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【家族を看る10代】家族にネガティブな感情を抱いても自分を責めないで。ヤングケアラーの「きょうだい児」の本音
- 「きょうだい児」とは障害のある子の兄弟・姉妹のこと。わがままも言えず苦悩を抱えていることも
- 誰にも言えない胸の内を、誰かと共有し合うことで救われるきょうだい児も多い
- 「家族に困難があった」と認めれば楽になる。ネガティブな感情を抱いても自分を責めなくていい
取材:日本財団ジャーナル編集部
ここ最近、社会問題として早急な解決が望まれている「ヤングケアラー」。本来、大人が担うような家事や家族のケア(介護や世話)を日常的に行う彼らの中には、子どもらしく生きることが困難な状況に追い込まれている人もおり、それが友人関係や学校生活、進学、就職活動などにも影響を及ぼしている。
そんなヤングケアラーの中には、障害者を兄弟・姉妹に持つ「きょうだい児」がいる。彼らは障害者のきょうだいの世話をしたり、親の目が自分に向かないことを我慢したりと、幼い頃から苦しみを抱えていることが少なくない。
「Sibkoto(シブコト)」(外部リンク)は、そういったきょうだい児のためのサイトだ。ここを通じて当事者同士が交流を図ることで、悩みの共有や居場所の発見へとつながっている。
共同運営者の一人である白井俊行(しらい・としゆき)さんも、きょうだい児として生きてきた。とても息苦しい10代を過ごしてきたという白井さんは、なぜ「Sibkoto」を立ち上げたのか?そして何を目指しているのか?
いまだ知られていないきょうだい児の苦悩と共に、白井さんが目指す社会の在り方について話を伺った。
結婚や出産のタイミングで思い悩む、きょうだい児たち
きょうだい児はどんな悩みに直面するのか。これまでサイトに寄せられた体験談をもとに、白井さんは次のように分析する。
「悩みを抱えるポイントは、健常者だけの家庭で育った人とほぼ一緒なんです。進学、恋愛、結婚、出産、介護……。ただそれらに『きょうだいが障害者である』ということが絡んできます。例えば結婚のタイミングで、相手側に打ち明けなければいけないことに葛藤する。出産するときには、周囲から『遺伝していたらどうするの?』などと言われてしまう。そして最終的には、親よりも長く付き合うきょうだいのことを、どうやって介護していくのかも考えなければいけません」
その他にも、知的障害のあるきょうだいが青年期を迎え、家庭内で暴れるようになった事例や、中には障害のある兄から性的暴力を受けていた妹さんのケースもあったそうだ。
「また、どうしてもきょうだい間で格差が生じやすくなります。親としては障害のある子どもを優先してしまいがちで、その場合きょうだい児は置いてけぼりに。一緒に過ごしていても『あなたは自分で自分のことができるでしょう』と言われてしまう。結果、わがままも言えずに、子どもらしい子ども時代を過ごせなくなりますよね」
「子どもらしい時間」を奪われてしまったヤングケアラーは、20代、30代になったとき、メンタルを崩すこともあるという。子ども時代を振り返っても、「楽しい時間ってあったんだっけ?」と思い出が見つからない。それで精神的に参ってしまうのだ。
「全然フェアじゃない」という思いが、Sibkotoにつながった
白井さん自身はどうだったのだろうか。水を向けると、とても苦しかった過去について、静かに話し出した。
「僕がまだ小学校に上がる前くらいの時、4つ上の兄が風邪をこじらせてしまったんです。病院に運ばれて、治療も受けたんですが、結果的に兄の脳には障害が残り、知的障害者となりました。ケアは母親が担っていましたが、暴れ出した兄はもう制御できないほどで。そんな姿を見ていて、僕は兄に嫌気が差したんです」
同じ学校に通っていた兄は、下級生からからかわれるようになってしまった。「足し算できるの?」などと悪意のある言葉を向けられ、ばかにされる兄。それを目撃した白井さんは、ますます兄のことを疎ましく思うようになっていった。
以降、白井さんと兄との距離は縮まっていない。
「もちろん、障害者の方が嫌いというわけではありません。ただ僕の場合は、生きづらい思い出が多過ぎたので、兄との関係が良くならなかったというだけなんです。特に10代の頃に強烈な体験をしてしまうと、それがどうしても尾を引いてしまう」
そんな白井さんが、なぜSibkotoを立ち上げることになったのか。
「20代の終わり頃でした。母ががんを患ったことで体だけでなく精神的にも病んでしまいました。それもあって僕は仕事を休職し、母のケアをしていました。その頃、兄は障害者施設で暮らしていたのですが、母の代わりに施設まで足を運ぶ必要もありました。だけど、ふと気付いたんです。『自分は家族から何ももらっていないのに、どうして僕ばかり頑張っているんだろう。これってフェアじゃないよな』と」
やがて白井さんは、他のきょうだい児へとイメージを広げていった。もしかすると中には10代のうちから“やってあげるばかりの人生”に巻き込まれ、自分の人生をスタートするチャンスすらもらえない人がいるかもしれない。
そんなの、全然フェアじゃない――。
そこに問題意識を持った白井さんは、全国各地にいるきょうだい児と交流するようになった。その過程では、よりリアルで深刻なきょうだい児の悩みも見えてきた。中には、「障害のあるきょうだいと一緒に生きていきたいわけではない」と考えている人もいることを知った。
何より、白井さん自身がそうだった。“自分だけの人生”を生きていきたいと思っていたのだ。
