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人工内耳って?補聴器と何が違う?その仕組みと「聞こえ」の大切さを専門家に聞いた

人工内耳を装用する子ども
人工内耳の仕組みや処置にかかる費用についてはあまり知られていない
この記事のPOINT!
  • 難聴は大きく分けて2種類ある。「音を伝える」「音を感じる」器官の障害が主な要因
  • 人工内耳は神経に直接信号を送り、音として認識させる医療機器
  • 人工内耳という選択をスタンダードにするためには、難聴に対する意識改革が必要

難聴の人が使う医療機器というと、「補聴器」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?

その他に「人工内耳」という選択もあるのですが、補聴器と比べると耳なじみはなく、日本補聴器工業会の調査(外部リンク/PDF)によれば、日本人の約75パーセントが「人工内耳を全く知らない」と回答しています。

「人工内耳と補聴器とは何が違うの?」という方も多いかと思います。

そこで今回は東京医科大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の白井杏湖(しらい・きょうこ)さんに、そもそもの難聴の原因や、人工内耳の仕組み、QOL(生活の質)にも直結する「聞こえ」の大切さについて伺いました。

東京医科大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の医師、白井杏湖先生

難聴の種類によって異なる聞こえ方

――そもそも難聴とはどういう状態なのでしょうか?

白井さん(以下、敬称略):まずは簡単に聞こえの仕組みから説明しますね。

「音を集めて増幅させて伝える」のが外耳と中耳、「音という振動を電気信号に変換し、分析して聞き取る」のが内耳となっています。

イラスト:耳の内部構造

耳の構造は大きく分けて外耳、中耳、内耳の3つに分かれている。
さらに細かく分けると以下のような構造

外耳[耳介]
中耳[鼓膜・耳小骨]
内耳[蝸牛]
耳の内部構造

――なるほど、音は電気信号に変換されて脳に届いていたんですね。

白井:そうなんです。改めて難聴についてですが、大きく2つに分けられます。「伝音難聴(でんおんなんちょう)」と「感音難聴(かんおんなんちょう)」で、それぞれ障害が起きている場所が異なります。

外耳や中耳に障害が発生し、正常に音が伝わらなくなってしまうのが伝音難聴。中耳炎や、鼓膜が破れるといった状態がこれに当たります。手術で根治(※1)を目指すことができ、音を大きくすれば聞き取れることが多いのが特徴です。

一方、耳の聞こえに関する細胞がたくさんある内耳の蝸牛(かぎゅう)や、蝸牛より奥の神経に障害があるのが感音難聴です。加齢性難聴(※2)や、聴神経にできる腫瘍などが挙げられます。感音難聴では、小さい音が聞こえにくくなるだけではなく、聞こえの幅が狭くなるため大きな音は不快に感じ、言葉がはっきり聞き取りにくい、歪んで聞こえるといったさまざまな症状が表れます。

また、その2つが合わさった「混合性難聴(こんごうせいなんちょう)」というものもあります。

耳の模型を使って難聴の仕組みを説明する白井さん

音を増幅して加工する補聴器、神経を直接刺激する人工内耳

――補聴器と人工内耳をごちゃ混ぜに理解してる人も少なくないと思います。改めてその違いを教えていただけますか?

白井:音が伝わるまでのプロセスが大きく異なります。補聴器の方から解説しましょう。

一般的な補聴器

白井:補聴器はマイクから拾った音を、使用者に聞こえやすいように増幅等の加工をし、耳に入れたレシーバーから出力する装置です。音は使用者それぞれの聞こえの幅に合わせて最適化することができます。

補聴器を必要とする多くの方は、内耳に障害のある感音難聴です。音を最適化して出力してくれますが、最終的には障害のある内耳で聞き取らなくてはいけないため、聞こえに限界が生じることもあります。

人工内耳の体外部分。人工内耳は基本的にサウンドプロセッサ・マイク・送信ケーブル・送信コイルからなる体外部分と、体内部分(インプラント)の2つがセットとなる

白井:一方で人工内耳は体外部分のマイクで拾った音を電気信号に変換し、蝸牛に挿入した電極で聴神経を直接刺激することで、脳に音を伝えるようにする装置(※)ですので、音は外耳も中耳も通りません。

