日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

日本海特集はもうできない?震災から12年、『東北食べる通信』編集長に聞く東北のいま

画像:東北食べる通信、歴代の表紙
2023年で創刊から10周年を迎える『東北食べる通信』。東北各地の名産品とそのストーリーを届けてきた。画像提供:東北食べる通信
この記事のPOINT!
  • 『東北食べる通信』は、名産品と生産者に関するストーリーを届ける食べ物付き情報誌
  • 東北の一次産業は震災よりも、物価高、気候変動などが問題に。特に漁業は大打撃を受けている
  • 当たり前の「食」が失われる前に、一人一人が気候変動を意識することが重要

取材:日本財団ジャーナル編集部

『食べる通信』(外部リンク)をご存知だろうか。月ごとに1回(地域によって隔月、季刊もあり)、各地の選りすぐりの食材と、その生産者を取材した小冊子が届く“食べ物付き情報誌”だ。現在では22の地域で発刊されているこの情報誌だが、創刊のきっかけは東日本大震災後の東北を復興するために始まったもの。

画像
食べる通信の礎となった、東北6県を扱う『東北食べる通信』。創刊号の特集は石巻市牧浜の完熟牡蠣。画像提供:東北食べる通信

『東北食べる通信』(外部リンク)は創刊から今年で10年。現在では800人を超える読者が、毎月届く食材とその生産者のストーリーを待ちわびている。

今回、『東北食べる通信』の三代目編集長である阿部正幸(あべ・まさゆき)さんに、生産者を追い続ける視点からの東北の現状についてお話を伺った。

取材で飛び出したのは、「もう日本海の特集は二度とできないかもしれません」という衝撃的な言葉。一漁師、一生産者だけでは解決できない大きな問題が東北を直撃しているという。

画像
今回お話を伺った『東北食べる通信』の三代目編集長の阿部さん。現在は岩手県大船渡に在住。画像提供:東北食べる通信

『東北食べる通信』をきっかけに、捨てられていた貝が“幻の貝”に

『東北食べる通信』が創刊されたのは2013年。生産者の思いや裏側を知ってもらうことを目的としており、特徴的なのはその生産者と交流ができること。購読者専用のSNSグループで生産者に感想等を伝えられるほか、交流イベントも定期的に開催されているという。

画像
過去に行われた読者と生産者の交流会の様子。画像提供:東北食べる通信

――東日本大震災から12年が経ちます。東北の復興に関して、『東北食べる通信』はどのように貢献されてきたとお考えですか?

阿部さん(以下、敬称略):『東北食べる通信』で取り上げたことをきっかけに、テレビや雑誌など他のメディアでも取り上げられることが増え、結果的にブランドを確立したケースは何度かありました。

――その一例を具体的に教えていただけますか?

阿部:例えば岩手県山田町の漁師、佐々木友彦(ささき・ともひこ)さんの赤皿貝ですね。赤皿貝はとてもおいしい貝なのですが、足が早い(腐りやすい)ためなかなか市場に出回ることがなく、もともとは捨てられていたんです。しかし佐々木さんが鮮度を保つ方法を見つけ、流通を可能にし、2018年に『東北食べる通信』で取り上げさせていただきました。

画像
赤皿貝の漁師、佐々木友彦さん。画像提供:東北食べる通信

阿部:その後、赤皿貝はさまざまなメディアで「幻の貝」として取り上げられるようになり、価格も上がり、2人しかいなかった生産者が10人ほどに増えたと聞いています。ブランドを確立できたのは、もちろん生産者さんの努力があってのことですが、アピールが得意ではない方も多いので、生産者さんに代わりプロモーションしていくことの大切さに気付かされた出来事でもありました。

――それは素晴らしいですね!『東北食べる通信』は読者と生産者が交流できるというのも面白いと思いました。

阿部:そうですね。こういった交流を通して、関係人口(※)を増やすきっかけにもなっていると思います。東北食べる通信の読者は累計5,000人。購読をやめても、ずっと東北とつながり続けている方が多いです。という意味では多くの関係人口をつくることができたと思います。生産者のファンになり、買い続けている方や、交流が続いている方もいらっしゃいますし、東北へ移住した読者の方もかなりいますよ。東北各地に、そうした「仲間」がいるんです。読者の方の中では青森の漁師と結婚した方や、福島で就農した方もいらっしゃいますよ。

  • 移住した定住人口でもなく、観光に来た交流人口でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉

――阿部さんにとって特に印象深いのは、どの記事になりますか?

阿部:たくさんありすぎるので去年(2022年)の記事の中で、という縛りを付けさせてください(笑)。読者の方の声を聞いて、改めてその価値に気付かされたものがありました。4月号で特集した、岩手県洋野町の間澤(まざわ)さんご夫婦が育てている「行者にんにく」です。

画像
行者にんにくを生産する間澤さん夫妻。画像提供:東北食べる通信

阿部:行者にんにくって植えてから収穫までに10年もかかるんですよ。読者の方からは驚きの声があったのですが、間澤さん夫婦は林業も営まれている方なので、「松は伐採まで50年かかる。それに比べれば10年なんて大したことじゃない」とおっしゃっていて。現代は仕事に対して短期的に成果を出すことを求められがちですので、読者の方には新鮮に映ったのではないでしょうか。「全く違う時間の尺度で生きている人とつながれることが面白い」という感想もいただきました。生産の裏側を伝えることで、スーパーで商品を買うだけでは絶対に気付けない体験を提供できているのかなと思います。

1日数千匹採れていたサケが3匹に。東北は世界三大漁場ではなくなった

――阿部さんは復興支援ボランティアをきっかけに震災直後から岩手県に移住されたそうですね。阿部さんから見て、東北の一次産業の復興状況はどうでしょうか?