そして、現在の運営メンバーとの出会いを果たしたことで、オンラインで交流できるきょうだい児たちの居場所・Sibkotoが誕生したのである。
障害者を支えるきょうだい児を“美談”にしてほしくない
「Sibkoto」の名前の由来は、英語で兄弟姉妹の意味の「Sibling(シブリング)」と、「コト(事・言葉)」を合わせたもの。「きょうだいのコトをきょうだいのコトバで語ろう」という共同運営者たちの思いが込められている。
現在1,500人ほどのきょうだい児が登録し、日夜、交流が行われている。
「やはり情報収集したい方が集まってくれているようです。障害児を育てる親の立場だと集まる場所や機会も多いようですが、きょうだい児となるとこれまでは場がなかった。だからSibkotoが役立っているんだと思います。それと中には、誰かの投稿を見て『自分だけじゃなかったんだ』と安心したり、落ち込んだ時にのぞきに来たりと、“心のよりどころ”にしてくれている人もいるようです」
実際、会員のきょうだい児からは次のようなメッセージが寄せられた。
「このサイトを作ってくれてありがとうございます。どうしようもなくつらくて爆発したいときの避難場所として使わせていただいています。家族にも知られたくない人にとっては、このサイトはとてもありがたい存在です」
障害のあるきょうだいと過ごす中で、どうしても誰にも言えないストレスや不満がたまることがある。でもそれを家族に言ってしまえば、みんなが傷つくことは分かっている。きょうだい児は家族を傷つけたいわけではない。だから、たった一人で我慢するのだ。
でも、それはじわじわと自身を追い詰めることにもつながる。そんなとき、Sibkotoが“避難場所”をとして機能することで、一体どれだけのきょうだい児が救われることだろう。
「きょうだい児の問題ってすごく難しいんです。解決方法がすぐに見つかるわけではないし。そもそも社会に大きな誤解があるんですよ。『障害者がいる家庭で育った子は人間性が高まる、心が優しくなる』みたいな美談につなげがちで。でも本当はもっと困難な環境であることを知ってもらいたい。そこの社会認識を変えなければ、きょうだい児の生きづらさは減っていかないんじゃないかなと思います」
きょうだいへのネガティブな感情も吐き出せるように
ときにネガティブな感情も抱いてしまう、きょうだい児たち。彼らを支えるために、私たち一人一人にできることはあるのだろうか。
「まずは彼らの話を聞いてほしいんです。きょうだい児って、小学校高学年くらいになると悩みを外に打ち明けなくなっていく傾向があるんです。それはつまり、彼らの悩みが『外に言えるものから、誰にも言えないものへと変化した』ということ。障害者に対して優しくあるべき、という社会の中で、自分のきょうだいへの恨みやストレスなんて吐き出せなくなるんです。でも、そこを聞いてほしい。例えば『障害者が嫌いだ』と愚痴る子どもがいたとしたら、その背景に何があるのかを理解してほしい。もしかしたら、自宅では障害のあるきょうだいが暴れているのかもしれません。だから、きょうだい児のネガティブな感情にふたをせず、そのバックボーンにまで耳を傾けてもらいたいです」
Sibkotoは今後、さらなるアップデートを予定している。「親が亡くなった後、きょうだいとどう接していくのか」「結婚するとき、きょうだいのことをどう説明するのか」など、人生のターニングポイントで抱きやすい悩みの解決法を提案していくつもりだという。
これらが実装されれば、きょうだい児たちはもっと生きやすくなるかもしれない。
そして最後に白井さんは、いま心に苦しみを抱えるきょうだい児の子どもたちに、1つのメッセージを贈ってくれた。
「障害者がきょうだいだから、自分の人生は困難なんだって、本当は誰もがそう思いたくないはずなんです。自分は恵まれた環境じゃないんだって思いたくないじゃないですか。それに『思っちゃいけない』と考えている人もいるかもしれません。『きょうだいのせいにしちゃいけない』って。でも、僕は大人になってから、『自分の家庭にはさまざまな困難があって、だからこれまでの人生は楽しくなかったんだ』と認めたら、すごくスッキリしたんです。環境が困難なんだから、生きづらいのは当たり前だし、それは自分のせいじゃないって思えると、本当に視界が開けるんです。でも追い詰められている当事者は、それに気付けない。だから、もっと環境のせいにしてもいいんじゃないかなって思います」
ヤングケアラーであるきょうだい児たちが苦しみを抱えているとしたら、それは自分自身のせいではない。だから、自分を責めなくてもいい。白井さんのメッセージには、いまを生きるきょうだい児への優しさが溢れている。
その上で、きょうだいのケアをきょうだい児に押し付けるのではなく、ストレスを健全な形で吐き出せるように彼らの声に耳を傾ける。そして、障害のある子どもと同じようにきょうだい児のケアもする仕組みをつくる必要があるのではないか。それが一人も取りこぼさない社会につながるはずだから。
十河英三郎
〈プロフィール〉
白井俊行(しらい・としゆき)
知的障害の兄とともに幼少期を過ごす。大学院で心理学修士号を取得後、大手IT企業に8年間勤務するが、2013年に母親を亡くしたことをきっかけに独立。2018年オンラインでの居場所づくりのためSibkotoを立ち上げる。
Sibkoto 公式サイト(外部リンク)
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