日本財団ジャーナル

【災害を風化させない】心に傷を負った子どもたちには息の長い支援が必要。キッズドアが被災地で学習支援を続けるわけ(連載第4回)

写真:学習センター内でキッズドアのスタッフに英語学習をサポートされる中学生たち
宮城県南三陸町生涯学習センターで行われた英語学習会に参加する中学生たち
この記事のPOINT!
  • 東日本大震災による被災地の子どもたちの暮らし、心に及ぼす影響は大きかった
  • 復興状況と共に被災地が抱える課題は変化。それに合わせた子どもたちへの継続的な支援が必要
  • 勉強や将来のことは自分で決めるもの。そんな前向きに生きる子どもたちを増やしていく

取材:日本財団ジャーナル編集部

2021年は、東日本大震災から10年、熊本地震から5年といった、未曾有の被害をもたらした大震災の大きな節目となる年。連載「災害を風化させない」では、復旧・復興に取り組んできた人々のインタビューを中心に、今もなお活動を続ける人々の声を通して、災害に強いまちづくり、国づくりを考える。

第4回目は、生まれた環境にかかわらず全ての子どもが夢と希望を持てるような社会づくりに取り組むNPO法人キッズドア(別ウィンドウで開く)東北事業部長の對馬良美(つしま・よしみ)さんにインタビュー。東日本大震災発生直後の2011年4月に拠点である東京から東北入りし、6月に宮城県仙台市に仮事務所を置いて以来、被災した子どもたちの学習支援を行なってきたキッズドアが、現地での活動にこだわり続ける理由について話を伺った。

心に傷を負った子どもたちには長期にわたる支援が必要

災害が子どもたちに及ぼす影響は大きい。

「地震と津波により多くの方が亡くなり、町そのものががれきの山と化した地域もたくさんありました。避難所で暮らしながら、連日がれきの除去や行方不明者の捜索に追われる日々。大人も子どもも毎日泣いていたと聞きます。特に、子どもたちの抱えるストレスは大きかったようです。遊びや勉強といった何気ない日常生活が一瞬で奪われ、大人たちがピリピリしている中で、自分たちの居場所や、気遣ってくれる第三者がいない状態が長く続きました。しばらくして近隣の避難所になっていない学校で授業が始まっても、環境になじめずに苦しむ子も多かったそうです」

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震災直後、瓦礫の山となった宮城県南三陸町の様子

2015年にキッズドアの活動に加わった對馬さんは、「又聞きではありますが」と前置きした上で、震災当時のことを、そう話してくれた。

大きな被害に見舞われた被災地で、大人も子どもも大変なことに変わりはない。しかし、子どもたちが持てる選択肢は、大人に比べて圧倒的に少なく、環境の変化による影響を顕著に受けやすい。

「東日本大震災のような大きな震災は、長期にわたって子どもたちに影響を及ぼします。その中で大きなものの一つは、学習の機会の損失です。震災から立ち直って、普通に勉強をできるようになるまでには長い時間を必要とします」

震災直後、被災地の子どもたちに急増したPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの心の病。時間の経過と共にいったん落ち着いたように見えても数年後に症状が現れることもあり、1995年に起こった阪神淡路大震災では、震災から2、3年してPTSDを発症したケースも記録されている。心に不安やストレスを抱え込んだまま、精神状態が不安定になったり、不登校になったりするケースも少なくない。

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今回取材に応じてくれたキッズドア東北事業部長の對馬さん

そんなキッズドアが、東日本大震災の被災地の子どもたちに寄り添い、2011年から20年間にわたって継続的に支援を行う「ハタチ基金」(別ウィンドウで開く)の助成先に加わったのは2018年のこと。

「復興関連の助成金は3年目、5年目を節目に終わるものが多く、10年目を迎えた現在ではほとんどのものが終了しています。そんな中、20年間、子どもたちをしっかり支えていこうというハタチ基金は、本当に貴重な取り組みだと感じています」

ハタチ基金が助成する団体の活動は、キッズドアのような被災地の子どもたちへの学習支援をはじめ、無償の保育サービス、児童クラブの運営、学地域振興を目的とした高校生に向けた起業プログラムなど多岐にわたる。下は0歳時から幅広い年齢層の子どもたちの成長を支えている。

「被災地が抱える課題は変化し続けています。子どもたちが笑顔でいられるよう、ハタチ基金のような息の長い支援が重要だと考えています」

子どもたちに安心して学べる居場所を

2011年から仙台市を拠点に活動を続けているキッズドア。「キッズドアの理念は、全ての子どもたちが夢や希望を持てる社会をつくること。私たちが大切にしているのは、とにかく現地に行って、現場を見ることです。震災当時も、現地の方に『何か私たちにできることはありませんか?』とヒアリングを続ける中で、南三陸町で津波による壊滅的被害を受けた学校の瓦礫撤去や、避難所で子どもの居場所づくりを始めたことが、東北事業部立ち上げのきっかけになります」と對馬さんは話す。

