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増える斜視の原因はスマホ? 手術で治る? 予防法を知り、悩みを抱える人を減らす
- 斜視は年齢や性別にかかわらず、誰にでも発症する恐れのある目の病気
- スマートフォンなどの普及により「スマホ内斜視」と呼ばれる症状が増加傾向に
- 日常生活では目を休めること、異変を感じたらすぐに眼科を受診することが大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
通常、両目とも同じ場所を向くはずの視線が、右と左で異なる場所を向いてしまう病気「斜視」。ひと昔前までは子どもがかかる可能性の高かった病気でしたが、近年、「スマホ内斜視」という、スマートフォンやタブレットの使用により発症する大人も増えているそうです。
今回は浜松医科大学医学部付属病院(外部リンク)の病院教授であり、日本弱視斜視学会(外部リンク)にも所属する佐藤美保(さとう・みほ)さんに、改めて斜視とはどのような病気なのか、またその原因や治療法を伺いました。
正しい知識を得て、自分自身や周りの方の早期発見、早期治療に努めましょう。
斜視は年齢、性別を問わず発症する身近な目の病気
――早速ですが、斜視になる主な原因を教えてください。
佐藤さん(以下、敬称略):斜視の種類によっても変わってきますが、お子さんの場合、主に遠視(※1)が原因で、調節性内斜視(※2)、先天性内斜視、間欠性外斜視(※3)となります。
中でも「正常なとき」と「斜視になるとき」を繰り返す、間欠性斜視の割合が高く、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、生涯付き合っていく方もいます。
- ※ 1.網膜の後方でピントが合うため、遠くを見る時は少しの調節で見え、近くを見る時は強く調節をしないとはっきり見えない目のこと。参考:遠視・老眼 – 目の病気百科|参天製薬(外部リンク)
- ※ 2.遠視の矯正眼鏡をかけると眼位ずれ(目の向きのずれ)がなくなる内斜視。1歳6か月から3歳までの発症が最も多い。参考:内斜視 | 日本弱視斜視学会(外部リンク)
- ※ 3.基本的には斜視だが、普段は無意識に目に力を入れていて、斜視にならないよう努力している状態。そのため目が疲れやすい。体調不良時や眠いときに斜視となる
――大人の場合はいかがですか?
佐藤:大人の斜視はさまざまな理由が考えられます。目に問題はなく、視力も悪くないのに目を動かしている筋肉のバランスが崩れて、視線が合いづらくなることもありますし、網膜剥離(※1)や白内障(※2)など目の病気で視力が低下したことをきっかけに斜視になる方も多いです。原因不明のものも。
また、目は脳とつながっているので、年齢を問わず脳腫瘍や脳出血などの病気が原因で発症することもあります。
他にも交通事故で頭を打つ、目をけがするなど、さまざまな理由で斜視となります。
- ※ 1.眼球の内側にある網膜という膜が剥がれて、視力が低下する病気
- ※ 2.目の水晶体が濁ることで視力が低下する病気
――誰でもなる可能性がある病気なのですね。
佐藤:そうですね。性別、年齢にかかわらず、どなたでもなる可能性がある病気です。
――斜視になってしまった場合、見え方はどのように変わってくるのでしょうか。
佐藤:本人が最も自覚しやすいのは、ものが2つにぶれて見える複視という症状です。右目と左目がそれぞれ違う場所を見ているので起こります。
佐藤:逆に分かりづらいのは最初にお話しした間欠性斜視。片方の目が、時々、別の方向に向いてしまうというものです。
私たちは普段「今、両目で見ているのか、片方の目だけで見ているのか」と意識はしないですよね。間欠性斜視の場合、自分は両目で見ているつもりだけど、無意識のうちに使いづらい片方の目を使っておらず、視力検査をしたら片目が見えなくなっていたというケースもあるんです。
――そのほかに斜視の症状はありますか?
