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【災害を風化させない】被災地で広がる子どもの教育・体験格差。塾や習い事に使える「クーポン」で復興を支え続ける
- 被災地で広がる子どもの教育・体験格差。将来の仕事や収入にも影響し、貧困の連鎖を生む可能性がある
- チャンス・フォー・チルドレンは、学校外教育を自由に選び、受けられる「スタディクーポン」を提供
- 被災地には教育など継続した支援が必要な課題がある。支え続けていくことが日本の未来も明るくする
取材:日本財団ジャーナル編集部
2021年は、東日本大震災から10年、熊本地震から5年といった、未曾有の被害をもたらした大震災の大きな節目となる年。連載「災害を風化させない」では、復旧・復興に取り組んできた人々のインタビューを中心に、今もなお活動を続ける人々の声を通して、災害に強いまちづくり、国づくりを考える。
今回は、経済的な困難を抱える子どもたちを対象に、学習塾や習い事、体験活動などで利用できる「スタディクーポン」を提供する公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(別ウィンドウで開く)代表理事・奥野慧(おくの・さとし)さんに、お話を伺った。
東日本大震災から10年が経ち、いま被災地の子どもたちは喪失体験や経済困窮に加え、虐待、心身の疾病、孤立といった複合的な困り事を抱えているケースが増えてきているという。その実情とはいったい?
家庭の経済格差が子どもの教育・体験格差を生む
「チャンス・フォー・チルドレンは、阪神・淡路大震災で被災した子どもたちの支援を行ってきた大学生主体のNPO法人ブレーンヒューマニティー(別ウィンドウで開く)の一つのプロジェクトとして、2009年に誕生しました。主な活動内容は、貧困家庭の子どもを対象に学校以外の学習や体験機会を届けるための『スタディクーポン事業』です。2011年に起きた東日本大震災を受けて、子どもたちにより充実した継続的な支援を行うために、2011年の6月にブレーンヒューマニティーから分離し現在に至ります」
2020年に厚生労働省が公表したデータでは、子どもの貧困率は13.5パーセント(2018年)と、日本の子どもの7人に1人が貧困状態にある。
図表:子どもの貧困率の推移
- ※ その国の等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯のことを指す
「スタディクーポン事業が始まったのは2009年。当時は、リーマンショックの影響を受けて、経済的に困難な状態にある子どもたちがたくさんいました。彼らのために何かできないかと思って生まれたのがスタディクーポン事業です」
日本では、放課後における子どもたちの教育格差が大きいと奥野さんは語る。
「日本の教育は、学校教育とそれ以外の教育に分けられますが、国が負担するのは、学校教育のみ。学校教育を補完し、個人のニーズに合わせて才能を延ばしていく学校外教育は、各家庭に委ねられます。しかし、それは直接世帯収入に結びつくため、収入の低い家庭の子どもは自分の可能性を広げるために必要な教育機会、体験機会に恵まれない傾向にあるのです」
2017年に報告された「全国学力・学習状況調査の結果を活用した調査研究」(国立大学法人お茶の水女子大学)によると、世帯収入の低い家庭(子どもにかけられる学校外教育費の少ない家庭)の子どもほど、学力テストの正答率が低いことが報告されている。
図表:世帯収入と学力の関係(対象/小学6年生)
学習や体験機会に恵まれなかった子どもは低学力・低学歴につながり、大きくなったときに選択できる仕事の幅が限られたり、所得の低い仕事につかざるを得なくなったりする傾向にある。さらに彼らの下の世代にも貧困が連鎖してしまう恐れもあるのだ。
生まれた家庭や地域にかかわらず、全ての子どもが将来に対する夢や希望を描ける社会をつくるために、奥野さんたちはスタディクーポン事業の拡大に努めている。
事業を通して子どもたちの環境を変え、世論を動かす
チャンス・フォー・チルドレンでは2011年の立ち上げ以来、関西、東北を中心に小学生から高校生までの子どもたち延べ3,000人以上にスタディクーポンを提供してきた
スタディクーポンは、個人や企業による寄付(別ウィンドウで開く)を受けて、チャンス・フォー・チルドレンがクーポンを発行。それを使って子どもたちは自分の関心がある分野の塾や習い事を選び、利用することができる。
クーポンが適応される分野は、塾や通信教育といった教科学習をはじめ、サッカー教室やスイミングスクールといったスポーツ分野、ピアノ教室や絵画教室といった文化活動、その他にもキャンプや社会体験、外国語教室などと幅広い。
子どもたちは1,700以上のプログラムの中から自由に選ぶことができる。少し利用して自分に合わないと分かれば変更も可能だ。
「提携先は、子どもたちのリクエストによって増やしています。現金の給付ではなく、あえて学習や体験活動にしか使えないクーポンとしたことで、しっかり子どもたちに届く支援を実現できていると感じています」
避難所生活で、学びの場を失っていた子どもたちからも、「受験勉強を学べる場ができて良かった」「習い事が楽しみ」「やりがいを感じる」といった喜びの声が数多く届いている。
「スタディクーポン事業は、子どもたちを支援すると同時に、被災地の事業者さんを支援する事業でもあります。震災後、素晴らしいサービスを提供していた事業者さんも、参加者が減り、廃業の危機にありました。スタディクーポン事業では、そんな事業者さんの安定的した経営継続にもつながるのです」