写真:教室の中で学習サポートをするキッズドアのスタッフ
キッズドアが宮城県南三陸町の中学校で実施した放課後学習会の様子

復興状況に伴い変化する被災地のニーズに合わせた支援に取り組み、現在は仙台市を拠点に、南三陸町に出向する形で、中学生から高校生に向けた無料学習会を実施している。経済的に困窮している中高生だけでなく、不登校生も対象に、学習支援だけでなく芋煮会・遠足などの体験活動、保護者からの相談への対応など、さまざまな活動を展開している。

写真:屋内で行われた芋煮会で記念撮影する中学生たち
秋になると開催される芋煮会の様子

「私たちが活動する中で大切にしているのは、子どもたちが安心できる居場所を継続的に提供し続けること。学習面だけでなく心を支えるために、一人ひとりと丁寧に向き合うよう努めています」

ここで、キッズドアのブログより東日本大震災で過酷な体験をしたある女の子のエピソードを紹介したい。

宮城県石巻市で被災したエミさん(仮名)は、ご両親は無事だったものの、目の前で人が流され、亡くなる様子を目の当たりにしたことで精神的なショックを受け、頻繁なフラッシュバックに苦しんでいた。親御さんはそんなエミさんを気遣い石巻から仙台へ引っ越したが、毎年震災の時期なると具合が悪くなり、学校に行けなくなっていたという。

仙台では中学生の多くが高校受験のため塾に通っている。しかし、被災したエミさん家族は経済的に厳しかったため、無料で通えるキッズドアの学習会に参加。それがエミさんの中で大きな転機となった。

キッズドアを支えるスタッフやボランティアといった多くの大人たちや、他の子どもたちからたくさんの刺激を受け、エミさんにも笑顔が増えていった。精神的にも強くなっていったエミさんは、3月の高校受験も最後まで頑張り通し、無事に進学できたそうだ。

子どもたち一人ひとりに寄り添うキッズドアの支援の重要性、そして子どもたちが持つ可能性を強く感じられる話だ。

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オンラインで実施した英語学習会の様子。さまざまな海外経験を有するボランティアが参加し、子どもたちの英語学習をサポートしている

勉強や将来のこと、自分で切り開く力を子どもたちに

被災地や、被災者の心に大きな爪痕を残した東日本大震災。復興が進むに連れて、被災した体験をバネに大きく前に進もうとする子どもたちも増えてきたと言う對馬さん。

「以前は『(家業を継ぐことになるから)勉強なんてできなくていい』と言っていた子どもが、『大学に行きたいからしっかり勉強をするんだ』と、自分の将来のことを真剣に考えるようになった子もいます。他にも、震災当時に助けてくれた人の姿に憧れて、将来は消防士になると夢を語る子もいます」

キッズドアでは、震災を風化させないため、次世代育成のために、福島県へのスタディツアーも実施している。

「震災当時小さかった子どもたちにとっては、原発事故の話をされても現実感が持てないもの。スタディツアーでは、町の方に当時のお話を聞き、原発事故による問題や、いまだ福島に帰ることができない人がいることを知る機会を設けています。子どもたちからは『全然知らなかった』『衝撃を受けた』という感想と同時に、どうすれば解決できるのかと、前向きに考えている様子も見受けられます」

まだ復興の最中にある東北。そんな中で對馬さんが懸念しているのが、ソフト面での復興だ。

「建物や道路といった町の復興は遂げつつありますが、日々進化し続けているソフト面の遅れをどうするかが、被災地の子どもたちにとって課題だと感じています。東京など都心ではデジタル化が進み、新たな教育の形や暮らし方も浸透しつつあります。コロナ禍はその動きに拍車をかけていますね。しかし東北では、自分に必要な情報を入手してアクションを起こしていくといった点で、それができる人とできない人との間で大きな格差が生まれつつあるように感じます」

勉強や将来のことは、学校や先生から与えられるものではなく、自分で決めていくもの。キッズドアの活動を通じて、そんな子どもたちを増やしていきたいと、對馬さんは意気込む。

「これまで培った経験や、キッズドアのリソースを生かし、子どもたちが抱える課題を解決するための新たな活動につなげていけたらと思います」

對馬さんが懸念する格差課題は、東北に限らず地方の多くに当てはまるものかもしれない。長年、東北の子どもたちを支え続けてきたキッズドアのこれからの活動に注目したい。

写真提供:NPO法人キッズドア

NPO法人キッズドア 公式サイト(別ウィンドウで開く)

ハタチ基金 公式サイト(別ウィンドウで開く)

連載【災害を風化させない】