佐藤:複視の逆で、2つの違うものが重なって見える混乱視というものもあります。
混乱視の場合は本を読んでいてどこを読んでいるのか分からなくなったり、車の運転中、前を走っている車の上にセンターラインが重なるように見えてしまったりと、生活に支障をきたす方も多いですね。
タブレットの普及により大人の斜視が急増
――近年増えているというスマホ内斜視について詳しく教えてください。
佐藤:スマートフォンなどのデジタル機器の過剰使用による急性の斜視が増え、「スマホ内斜視」という言葉が生まれました。一方で、実際にスマホ内斜視がなぜ起こるのかということははっきりと解明されていないんです。
もともと両目でものを見るのが苦手であったり、近視だったりする方がスマホを長時間見ることで斜視になってしまったというパターンが多いため、直接的な原因ではなく「スマホがきっかけで発症してしまう」と、考えた方がいいかもしれません。
――スマホ内斜視は突然発症するものですか?
佐藤:急性とはいっても、突発性のことは少なく、徐々に症状が現れるという方が多いです。スマホを長時間見たあとに「目の調子が悪い」と思っていたけれども、休憩すると治っていて。半年や1年かけて、少しずつ治らなくなっていき、複視が治らなくなってしまったり、他人から眼の位置がおかしいことを指摘されるようになったという話もあります。
少しずつ悪化していくので、最初に違和感を覚えたとき、例えば複視、混乱視のような症状が表れたとき、すぐに対処することが大切です。
――その対処法を教えてください。
佐藤:睡眠を取るなど、目の負担をなるべく軽減する生活習慣が大切です。現代人は近くばかりを見て生活をしていますから、スマホを見る際は30分に1回は窓の外を見るなど、休憩を挟むことで負担は軽減できます。
予防としてはタブレットを使用する際はなるべく大きいものにして、距離を離して見られるようにすることも重要ですね。お子さんがいるご家庭では、せひ親御さんが注意して見てあげてください。
仕事や娯楽などついつい夢中になって長時間画面を見続けることもあるかと思いますが、普段から意識して休憩時間を取る習慣をつけることが大切です。とくに近視のかたが、眼鏡やコンタクトレンズを外し、スマホを顔に近づけて見るのは内斜視の原因となる可能性があるので、やめていただきたいです。
――「斜視は誰でもなる可能性がある」ということの認知度はあまり高くないように思います。
佐藤:そうですね。認知度は低いと思います。白内障などの病気は「80歳になれば100パーセントかかる」と言われるくらい誰でもなるものですが、斜視は日本の全人口の2パーセントほどの確率でしか発症しません。
さらに、網膜剥離など失明の可能性が高い病気に比べて、斜視は距離感が合わない、なんとなく見えにくいといった自覚症状を感じにくいケースもあり、患者さんも「眼科医に診てもらう」という意識がそこまで高くないことも多いんですよね。
そのため、斜視を専門にしている眼科自体が少ないです。眼科医全体の中で、白内障などの手術を日常的にしている医者が約半分。さらに斜視の手術をしている人となると、そのうちのさらに10分の1ぐらいでしょうか。
患者さんや専門の眼科医が少ない分、世間への認知度も低くなっていると思います。
――斜視の方は具体的にどのようなことに悩まれているのでしょうか?
佐藤:私がよく聞くのは見た目の問題です。「人の目を見て話をすることができない」「旅行先だけど写真に写りたくない」など、社会生活をする上でネガティブになってしまっている方が多い印象です。
――差別用語が使われることもありますよね。
佐藤:そうですね。お子さんでも「学校で見た目が変だと言われた」と、傷ついている方は多いです。
斜視に関しては手術で治すことが可能です。手術した後に、「これで顔を上げて歩けるようになります」「友だちと堂々とお話しができます」と前向きになられているのを見ると、私もうれしいです。
今は手術で治る時代。異変を感じたら眼科医に相談を
――タレントのテリー伊藤さんが手術されたことで、「斜視って手術で治るんだ」と初めて認識した方も多いと思います。治療法としては手術が一般的なのでしょうか?
