日本財団ジャーナル

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こだわったのは障害者ではなく“誰にとっても”の視点。可愛くて優しい下着開発への思い

AonCの代表である井上夏海さん(左)と商品の撮影用モデルとして協力した福本香澄さん(右)
この記事のPOINT!
  • 日本でも広がりを見せる「アダプティブファッション※1」だが、下着の分野はまだまだ
  • AonCでは、障害があっても“おしゃれ”を楽しめる、機能性を重視した下着を開発
  • 「障害者」という垣根をつくらないことが、D&I(※2)の推進を後押しする

取材:日本財団ジャーナル編集部

  • 1.障害がある人でも着脱しやすい機能を加えたデザイン性を重視した衣服
  • 2.「ダイバーシティ&インクルージョン」の略。人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり

障害のある人でも簡単に着脱できるよう機能性を加えた「アダティブファッション」。最近では、さまざまな障害に対応しながら流行を捉えた衣服を提供するファッションブランドが増えてきましたが、下着の分野ではまだまだ進んでいないというのが現状です。

そんな中、井上夏海(いのうえ・なつみ)さんは、以前務めていた外資系コンサルティング会社に在職中、全くの業界素人ながらファッションブランドAonC(外部リンク)を立ち上げ、障害があっても簡単に着脱できて、かつおしゃれが楽しめる下着を開発しました。

AonCが開発した下着。障害のある人だけでなく、“全ての女性”にとって優しく、おしゃれが楽しめる商品づくりを目指した

機能性と可愛さを兼ね備えた商品、そしてAonCの「誰もが、ありたい自分を自由に選び取れる世界を作る」 というミッションは、多くの障害のある人たちから共感を呼んでいます。

10月の一般発売に先駆けて行われたクラウドファンディングを活用した先行販売(外部リンク)では、目標金額(100万円)を超える130万円以上の支援金を集めました。

今回はそんな井上さんに、素人ながらも下着の開発に挑んだ理由、その経験を経て見えてきた日本社会にD&Iを推進するために必要な視点を伺いました。

また、AonCの下着開発に、商品モデルとして協力した障害当事者である福本香澄(ふくもと・かすみ)さんに、これまで抱えていた下着選びの悩み、井上さんの取り組みに対する思いについて聞きました。

福祉の概念が強い障害者向け下着。大切にした「私だったら」の視点

——なぜAonC立ち上げようと思ったのですか?

井上さん(以下、敬称略):以前勤めていたコンサルティング会社に在職中に、たまたまアダプティブファッションがアメリカで流行っているということを耳にして、日本ではどれくらい商品があるのかを調べたことがきっかけです。

日本では一部の大手メーカーがアダプティブファッションを販売していますが、一時的な取り組みで終わってしまうことも多く、概念自体がまだ浸透していないと感じています。

こと下着に至っては、福祉用品として扱われているものがほとんどで、可愛くなかったり、高かったり、買いたいと思えるような商品がなかったんです。自分にもし障害があったら、きっと悲しい気持ちになるだろうなと感じました。

いつか自分でビジネスを手掛けたいと、さまざまな情報にアンテナを張っていたという井上さん
 

——「選択肢がない」ということにですか?

井上:それもありますが、「障害者向け」という商品があることで、自分が「障害者」であると線引きをされているような気持ちになるんじゃないかと。

そこでぼんやりと浮かんだのが「障害者向け」ではなく、誰もが着やすくて欲しいと思えるような商品を作るというビジョンでした。今は商品検索をしてもらうためにあえて「障害者」という言葉を使っていますが、ゆくゆくは外していきたいと思っています。

——ビジョンが思い浮かんでから、すぐに商品開発に着手されたのですか?

井上:いえ、まずは障害のある方たちの声を聞いてみようと。当時、私の周りに当事者の方はいなかったので、インスタグラムで障害のある方を探し「お話を伺えませんか?」とダイレクトメッセージをお送りしたんです。

かなり怪しかったと思うので、ほとんどの方からはスルーされてしまいましたが、10人くらいの方がお話を聞かせてくれました。

——皆さんとは、どのようなやりとりをされたのですか?

井上:私から企画書をお見せして、「障害者向けではなくて、障害の有無にかかわらず誰にとっても優しい下着を作りたいと思っているんですけど、どう思いますか?」と聞くと、「そういう商品を待っていた」と、皆さん、とても共感してくれました。

——やはり、下着に困っていたのですね?

