代社会だからこそ、誰もが集い合って楽しめる場が必要で、試合展開が分かりやすいプロレスの存在はその役割にうってつけ。プロレスという装置を使えば、九州各地をもっと元気にできるかもしれない。そんなアイデアが湧いてきました。

また、プロレス界は熱心なファンに支えられていますが、地域社会に対する役割を担うことでプロレスラーにもこれまでにないやりがいが生まれ、プロレスをさらに盛り上げていこうと奮起できる。そういう相乗効果もあるのではないかと考えたんです。そこで2008年に九州プロレスの旗揚げに至りました。

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九州プロレスの旗揚げの経緯について語る筑前さん

――「世界初」のプロレスNPO法人となりましたが、なぜNPOという形態を選んだのでしょう。

筑前:先ほどお話ししたビジョンを私の母に話したところ、「NPOにしてみたら?」とアドバイスをもらったのがきっかけです。というのも、母自身がNPOの形でデイケア施設や託児所の運営をしていたからです。最初はどういう仕組みなのかちんぷんかんぷんでしたが、調べるほどに「九州の元気に貢献したい」というビジョンを最も表現できる形態だと感じ、NPO法人での活動を選びました。企業理念は「九州ば元気にするバイ!」。あえて方言にしたのには「誰かではなく、九州を拠点とする私たちの手でこの島を元気にしていこう」という思いを込めています。

――現在は、九州地方にある課題を解決するため、さまざまな社会貢献活動を行っていらっしゃいますね。

筑前:プロレス団体として、代表的な活動が「試合」です。九州プロレスの試合は乱闘や流血がないのが特徴なので、「家族みんなで楽しめるエンターテインメント」としてお年寄りから小さな子どもまで安心して応援に来ていただけるんです。各種大会やイベントとして年間約50試合を開催しますが、その中には九州各地の自治体などとタッグを組んだ入場無料試合があります。

日本の多くの地方がそうであるように、九州もまた少子高齢化による過疎の問題を抱えており、福岡市などの都市部に若年層が流入することで、活気を失ってしまう地方があるんです。福岡市に拠点がある私たちは活気をお預かりしている立場ですから、人口減少に悩む地域や自治体で無料試合を催すことで活性化に貢献したい。住んでいる地元の市町村で、プロレスラーのパフォーマンスをどなたでも無料で観られるめったにない機会とあって、ファミリー層を中心に幅広い年代にご来場いただいています。「試合を見て元気をもらった」「選手の姿に勇気づけられた」など多くの方から喜びの声をいただき、それが活動の励みにもなっていますね。

また、九州プロレスには九州出身の選手が多数いますので、お住まいの地域とゆかりのある選手に思い入れを持って観ていただける、というのも魅力の1つだと考えています。

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2022年7月2日に宮崎県都城市で開催された無料試合の様子。試合は野崎広大選手(下)VS阿蘇山選手。なお、コロナ禍での無料試合は、感染防止対策として、会場での声援やブーイングは禁止とし、応援は拍手に限って開催されている
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2021年10月に佐賀県吉野ヶ里歴史公園で開催された無料試合の様子。多くの観衆で賑わった

仲間に笑い飛ばされると等身大の自分になれる

――子どもや学生に対する「青少年健全育成」を視野に入れた活動も行っているそうですね。

筑前:1つが福岡県古賀市のフリースクール玄海(外部リンク)と協働した「プロレス授業」で、これは九州プロレス創業時から行っているものです。同校は不登校や引きこもりの状態を抱える男子生徒を全国から受け入れており、週に1度私たちの道場にやって来てレスラーの指導のもとで運動やスパーリングをしています。

体が固まっているのか、最初は前転もうまくできない子が多いのですが、そんな自分をもさらけ出して、言葉では隠しようのない状況に文字どおり裸で突っ込み、肉体をぶつけ合ってもらう。うまく体が動かなくて恥ずかしいときも、仲間に堂々と笑い飛ばしてもらううちに等身大の自分に気が付き、心と心で触れ合えるようになっていくんです。

一年間練習を重ねた後は、親御さんを招いた卒業試合も行います。パフォーマンスの演出から試合の進行管理まで、全て生徒自身が行うのですが、自ら考えたヘンテコなリングネームを付け、中には顔にペイントを施して登場する生徒も。会場は爆笑に包まれますが、お子さんたちの成長した姿を見た親御さんたちの中には「以前からすると嘘のよう。1年間よく頑張ったな」と涙を流される方もいらっしゃいます。生徒たちが持っている本来の輝きが、練習を重ねるほど表情から現れてくる様子は何回見ても感動しますね。