そのため、人工内耳を装用するためには手術が必須となります。蝸牛の中に電極を、側頭部の皮下に受信コイルを挿入します。送信コイルと受信コイルは皮膚を挟んでマグネットで固定します。

内耳に障害があっても、聞こえの神経や脳が機能していれば聞こえるようになるのが特徴です。

イラスト:人口内耳の仕組み

大きく分けて体外部分と体内部分(インプラント)に分かれる

・体外部分
耳に掛けたサウンドプロセッサとマイク。そこから送信ケーブルを介して、側頭部に送信コイル。

・体内部分(インプラント)
側頭部の内部に受信コイルがあり、そこから蝸牛に向かって電極が伸びている
簡単な人工内耳の仕組み
イラスト:一般的な聞こえと、人工内耳の聞こえの経路の違い

・一般的な聞こえ
音は耳から入り、聴神経を通じて脳へ届く

・人工内耳
人工内耳から聴神経へ直接届く
一般的な音が伝わる経路と人工内耳の経路

――人工内耳は鼓膜等を経由せずに、音を直接信号として神経に届けるんですね!ということは、聴神経自体が機能していないと、人工内耳の効果はないということでしょうか?

白井:そういうことなります。難聴といっても原因はさまざまで治療法も異なります。もし「難聴かな?」と感じた場合、自身で解決するのではなく、まずは耳鼻科を受診して自身の難聴の原因を正確に知ることが重要です。

――人工内耳にかかる費用は高額なイメージですが、どれくらいかかるのでしょうか?

白井:確かに人工内耳の装置は手術費も含めると400万円ほどすると言われています。

ただ、医療保険が適用されますし、人によっては高額療養費制度(※1)や自立支援医療制度(※2)、東京都であれば重度心身障害者医療費助成制度(※3)といった医療保障、自治体ごとの補助と組み合わせることができるので、実費でいうとそれぞれ異なるんですよ。

「補聴器より人工内耳の方が安かった」というケースも多々あります。

  • 1.医療機関や薬局の窓口で支払った額が、ひと月の上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度
  • 2.心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減する制度
  • 3.心身に重度の障害を有するため、常時複雑な介護を必要とする方に対して、東京都の条例により支給される手当

――補聴器よりも安くなるんですか?手術もあるのに意外です!

白井:そうなんですよ。こういった取材ですと、保険等適用後の額をお伝えすることは難しくて……。実際にかかる費用は、利用する制度がそれぞれ異なるため、個別に病院にご相談いただくのが確実です。

特別なリハビリはない。音を聞き続ければ楽器の聞き分けも可能

――後天的な難聴の場合、人工内耳をつけると、聞こえ方は元の状態に戻ると考えていいんですかね?

白井:そもそもの聞こえのプロセスも変わりますし、機械を通して聞くので、元の聞こえに戻るというわけではありません。

――そうか……、電気刺激で聞くことになるんですもんね。

白井:はい。人によって大きく異なりますが、例えば、静かなところでは言葉が聞き取れても、騒音下や複数人での会話は難しかったり、音楽に関しては楽器の聞き分けや音程など、認識が難しかったりするという問題があります。

また、手術直後は「男の人の声なのか、女の人の声なのか分からない」という方がいらっしゃいます。「ロボットの声のような音がする」「宇宙人の話し声が聞こえる」「ピヨピヨする」といった違和感を抱く方も。

ただ、脳が慣れてくるとそれらの違和感が薄れていくということが多いんです。

――人工内耳にはリハビリが必要とも伺っています。どのようなことをするのでしょうか?

白井:手術をして2週間ほど間隔を空けてから、「音入れ」という段階に移ります。実際に電気信号を流してみて、どれくらいの電気量で神経を通じて「脳が聞こえるか」を確認し、その人の「聞こえのマップ(地図)」を作成するんです。

人工内耳を装用して音を聞いていく、すなわち人工内耳に継続的に電気を流していくと、手術直後は特にですが電気抵抗が変わっていきます。そうやって、手術後に複数回電流量を調整(マッピングやプログラミングと呼ぶ)することで、少しずつ聞こえるようになっていきます。

「人工内耳手術後のリハビリが大変」、と構える方もいらっしゃいますが、人工内耳をなるべく長時間装用して、いろんな音を聞いていくこと自体が、まずリハビリの第一歩です。

人工内耳のリハビリ(イメージ)

――リハビリはどれくらいで終わるのでしょうか?

