日本財団ジャーナル

【災害を風化させない】熊本の復興を支える元サッカー日本代表・巻誠一郎さんが伝えたい、被災地の今、災害の教訓(連載第5回)

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元サッカー日本代表で、現在はNPO法人ユアアクションの代表を務める巻誠一郎さん
この記事のPOINT!
  • 大地震に豪雨、2度の大災害に見舞われた熊本。復興にはまだまだ時間が必要
  • 復興支援の原動力は「応援してくれた地域の人たちを助けたい」という気持ち
  • 災害の多い日本。大切なのは「自分が被災者になるかもしれない」と常に意識し、備えること

取材:日本財団ジャーナル編集部

2021年は、東日本大震災から10年、熊本地震から5年といった、未曾有の被害をもたらした大震災の大きな節目となる年。連載「災害を風化させない」では、復旧・復興に取り組んできた人々のインタビューを中心に、今もなお活動を続ける人々の声を通して、災害に強いまちづくり、国づくりを考える。

第5回目は、2018年まで日本を代表するプロサッカー選手として活躍し、現在はNPO法人ユアアクション(別ウィンドウで開く)の代表として、地元・熊本県の復興を支援する活動に邁進している巻誠一郎さんにお話を伺う。

巻さん率いるユアアクションは、日本財団がアスリートの社会貢献活動を促進するために立ち上げた「HEROs Sportsmanship for the future」(別ウィンドウで開く)プロジェクトの一つで、スポーツの力を生かし社会貢献活動に取り組むアスリートや団体を表彰する「HEROs AWARD」(別ウィンドウで開く)の2019年の受賞団体でもある。

巻さんが支援活動を通して見えてきた復興への課題、そして熊本への想い。穏やかに、けれども熱いものを感じさせる巻さんの胸の内とは。

被災者でありながらも支援をするために立ち上がった

ここ5年の間に、熊本は立て続けに災害に見舞われた。1つは2016年4月に発生した熊本地震。もう1つが2020年7月に起きた熊本豪雨だ。

熊本地震では、家屋の倒壊や土砂崩れなどにより死者273人(関連死218人含む)を出し、全壊・半壊・一部損壊した家屋は約17万棟にのぼった。

また熊本豪雨は、河川の氾濫や土砂災害により、死者65人、行方不明者2人を出し、全半壊が4,600棟以上、床上浸水が1,500棟以上という家屋被害をもたらした。

そんな熊本の復興のために立ち上がり、今も懸命な支援活動を行なっているのが巻さんだ。

「熊本地震が発生した時、ぼくは現地にいたんです。ちょうど実家に帰省していたタイミングでの被災でした。必死で逃げて、夜が明けたら被害状況が明るみになった。想像以上でした。そこで身近な家族や友人をサポートするために、その日のうちに支援団体を立ち上げたんです」

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発災当時のことを思い出しながら、静かに話し出す巻さん

自身も被災者でありながら「周囲の人たちにためにできることをしたい」と思い立った巻さん。その行動力には脱帽するばかりだ。

「妻と子どもたちは、大阪にある妻の実家に避難させました。そうして僕だけが熊本に残り、荒れ果てた実家に寝泊まりして、約3カ月にわたって支援活動を続けたんです。ネットにはフェイクニュースが溢れていたので、まずは正確な情報を受け取ることができるコミュニティを作りました。そのうち、全国にいる経営者仲間から『物資を送りたい』とたくさん連絡をもらい、物資を運ぶためのルートを確保。それ以外にも必要なものを購入するため、資金を募るための口座も開設しました」

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熊本地震の避難所で、自ら物資を運び出す巻さん(巻さんより写真提供)

目まぐるしい状況下で冷静な判断を下し、適切な行動を取る。それは簡単にできることではない。

でも、巻さんにはそれができた。そこで生きたのは、アスリートとしての経験だったという。

「日本代表に選ばれたり、海外でプレイさせてもらったり、アスリートとして非常に稀有な経験を積んできました。その中で常にさまざまな課題にぶつかってきたんです。でも、フィールド上ではそれを瞬時に判断して、解決していかなければならない。サッカーって、常に判断を迫られるスポーツなんです。その経験の蓄積があったので、とっさの事態にも対応できたんだと思います」

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熊本地震を機に結成されたユアアクションのメンバー。上から2段目、右から2番目が巻さん(巻さんより写真提供)

「子どもたちを笑顔にしたい」という想い

被災地を支えるために必要なのは、情報や物資だけではない。明日が見えない状況の中で落ち込む人々に、「笑顔」になる一時をプレゼントする。それもとても重要なことだ。

そこで巻さんが企画したのが、「子どもたちとサッカーをする」ことだった。

「避難所に物資を運んでいると、常に暗い表情をしている子どもたちが目についたんです。どうにかして彼らを元気づけてあげたい。でも僕にできることは、サッカーしかない。みんなが避難所で耐え忍んでいる状況下でサッカーをするだなんて、もしかしたら怒られるかもしれない。そう思いつつ、やってみたんです。そうしたら一緒にボールを蹴る子どもたちも、それを見守る大人たちも、みんなが笑顔になってくれて。ああ、これが必要だったんだ、と思いました。それからすぐにチームメイトを集めて、各避難所でサッカーをする時間をつくりました」

