社会のために何ができる?が見つかるメディア
【災害を風化させない】地域との協働で「子育て」と「働く」を支援。トイボックスが目指す、人と人がつながり、自分のままで生きられる優しい社会
- 子どもたちの「食う」「寝る」「遊ぶ」機会は、健やかな心身の成長を促す
- トイボックスは、南相馬市の子どもたちに学習支援や心のケアを行う「安心できる居場所」を提供してきた
- 人口減少が加速する被災地を支え、盛り立てる仕組みづくりが、少子化が進む日本の未来を支えるヒントに
取材:日本財団ジャーナル編集部
2021年は、東日本大震災から10年、熊本地震から5年といった、未曾有の被害をもたらした大震災の大きな節目となる年。連載「災害を風化させない」では、復旧・復興に取り組んできた人々のインタビューを中心に、今もなお活動を続ける人々の声を通して、災害に強いまちづくり、国づくりを考える。
今回は、福島県・南相馬(みなみそうま)市で地元の行政機関と共に、子どもたちや親世代の支援を行うNPO法人トイボックス(別ウィンドウで開く)の南相馬事業部エリアマネージャーである髙橋紀子(たかはし・のりこ)さんにお話を伺った。
東日本大震災から10年が経ち、住民が抱える課題や求められる支援ニーズも変化しているという、被災地の実情とは?
震災の中で失われた「子どもたちの居場所」
福島県北部の海沿いに位置する南相馬市は、東日本大震災で震度6弱の激しい揺れを記録。沿岸部には津波が押し寄せ、当時稼働中だった福島第一原発の事故を引き起こし、半径20キロメートル圏内は警戒区域として避難指示が出された。
長らく住民全ての帰還は困難な状況が続いていたが、2016年7月12日に一部区域を除いて、南相馬市への避難指示は解除。住民の帰還は徐々に進み、居住率(小高区、原町区)は2021年2月末の時点で56.2パーセントとなっている。
「トイボックスは、大阪を中心に『こどもとちいき』という軸で、さまざまな支援を行ってきました。東日本大震災が発生した当初は情報がなかったので、自分たちに何かできることはないか探そうと、スタッフが現地に入りヒアリングを実施しました。その際、南相馬市の方から『子どもたちの居場所をつくってほしい』という要望をいただき、南相馬を中心に事業を始めることになりました」
トイボックスの髙橋さんは、南相馬市での事業の成り立ちについてこう語る。
「当時、仮設住宅や避難所で暮らす子どもたちには居場所がない状況でした。南相馬では、若い女性や子どもは辛抱を求められやすい傾向も時折伺われます。発災時は特に、子どもたちは周りに迷惑をかけないことを求められる場面が続きました。端からみれば、我慢ができる『良い子』と言えるかもしれません。しかし、私たちには良い子過ぎるように見えたんです」
大人に比べ、しっかり言葉に表せられなかったり、うまく伝えられなかったりする分、子どもたちは「遊び」を通して気持ちを表現すると話す髙橋さん。子どもたちにとって「食う」「寝る」「遊ぶ」機会が減ることは自分の気持ちを伝える機会が減ることにつながり、心身のバランスの崩れや、意欲の低下につながってしまうという。
「子どもたちにとって、安心できる居場所は重要です。安心でき一人ひとりのペースが尊重される場があると、子どもは落ち着いて過ごせるようになります」
状況に応じて必要とされる支援を届ける
トイボックスの南相馬市支援事業は、2011年7月から始動。2012年の4月には「みなみそうまラーニングセンター」を設立し、現地の子どもたちに学習支援や、人間関係のトレーニングなどを行ってきた。
また、2017年4月には0〜2歳児を対象とした「原町にこにこ保育園」(別ウィンドウで開く)を、2019年4月には南相馬市内で15カ所目となる少人数制の放課後児童クラブ「錦町児童クラブ」(別ウィンドウで開く)も開所。乳幼児から小学生まで一貫した子育て環境づくりに力を入れてきた。
「私たちが活動する上で大切にしていることは2点あります。一つは、子どもたちが“自分らしくいられる”ように一人ひとりと向き合うこと。もう一つは、その地域の行政機関と一緒に事業を起こすことです。地域のことは地域の人が一番知っている。行政機関と一緒に取り組み、企画の段階から入ることで、地域そのものの強みが生かされると考えています」
刻一刻と変わる被災地の状況と支援のニーズ。東日本大震災から10年目を迎える2021年、トイボックスでは、これまでの活動拠点の一つであるみなみそうまラーニングセンターを3月末で閉鎖し新しい支援に踏み出している。
「(東日本大震災から10年が経った)今、私たちにできることは何かと考えた時、これからは子育て世代の支援が大切になると考えました」
もともと多世代同居(※)や地域全体で子どもの面倒を見ることが多かった南相馬市でも、震災を機に核家族化が進んでいる。その影響で、若い世代が親となっても十分な子育てのサポートを得ることができず孤立してしまい、貧困や虐待といった問題も深刻化しているという。