阿部:現状でいうと震災による影響というより、コロナ禍、物価上昇等の影響が大きくなっています。さらに今一番被害が深刻なのは、気候変動による漁業への影響です。私はいま、大船渡に住んでいますが、このあたりの漁業にとって、毎年秋にサケ(イクラ)がどれくらい獲れるかということが重要なんですよ。2013年頃までは1日に数千匹とれていたものが、現在では数匹程度になってしまいました。岩手、宮城に関しては世界三大漁場(※)ではなくなったと言ってよいと思います。

  • 世界に多数存在する漁場の中でも特に漁獲種の多い優良な漁場を指す。ノルウェー沖、カナダ・ニューファンドランド島沖、そして日本の三陸沖

――そんなに減ってしまったのですか……。

阿部:太平洋だけでなく日本海も状況は厳しく、「今後『東北食べる通信』で日本海の特集はできないのでは……」とすら感じることがあります。秋田や山形の漁師の方に食べる通信の話をしても、「水揚げ量が減っているので、読者にお届けする自信がない」と断られてしまうんです。2022年11月号でハタハタ(スズキ目に属する魚)の特集をしたのですが、水揚げが非常に少なく、なんとか読者の方にお届けできたというような状況でした。

画像:ハタハタ漁をする漁師
2022年11月号のハタハタ特集では、10年で漁獲量も生産者数も半減したという秋田県の厳しい現状を伝えたかったという。画像提供:東北食べる通信

――コロナの影響はどうでしょうか?

阿部:コロナの影響を一番受けているのは酪農だと思います。2014年頃からバター不足となり、政府からの増産指示に従い、多くの酪農が設備投資などを行いましたが、コロナ禍によって需要は激減。また、インフレで資材も高騰している状況ですので、廃業する方が増えています。

――漁業、酪農とお聞きしましたが、農業に関してはどのような状況でしょうか?

阿部:農業に関しては東北六県ありますから、一概には言えないですね。山形は水害がひどかったですし、去年の7月は日照りがひどかったので、収穫量が激減したところもあります。

現状を知り、生活の中で意識し続けることが未来を変える

画像:東北食べる通信のキャッチコピー。「世なおしは、食なおし。」
『東北食べる通信』のキャッチコピーは「世なおしは、食なおし。」だ。画像提供:食べる通信

――阿部さんは、復興支援ボランティアとして岩手に入り、その後もずっと岩手で暮らしているとのことですが、そのような行動を取られたのはなぜでしょうか?

阿部:いまも住み続けている理由の1つは、純粋に岩手がいいところだと思っているから。海も山もありますし、ダイビングやスキーなどのアクティビティも豊富です。リモートワークが普及し、どこにいても仕事ができる環境ですから、わざわざ都会に住む必要もないかなと思っています。2つ目は、復興活動に携わってきたほとんどの団体や人が撤退する中、「1人か2人ぐらいは三陸に居続けなきゃいかんだろう」という気持ちからです。そこに生活し続けることで見えてくることもたくさんあると思っていますし、巨大防潮堤が残されているだけで人口がどんどん減っていく東北の今に対して、国民はちゃんと目を向けてほしい。あとは、たくさんのつながりをつくってきたので、自分の力をいま一番発揮できる場所が東北だと思っているということです。コロナが落ち着けば、観光の需要も増えていくと思います。一次産業とツーリズムの連携も促進していきたいです。

――漁業の課題がもっとも深刻だとお聞きしました。その課題に対して、私たち一人一人ができることはありますでしょうか。

阿部:まずはいま、皆さんが当たり前のように食べている魚が、将来的には食べられなくなるかもしれないという現状を知ってもらいたいです。遠くに暮らしているから知られていないということではなく、同じ東北に暮らしている方でも知らないケースがあります。私たちも『東北食べる通信』を通して、東北の現状を発信していくことを続けていきたいと思っていますが、気候変動は一生産者が解決できる問題ではありません。東北に暮らしていなくても、気候変動に対するアクションは日々の生活の中でとれるはずです。

東北の現在が、気候変動によって大きく影響を受けていると聞き、他人事ではいられないと考えさせられた。「食」が失われるということは、誰にとっても身近な社会問題ではないだろうか。

東北食べる通信の公式サイトには「アタマと舌で考える」という言葉が掲載されている。生活の中でどれだけ考え、行動できるかが、東北の未来につながっている。

〈プロフィール〉

阿部正幸(あべ・まさゆき)

1982年、北海道札幌市生まれ。2012年、東日本大震災の復興支援ボランティアに参加したことをきっかけに岩手県に移住。教育系NPOを経て、2013年の「東北食べる通信」立ち上げに参画。以来7年に渡って裏方として生産者コーディネート、発送、システム開発などの裏方仕事を一手に担う。2019年に独立し、岩手県大船渡市に移住。三陸を拠点に各地の生産者支援や、NPO運営に携わる。2022年1月号より『東北食べる通信』へ復帰し三代目編集長に就任。地域や社会の課題に、一次産業という手段で取り組む生産者を追いかけている。
東北食べる通信 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。