井上:はい。機能面に特化している分、金額が高かったり、可愛いものがなかったりという声はとくに多かったです。ブラトップ(※)で我慢しているという方や、どうしても可愛い下着を着けたいから震える手で30分くらい頑張って着けるという方もいました。

印象的だったのは、「障害者向け」「障害者のための」という言葉にはもう飽きたという声でした。「誰もが使える下着を求めている人は確かにいる」という考えが確信に変わり、皆さんの声を預かったような気持ちになって、私が作ろうと決意したんです。

  • カップが付いたキャミソールやタンクトップのインナー

——開発は順調に行きましたか?

井上:とても大変でした(笑)。ファッション業界自体、全くの素人ですし、商品を作るなんて初めての経験でしたから、どこから着手していいかも分からなくて……。

最初は海外から下着を輸入することも考えたのですが、実際に海外の商品を購入して、着けてみるとサイズ感が合わず、やはり一から作るしかないと思いました。そこから協力してもらえる工場を探したのですが、30社以上は「難しいと思う」「新参者には厳しい世界」とあっさり断られました。

そんな中で出会ったのが創業70年以上を誇る下着メーカーの株式会社MIC(外部リンク)でした。社長の神崎(かんざき)さんは過去に障害者向けの下着づくりにも挑戦されたことがあったそうで、親身になって話を聞いてくださいました。そしてすぐに意気投合し、共同開発をすることになりました。

井上さんと共にAonCの下着開発に取り組んだMICの代表を務める神崎さん

——商品開発はどのような流れで行ったのでしょうか?

井上:当事者の方にどんな機能が欲しいかを聞いたアンケートをもとに、MICのデザイナーさんとパタンナーさんに実現可能な形を模索してもらい、サンプルを作りました。

それを当事者の方たちに使ってもらい、その意見をもとに改善する、ということを何度も繰り返して完成させました。

——完成した商品の特徴やこだわりを教えていただけますか。

井上:ブラジャーはフロントホックになっていて、ホック部分には外れにくいマグネットを使用することで簡単に着脱ができます。

バックデザインはY字の形になっていて、肩ひもが落ちにくい設計に。車いすの方は、いすを動かすときに前屈みになると、肩ひもが落ちやすいそうなんです。一度肩ひもが落ちると「上げ直すのが難しい」「毎回ヘルパーさんにお願いしづらい」という意見も伺っていたので、そこはこだわったポイントの1つです。

AonCのブラ&ショーツ。ブラの背中は肩ひもが落ちづらいY字形(右)。ショーツのウエスト部分にループが付いており、簡単に着脱が可能

——前面にレースがついているのも可愛いですね。

井上:実はこれ、サンプルを使った方の「せっかくだったら胸を盛りたい」「大きく見せたい」という声を反映して作ったものなんです。マジックテープが付いていて、バストを中心に寄せ上げ、きれいな形をキープする役目を果たしています。

MICのデザイナーさん、パタンナーさんのこだわりで、レースを付けることによって、機能的な部分を可愛く見せる工夫がされています。

マグネット式のフロントホック。凹凸がしっかりとあるため、留めやすく外れにくい
レース部分にマジックテープを使うことでバストを美しい形にキープできる

選択肢が増えれば、自信につながる

——商品撮影モデルを務めた福本さんにもお話を伺います。井上さんに協力しようと思った理由は何ですか?

福本さん(以下、敬称略): 井上さんが「選択肢を1つでも多く増やす」というビジョンを掲げられていて、とても共感したからです。脳性まひである私は、物心ついた頃から、選択肢が増えれば増えるほど工夫によって自分ができることも増え、それが自信につながるという経験をしてきました。

また井上さんの周りにはそれまで当事者がいなかったのに、当事者の気持ちをよく理解してくれることに驚きました。私の意見もしっかり受け止めてくれて、なかなかこういう方はこれまでいなかったなと感じたんです。

脳性まひである福本さんは手足を動かしづらく、下着に関する苦労も多かったという

——福本さんが抱えていた下着の悩みをお聞かせいただけますか?

福本:ブラジャーを着けるときに、腕を背中に回すことができないので、後ろ側でホックを留めることができないのが悩みでした。でもブラトップはあまり好きじゃないし、可愛い下着を着けたかったので、無理をして後ろ側にホックのある下着を使っていたんです。

——どのようにして着けるんですか?