白井:これは本当に手術前の難聴の状態によるため一概には言えませんが、後天性の難聴の場合、1~6カ月ほどで違和感はなくなると考えられています。多くの場合、3〜6カ月ほどで聴き取る力がグンと伸びて、それ以降はゆっくり伸びていき、一年くらいで安定する方が多いですが、本当にこれは人によって異なるという感じですね。

3、4年経って「楽器の聞き分けができるようになった」という方もいらっしゃいますし、そこは各々の意識も関わってくるのかなと思います。人工内耳の聞こえにどこまで求めるかも人それぞれですので、そういう意味ではリハビリに終わりはないかもしれません。

――実際に人工内耳を装用している人からはどのような声が届いていますか?

白井:「耳が聞こえにくくなり仕事に支障をきたしていたが、人工内耳を装用するようになって、従来通り仕事ができるようになった」という人がいました。

聞こえなかった時は、筆談を余儀なくされていたとのことで、本人も同僚の方も気を遣って会話も少なくなっていたようでした。

このように、難聴の本当の障害は聞こえないことそのものではなく、聞こえないことによる二次障害だと感じます。人工内耳を装用することで、社会生活への影響が解消されたので、人工内耳手術をして良かったとおっしゃっていましたね。

世界に比べて日本の人工内耳の装用率・認知度は低い

――人工内耳はあまり一般的には知られていない気がしています。現在、日本ではどれくらいの方が装用されているのでしょうか?

白井:人工内耳手術が開始された1985年から2019年の人工内耳手術件数は約1万4,000件(※)となっています。ただ、この数は人工内耳に積極的なヨーロッパ諸国と比べるとかなり低いというのが現状ですね。

――日本で人工内耳の装用率や認知度が低い理由として、どのようなことが考えられますか?

白井:人工内耳を装用するためには手術が必要になる点が大きいと思います。手術の侵襲(※)や合併症のリスクは低いものの、身体への負担はありますので、「リスクがあることはしたくない」と考える人は多いように思います。

そしてその根底には、「聞こえが生活の質(QOL)に直結している」ということが、あまり認知されていない点が挙げられると思います。命に関わることではないからか、「より良い聞こえのために手術をする」ということを躊躇している方がまだまだ多いと感じています。

また、人工内耳に限らず補聴器に対してもネガティブなイメージがあるのか、装用を嫌がる方がいらっしゃいますよね。

  • 医学用語。人体の切開や薬剤の投与など、生体内に何らかの変化をもたらす行為

――白井先生は人工内耳の装用率や認知度を上げるために、どのような取り組みが必要だと考えますか?

白井:まず難聴に対する社会の意識を変えて、理解の裾野を広げることが必要だと考えています。

特に超高齢化社会を迎えるにあたり、もっと積極的に聞こえや難聴と向き合うことが第一歩だと思います。高齢者検診に聴力検査を入れるのも、社会の意識を変える手段として有用でしょう。

また、先ほどお話ししたように、人工内耳の手術は高額になると思っている人はたくさんいます。小型化が進んで、完全に耳の中に隠れるくらい小さい補聴器や、髪の毛の中に隠れるような人工内耳があることも知らない人は多いでしょう。

隠す必要は全くないとは思いますが、こんなに機器が進歩しているのに、イメージがアップデートされておらず、活用されないというのは非常にもったいないことだと思います。そういったイメージの改善は必須ですよね。

QOLにおける聞こえの大切について話す白井さん

白井:情報発信という点では、医師である私たちも、人工内耳に関する情報や手術後の経過などをしっかり伝えていかなければいけません。

聞こえは目に見えないので、意識することが難しく、どれほどQOLに関わっているか意識していない方が多いと思います。難聴を放置せず、気軽にQOLを追求し、当然のように聞こえのケアをする時代がみえてくればいいなと思います。

編集後記

人工内耳や補聴器に対して、曖昧な知識しか持っていなかったことがよく分かった取材となりました。もう少しカジュアルに、聞こえや難聴、補聴器、人工内耳の相談ができる未来になってくれるといいなと感じました。

取材協力:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 公式サイト(外部リンク)

撮影:十河英三郎

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