写真:施設の部屋で、子どもたちに話をする巻さん
熊本の子どもたちの元には、定期的に顔を見せに出向いている(巻さんより写真提供)

そして、見えてきたものがあった。

「避難生活を送る中でコミュニケーションを必要としている人がとても多いように見受けられました。不安だからこそ、誰かと話したいし交流したい。それに気付き、物資を届け、サッカーイベントを開催しながら、一人ひとりと会話する活動もスタートさせました」

「周囲の人たちのために」という想いから発生した巻さんの支援活動は、いつしか大規模なものになっていった。そこまで巻さんを駆り立てたものは何だったのだろうか。

「サッカーというスポーツは、非常に地域に根付いたものなんです。地域の人たちに支えられているから、僕らはサッカーがやれる。そういう意識があるからこそ、地域の人たちが困っているときは助けてあげたいんです。とはいえ、サッカー選手の価値は、ピッチの中で活躍する姿を見せることだと思っていました。でも、それだけではなかった。落ち込んでいる子どもにボールを蹴ってあげると、蹴り返してくれる。それを見て、周りの大人たちもうれしそうになる。ピッチの外にいたって、僕らにはできることがあるんだ、と気付かされました」

写真:避難所の高齢者たちとコミュニケーションを交わす巻さん
巻さんは、物資を届けるだけではなく、そこにいる人たちの声に耳を傾ける(巻さんより写真提供)

互いを助け合うコミュニティ形成が今後の課題

熊本地震の発生を機に、地元を支援する活動をスタートさせた巻さんは、熊本豪雨で壊滅的な被害を受けた被災地へ頻繁に足を運んでいる。

「先日、やっと阿蘇大橋がつながったんです。でもその周りの地域にはまだ自宅に戻れない人たちがいますし、復興しているところとしていないところとの差が激しい状況です。熊本豪雨で被災して、いまだに泥出しをやっている地域もありますし。その情報って、あまり知られていませんよね?それがもどかしいんです。被災した日から時が止まっているような地域がたくさんあるのに、それを知ってもらえない」

そんな状況で危惧しているのは、やはり「忘れられてしまうこと」だ。

「被災したことを忘れられてしまう、なかったことにされてしまう。被災地の人たちはそれを心配しているんです。だから、被災していない人たちにお願いしたいのは、情報を追いかけ続けること。被災地がいまどんな状況なのかを知り、周囲に共有する。それだけでも素晴らしい支援ですし、大きな力になります」

写真:インタビューに笑顔で応じる巻さん
被災地のことを忘れてほしくない。巻さんは常にそれを願っている

さらに重要なことがある。それは「自分が被災者になるかもしれないとイメージすること」だ。

「被災された人たちって、『自分がまさか被災するとは思っていなかった』と、準備もしていないことが多いんです。だから、いざ被災してしまっても、何も対処できない。そのリスクを知ってもらいたい。まずは普段の生活の中で被災する可能性を意識すること。被災したときに必要なものを準備したり、助け合えるコミュニティをつくっておいたりすること。それだけで有事のときに役立ちます。この災害の多い日本では『自分はきっと大丈夫』という考えは捨てるべきかな、と」

それを踏まえて、「被災に備えたコミュニティ形成」が今後の巻さんの目標だという。

「ぼくは元アスリートですから、サポーターの皆さんとつながるコミュニティがあるんですけど、彼らってすごくアクティブなんです。だからそのコミュニティ内で災害についての情報や心構えなどを発信していきたい。そして、そこに所属する人たちが互いに助け合える関係を築けたら。『スポーツ』というキーワードを生かして、そんなコミュニティをたくさんつくっていくのが直近の目標ですね」

写真:フィールドで、大勢の子どもたちにサッカーを指導する巻さん
アスリートとしての経験が、今の巻さんの活動のエンジンだ(巻さんより写真提供)

課題解決力、発信力、行動力…。アスリート時代に培ったさまざまな力を使い、巻さんは今日も熊本のために走り続けている。その横顔は、ピッチの中でボールを追いかけていた頃と変わらず、精悍で凛々しい。そんな巻さんからエネルギーをもらい、立ち上がる人は大勢いるのだろう。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

巻誠一郎(まき・せいいちろう)

1980年8月7日生まれ、熊本県下益城郡小川町(現:宇城市)出身。元プロサッカー選手。駒澤大学から2003年にジェフ市原(現ジェフ市原・千葉)に入団。その後、FCアムカル・ペルミ(ロシア)、深セン紅鑽足球倶楽部(中国)での海外挑戦を経て、東京ヴェルディ、ロアッソ熊本に所属し、2019年引退。2005年には日本代表に初選出され、2006年のワールドカップドイツ大会に出場した。2016年熊本地震の復興支援を目的にNPO法人ユアアクションを設立。以来、社会貢献活動に尽力している。

NPO法人ユアアクション(別ウィンドウで開く)

連載【災害を風化させない】