- ※ 親、子、孫等の三世代以上で構成される世帯が同居または隣居すること
トイボックスでは今後、「Collabo × Station(コラボ・ステーション)」(別ウィンドウで開く)という新たな事業を通じて子育て世代をサポートしていきたいと、髙橋さんは話す。
「ただ子育て支援をするのではなく、『働く』ことを両立できる仕組みをつくっていきたいと考えています」
Collabo×Stationでは、子育て世代に向けた心理教育プログラムや、暴力や虐待防止を目的とした講座、親子で参加できるイベントなどを実施。その一方で、子育て支援事業やまちづくりに関心のある人に向けた相談カフェや、ボランティア希望者の地域機関への橋渡しなど、地域を支える側のサポートも展開する。
長年、被災地が抱える課題に寄り添い、必要とされるサービスを提供してきたトイボックスだからこそ生まれた、まちづくり全体を捉えた支援と言える。
「継続的な支援」が明るい未来をつくる
被災地の現状について髙橋さんに尋ねると「今の様子を一言で言うなら、『疲弊』でしょうか。建物やインフラといったハード面での再建は進んではいますが、町の財源は減少傾向にあり、そこで暮らす人々のエネルギーも落ちてきている気がします」と答えが返ってきた。
そんな被災地を支えていくために、髙橋さんは「ハタチ基金」(別ウィンドウで開く)のような長期的で幅広い支援の重要性を訴える。この基金は、東日本大震災の被災地の子どもたちに寄り添い、2011年から2031年までの20年間継続的に支援を行うものだ。
「助成金等の用途が限定され過ぎている場合、ご家庭の事情や個別のサポートを必要とする子どもたちが本当に必要としている支援を届けられなくなることがあります。また、単年度の助成金では継続的な事業計画を組むことが難しく、支援する側の人材の確保が難しいといった問題もあるのです。20年間という長期間にわたって子どもたちの支援を行えるハタチ基金のような取り組みが、もっと必要ではないでしょうか」
震災当時、地元の人々から「いつ関西に帰ってしまうんですか?」と聞かれることが多かったという髙橋さん。長期的な展望なしに人間関係を築くことは難しいと話す。
「また、東北を支援したいという人や団体は多いのですが、そういった活動を支える仕組みが少ないのも課題だと感じています」
髙橋さんへのインタビューの中で印象的だったのが「南相馬は5、10年後の日本」という言葉。被災した地域の多くはもともと過疎化が進んでいたが、その速度は震災を機に早まり、さらに新型コロナの長期化が追い討ちをかけている。
「人口減少が続くこの地をみんなでどのように支え、盛り立てていくのか。そのモデルづくりが、少子化が進む日本の一つの指針になるかもしれません。10年前に戻ることはできません。南相馬市は震災で大きな被害を受けましたが、伝統ある祭りへの誇りや、県外から来る人に対するオープンさなど、さまざまな強みやリソースがあると思います。これを生かして今後につなげることができたらと考えています」
被災地を見守り、みんなで支え続け、そこから何か学びとるという姿勢が、いま私たちに必要なのではないかと感じた。
写真提供:NPO法人トイボックス
Collabo × Station 公式サイト(別ウィンドウで開く)
連載【災害を風化させない】
- 第1回 歴史的な一枚の写真が紡いだつながり。写真家・太田信子さんが撮り続ける理由
- 第2回 福島の子どもたちの夢を応援したい。CHANNEL SQUAREの平学さんが目指す本当の「復興」とは
- 第3回 ナナメの関係で子どもたちの「向学心」を育む。宮城県女川町で学び場づくりに取り組む女川向学館の想い
- 第4回 心に傷を負った子どもたちには息の長い支援が必要。キッズドアが被災地で学習支援を続けるわけ
- 第5回 熊本の復興を支援する元サッカー日本代表・巻誠一郎さんが伝えたい、被災地の今、災害の教訓
- 第6回 地域との協働で「子育て」と「働く」を支援。トイボックスが目指す、人と人がつながり、自分のままで生きられる優しい社会
- 第7回 漁師が集い、地域住民が交流し、子どもたちの笑顔があふれる場所に。「番屋」が牽引する地域復興
- 第8回 被災地で広がる子どもの教育・体験格差。塾や習い事に使える「クーポン」で復興を支え続ける
- 第9回 話しやすい「場づくり」で支援につなぐ。よか隊ネット熊本が大切にする被災者の声に寄り添う支援
- 第10回 看護師として「精いっぱいできること」を。ボランティアナースの会「キャンナス」が大切にする被災者への寄り添い方
- 第11回 「遊び」を通して、支え合うことの大切さを伝える。防災ゲームの開発に秘めた菅原清香さんの想い
- 第12回 生活環境を改善し命を守る。災害医療ACT研究所が目指す、安心できる避難所づくり
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。