レフリーに手を掲げられる、試合で引き分けとなった生徒たちたち
観客のマスク着用や応援制限など、コロナウイルス感染防止策を徹底し、2021年3月に行われたフリースクール玄海での卒業試合の様子。選手はもちろん、レフリー、進行管理も全て生徒たちが行う
逆エビ固めを決める生徒と決められる生徒
2021年3月に行われたフリースクール玄海での卒業試合の様子。プロ選手顔負けの大技も披露

――保育園や幼稚園への訪問を通じ、子どもとプロレスラーとの触れ合いの場も提供しているのだとか。

筑前:子どもに対する活動は、試合と変わらないほど大切だと考えています。プロレスラーの体って健康そのものじゃないですか。それを間近で見てもらうことで、好き嫌いなく食べることやしっかり睡眠を摂ることの大切さが言葉を越えて伝えられると思うんです。それに私たちプロスポーツ選手は、小さい頃からの夢を叶えさせてもらった存在でもあります。夢を持ち、実現に向けて努力を重ねることについて私たちだから伝えられることがあるはずではないか、と。

子どもたちだけでなく、高齢者施設や障害者施設にも訪問を続けています。目の前でパフォーマンスを見せると、そこにいる人たちの顔がパッと明るくなる。こういった活動は全て、パートナーとなってくれている応援企業の協賛金によって賄われています。一緒に九州を元気にしようとする仲間がいるから続けてこられた、その感謝を忘れたことはありません。

2022年7月に幼稚園に訪問し、子どもたちと触れ合う九州プロレスのめんたい☆キッド選手
2022年6月に老人ホームに訪問し、利用者の皆さんと触れ合う九州プロレスの阿蘇山選手

――2016年には熊本地震がありましたが、熊本でのチャリティプロレスも実施されていますね。

筑前:被災した地域ですぐに必要なのは食料やインフラです。でも、それらの復旧がなされた後こそ、私たちが少しでも元気を届けたい。今でもまだ余震が続く状況ですから、住民の方たちもどこか気が抜けないはず。継続して支援していくことが一番だと思いますので、あれから6年が経ちましたが毎年チャリティ試合を開催しています。

写真:リング上に集合し「がんばるバイ熊本」のプレートを胸に掲げる九州プロレスの選手たち
2016年4月に行われた熊本地震の復興支援大会の様子

福岡ドームで設立20周年記念大会をするのが夢

――新型コロナウイルスの流行は、「九州プロレス」の活動に影響を与えましたか?

筑前:5カ月間試合ができなかったので、その間は動画で元気を届けようとYouTube(動画・外部リンク)に挑戦したのですが、ちっともアクセスが伸びませんでした。こんなに影響力を持ち得ていないとは、私たちは12年間何をやってきたのかと(笑)。大切な選手たちが知られないまま辞めていくなんて事態には絶対にしたくない、と一気に組織体制を変えて営業スタッフを倍の人数にしました。

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2021年10月に福岡大学で「ベンチャー起業論」の講義を行う筑前さん

それまでは選手たちも練習の傍らで営業活動を行っていたのですが、コロナ禍以降はトレーニングに専念してもらい、今よりもっと熱い試合でより大きな元気をリング上から発信してもらおうとしています。結果的に選手とフロント業務、双方のプロ化が進み、事業体としての効率がアップしたと思います。

――これからも活動を続けていくにあたり、未来に向けたビジョンを教えてください。

筑前:2028年に九州プロレスは設立20周年を迎えます。その記念大会を福岡ドームで行うことが私たちの夢です。プロレスはルールが理解できなくても分かりやすいパフォーマンスで誰もが楽しめますし、どんな格好でも観戦できるので、世代や境遇を越えて愛されていました。その在り方が「大衆娯楽」としてのプロレスの役割を象徴しているな、と思ったんです。

九州に根付いたプロチームとして九州を元気にしていきたい。プロレスに興味がある人も興味がない人も、たくさんの人を笑顔にできる九州プロレスでありたい。そうして地域へ恩を返しすることで、それが日本や世界を元気にすることにもつながる、と考えています。

写真:目標を笑顔で語る筑前さん
九州プロレス設立20周年を記念し、2028年の福岡ドームでの興行を目指す筑前さん

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

筑前りょう太(ちくぜん・りょうた)

プロレスラー。1973年、福岡市志免町生まれ。185㎝100㎏の恵まれた体格で、大学在学中から学生プロレスに参加。1997年にメキシコに渡り、メキシカンスタイルのプロレス「ルチャリブレ」を修業。翌年ミル・マスカラス戦でプロデビューを果たす。帰国後、2002年に「KAIENTAI-DOJO」に入団。実績を残す傍ら、新日本プロレスでは覆面レスラー・魔界2号としても活躍。2008年に帰郷し「九州プロレス」を旗揚げする。
NPO法人九州プロレス 公式サイト(外部リンク)