佐藤:複視の程度が軽い場合には、光の進路を屈折させてズレを補正するプリズム眼鏡という、特殊な眼鏡の使用をお勧めしています。
しかしこれは治療ではないので、最も確実な治療は手術だと思います。眼球に付着している筋肉の位置を正しい位置に調整するもので、そこまで大掛かりな手術ではありません。私は斜視に悩まれている患者さんには手術をお勧めしています。
佐藤:さらに最近ではA型ボツリヌス毒素治療という、注射で目の筋肉を麻痺(まひ)させて、位置を調整する方法も使われています。
――ボツリヌスって毒ではないんですか?
佐藤:A型ボツリヌス毒素は食中毒の原因となるボツリヌス菌から生じる毒素で、神経に作用し、大量に使うと致死性のあるものです。そこで、眼科医の中でも特別に講習を受けて資格を得た人のみが、厳密な管理の下で使うことになっています。ボツリヌスは斜視以外にさまざまな治療にも使われているんですよ。
入院や手術の必要がなく、患者さんの身体的負担が少ないので選択する方がいらっしゃいますが、薬の効果が大体3〜4カ月であること、人によって効果に差が出ることがあるので、確実に治療をしたい方にはやはり手術がお勧めです。
――手術の懸念点はありますか?
佐藤:どんな治療にもいえますが、永久的に保証するものではないということです。
大前提として、目の動きというのは、脳でコントロールしています。脳が原因ですと手術をしても再発する可能性は高いです。そのため、眼科医の中には手術を積極的に勧めない方もいます。
しかし、術後数年~数十年は効果が見込めるので、再発したとしても、その都度治していけばいいと私は思っています。患者さんから「今、生きる上で困っている」というお声をたくさん聞いてきたので、治す方法があるのであれば積極的に臨んでいただきたいですね。
――手術費用はいくらぐらいかかるのですか?
佐藤:麻酔や手術の方法によって変わってきますが、健康保険の3割負担で8万円〜15万円ほどです。収入に応じて上限がありますが、医療高額療養費制度(※)も受けられるので、自己負担額はさらに少なくなるはずです。
- ※ 医療機関や薬局の窓口で支払った額が、ひと月の上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度
――最後に佐藤さんが斜視について世間の方に知ってほしいことを教えてください。
佐藤:「斜視は病気である」こと、「手術をすれば治る」ことの2点です。斜視の認知度が低いこともあり、自分が斜視であると気付かずに違和感を放置される方もいらっしゃいます。
また、患者さんの中には、斜視の治療に対して「男なのに、もしくはこの年齢なのに、見た目を気にしているのは恥ずかしい」と思われる方もいるんですよ。
――美容手術のように感じる方がいらっしゃるんですかね?
佐藤:そうなんです、美容手術ではなく医療です。多くの方に斜視を病気として認識してもらうことが、悩みを減らす第一歩だと思います。
昔はよく「斜視は手術しても治らない」と言われていました。そのため、今でも治らないものだと思い込んでしまっている方がたくさんいらっしゃいます。しかし、時代は変わり、技術も制度も安全性も格段に上がって、効果的な手術が可能となりました。
「斜視は病気であり、手術をすれば治る」ということを多くの方に知っていただき、現在悩まれている方が一人でも減ってほしいと思います。
編集後記
誰しもが、ある日突然かかる恐れのある病気にもかかわらず、斜視に対して世間の認知度は低く、一人で悩みを抱える方がいるという現状を知りました。情報がアップデートされずに「治療法がない」と諦めてしまっている方が多いのも課題だと思います。
日々の対策、かかってしまったときの治療法など、正しい知識を得ることが、斜視に悩む方を一人でも減らすことにつながるのだと感じました。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。