またスタディクーポン事業には、クーポンを提供する他に「ブラザー・シスター制度」が設けられている。これは、大学生ボランティアが月に1回の電話や面談を通して、子どもたちに対しクーポン利用に関するアドバイスや進路・学習相談を行うものだ。
「大学生の方にボランティアをお願いしている理由は、彼らが子どもたちにとって、少し上のお兄さんやお姉さんだから。子どもたちにとっては、大人より相談しやすい存在なんですね。それと同時に、大学生の方々にも子どもたちと関わってもらうことで、もっと多くの人に教育格差の問題に気付いてもらい、世論を動かすきっかけになればと考えています」
スタディクーポンを利用して進学をした子どもが、大学生になって、ボランティアとしてスタディクーポン事業に参加するといったうれしい出来事もあるという。
活動に取り組む上で大切にしていることは「支援対象として子どもを見ないことです」と語る奥野さん。
「次世代の担い手である子どもたちを社会で支えていくのは当たり前のこと。負い目を感じることなく、積極的に自分の関心を深めてほしいですね」
支援の輪を広げることが日本の未来を明るくする
東日本大震災から10年。被災地での復興は進んではいるが、まだまだ時間を要する課題があると奥野さんは言う。
「優先されていた、公共施設や住宅といったハード面の復興は進んでいます。しかし、一方で教育など結果に結びつくまでに数年、数十年といった時間が必要な分野もあります。こういったところまで、しっかりサポートすることが大切なのではないでしょうか」
スタディクーポンには多くの子どもや親たちから応募があるが、予算の関係で提供できるのは8人に1人ほど。東日本大震災の被災地の子どもたちを2011年から20年間にわたって支援する「ハタチ基金」(別ウィンドウで開く)なども利用しているが、それ以外に長期間のサポートを謳う助成事業はないという。
「震災直後は、人が亡くなったり、家屋が倒壊したりといった、明確な問題や課題がありました。10年の月日を経て、それが複雑化したように感じます。例えば、現在では社会からの孤立、親の経済力による分断、子どもの自己肯定感の低下など、目には見えづらい問題が増えているのです。少子高齢化のスピードも震災によって加速しつつありますね」
連載第6回(別ウィンドウで開く)でお話を伺ったトイボックスの髙橋さん同様に、被災地が今抱える課題は、10年後の日本がぶつかる課題だという奥野さん。だとすると、被災地をみんなで支援、盛り立てていくことが、日本の未来を明るくするヒントにもつながるのではないだろうか。
「まずは一人ひとり、今被災地が抱える課題をしっかり認識するところから、その支援が始まるのではないでしょうか。私たちも事業の拡大と併せて、各方面へ発信していきたいと考えています」
そう語る奥野さんは、新潟県中越地震の被災者でもある。当時、自分たちが何もできなかった時に、いろんな人たちが支援してくれたおかげで、今の自分があると話す。
スタディクーポンの支援を受けた経験からボランティアとして参加した大学生がいるように、困っている時に助けられた経験が支援の輪を広げている。皆さんにもぜひ、この輪を紡いでほしい。
写真提供:公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン
〈プロフィール〉
奥野慧(おくの・さとし)
19歳の時に新潟県中越地震を経験。関西学院大学在学中、NPO法人ブレーンヒューマニティーで国際交流事業に関わる。2011年3月から東日本大震災緊急支援活動に参画。その後当法人設立・代表理事に就任。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン 公式サイト(別ウィンドウで開く)
ハタチ基金 公式サイト(別ウィンドウで開く)
連載【災害を風化させない】
- 第1回 歴史的な一枚の写真が紡いだつながり。写真家・太田信子さんが撮り続ける理由
- 第2回 福島の子どもたちの夢を応援したい。CHANNEL SQUAREの平学さんが目指す本当の「復興」とは
- 第3回 ナナメの関係で子どもたちの「向学心」を育む。宮城県女川町で学び場づくりに取り組む女川向学館の想い
- 第4回 心に傷を負った子どもたちには息の長い支援が必要。キッズドアが被災地で学習支援を続けるわけ
- 第5回 熊本の復興を支援する元サッカー日本代表・巻誠一郎さんが伝えたい、被災地の今、災害の教訓
- 第6回 地域との協働で「子育て」と「働く」を支援。トイボックスが目指す、人と人がつながり、自分のままで生きられる優しい社会
- 第7回 漁師が集い、地域住民が交流し、子どもたちの笑顔があふれる場所に。「番屋」が牽引する地域復興
- 第8回 被災地で広がる子どもの教育・体験格差。塾や習い事に使える「クーポン」で復興を支え続ける
- 第9回 話しやすい「場づくり」で支援につなぐ。よか隊ネット熊本が大切にする被災者の声に寄り添う支援
- 第10回 看護師として「精いっぱいできること」を。ボランティアナースの会「キャンナス」が大切にする被災者への寄り添い方
- 第11回 「遊び」を通して、支え合うことの大切さを伝える。防災ゲームの開発に秘めた菅原清香さんの想い
- 第12回 生活環境を改善し命を守る。災害医療ACT研究所が目指す、安心できる避難所づくり
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。