福本:まずホックを前側に持ってきて留めて、そこから下着を回転させてホックを後ろ側に戻します。きれいに戻ればいいのですが、私の場合、左右の手の力加減を調整することが難しく、左右で高さが変わったり、ストラップやバックベルトがねじれたり、、斜めになってしまうことも多かったです。ブラジャーを着けるのに約5分は必要ですし、自分の体が安定しない状態だともっと時間がかります。。

——AonCの下着を着けてみた感想はいかがでしたか?

福本:前ホック、しかもマグネット式なので、苦労せず簡単に着けることができました。マジックテープによって胸の形を整えることができるのも、とってもうれしいポイントですね。

あとはストラップがY字型になっているので、肩甲骨が寄せられて自分の姿勢がきれいにキープできるのもうれしかった。また、重度障害の人や介護をする人にとって、井上さんの下着が選択肢の1つとしてあることは、きっと心強いことだと思います。 

——福本さんが「障害」について社会に伝えたい思いはありますか。

福本:私は普通に生活しているだけなのに、「障害があるのにすごいね」「一人で暮らすなんて頑張ってるね」と言われるのが、すごく嫌で……。大学へ行ったのも、一人暮らしをしていることも「普通のことだよ?」と私自身は思うんですね。

もちろん工夫をしていることもあったりしますが、私にとっては「普通」に生きているだけ。わざわざ「障害」って言葉で線引きをしないでほしいなと思います。

「障害者」という垣根をつくらないことが、社会を変えていく

——再び井上さんに伺います。活動をしていて感じる課題とは?

井上:いま社会ではフェムテック(※1)、フェムケア(※2)の普及が進んでいますが、その対象に障害のある女性が含まれていないのではないかと感じる出来事がありました。

商品開発のモニターとして参加してくれた障害当事者の方が、プライベートで下着の話から派生して恋愛の話をしたときに、相手から「恋愛したことがあるんですか?」と聞かれ、すごくショックだったと話していました。

根底には障害者の性をタブー視する風潮があると思うので、まずは可愛い下着の認知を広げて、「障害があっても可愛い下着を着けたいのは当たり前」という視点を、私たちの活動を通して広げていきたいです。

「障害者のため」ではなく、誰にとっても生きやすい社会をつくっていくことを大事にしたいという井上さんと、その思いに共感しているという福本さん

——井上さんが、社会全体にD&Iを浸透させるために必要なことって何だと思いますか?

井上:私はD&Iをあまり大げさに捉えないことが重要だと思っています。「社会を変えよう」というようなメッセージだと引いてしまう人もいると思うので、普通に、当たり前に活動を続けることが大切ではないかと……。「障害者」ではなく「誰にとっても」という視点を持つことが重要だと思っています。

——では私たち一人一人ができることとは、どんなことでしょうか?

井上:それぞれが少しずつ視野を広げていくことが大事だと思います。私自身もこの事業を始め、当事者の方とお話させていただく機会が増えて、普段の目線がちょっと変わったんですね。今までは道を歩いていて段差を見ても何も思わなかったのが、「車いすだったらここは通れるのかな?」といった目線を持てるようになりました。

「社会を変える」とか「ボランティア活動をする」とかそんなに大きなことじゃなくても、一人一人が自分の視野を広げていくことが、積み重なって社会の大きな動きになっていくのではないかと思います。

編集後記

取材を通して、「障害者のために」といった言葉や考え方が、逆に当事者の人たちとの距離を広げてしまう危険性をはらんでいることに気付かされました。もちろん障害のある人への配慮は必要ですが、それが利便性や安全性に偏るのではなく、「可愛い」「面白い」といった趣向性も大切だということを改めて感じました。

誰もが当たり前の幸せや楽しさを感じられる社会を実現するために、私たち一人一人がフラットな視点を持ち、少しずつ視野を広げていくことから始めてみませんか?

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

井上夏海(いのうえ・なつみ)

慶応大学文学部卒業後、外資系コンサルティングファームで働きながら、副業としてファッションブランドAonCを2023年6月に設立。障害者の選択肢を広げ、自分らしく生きることをサポートするブランドとして第1号商品となる「The AonC ブラ&ショーツ」をリリースした。現在は独立し、さらなるユニバーサル商品の開発に取り組んでいる。
AonC 公式サイト(外部リンク)

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